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オリコ◯のアルバムランキングなるものにRENの名前が登場した。
勿論上位を占めるのは資本力が半端ない大手のアーティストが多いのだが地味なレーベルがランクインする事自体が凄い事だった。
当の本人はいちゃいちゃしながら安いカレーパンを齧っているが……。
「よりが戻ったのはいいけど…」
いつどこでどんなタイミングでも栗栖が隣にいる。それは寧ろ良かったのだが何故か真城に対する栗栖の当たりが異様に強いのは何なのだ。
一体何をしてしまったのかはまるで覚えが無い。
ライブに来て欲しいと差し出したチケットは叩き落とされてしまった。
蓮に怒られ身を縮めている割に上目遣いで睨み続ける顔は本気で憎まれているとわかる。
蓮に頼みたい事があるのだ、話したい事もある。
RENのシングルが発売されたと同時にカラオケの配信も始まった。
そこは自主レーベルでは中々出来る事では無いからプロダクションに所属するメリットを痛感したものだが、実はこっそりと一人で歌いに言って打ちのめされていた。
蓮の高音が凄いってのはよくわかっていた、音の高低差が激しい事もわかっていた。しかし、声が出るか出ないかの問題では無いのだ。
「下から上に急激に上げられてもなぁ…」
予想できる音階に進まない。
居並ぶ音に振り回される。
何よりも、どこにブレスを入れたらいいのかが全くわからなかった。
RENの曲は難易度が高すぎてカラオケには向いてないとまで思った。それでも繰り返し、繰り返し同じ曲をリクエストしたって事は他の誰かも同じ事をする。そして一旦形になったら……
「毎回歌うだろうなぁ」
……だから蓮が歌う所を見たかった。
ブレスの位置だけでも習得したい。
何もテクニックがあるから売れる訳では無いのはわかっている。
耳に付くワンフーズだけでウケる曲もあれば、奇抜なパフォーマンスで目を引く奴もいる。
それでも、技術を学んで損は無い筈だ。
ボイストレーナーに付けば手っ取り早いのかもしれないが、そんなお金は無いし、何よりもこれ以上無い見本が目の前にあるのに勿体無いと思えた。
「近くて遠いけど……」
もうお昼は食べ終わっている筈なのにまだいちゃいちゃしている2人を恨めしく思っていると、視線に気が付いたのか蓮が走って来る。
「こっちに来て!」
「え?何?!」
「何でもいいから来て!」
いつに無く強引な蓮に引っ張られて走ってきたのはどこかの研究室の資料部屋だった。
ご丁寧に鍵まで掛けて「これで大丈夫」とかいてもいない汗を拭う。
「何が起こってんの?」
「そこはいいからさ、何か話があるんじゃ無いの?ライブの事?」
「まぁ、そうかな、来れそう?」
「クリスと一緒で良ければ行くよ」
「そう…か」
来てくれるのは嬉しいが、それでは駄目なのだ。
「栗栖さんを振り切って1人で来れない?」
「それは無理」
それは一瞬の迷いもなくストンと切り落とすような答え方だった。
「何で無理なんだよ、栗栖さんって怖いの?」
「怖くは無いけど無理だと思うよ」
「だから何で?1人で行くって言っても駄目だって言う訳?」
「いや?1人で行くってって言えばわかったって笑うと思うよ」
「じゃあそうしろよ」
「わかった」と笑った後に「それでも無理だと思う」と付けた。
本当に何が起こっているのだ。
「でも何で俺1人?クリスは音楽プロダクションを経営してるって前に教えたよね、契約するチャンスなんじゃ無いの?」
「お前なぁ……」
それは実力が伴っての話だ。
並み居るプロの中でもスキルの高いRENと比べているからかも知れないが自分達に欠けているのは一つや二つでは無い。
相変わらず無神経だなとは思うが、蓮には永遠にわからないだろう。
「俺はね、蓮を舞台に上げたいんだよ、プロダクションの社長なら尚更そんな事をやらしてくれる訳ないだろ」
「出来ると思うけど」
「わかってないな、俺は蓮を利用したいの、蓮を使って視聴数を伸ばしたいの」
「利用されるのは慣れてるからいいよ」
「……何だよ…それ…じゃあカラオケでRENの曲を歌ってくれる?」
「それは恥ずかしいからやだ」
「………訳わかんねぇな」
「ごめん」と笑った蓮は一時の青く冷たい切れるような空気を醸し出していた頃とは随分と違う。
「……弁当一つ取れなかった蓮とも別人だけど」
稲光を内包する厚い雲から一転、晴れた青空のように清々しい。
もっと話したい事があるのに……そこでドォーンと扉が揺れたから続きはまた今度だ。
「行かないとな…」
「そうみたいだね」
「じゃあ」と手を振った蓮を呼び止めた。
「何?」
「うん、例の野外フェスはRENに投票しといたからな」
「え?そんな事しなくていい」
「それは出演する自信があるってこと?」
「違う!出たく無いだけ!」
そう言って慌てて鍵を開けた背中は益々飛躍していくのだろう。
招待される大物アーティストの他は投票で決まる野外フェスにRENは恐らく出演を決める。
そしたらまた、ハラハラしながら汗を飛ばすめちゃくちゃなボーカルに付き合わなくてはならない。
「きっと…マイクスタンドは無しになるだろうなな…」
ドアの外から睨んでくる目を避けて書棚に身を隠した。
「負けないぞ」と「がんばれ」を言えなかったのは残念だけど、心の中から送っておいた。
完
