君は所詮彩り

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5 揺らぎの少年

揺らぎの少年 3 迫

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次回、三智×至生の酷い描写があります。
今回はその導入までになります。ご注意下さい。

   ――――――――



朝から言い争いをして飛び出した三智が昼を過ぎても戻ってこない。
この家から街に出るには車か自転車が必要だ。自転車はここにあるし中学生の身では車の運転はできない。誰も三智を街まで送った形跡もない。


圏外にいるのか電源が入っていないのか三智の端末は反応せず、その手のアナウンスが流れるのみ。


聞こえてくる断片をつなぎ合わせると、どうやら一人で山に入ったらしい。
一人だけの入山は危ない。野生動物や地元の人しか知らない危険な箇所だってある。毎年定期的に来ていたあいつはそれを知ってるはず。


聖人と親父たちはこんな日に限って昨日から泊まりがけで不在だった。俺と秋田さんで対応をする。手が空いている人に声を掛け二人一組になって三智を探す。


山に入る道は西と東に二つのルートがあったので手分けをして進んでいった。
西側には崖地がありその下には小さな池がある。やみくもに歩き足を滑らせたら簡単に落下しそうに思えた。
昨晩から朝まで雨が降っていたし、地面は滑りやすくなっている。


その池には、昔、三智が素直で可愛かった頃に一緒に釣りに来たことがあった。
ザリガニ以外は全然釣れなかったけど。
何となくその辺に行くんじゃないかと思った。あそこには楽しかった思い出があったから。

「池の方に行ってみよう」

連れの吉田さんとしばらく歩くと頂きに向かう道と池に向かう道の分岐点にきた。
周りを見渡すと一面緑のはずなのに在るはずが無いものが混じっているような違和を感じる。


丁寧に見まわしてみると正体は淡グレーの樹脂サンダルで、池に向かう道の下斜面にサンダルの片方だけが笹に引っかかっていた。


何となく玄関で見覚えがあった爬虫類ロゴのサンダル。広告でみかけた新素材を使った最新モデルだったから印象に残っていた。あれは多分三智のだ。


そこは池の上側にある斜面で、その上には土を踏み固めただけの道があった。
道端の小笹はなぎ倒され、地面には強く擦れたような跡がある。もしかしたらそのまま下の池に転落したのかもしれない。


地面に手をつき上から池をのぞき込むが、三智につながりそうな手掛かりは見あたらない。手前は死角で見えない。ちゃんと確認するのなら、池に通じる道に出ないとだめなようだ。
痕跡はあるので三智が西側に来たのは間違いない。


反対側にまわった秋田さんたちに連絡を取ろうにもスマホの電波が入らない。
吉田さんが家まで人を呼びにいった。俺は目印代わりに残る。

「何処行ったんだよ。あのバカ」

道を下り池に近づいた。
昨晩までの雨で土色ににごる水面をのぞいていると、上の方から人の気配のようなものを感じた。

「おーい三智-! いるのか」
「……」

風が揺らす木々のざわめきの合間、かすかに何かを聞いた気がする。それは山の上の方から聞こえた。
俺は池に来た道とは逆方向にあったけもの道を、頂きの方面に進み音の元を探した。


雨の後の森林特有の湿った木や土の匂いに混じる腐敗する有機物の臭い。その中にふっと鼻が捉えた、きららかな匂い。風上に誰かがいる気がする。


一瞬感じたその香りは安心を与えるような良い香りで、もっと嗅ぎたい、近づきたいと思わせる強い魅力を感じるものだった。俺はふらふらと匂いの元らしい場所に近づいていく。


気がつくと足元の負荷を負うべき地面が無い。うわっと思う間もなくバランスを崩し足を滑らせた。
急激にがらりとかわる視界。
笹藪に隠れた先は崖でそのまま滑り落ちていた。


地べたにぶつかり足や腰を強打する。
他もあちこち擦ったみたいだ。
皮膚の表面は擦れてひりひりと熱くなり、打った箇所から広がる鈍い痛みで呼吸ができない。

「うっ……」

衝撃から数秒くらいたったのだろうか。
両手をついて顔を上げるとそこに三智がいた。三智は片足を立て地べたに座っていた。あの途中で見かけたサンダルは三智のものだったようで、彼の片足は裸足のままだ。


三智は普段から眼鏡をかけているが今は眼鏡を掛けていない。三智のそばにはフレームがひしゃげた眼鏡が無残な姿をさらしていた。

「イタた……」
「どんくさ、あんたも落ちたんだ」

ここでも棘のある三智の言葉。
落とされる不穏な澱は静かに沈殿して累積していく。

「ここはどん詰まりだよ」

三智が目をしばたたかせて皮肉そうに言う。確かに三智の言うとおり、辺りを見渡すと後ろも前も崖。崖と崖に挟まれた窪地みたいな場所だった。

「電波も入らないよ」
「……まじか」

身を起こすと腰や足がずきずきとやけに痛む。

「う、いた」

痛みをこらえてカーゴパンツの尻ポケットから取り出したスマホは大きくひび割れて、かろうじて映る画面のアンテナは圏外を示していた。

「あちゃー」

まだ本体の分割払いは終わってなかったのに。親父の方針で少ない小遣いの中でやりくりしていたので、追加される修理代を思うとがっくりする。


三智は俺の姿を認識した一瞬だけ嬉しそうな顔をしたような気がしたけれど、その後はぶすっとした表情に戻ってしまった。
そんな顔をみると嫌味のひとつでも言いたくなる。そもそもこんな目にあっているのは、朝からけんかをふっかけて飛び出した三智のせいだ。

「おまえ、自分が都合悪くなると何で逃げんだよ」
「別に」
「別にって何だよ、女優かよ。おまえ探しに来て、こんな目に遭って俺、あほみたいじゃん」
「実際、あほなんじゃないの」

