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結婚しようよ
しおりを挟む羽根くんと繁華街に映画を見に行った。
単館上映の映画で、今後ネット配信があるかわからなかったので二人で足を運んだ。
すごく良い映画だった。ささくれていた主人公が相手に尊敬と愛情を抱いて表情が穏やかになっていくんだ。
相手が好きすぎて、彼が離れていってしまうんじゃないかという不安から浮気をしてしまって、大事な人を絶望させてしまう。僕だったら絶対にしないけどね。
「風景がすごかった。凍り付きそうな寒さが伝わってきてた」
「羊の出産の手際の良さ、惚れる理由もわかる。あれはカッコよすぎ、ずるいよ」
「たき火のシーンが特によかった。あれで二人の距離が縮まったというか」
「そう、そう」
映画館のビルを出て二人で映画の感想を言いながら歩いていると
「暁人! 」
後ろから羽根くんの名前を呼ぶ声がした。
羽根くんが振り向いたので、僕も一緒に振り向いた。
声の元には30代後半位の黒のスタンドカラーのコートを着た男がいた。
鍛えられた体、手入れの行き届いた髪、おしゃれで身ぎれいな男。
僕のセンサーがビコビコ反応し、こいつは同類と激しく警鐘を鳴らしていた。
「……三尋」
羽根くんは戸惑っている様子だ。
男は一緒にいた僕を上から下まで一瞥して値踏みをした。そして大したものじゃないと踏んだのか僕を見て鼻をならした。
「久しぶり、親戚の子?」
「まあ」
「元気そうで何より、じゃあな」
羽根くんの肩に手を置き、満面の笑みを残して去って行く。その後ろ姿を眺めながら、僕は羽根くんに問いかけた。
「羽根くん、あの人誰?」
「うん、まぁ」
羽根くんは言葉を濁して答えない。
そして僕が親戚のボク扱いされても否定しなかった。
僕は食事をする予定の店の方向から、きびすを返して地下鉄の駅に向かって歩きだした。
羽根くんがあわてて追いかけてくる。
僕らは家に帰るまで無言だった。
*
あの映画館の近隣にはゲイバーや発展場があるエリアがあった。
羽根くんもウブな少年ではない。
僕より20年も大人なんだ。
僕の知らない歴史や大人の関係があってもおかしくはない。場所柄、羽根くんが僕に紹介したくない知り合いに会ってもおかしくはなかった。
僕は羽根くんしか知らなかったけれど、羽根くんはタチもネコも経験があるようだったし。
僕もその点は仕方がないと思っていた。
羽根くんが多感な時期に僕は赤ん坊だったんだから。
だからこそ今が大事だと考えていた。
家に着いてコートをハンガーに掛け、風呂のスイッチを入れた。あの男と羽根くんの会話場面が頭をぐるぐる回る。
親戚の子と言われても羽根くんは否定しなかった。
僕が値踏みされてもそのまま放置された。
なぜあの男に僕が恋人であると訂正しなかったのか。
なぜあの男のことを聞いた僕に説明しないのか。
羽根くんが僕よりもあの男を優先したように思えて、悔しくてたまらなかった。
あの妙に馴れ馴れしく親しげな感じ。
不快でたまらない。
羽根くんの可愛いところも、意外とたくましいところも、あの男は全部知っているんだ。
僕だけの羽根くんという自信が、足下からガラガラと崩れていった。
*
僕は台所にいた羽根くんをベッドに引きずり込んだ。無言で羽根くんの服を剥ぎ取ると、乳首を強く吸った。
羽根くんは僕が怒っている事を理解していて、僕の行動に抵抗しなかった。淫らな音とそれに対する羽根くんの声だけが響いていた。
羽根くんの足を掴んで股の間の暗がりにチューブの中身を入れた。性急にぐちゃぐちゃと指でかき回し、いきなり前立腺をぐりぐりと押した。
羽根くんは、うっと声をあげてもだえている。
