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ジョウタロとハルタロ(2)

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落ち着いた頃を見計らって新刊を持って巳年屋さんのスペースにあいさつにいく。巳年屋さんには外まで続く大行列が出来ていた。


ふふふ、俺は開始直後に速攻で並んでジョウタロの新刊はもう入手済みなんだ。行列を横目に俺のにやけは止まらない。


スペースの横側にいた売り子さんに聞いたところ巳年屋さんご本人は不在だったので、自分の新刊のジョウタロ本を預けて帰ってきた。


うちのジョウタロ本は新刊、既刊とも午前中には売り切れてしまった。前回よりも多く刷ったのにすぐ無くなってしまった。ジョウタロの人気はすごいなぁ。

お客さんからも鳥のジョウタロ絵をいつも見てますと言われたり、前回買って、今回新刊を買いに来ましたと言って貰えて嬉しかった。見てくれる人から直に感想を頂くというのは本当にモチベが上がる。次作も頑張ろうって思えるよ。

アユメ本の残部も無くなってしまったので昼過ぎには店じまいをして帰ることにした。

巳年屋さんのジョウタロ本は、手伝いのしげたん分も一緒に買ったので、二人で一刻も早く家に帰って読みたいとウズウズしていた。ターミナル駅で定食をかき込んで早々に別れた。


ジョウタロ本を読む前に、中でもいけるよう風呂でお清め儀式をする。風呂から上がると、鳥に巳年屋さんからDMが来ていた。新刊ありがとう、面白かった、よかったら打ち上げをやってるので今から来ないかという内容だった。

店の場所は一つ隣のターミナル駅。店の場所は何となく想定がつく。学校の新歓祭を回った後、知人と連れだって飲みソフトドリンクだよに行った辺りだ。

俺は人見知りが激しいのだけれど、あの素晴らしいジョウタロ本を描かれる巳年屋さんと更に親しくなれるかもという下心で、暴れる人見知り君を抑えつけた。俺はお邪魔にならなければ今から伺います、と返信した。


人の動きがない組事務所を横目に見ながら駅に向かう。あの巳年屋さんの打ち上げに行くのに流れ弾なんかに当たってやるもんか。俺は最大の警戒心を抱いて危険地帯を通り抜けた。


改札を通り過ぎると気が抜けてきた。そういえば巳年屋さんは忙しい中、もう俺のジョウタロの新刊に目を通してくれたんだっけ。嬉しいな。俺はあれだけ楽しみにしていた巳年屋さんの新刊をまだ見れていない。最後のお楽しみと思いながら、指定のお店に一発で迷わずに着いた。俺ってナビでも内蔵してたのか、スゴ!

この先に、巳年屋さん達がいる。
居酒屋へ入店の前に深呼吸をする。そして自分で描いた今回の新刊の内容を改めて思い出した。

親に身体を売らされていたジョウタロが猟奇趣味の領主に目を付けられ、兄のハルタロがジョウタロを連れて森に逃げ込む話だったんだよな……。

ここから先、俺が使える武器はあのジョウタロ本だけになる。俺の情報の現物は今日の新刊のあの本だけなのだから。
俺は勇気を出して居酒屋の引き戸をガラリと開けた。





微かに見える光を頼りに森の中を進んだ。開けた場所に出た。開けた先には屋内が薄明るい家が見えた。

「ここで、待っててな。中を見てくる」

家の外にジョウタロを降ろすと、ハルタロはそっと家のそばに近づいた。

様子を窺ってみると人の気配はなかった。扉を押すと簡単に開いたので中に入ってみる。
薄明るくて暖かい室内。かまどには鍋が掛けてあり、とろとろと薪が燃えていた。奥にも部屋があり藁が敷き詰められていた。ここが寝床みたいだ。

ハルタロは室内に人が居ないのを確認してジョウタロを運び入れた。

かまどの火の灯りでジョウタロが痛がっていた足を確認すると、かかとに靴ズレが出来ており、皮がめくれうっすらと出血していた。他にもマメが幾つも出来ていて水疱が破れていた。

こんなになるまで我慢をさせていたのかと、ハルタロは自分は一体何を見てきたのだろうと情けなくなる。家から離れた今、ジョウタロを大事にしようと思った。

「兄さん、何だか良い匂いがするね」

実はさっきから気になっていた。かまどにかけられた鍋から良い匂いがする。蓋をあけてみるときのこを煮込んだスープのようだった。


考えてみたら、昼から何も食べてはいない。腹の皮がくっつきそうなくらい空腹だったのに、オオカミも出没する森を抜ける緊張感からか空腹すら忘れていた。


かまどのそばに木の器や大きなスプーンが置かれていた。家主に申し訳ないと思いながら、ジョウタロと一緒に半分ほど啜ってしまった。


きのこは噛みごたえがあって、何とも言えぬ良い匂いと味がした。暖かいものを腹に入れ、空腹が解消され緊張感が解けたことや疲労からか、眠くなってきた。ジョウタロも何だかウトウトしている。ワラ敷の部屋に連れていこう。


そう言えばジョウタロの足の傷や汚れを処理していなかったことを思い出した。腰に結び付けていた布をほどいて、部屋の中にあった汲み置きの水を少しもらい布を湿らせ、ジョウタロの足のマメや傷口の汚れを拭いた。


脚の間の汚れも拭き取った。中に指を入れ簡単に拭き取るとジョウタロはぷるぷると震えていた。

「兄さん……っ」

ジョウタロは眠さからか上気して、潤んだ目でハルタロをじっと見上げてくる。ハルタロはワラが敷き詰められている部屋に弟を抱えて連れていった。


ワラに身体を降ろしてもジョウタロはハルタロの首に回した手を離さない。

「ジョウタロ?」

何も言わないジョウタロの顔を見ようとするが首はそちら側には回らない。ジョウタロはその体勢のまま力を入れ、ハルタロを引きずり倒した。

「わ、わっ、ジョウタロっ」

倒れ込んだ先でジョウタロは潤んだ目でハルタロを見上げてきた。絡みつく手はハルタロの背後にまわり、驚くような力で引き寄せられた。ジョウタロの顔が近づいてくる。柔らかくてぬるりとした感触。離れる際、くちゅりと音がした気がした。


ジョウタロの目はとろとろに潤みハルタロを見つめてきた。そしてまた唇が近づいてくる。ハルタロの中に急激にこみ上げものを認識した。それとは別に村人たちの前で裸にされ、むち打たれる姿が過った。

「お、俺たちは…兄弟…だか」

上ずりながら伝えた、冷静になるための、特に自分に言い聞かせるための呪文の言葉はジョウタロに遮られた。

「こんなに村から離れたら、兄弟だって誰にも判らないよ……。神様も教会に告げ口なんてしないし」

ジョウタロはハルタロをひっくり返し、抵抗出来なくなった兄の上に乗り押さえつけた。

「今日の仕事は、兄さんに抱かれているつもりでやったよ。いつも気持ち悪いのに、むしろ感じちゃった…」

ジョウタロはブラウスのボタンを外して胸を露わにした。

「兄さん、前みたいに、気持ち良くして……」

頬を薄く赤らめ、薄い唇を舌で濡らしながら愛撫をねだる弟を前に、ハルタロは自分の中で何かが壊れた気がした。
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