君は所詮彩り

balsamico

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2 聖人

北郷家 3

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北郷家にきてから俺はしっかり勉強をした。北郷の中で自分の価値を上げておこうと思った。


少しでも役に立つ人間であると目をかけてもらえるように。
提示する能力の過多で扱われ方も変化してくる。


それには目的があった。
俺自身がこの家から追い出されないこと。
至生の教育に関われるようにすること。
最終的には至生の北郷内での立場を強固なものにすること。


まだ暁生さんは若い。
今後、至生以外の後継者が現れないという保証もなかった。


北郷ではあまり表に出していない事業をやっていた。
情報収集とコンサルティングをメインとしたリサーチ会社だ。
ここがグループの要に思える。


やむにやまれず依頼した法人と強固なパイプを作り関連する自社グループ企業へつないでいるようにみえた。
もしかしたら弱みにつけ込んで取引を行っているのかもしれない。


社長は暁生さんだが、取締役にあの人も名を連ねていた。
あの人は物静かで、何も言わずに、いろんなことをただ眺めていた。


問題の芽が生じた時や役に立ちそうな何かを発見したとき口を開くらしい。
俺と至生のことも見ていた。


至生が軽く扱われるような事態は許せないと思う。至生の後ろに姉たちや母の思いを感じていたからだ。
至生がないがしろにされたら、それらも一緒に踏みにじられるような気がする。