ある程度、緩んだところで足を開かせ、自分の猛った性器を押し込んだ。前立腺と奥に当たるように腰を使った。
しつこく何度も何度も。
僕は一人で勝手に登りつめ、羽根くんの中に吐き出した。
くったりとして動かない羽根くん。
行為中に快楽に溺れる姿を見せない羽根くんに、勝手に苛立ちを募らせていた。
「羽根くんは……僕よりも年上だ。
年がいった受けは、……モテないよね? 」
足を持ち上げると、羽根くんが身じろいだ気がした。
「 受けになった羽根くんは、僕にしか、…モテないんだ。…だから僕なしでは…いられなくなる。これで羽根くんは、…僕から離れられないから! 」
羽根くんに勢いよく腰を打ち付けると、羽根くんからは悲鳴のような声があがった。
何回かの交合で、羽根くんの中は僕の吐き出したものでいっぱいだ。引いて中に押し込むたびに、くぷぷと卑猥な音がする。
「……和くんが、それでいいなら僕は、それでいい。あっ、僕は、和くんが、好きだから」
普段は嬉しい言葉も、今の僕をなだめるための言葉にしか聞こえない。
「そうなったら、和くんは側に、い、いてくれるんでしょ……うっ」
僕は何も言わずに羽根くんを裏返し、背後からギリギリまで引いて奥に突き刺した。羽根くんは衝撃で体を仰け反らせる。
僕は何回も突き刺し、揺さぶった。
羽根くんは、か細い悲鳴を上げていた。
羽根くんの体内から性器を引き抜くと、中から白濁混じりの透明な液体がたららと垂れ落ちた。性器の表面がひりひりする。ティッシュで拭うと先端と竿の一部がすれて赤くなっていた。
欲望を吐き出したらすっきりするはずなのに、ひどく胸くそが悪い。
その辺に落ちていたシャツを羽織り新しいパンツを取ろうとベッドから離れようとすると、羽根くんが僕のシャツを掴んでいた。
指をほどいて離れようとしても羽根くんの手は離れない。ほどいた先からまた握ってくる。
「……い、行かないで」
突っ伏したままの羽根くんが弱々しい声で僕をひきとめる。
僕は諦めてしばらくそのままでいた。
動かなくなった僕に安心したのかしばらくすると羽根くんから寝息が聞こえ始めた。
僕は気が抜けてしまった。
羽根くんの顔を覆う前髪をよけると、目にはうっすらと涙の跡があった。頭髪に数本混じる白髪。
ああ、この人はもう40才になるんだ。
僕よりも先に亡くなってしまうんだと急に気がついた。
今はまだ元気でもいつかは体が衰え、いろんなところに不調があらわれる。健康で一緒にいられる時間は短いんだって気がついた。
僕は羽根くんが好きなのに何をやっているのだろうと思った。
こんなことをして心は晴れないし、ちっとも気持ちは良くないのに。
僕の視界はぼやけ、ゆがんでいく。
羽根くんの中から汚れを掻き出して拭った。僕が出して羽根くんを汚したものだ。
乱暴な扱いだったのに羽根くん自身も吐精していた。
僕は羽根くんの性器も拭った。
寝ている羽根くんの横になり顔を眺めた。
眼鏡を外した羽根くんは年齢より若く見える。でも目尻の小ジワやぽつぽつ浮かんでいるシミからは年齢を隠せない。
今日のことで羽根くんにシワが増えたら僕のせいだ。
一緒に笑って過ごしたいのに。
増えるのだったら笑いジワがいいのに。
すぐ横にいるのに。二人の間には氷河のクレバスのような深い溝が横たわっている。
二人で先の見えない深い底に落っこちそうだ。
羽根くんに布団を被せて、その横で僕も丸くなって寝た。
*
翌朝、目が覚めると僕の目は腫れていた。視界は狭く重い。羽根くんも髪が乱れ、顔もやつれていた。
二人で楽しく過ごす時間には限りがある。
昨日、胸くそ悪い思いをして手に入れた答えがそれだ。
自分の行いで大分気まずいけれど僕はそれに対処しなくてはいけない。
「羽根くん、昨日は乱暴にしてごめんなさい」