三智が嘲るように言うので俺はだまりこむ。


三智は俺が何を言っても反発して噛みついてくる。思春期の反抗ってこんなにウザいんだ。もっと素直になれば自分も周りも楽になるのに。
不安定な自分を持て余しているんだろうか。


不機嫌そうに見える三智をよそに、俺は周りに目を向けた。


家に連絡に向かった吉田さんは、目印地点に俺がいなくなって戸惑ってるのではないか。
勝手に池の奥側の道を進んでしまったので、見つけにくいかもしれない。


この場所から移動する道はないだろうか。
何か使ってよじ登る方法はないか。
立ち上がろうとすると痛みで足に力が入らない。

「行き場はないよ。よじ登ろうとしたけど……駄目だった」

あたりを見渡していると三智から疲れたような諦めの声をかけられた。
確かに、この場所には状況を打開するようなものは何もなさそうだ。


俺は痛む足を休ませるため腰をおろした。動くと足の痛みが増すので上着を敷きそのまま横になる。横になっても地べたなので無駄に腰が痛い。


風が吹き、木がさざめく。
大型鳥のけたたましい鳴き声や羽音、山のもつ多様な生命音が俺を心細くする。


山に比べると俺たちの存在はほんの些細なもので、山中で消えてなくなっても誰にも気がつかれない。


家の人は俺たちを見つけてくれるだろうか。思いをめぐらせてるとマイナスの思考にとらわれてしまう。


水や食料はどうなるんだろう。
夜間はどれくらい冷え込むだろう。
日があるうちに見つけて貰えるだろうか。
聖人がいれば匂いで直ぐに見つけて貰えそうなのに。聖人達が戻ってくるのは夕方以降だ。


三智は体育座りで丸くなっていた。
その白い顔に困惑と疲労、それと不安めいた表情が一瞬現れたのを俺は見逃さなかった。


俺には強く出るけど、三智は実は心細いのかもしれない。弱い犬ほどよく吠えるっていうし。
普段うざ絡みするやつだけどガキなんだし、俺がしっかりしなくては。


そう思うと、恐れる気持ちも縮こまる気持ちも少し解けてきた。
あんなに否定することばかり言われてたのに奮い立つ力になるなんて不思議だ。俺って大人みたいじゃん。


捜索する人の物音を聞きのがさないよう静かにしていると、近場に沢があるのか遠くない場所からさあさあと水音がする。ほかにも虫の羽音や鳥の囀りが聞こえる。
落ち着いた心境で聞くと自然の平和な営みのように聞こえてきた。
風に揺らぐ木々の音は俺たちを取り囲むようにサラウンドで聞こえてくる。


そんな中、ふと鼻をくすぐる匂いがした。
道の途中にかすかに嗅いだ、きららかな香り。


心臓がどくんと、はねた。


その匂い元を、慎重に慎重に、たどる。


多分、三智からだ。


匂いは徐々に強まり、俺の心臓はどんどんと早鐘をうつ。喉が乾き、身体の中だけが熱くなってくる。


俺は、
俺は、
俺は、この状態を、知っている。


これは、ヒートだ。


ヒートとはフェロモンによって引き起こされる周期性をもった性発情。
αの性器を、子種を求め、さまざまな反応を引きおこす、俺の意志だけでは止められない生理現象だ。


聖人と番になり聖人以外に発情することはなくなった。ヒートでも聖人以外にばれることは無かった。
番効果の凄さを一番実感していたのは俺だ。


ヒートの周期は一定であり、その周期も普段から安定していた。聖人と予定を合わせて一緒に過ごすようにしていたし、今はヒートの時期ではなかった。


それに三智。
αの聖人にまとわりつき、Ωの俺を邪険にし目の敵する。
濡れた黒目に華奢な白く長い手足。うなじの白さと濡れたような黒目。
女の子のような容姿だったから、てっきりΩだと思っていた。


渇きはじめた喉から絞り出すように、問いかける。心臓のどんどんいう音だけが身体中に響きわたり、うるさくてたまらない。

「……三智って、……αなのか」
「知らない。検査してないし」

三智は何かに気づいたかのように急に鼻をならした。

「……至生から、いい香りがする」

すんっと匂いを嗅ぐのをやめた三智の目は、俺の姿をとらえると急に熱を帯びはじめた。まとわりつく匂いに、ねっとりと絡みつく視線。
見えない愛撫のようなそれは、俺の変化を加速させていく。

「……俺を、見るな」
「何で? 見たっていいじゃん」

三智はそう言って俺との距離を詰めてくる。

「近寄るなっ」

俺は後ろに距離を取ろうとするけれど、強く押した足がひどく痛み力が入らない。


俺の身体はますます熱くなる。
腰の奥から熱さがあふれ出る。
俺からも匂いがあふれ出ててるんだろう。


現に三智の頬は上気し目は濡れて目元は赤らんでいる。
その目は俺から外れず、俺の息づかいを追ってるように見えた。それはまるで獲物を前にする肉食獣のようで、とても、怖い。


近づいてくる三智に向かって、俺は力の限り叫ぶ。

「く、来るなっ!!」

俺の制止は三智には届かない。
ますます詰められる距離、伸びる手。

「お、俺に、触るなっ!!」

三智の手が触れる。
熱さが、びりびりした電気のようなものが俺の身体を走り抜ける。
俺の中からは熱の奔流があふれだし、俺は力が入らず動けない。


三智に引き倒された。
地面にぶつかった頭が感覚の隅っこで痛みを訴えている。


俺に覆いかぶさってくる三智。
三智の肩越しに見る雨上がりの空は、やけに青く澄みわたっていて、どこまでもどこまでも見渡せそうな気がした。




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