君は所詮彩り

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5 揺らぎの少年

揺らぎの少年 1

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はじめて三智と顔を合わせたのは中学の時。俺は附属の高校に上がらず他の高校に通うと方針を変更したばかりだった。


普段は聖人と勉強をしているけど、それだけでは不足があると近くの予備校の夏期講習に行かされることになった。


ギリギリに出発したら最前列の席しか空いてなかったし、今日開始の新しい科目はゆとりを持って到着したい。聖人も早く準備しろとうるさいし。


早めに自室に準備に向かうと、離れに続く廊下の部屋のドアをせわしく出入りを繰り返している子どもを見かけた。

「なにやってるんだ?」

後ろに立って話しかけると、びっくりしたらしくびくりと身体を振るわせ硬直させている。

「こ、この部屋を使っていいって言われたけど、ほんとにこんないい部屋使っていいか、わからなくて。……い、いいのかな」


俺に声を掛けられて動揺中の本人と一緒に室内をのぞき込む。確かにホテルの客室みたいに立派だ。部屋内にバスルームもトイレも完備されている。
設備や装飾もそれなりに凝ったものだ。家の中にこんな部屋があったんだ。全然知らなくてついつい興味深くながめてしまう。

「別に気にしなくていいんじゃん。ここに案内されたんだろ?」

子どもはうなづいている。理解はしてるが落ち着かないらしい。
まだそわそわと部屋を気にしている子どもの姿に閃いたものがある。何日か前に聖人から言われていた。長期休みに親戚の子どもが来るって。

「そう言えば、お前が夏休みに来る親戚ってやつ?」

「多分そうかな、お兄さんここの人?」

その子どもは俺の問いかけを肯定すると慣れてきたのか逆に関心を向けてきた。

「……そうだけど」

子どもはじいっと俺を見てくる。
好奇心がわいてきたのかきらきらした目を向けてくるから何となく気圧されてしまった。おい、そんなに見るなって。子どものこういう目、まっすぐなくるおしい目はちょっと苦手だ。

「こちらにいたんですか?」

出発時間が早まり連絡に来た聖人が俺を探しにきた。気詰まりから解放された気がした。
聖人に紹介された子どもの名前は三智といって俺の従兄弟だという。母や聖人の甥だそうだ。


街の予備校まで聖人に車で送ってもらう。この後に予定がある聖人は俺を予備校前に置き去りにするらしい。まだ前コマの授業中で教室に入れないのに。コンビニに寄って時間をつぶすしかない。ぶうぶう不満を言ってると出発前に会った子どものことがふと頭をよぎった。

「あいつは、いつまで居るんだ?」
「来月の3日までですね。10日ほどです」

夏期講習の前半と被っている。俺は接待を期待されていないことに気がついた。無理に相手にしなくてもいいなら気楽だ。
自分より年下の子どもなんて苦手だし。
俺は構う方ではなく、いつでも皆に構われて可愛がられる立場でいたいんだ。

「そういえばさ、知らなかったよ。従兄弟がいるってこと」
「あちらと交流してなかったですからね」

へえ、何で付き合いをしなかったんだろう。数少ない親戚だろうに。聖人は何も言わず、その先を続けそうにない。何か事情があるんだろうか。別段質問するほどの疑問でもない。


日差しが強く少し暑い。聖人にクーラーを入れてもらう。少しでもと涼を求めて窓を開けると勢いよく吹き込む風が俺の目にびしびしと当たる。痛む目を細めながら俺は小さな違和を受け流した。





それから三智は毎年長期休みになると我が家に1週間程度遊びに来るようになった。俺と一緒に遊ぶ事もあれば、秋田さんと一緒に近場の山に行くこともあった。秋田さんにも他の人にも懐いているようだ。厨房にも頻繁に出入りしていた。一人でも十分楽しいようで、俺の手間もかからない。



祖母に育てられた三智。
義理の母とうまくいっていないという話をうっすらと聞く。誰が言っていたのか分からないけどいつの間にか認識していた。聖人に相談があって、それからうちに来るようになったようだ。



俺は三智と雑誌の取り合いをする。
他人行儀はうちに来た最初の年だけで、俺は年下の子どもだろうが客人だろうが遠慮なんてしなかったし、三智は大人たちの前では大人しくしていたけど、俺には同い年のように張り合ってきた。年下の子どもにこれは、なめられてるにちがいない。


俺の部屋からも雑誌やソフトなんかも勝手に持ち出してしまう。今日も買ってきたばかりの雑誌を勝手に持ち出そうとするから阻止して捕まえた。

「離してー」
「やだ、くすぐってやる」

足で抱えこんで腹をくすぐると三智は笑いながら足をばたつかせる。その足が俺の腹を直撃する。
俺が痛みに悶えてるとその姿を見て三智はきゃらきゃらと笑っていた。む、むかつく。


腹を抱えて立ち上がると、その場から見下ろした三智の目が大きいの気がついた。少し目尻が垂れていて、まつげがばさばさしてる。

「おまえ、睫毛なげーな。目に入ったらいたそう」

俺の指が睫毛に触れそうになると、その手は勢いよく払われた。顔に触れると嫌がられるみたいだ。

「借りてくねー」

俺が気を取られていたその隙に三智に雑誌を奪われ、そのまま部屋に逃げ込まれた。くそう俺のグラビア。まだ見てなかったのに。



「よく見たら、あいつ女みたいな顔してんだよな」
「姉にそっくりです」

三智は色が白くて髪色が濃かった。漆黒という小説で見かける表現が近い気がする。首が長くて、心持ち唇も赤い。その三智に似ていたという叔母の姿を想像する。

「三智母って、きれいな人だったんだろうな」
「そうですね」

俺のつぶやきに聖人は少し寂しそうな顔をする。その顔を見ると俺はなんだかたまらくなって聖人の胸に頭を寄せ擦りつけた。


聖人の手は俺の髪を撫でていく。あたたかな指が顔に近づくたびに俺は目をつぶる。自分のこの反応は、頭を撫でられている猫のようだなと思いながら。





きらきらした少し垂れ目の子どもは年とともに視力が落ちて、眼鏡姿になった。
もう三智のながい睫毛は見られない。
ゲームに興じる三智を横で見ながら、俺は昔の日々を思いだしていた。



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