羽根くんの前に座って、まず昨日の行為をわびた。
男の親しげな振る舞いに焼き餅をやいたこと、羽根くんがあの男を自分より大切にしているように思えて不安になったことを包み隠さず話した。
「僕もごめん。ちゃんと説明しないで和くんを不安にさせた」
そう言って羽根くんも謝り、語り始めた。
「正樹さんをすごく好きだった。でも彼はノンケで、僕にも触れ合いたいという欲求があって……」
羽根くんは自分の欲求を恥ずかしそうに言う。
「彼、三尋というんだけどバーで知りあって二十代の頃から6年くらい、関係があった。後は友達というか腐れ縁。あいつ、おしゃれで格好いいんだ。僕がいいなと感じた人は、みんな三尋に行くんだ」
いろいろ言いたいことはあったけど今は羽根くんの話を聞くターンだ。口に上りそうな苦い思いを僕は飲み込んだ。
「和くんも三尋が気になってしまうんじゃないかって心配になった。三尋も若くてきれいな子も好きだし。会わせたくない同士が遭ってしまった……と」
羽根くんはうなだれている。
羽根くんが言う格好がいい、どこが、と思った。
人を上から見下して鼻で笑うような奴を僕が選ぶ訳ないじゃないか。
羽根くんは見る目がなさ過ぎる。
「あんなおじさんに興味持つわけないじゃないか」
「僕もおじさんだよ」
「羽根くんは特別なんだ」
羽根くんは癒やし系でかわいいおじさんなんだ。いや、そんな単純なものじゃない。
僕と羽根くんはいろいろな場面を共有していた、長年の縁があった。
それも羽根くんを僕の特別な人へ押し上げる。
これまでのことを思うと胸が熱くなって、僕は羽根くんの背中に抱きついた。
「和くんがね、僕を好きだと言ってくれて、とても嬉しかった。でもそれは、君の一時的な感情だと思っていた」
羽根くんの襟元に顔を埋める。
シャンプーの匂いがする。
「一緒にいては、いけないと思いながらも、僕は君と一緒にいるのが楽しくて。今では一緒にいるのが当然になってしまった。今の僕は欲深だ」
羽根くんは僕の手を取って、僕を真正面に来させた。
僕の手を頬に当てる。
慈しんでいるみたいだ。
「本当は若い子に、譲るべきなんだよ。和くんの隣の席は。……僕が身を引けばいいって思ったよ。何度も……」
羽根くんは声を詰まらせながら、続けた。
「でも、他の誰かが和くんの隣に座ると思うと、つらいんだ。嫌なんだ。和くんの横にいるのは僕じゃないと、嫌なんだ……」
僕の手を撫でながら羽根くんは感極まったのか、ぽつぽつと涙を落としている。
「あの人にも、そんなこと言ったの」
僕は羽根くんの顔を指で触れながら問う。
僕の内面は嫉妬で焼けただれていた。
羽根くんは首をふった。
「誰にも言ったことはない。ずっと一緒にいたいと望んだのは、和くんだけだから」
羽根くんは赤い目で真正面から見つめ返してくる。
「そう思うなら、僕を羽根くんのエゴでいっぱいにしてよ。僕にちゃんと言葉にして、ぶつけてよ」
僕は羽根くんに近づいた。
視線を羽根くんからはなさない。
羽根くんの顎を掴んで、口づけた。
こぼれた涙に触れたのか唇は少ししょっぱかった。
「それで僕を親戚の子なんかにしないで、ちゃんとパートナーって宣言してよ」
「和くん……ごめん」
羽根くんから恥じている声がする。
目がまた赤くなっている。
「次から、絶対にしないで」
「うん」
羽根くんの涙のたまった目元に口を付ける。頬に、鼻に唇を落としていく。
たどりついた唇に唇を合わせると、くちゅりと水音がする。
蕩ける目線を交わし合う。
今の空気はひどく甘い。
「……和くんは僕と一緒にいてくれる? 」
「もちろん」
「羽根くんこそ、僕から離れないでよ」
「うん」
ぎゅっと抱きしめられた。
羽根くんの服越しに感じる身体が熱い。
もっと近づきたい。