勿論上位を占めるのは資本力が半端ない大手のアーティストが多いのだが地味なレーベルがランクインする事自体が凄い事だった。
当の本人はいちゃいちゃしながら安いカレーパンを齧っているが……。
「よりが戻ったのはいいけど…」
いつどこでどんなタイミングでも栗栖が隣にいる。それは寧ろ良かったのだが何故か真城に対する栗栖の当たりが異様に強いのは何なのだ。
一体何をしてしまったのかはまるで覚えが無い。
ライブに来て欲しいと差し出したチケットは叩き落とされてしまった。
蓮に怒られ身を縮めている割に上目遣いで睨み続ける顔は本気で憎まれているとわかる。
蓮に頼みたい事があるのだ、話したい事もある。
RENのシングルが発売されたと同時にカラオケの配信も始まった。
そこは自主レーベルでは中々出来る事では無いからプロダクションに所属するメリットを痛感したものだが、実はこっそりと一人で歌いに言って打ちのめされていた。
蓮の高音が凄いってのはよくわかっていた、音の高低差が激しい事もわかっていた。しかし、声が出るか出ないかの問題では無いのだ。
「下から上に急激に上げられてもなぁ…」
予想できる音階に進まない。
居並ぶ音に振り回される。
何よりも、どこにブレスを入れたらいいのかが全くわからなかった。
RENの曲は難易度が高すぎてカラオケには向いてないとまで思った。それでも繰り返し、繰り返し同じ曲をリクエストしたって事は他の誰かも同じ事をする。そして一旦形になったら……
「毎回歌うだろうなぁ」
……だから蓮が歌う所を見たかった。
ブレスの位置だけでも習得したい。
何もテクニックがあるから売れる訳では無いのはわかっている。
耳に付くワンフーズだけでウケる曲もあれば、奇抜なパフォーマンスで目を引く奴もいる。
それでも、技術を学んで損は無い筈だ。
ボイストレーナーに付けば手っ取り早いのかもしれないが、そんなお金は無いし、何よりもこれ以上無い見本が目の前にあるのに勿体無いと思えた。
「近くて遠いけど……」
もうお昼は食べ終わっている筈なのにまだいちゃいちゃしている2人を恨めしく思っていると、視線に気が付いたのか蓮が走って来る。
「こっちに来て!」
「え?何?!」
「何でもいいから来て!」
いつに無く強引な蓮に引っ張られて走ってきたのはどこかの研究室の資料部屋だった。
ご丁寧に鍵まで掛けて「これで大丈夫」とかいてもいない汗を拭う。
「何が起こってんの?」
「そこはいいからさ、何か話があるんじゃ無いの?ライブの事?」
「まぁ、そうかな、来れそう?」
「クリスと一緒で良ければ行くよ」
「そう…か」
来てくれるのは嬉しいが、それでは駄目なのだ。
「栗栖さんを振り切って1人で来れない?」
「それは無理」
それは一瞬の迷いもなくストンと切り落とすような答え方だった。
「何で無理なんだよ、栗栖さんって怖いの?」
「怖くは無いけど無理だと思うよ」
「だから何で?1人で行くって言っても駄目だって言う訳?」
「いや?1人で行くってって言えばわかったって笑うと思うよ」
「じゃあそうしろよ」
「わかった」と笑った後に「それでも無理だと思う」と付けた。
本当に何が起こっているのだ。
「でも何で俺1人?クリスは音楽プロダクションを経営してるって前に教えたよね、契約するチャンスなんじゃ無いの?」
「お前なぁ……」
それは実力が伴っての話だ。
並み居るプロの中でもスキルの高いRENと比べているからかも知れないが自分達に欠けているのは一つや二つでは無い。
相変わらず無神経だなとは思うが、蓮には永遠にわからないだろう。
「俺はね、蓮を舞台に上げたいんだよ、プロダクションの社長なら尚更そんな事をやらしてくれる訳ないだろ」
「出来ると思うけど」
「わかってないな、俺は蓮を利用したいの、蓮を使って視聴数を伸ばしたいの」
「利用されるのは慣れてるからいいよ」
「……何だよ…それ…じゃあカラオケでRENの曲を歌ってくれる?」
「それは恥ずかしいからやだ」
「………訳わかんねぇな」
「ごめん」と笑った蓮は一時の青く冷たい切れるような空気を醸し出していた頃とは随分と違う。
「……弁当一つ取れなかった蓮とも別人だけど」
稲光を内包する厚い雲から一転、晴れた青空のように清々しい。
もっと話したい事があるのに……そこでドォーンと扉が揺れたから続きはまた今度だ。
「行かないとな…」
「そうみたいだね」
「じゃあ」と手を振った蓮を呼び止めた。
「何?」
「うん、例の野外フェスはRENに投票しといたからな」
「え?そんな事しなくていい」
「それは出演する自信があるってこと?」
「違う!出たく無いだけ!」
そう言って慌てて鍵を開けた背中は益々飛躍していくのだろう。
招待される大物アーティストの他は投票で決まる野外フェスにRENは恐らく出演を決める。
そしたらまた、ハラハラしながら汗を飛ばすめちゃくちゃなボーカルに付き合わなくてはならない。
「きっと…マイクスタンドは無しになるだろうなな…」
ドアの外から睨んでくる目を避けて書棚に身を隠した。
「負けないぞ」と「がんばれ」を言えなかったのは残念だけど、心の中から送っておいた。
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退会済ユーザのコメントです
地味な地位にいるお話を見つけてくださってありがとうございます。
コメントとっても嬉しいです😆