君は所詮彩り

balsamico

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3 至って至生

至って至生11

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「ここにお連れした理由は、今日、至生さんから本音を聞かせていただきましたから、私もちゃんと本音を返さないといけないと思ったからです」

聖人は飲まないと話せなさそうだからと、自分用に筒に入ったウィスキーと氷等一式を持ってきた。コルク栓を抜いて氷が入ったグラスにウィスキーを注ぐ。


注ぐ瞬間立ち上がる強いアルコールと芳醇な香りが広まり徐々に薄れていく。俺はまだ飲酒はダメだけど一瞬広がった香りには何か惹かれるものがあった。

「一人で勝手に失礼します」

「どうぞ」

聖人が俺の前で酒を嗜む姿は珍しい。無防備になるために必要なのかなと思った。

「あるところに一人の少年がいたんですね。少年には家族がいて、よその家より貧しかったけれど、引け目も感じず普通に暮らしていたんです」

そう言って聖人は話しを続けていった。





少年の家族は5人。母親と子供たち。年頃になると子供たちもパートナーを得て新しい生活へ旅立っていった。一人づつ減っていく家族。離れていても皆、元気にしていた。


あるとき少年は不幸という事象に遭遇する。初めての出会いのくせにそれは二番目の姉を、長姉を、母を、少年の居場所すら次から次へと奪っていった。あっという間に少年は独りぼっちになってしまった。


ただ、少年にとても懐いていた甥っ子がいた。その子がいるならと、その子が住む家に世話になることにした。

「その子って、俺?」

「そうです。それがあなただったんです。俺のことをすっかり忘れてましたけどね」


世話を任された子どもは手の掛かる子どもだった。当初は面倒を押し付けられたと思ったそうだ。屋敷にはほとんど知り合いもなく頼れる人もなかった。少年は家族を失ったばかりで悲しくて不安でいっぱいだった。

「だけど、あなたがいたんですよ。あなたは次々と問題を起こすし、事件に巻こまれてくる。目を離す暇がなかった」

俺に向ける聖人の目は優しい。

「毎日大変だったんですが、秋田さんや暁生さんや屋敷の皆が助けてくれた。私は人見知りだったんですが、そんなことを言ってる場合じゃなかったんです。
皆で協力しないとあなたの対応ができなくて、いつの間にか私は屋敷に馴染んでました。それに、私自身の新しい生活もあって慌ただしくて悲しんでる暇もなかった」


迷惑ばかりじゃなくて安心した。俺、少しは役にたっていたのか。


「それと平行して勉強も頑張りました。暁生さんに援助していただいてましたし、その援助に報いてこの家に私を引き取った事を後悔して欲しくなかったんです。
それとあなたですかね。あなたを導いていける、尊敬される人品でありたかった。学歴なんかは分かりやすい努力の指標ですよね」


それにと言って、聖人はぐるりと部屋を見回した。


「この部屋はキャッシュで買いました。あなたのお世話担当という事で、未成年だったのに援助を多めにいただいていたんですよ。それを貯めて、二十歳から投資を始めました。小さな売り買いをして投資規模が拡大した際に、相場が下がった。価値以上に下がったと思う銘柄を有り金はたいて買い増したんですよ。それから相場が上がったので程よい時に手放しました」

聖人はグラスに酒をつぎながら続ける。

「俺は運がよかったんです。世の中の景気動向も知識も。俺は真砂さんや暁生さんから学んでいたんです。運用の回し方も」


まーちゃんと親父は俺には何も教えてくれないけど。少しひがんでみた。


「ここはたまたま知り合いが売りたいと言っていたので、譲ってもらいました。北郷の家の近くにも一人になりたい場所が欲しかったので」

聖人の口ぶりだと他にも不動産や収益性の資産を持ち合わせているようだ。

「なんで家で働いてるんだ?仕事しなくてもいいんだろ。一人になりたいのなら屋敷から出る手もあるじゃないか」

聖人は少し赤らんだ顔して頭を振った。

「貴方はわかっていない。暁生さんや真砂さんたちと関われる喜びを。秋田さんや皆とはもう家族みたいなもので、それに屋敷にはあなたがいるじゃないですか」

「えっ、俺」

「そうですよ」

「俺は自分から何もしてないし、さっきの話だと単に迷惑を掛けてたアホガキじゃないか」

「あなたはすごいんです。身寄りの無い私に居場所を与えてくれた。数々のトラブルも結果的には私の北郷での居場所をつくることになった。
私を律し高めるきっかけをくれた。新しい仲間や家族をくれた。私に生きがいをくれたんですよ」


