君は所詮彩り

balsamico

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1 至生

歩み寄り

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ベッドに寝ころんで携帯端末で書籍を見ていた。受験後に読むのを楽しみにしていた作家の新作。バックライトに照らされ浮かび上がる画面。


抑制剤の副作用なのか文字が記号のように見え、頭に入らなくて上滑りする。本当に見ているという表現がぴったりだ。



ノック音がして聖人が顔をみせた。

「今、お時間いいですか?」


昨日あれだけ俺を絶望の淵に突き落とした癖に、何事もなかったように顔を出してきた。


「昨日は脱走二回目でしたけど身体はいかがですか?」

「別になにも。昨日引き倒された時にできた擦り傷があるくらいで」


手や足の擦り傷に触れていると、俺を見る聖人がうっすら微笑んだ気がした。

「あなたは冷静な時とヒートの時では差がありすぎる。少し話をしませんか?」

返事もしてないのに聖人は勝手に机の椅子を動かしてベッドサイドの横に腰を下ろした。


近距離の聖人からはいい匂いがする。抑制剤の効力で安らぐ以上の変化はもたらされなかった。

「俺がどういう親戚だか知っていますか?」

聖人の持つ背景。
きちんと話された事はないけれど、何となく知っていた。

「母さんの弟」

聖人は頷いていた。


正確には聖人は母親の異父弟だった。
祖母は番なしのΩで、惹かれるαの子を孕んでは次々産んでいた。祖母の最後の子が聖人だった。

「あなたの母、私の姉ですが、彼女の生前は、よくあなたの世話をしていたんですよ」

母親が生きていたとき、聖人と俺は会った事があるという。俺は異様に聖人になつき、離れるのを嫌がり、ずっと抱きついて離れなかったそうだ。何回も対面していたそうだが、いつも同様にべったりだったらしい。


聖人にαの判定が出たとき、大人達にはうっすらと想像されていたらしい。
俺がΩなんじゃないかと。そして聖人の番じゃないかと。

「今思うとαとΩの関係があったのかもしれませんね。縁を感じたので、この家にお世話になることにしたのですが、肝心のあんたはすっかり変わっていた」


多分変わったのは、母が亡くなってからだ。


今まで、何も見えなかった母の姿が、こうして話をするたびに浮かび上がってくる。


思い出した母は髪が長くて、しっとりとした感じの色気があって、姉御肌でよく笑う人だった。
よく見れば目の前にいる聖人に似ている。色の白さや髪の毛の黒さや直毛具合も一緒だ。



いろいろ思い出してくる。
あの日は、目の前に紫色と水色のボールがあったんだ。


それは聖人にもらったボールで、すごく良い匂いのするボールだった。
聖人と、また、これで遊ぼうって約束をしていた。


母さんは大人達とばかりしゃべっていてつまらなかった。ボールを出してよい匂いを嗅ごうと思った。


カバンから取り出したボールは手のひらよりも大きくて、手からすべり落ちてしまった。
ボールはポンポンと弾んでいく。


ボールを拾わなくちゃ、頭はそれだけでいっぱいで、ここはどこなのか、どんな状況なのか、さっぱり分からなかった。


視界にはボールしかなかった。ボールを追って走り出した。


至生! という声とキキーっという耳をつんざく音がしたと思ったら、ドンという音と金属の匂いがした。


突き飛ばされて、縁石にゴツンと頭がぶつかって星が飛ぶ。
頭が痛い。あちこちが痛くて涙が出る。

母さん痛いよ。

後ろをみると母さんが地面に寝ていて周りがどんどん赤くなっていた。




周りに不憫がられていたのは母親を亡くした子どもだからではなくて、自分が原因で母親を亡くした子どもだったからだ。


幼いなりに自責の念を感じていたのか、母親を目の前で亡くした俺は記憶を無くす。


聖人と再会した時にはすっかりキャラクターが変わってしまっていた。



それからは酷い目に合わされたり、辛いことがあると、記憶を無くす。


ランドセルや傘を無くすのは、いじめで隠されていたから。


裸で服を無くしていたのは、性犯罪に巻き込まれていたから。


証拠があるときは通報して、本人が直ぐに記憶を無くしてしまうので、証言が取れない時は、聖人ら家人が張り込んで犯人を見つけてはボコボコにしていたらしい。


「最近では耐性がついてきたみたいですよね」


中1の時の下半身を剥かれた事件や、最近の高校生に先っちょまで入れられた件についてはしっかり覚えている。


舐められかき回された、ねっとりした快楽も。思い出すと身震いがした。


「あ、あれは、ま、聖人が、抱いてくれないから」

「俺のせいにするんですか?」

「血が薄いとはいえ、一応叔父なんですよね。それにあんたに手をだすと、もれなくこの家がついてくる。それは重いですよ」

「あんたって、呼び方止めてくんない。なんかムカつく」

「俺のことが好きなくせに他のヤツに抱かれようとする薄情者なんて、あんたで十分ですよ」


そう言って聖人は笑っていた。

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