至生が軽んじられない揺るぎない立場。それを築くためには、まず俺自身の足場を固める必要があった。


俺には人の嫌悪の感情がみえた。
俺は屋敷内で、たわいのない雑談をして口の端にのぼるようにした。





ある日あの人に学校帰り声を掛けられた。
真砂さん。
暁生さんの中高の同級生でパートナーだ。


たたずまいが優雅で所作のひとつひとつが美しかった。
切れ長の一重で地味な顔立ちなのに、存在に気がつくと目が離せなくなった。
噂だとβという。こんなβがいたのか。

「聖人くん、こんにちは。今良いかな」

真砂さんは俺の顔をじろじろ見てくる。

「な、何か」

「麻耶さんに似てるなって思って」

「そ、そうですか」

真砂さんは暁生さんに似て眼光が鋭く、見透かされていそうで妙に怖い。思わず後ろに引いてしまう。

「取って食いはしないよ。立ち話もなんだから部屋で話でも良いかな」

案内された部屋は暁生さんのプライベートエリアのリビングで、博物館で見かけたル・コルビジェのソファやオットマンが並んでいた。


勧められて腰を下ろす。
革は滑らか。吸い込まれそうな座り心地で、体躯が疲れない反発力があった。


手慣れた様子で戸棚の奥に隠された冷蔵庫と簡易カウンターで飲み物を用意をする真砂さんの姿に、二人の関係をひしひしと感じてどぎまぎする。

「紅茶でいいかな」

「あ、なんでも良いです」

「じゃ、これ、今はまってるやつ」

出されたものはアイスティーだった。でも普通のものとはちょっと違っていろんなフレーバーが混じり合ったようなものだ。

「これは、香りが違いますね」

「面白いでしょ。北欧紅茶のセーデルブレンドをアイスティーにしてみたんだ。もったいない飲み方だって言われる」

半分飲んだところで真砂さんの出方を待った。


人の好き嫌いが見えることについてか、至生の学校でのいじめや性犯罪に巻き込まれたこととか。
心当たりはいくつかあったのだ。



「ここの生活慣れた?」

「慣れました。秋田さんには本当に良くしていただいています」

「そう良かった。何か困った事があったら僕にも言って」

とりあえずは生活のことだったのでほっとした。でも本題はこれからだ。


「至生は聖人くんが来てから落ち着いてきた。僕や秋田さんだけじゃ手に負えなかったから。ありがとうね。やっぱりお兄さんの言うことだと聞くんだね」

真砂さんはにこにこしている。

「それと、聞いたよ。聖人くん学校の成績がいいんだって。進学先、僕らの母校なんかどうだろう。行ったら楽しいと思うよ」

暁生さんと真砂さんの母校の私立高を勧められた。
まだしばらく先の話だったので、考慮する旨だけを伝えた。

「さて、本題に入るよ」

姿勢をただした真砂さんの目が光ったような気がした。
真砂さんはきれいな顔をしているのに真意が見えなくて怖い。

「小耳に挟んだんだけど、聖人くんは人の感情が見えるんだよね。それで間違ってない?それはどのように感じるの?」

「はい。見えるというか、感じます。その場にいる人のぼんやりした好意や悪意、裏の裏の悪意とか。色のように見える時もあります」

「それは憶測ではないの? 例えば僕が聖人くんをどう思っているかとか、至生をどう思っているかとか教えて」

「至生については、困ったという感情だけで特に好きも嫌いも感じてないです。自分については……」


真砂さんから感じた一瞬感じた嫉妬。俺の中に姉の面影を見つけた時だ。

「一瞬、嫌な感じを抱きましたよね。多分、姉に似ている、そう思われたんだと思います。それ以降は好印象をもたれたとしか……こんな感じですかね」


「ふぅん、間違っていない。でも推測でも対応できることだね」

真砂さんは一瞬考えてから言った。

「動画はどう? 映像から感情を汲み取れる?」

「やったことはないですが、出来るかもしれません」

真砂さんは棚からノートPCを取り出し、該当の動画をみせた。


防犯カメラからの映像、あまり鮮明ではない。ビルの一室を外側からとらえている。


部屋の中から話し声がしている。
ドアがあいて背広姿の男達が部屋から廊下へ出てきた。
真砂さんは映像をここで止めた。

「この中で暁生に害意を持っている者を教えて」

もう一回最初から再生する。
男達は6人いた。うち3人が北郷側の人間、残りが他社の人間だった。
他社の人間はうっすらとした嫌悪を暁生さんに抱いていた。
何か不利な条件でも飲まされたのだろうか。


北郷側の人間に引っかかりがある者がいた。黒くガリガリしたイメージが浮かんでくる。


最後から二番目に部屋を出た男、αのようだった。かなりの不満を暁生さんに抱いていた。
だからといって暁生さんに直接害を及ぼすものではなかった。
その旨を真砂さんに伝えると納得していた。

「今日は、たまたまわかりやすい例しか用意できなかったけれど、聖人くんの能力が少しわかった気がする。今後、聖人くんにお願いする事もあるかもしれない」

真砂さんは俺を見て、また考え込んでいた。

「決めた。週に1,2回程度、時間作れる? 食後二時間程度」

「大丈夫だと思います」

「いろいろ教えたいことがあるから。聖人くんは至生を支えるんでしょ?」


真砂さんは俺をまっすぐに見つめ言う。誰にも言っていないのに、この人にはバレていたのか。


姉と対抗する立場にいたこの人を良く思わない時期もあった。
実際、今日ここで話すまで良い印象を持っていなかった。


きっとこの人も人間らしい感情を、姉に対してどうにもできない感情を抱えた時期もあったんだろうと素直に思えた。

「そのつもりです」

俺は真砂さんの目をしっかりとらえて言った。
真砂さんはにっこり笑っていた。
その顔はきれいで笑顔は本心からの笑みに思えた。





俺は真砂さんとの勉強会を通じていろんな事を知り、学んだ。
真砂さんと勉強していると時折、暁生さんも乱入してくる。
以前αの威圧を暁生さんから受けたこともあったけれど、真砂さんの前では暁生さんは普通の人だった。


この場で真砂さん、暁生さんとかなり親しくなった。
北郷の関係者たちとも親交を深めた。


部屋を後にして自室に戻るときに、ちくんと胸が痛くなった。
あの場に至生がいないことを。


いつかあの場に、相応しくなった至生を連れていこうと思った。


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