聖人は俺をじいっと見てくる。その視線が強くて照れる。


「あなたが……以前みたいに相手にほいほい付いて行かないで、抵抗してくれたのは嬉しかった。
本当は良くないですけど、自分で考えて薬を二重に服用していたことも嬉しかったですね。自分を大事にして欲しい。あなたには幸せになって欲しいんです」

なら話は早い。俺の幸せは聖人だ。

「俺は聖人と番になって幸せになりたい。それじゃダメなのか」


聖人は少し間をおいて話だした。

「俺のすぐ上の姉の話を聞いてますか? 貴方の母親の妹にあたる人です」

「聞いてない」

「弟の俺から見ても可愛くて優しげな姉で、属性はΩでした。調子が悪くて学校から早退して帰って来る途中にヒートになってしまったんです。
初めてだったから何も対応ができなくて、気が付いたら近所のαに犯されていました。俺も知らずにその場に居合わせてしまったんですが、そのαが怖くて何も出来なかった」

聖人は哀しそうだ。

「知ってます? ヒート時のαとΩの受胎率。高確率なんだそうですよ。姉はその結果、身籠もってしまい、その男の家に行くことになったんです」

カランとグラスの氷がぶつかる音がする。聖人はアイスクーラーから氷を足していた。

「出産時、子どもは助かったんですが、姉は出血性ショックで亡くなってしまいました。まだ姉自体が未熟で子どもだったんです。母体が成熟していなかった。相手のαの男は呆然としていました」

しばらく黙ったあと聖人は言った。

「……本当に相手の事が大事だったら、本能のままに、欲望に流されてはいけないんです。相手が自分で判断することが難しい若い年齢の場合には、特に」


だから、俺に手を出さないのか。
頑なに俺を拒むのか。


「私はあなたが好きですよ。貴方の初めてのヒートは地獄でした」

そう言って聖人は笑っていた。

「聖人、俺は聖人のお姉さんより年下なの?」

「今は貴方の方が上ですよ」

「じゃあ大丈夫じゃないか」

そんなことはないですよ、と聖人はつづけた。

「大人は都合が良いように振る舞えるんですよ。経験と知識で、あなたを丸め込める。年上だから余計よく見えているのかもしれない。あなたと私との歳の差は対等ではないんです。私に付け入らせてはダメですよ」

「それは、聖人が俺から逃げる口実じゃないか、俺は長年ずっと聖人といて、聖人がいいと思ったんだ。
聖人、自分で言っていたよな。運命の番なんてない、胸を張れる人を自分で選べばいいって。俺は聖人を選ぶ」

聖人は何も言わず、ただ俺を見ている。

「お姉さんの時、何も出来なかったんだろ? 後悔してないのかよ。俺がお姉さんと同じようになってもいいの? 他のやつにとられてもいいの?」

「嫌ですね」

きっぱりとした返事。かなり酔っぱらってるのか、わりと聖人の顔が赤い。だからやけに素直だ。

「聖人が俺を番にしないと、また俺、襲われちゃうよ。番になればΩのフェロモンって番以外に効かないんだろ? 俺は聖人を選ぶ。今度は聖人のばんだ。決断しろ。俺を選べ」

「……あなたは、昔と変わってないですね」

そう言って俺の顔を嬉しそうに見て笑ったと思ったら、がくりと崩れ落ちた。近づくと酒臭い。寝落ちしたみたいだ。
ウィスキーのボトルは半分くらい空いていた。


俺はあちこちが痛む身体で寝室を探しだし、聖人を寝室に引きずりこんだ。
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