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延焼

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おんがくのもりが放映されると燻っていた火が街に燃え広がり大火となった瞬間だった。

近代ではヒット曲というものはいとも簡単に生まれる。地道なプロモーションも大金を掛けた宣伝も何もいらないのだ。
自らの判断や好みよりも勢いのある新しい顔に目が無い多くのSNS信者は流行に遅れまいと飛び付いてくる。ファンであると公言する事がトレンディだと思い込む風潮があるのだ。
降って湧いて出たように突然現れ、あの手この手で足掻く数多のミュージシャンを横目に見ながらスルスルと登っていくニューフェイスなど珍しくも無い。

蓮の場合は歌う姿以外の情報が間接的にしか出てこない上、素早く動いた大学側が個人を特定する画像や情報をネットに上げることを禁止したせいで神秘性も加味された。

そして、一般の聴衆よりも2手も3手も遅い愚鈍な公共メディアが新しい顔の存在に気付きだすと突然ステージが上がるのはよくある事だ。
お友達文化が蔓延る芸能界に割って入るのはかなりの労力がいるのだが、話題を先取りしたい輩が我先にと美味しそうな餌を投げて来る。

蓮の見た目や態度、楽曲のイメージからは本人を知らない世間から見ると他人には興味が無さそうな超然とした人物を想像するらしい。
ギガックスの営業がドラマに出ないかと聞いてきた時には笑ってしまった。

蓮が芸能界になど通用する訳は無いのはわかっている、例え出来たとしてしてもそんな話には乗るつもりなんか無い。
しかし、俗な話をすると公共メディアに乗ると認知度が跳ね上がる上に発生するギャランティの桁が違って来る。
その気のない蓮を引っ張り込んだ以上この波を逃す選択肢などなかった。

「テレビCM……とはね…」

若者に人気のある腕時計メーカーの「エデン」からRENの歌と蓮本人をブランドイメージにしたいとの打診を受けていた。

「いいじゃん」と日暮は笑う。

助っ人のレギュラーをしていた日暮には楽曲の著作権やギャラの問題がある為、正式にRENのメンバーとして契約して貰っていた。

「無理な要望を出されても……な…」
「ジュースを飲んで美味しいって爽やかに笑うとか?」
「馬鹿を言え、例え立ってるだけでいいと言われても無理だろ、シナリオは無しって条件は絶対だ。適当に歌わせて……いいところだけを切り取るぐらいがせいぜいだ。
「蓮はビジュアルがいいからね」

「………そうだな」

目鼻立ちよりも下を向きがちなイメージが勝っていたが、テレビ映りはかなり良かった。
まだ少年の面影を残したユニセックスな顔で世界の全てを見下し、踏み付けるような迫力を出して来るのだ。そこもメディアが食い付いた要因でもある。

「本人を知ればみんなびっくりだろうけどな」
「ほぼ前には出ないから独り歩きするイメージのままでいいと思いますけどね、蓮の承諾無しに全部黒江さんが決めていいんですか?」

「………迷いに迷っているよ」

手に持ったままだったテイクアウトのコーヒーを一口飲むとすっかり冷めてしまい酷く苦く感じた。

本人にそれなりの覚悟があると言うのならそれでいいのだ。成功しようと失敗しようと出来る限りの力になると胸をはれる。
しかし、良くも悪くも蓮には強い自己主張が無い。どうしたいかを聞くと必ずというほど一旦は嫌だとは言うが、何だかんだと言いなりになってしまうから始末が悪い。
才能はあっても資質はゼロという状態で、まだまだ未来への選択肢が幾らでもある20歳の子供に足元が酷く不安定な険しい道を押し付けていいものかと考えると………答えが出ないままだ。

「怖いな…」
「かなりの見切り発射ですからね、伸びても、伸びなくても楽な道では無いって事は……」

「よくわかる」と声が揃い、一頻り笑い合った。

この一連の流れが蓮に取って幸運だったと言えるかどうかはわからないが、聞く耳がありスキルがありコネもネットワークもある暇人と出会ったのはこのまま進めという神様の啓示なのか。

「びっくりさせないでくださいよ、黒江さんからスピリチュアルな方面を聞かされると嘘寒い」
「まあ、悩んでももう走り出してる、CMの話を受けるぞ、いいか?」
「願っても無い僥倖です」

一杯やりますか、と日暮が缶ビールを出してきた。数だけはある蓮の「鼻歌」の中から15秒に収まる印象的なメロディをチョイスして楽曲に仕上げていかなければならない。
新しい曲を作れと言っても出来ないし、また作るなと言っても出来ないのだからそこに蓮の意思が介入する事は無いのだ。
アタリメの袋を縦に開けて、タブレットに保存したボイスメモのフォルダーを日暮と2人で吟味していった。
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