君は所詮彩り

balsamico

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3 至って至生

至って至生10

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診断は全治1週間。診断書も取った。

予想より傷が軽かったので、聖人は少し和らいだ表情になっている。ほっとしているみたいだ。


診察の最中、抑制剤をダブル摂取したことを白状してしまったら診察室から退出後、聖人に叱られた。でも叱っている聖人は何だか嬉しそうだ。


俺は腹や蹴られた足がまだ痛いので車で横になる。
家への帰り道、相手の対応をどうしたいか聞かれた。


他者の介入があったので、今後先輩からの露骨な手出しはないだろうし、俺は面倒くさかったので聖人に一任した。多分いろいろ手段を使ってそれなりの制裁を科すんだろう。



車が家に近づいた時、しばらく無言だった聖人が言った。

「……お時間を、連休を頂いてもいいですか?」

「いいんじゃない」 

何で俺に許可をとるのか俺には意味がわからなくて適当に答えてしまったが、後で意味を知る。


車止めに車を止め、聖人だけライトがついたまま車から降りた。


「ここで待っていてください」とだけ言われ、しばらくしたらボストンバッグを手に戻ってきた。また運転席に戻り、車は家から走り出す。あれ、あれ。

「家、戻んないの?」

「ちょっと違う場所に行きましょう」

連れて行かれたのは繁華街に近い丘にある大きなマンションだった。地下駐車場に続くスロープの入口ゲートが何もしないのに自動に開いていく。

「何で勝手に開くんだ?」

「自動認証ですよ。顔認証と車種やナンバーで開くんです」

広い地下空間には普通の高級車が何台も駐車していた。

「歩けます?」

後部扉を押さえる聖人に手を貸してもらい車外に出た。足をおそるおそる踏み出してみるが時間が経ったせいかそんなに痛くない。

「大丈夫そう」

支えようとする聖人の手も断って一人で歩く。

でも、体重をかけるとそれなりに痛い。病院で見た蹴られた箇所は緑色になってたから明日には紫色になるんだろうな。
足を引きながらエレベーターに向かう聖人に続いていった。


低層階のマンションのようで4階までしかない。聖人は手慣れた様子でタグキーをかざしてから4階ボタンを押していた。


エレベーターから出ると一面ガラス張りのはめ込み窓から街の夜景が一望できた。光は街中に集中しており街から離れると暗さの割合が増す。ずっと向こうに見える海は真っ暗だった。


内廊下は柔らかな照明で照らされ、内装はシックな色調で統一されていた。足元は少し沈むような厚手の絨毯がひかれ靴音が一切しない。まるで高級ホテルみたいだ。


いくつかの玄関を過ぎ、廊下の突き当たり奥が目的の部屋のようだった。部屋番号は404。この広いフロアで部屋が4つなのか。

「こちらです、どうぞ」

扉を開けて待つ聖人に促されて中に入る。明るいけれど落ちついた照明。間接照明が多用されていた。段差の無い広めの大理石の玄関。どこで靴を脱いでいいのかわからない。

「どこで、靴を脱いだらいいんだ?」

「その辺で大丈夫ですよ」

綺麗な白い大理石に不似合いな臭いそうな運動靴。入学してから一度も洗っていない。上履きもだ。あれは1学期毎に履きつぶして、交換するものだ。


靴下も汚れてそうだけど、多分聖人はそこまで神経質じゃないから気にしないだろう。端に置いてあるスリッパの存在が目に入ったけど、めんどくさいので無視した。


廊下を先ゆく聖人にきょろきょろしながらついていく。いくつかのドアを通り過ぎる。他の部屋や風呂場とかだろう。


廊下の奥のドアを開けた先に広がっていたのは、だだっ広いリビング。20畳くらいはありそう。そこにでかいテレビと黒の革張りのL字ソファだけが鎮座していた。


俺は部屋全体を見回した。生活感が無く、物が少ない部屋。
ここはきっと聖人の部屋だと思った。うちの家にも聖人の部屋はあって、置かれているものの雰囲気が共通していた。


「そこに座っていてください。今飲み物を出しますから」

聖人は俺にソファを指し示し、反対側にあるキッチンの大きな冷蔵庫から飲み物を取り出していた。
聖人から手渡されたのはボトルウォーターだった。

「すいません、今これしかなくて」

「ありがとう」

そういえば病院の間も水分を取っていなかった。キャップを開けようとしているとテーブルの上に別の物も置かれた。俺の抑制剤が入ったピルケースだ。

「これも、一緒に飲んでくださいね」

俺は秘かにがっかりした。いや大いにがっかりした。
俺の告白に心打たれた聖人が、俺を秘密の自室に連れて来て、そこで薬が切れヒート状態になった俺といちゃラブのぐちゃどろ展開になるんじゃないかと、途中から期待していたからだ。


薬を規定数を取り出して水と一緒にガブ飲みをする。これは飲まずにはいられねーや。くそー。飲んでやる。飲みきってやる(水を)。

「出前か何か取りますか?」

聖人に言われて、初めて空腹なのに気がついた。時間は19時過ぎだ。我が家の夕食の時間はとっくに過ぎている。腹の痛みで忘れていたみたいだ。

「多分、出前だと待てない。お腹空いた――」

俺は人のうちなのにソファに倒れ込む。

「なら、冷凍ピザ、チャーハン、ピラフ、冷凍グラタン、冷凍パスタならありますよ」

何、そのフルラインナップ。聖人が料理をしないのは知っていたが、その品揃えとは。カップラーメンとかも沢山種類がありそうだ。

「チャーハンとピザが食べたい」

聖人が、チンしてくれたチャーハンをかきこむ。カレーや豚カツも飲み物らしいけど、実はチャーハンも飲み物かもしれない。時々米粒や具材が気管に入っちゃうけど。


俺はチャーハンを流し込み、ピザにかじりついていた。

聖人はそんな俺をじいっと見ている。

「聞かないんですか?この場所のこと」

「え、ここ聖人んちなんだろ。必要なことだったら、自分から言うだろ」

俺の言葉にはっとした聖人は再度俺の顔をじっと見て言った。

「あなたは、普段見せている顔と本当はちがうんですね」

俺が伸びるチーズと格闘しているとそんなことを言ってくる。別に俺は俺で、ただ単に勉強が嫌いで苦手なだけなんだよー。


食後には聖人に渡された病院で処方された痛み止めを飲んだ。少し食べ過ぎた気がする。胸やけがする。
そういえば聖人は見てるだけで一緒に食べてなかった。

「聖人は食べてなかったけど、夜は食べない主義とか?」

「夕食抜きはやってません。ちゃんと後で何か食べますよ」

俺の独りで食べてしまった罪悪感をごまかす発言を心配と捉えたのか聖人は少し嬉しそうだ。
俺は少し気まずくて話題を変えた。本命中の本命。直球ど真ん中。一番知りたかったことに。

「そろそろ、聞かせて欲しいな。俺をここに連れて来た理由があるんだろ」

聖人のにこやかだった表情が真摯なものに変わった。

「そうですね。どこから始めましょうか」

そう言って聖人は話を始めた。


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