肌に触れたい。
身体を隔たてる衣服は邪魔な存在に思えた。
僕らは服を脱ぎ捨て、思う存分触れ合い抱きあった。気持ちが伴った行為は昨日の1000倍、気持ちがよかった。
*
事後特有の気怠いまどろみの中、僕から切り出してみた。羽根くんからは決して言い出せないことだ。
「羽根くん、来年僕が大学を卒業したら入籍しよう」
羽根くんは驚いていた。
そして一瞬嬉しそうな顔をしたけれど、表情は徐々に曇りだした。
「それってカムアウトしなくちゃいけないし、反対されるかも」
きっとこれが、今僕達が置かれている状況なんだろう。素直に喜べない困難が存在している。
「カムアウトは必要なところだけでいいし、僕は羽根くんと一緒だったら反対があっても頑張れるよ」
僕の言葉に羽根くんのどんよりとした曇りは、少し明るめの曇りへ変化した。
まだまだ曇りの範疇だけどね。
*
僕たちは制度について、いろいろ調べた。メリットとデメリットと。もちろん入籍しない場合のメリット、デメリットも。
戸籍の離脱やら入籍の関係で親、兄姉には挨拶をしておこうという話になった。
僕の両親は近所に住んでいるので後回し。
羽根くんの実家は新幹線で1時間くらいの県庁所在地にあった。
もう最近は全然実家には帰っていないらしい。
実家に帰省すると結婚のことを周りにうるさく言われるので辟易したそうだ。
羽根くんにはお兄さんとお姉さんがいて、お兄さんが実家を継いでいる。
羽根くんは実家に行くことを躊躇していた。お父さんとお兄さんは同性愛を毛嫌いしているから。
休みの日に結婚をして近県に住むお姉さんを訪ねて挨拶をした。
お姉さんは、羽根くんに似た優しげな面輪の方で、主婦で貴腐人だった。
僕たちのこと喜んで迎えてくれ応援もしてくれた。
お姉さんは、羽根くんのお母さんと対面する手はずを整えてくれた。
身内に応援をしてくれる人がいるというのは、なんと心強いんだろう。
羽根くんのお父さんとお兄さんについては、今回に限らず時期をみて話すことになった。
*
挨拶に行った美奈子さんの家で夕食をごちそうになりワインも頂き、出来上がってしまった後の帰り道。
満月に近い月が夜道を明るく照らしていた。
通り道の高台にある公園のジャングルジムが月光に照らされ鉄骨の一部が白く反射して周りから浮かび上がっていた。
僕は思わず駆けよって、上段までよじ登った。
2メートル程の高さなのに、登っただけで景色は一変する。
高台から見おろす街並みは総じて青暗い。月光の魔法をかけられた平凡な屋根や木々が表情を変え青白く輝いていた。
遠巻きにして見る羽根くんに手を振る。羽根くんはこちらにやってきた。
「きれいだから登っておいでよ」
羽根くんも多少酔っぱらっているからか、よじ登ってきた。
普段の羽根くんだったら登らない気がする。
二人で並んで月光下の世界を眺める。
「きれいだね。この青さはどこから来るのだろう」
横から羽根くんの声が聞こえる。
背後に月を背負う羽根くん。
逆光で青く染まる羽根くんは何だか神々しくってきれいだった。
「和くん、明日、朝早いから、そろそろ帰ろうか」
普段の羽根くんらしさが戻ってきてしまった。もう少し羽根くんを眺めていたかったのに、タイムリミットだ、残念。
僕らはジャングルジムから降りて家に向かった。
月の光と街灯から生まれた影が足元から互い違いに別々の方向へ伸びていく。
羽根くんの手を握ると影も手をつなぐ。
僕は嬉しくなって、つないだ手を揺らした。
影も一緒に揺れる。
影に気づかない羽根くんは、何だろうという顔をしていた。
月はそんな僕らを見守り、涼しげな光で照らし続けていた。
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