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そこの変態、気を確かに

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「汚いな……それは俺の汗とか埃とか鼻水とか混じってますよ」
「うん、だから勿体無いと思って」
「は?」

気持ち悪い。
今まで顔に騙されていたから見逃して来たけどやる事なす事が全部変態の域に入っている。
まるで極上のスープでも舐めたような顔で「ほう」っと溜息を吐いて、憂いを含んだ色っぽい目でうっとりと囁く。

これが意図して作っているのだとした大したものだが、もうそこまで熱心に演じる必要は無い。
クリスの奇行を何となく受け入れていたのは勢いに押された事と、人との付き合いに慣れていなかっただけなのだ。
半分くらい飲んだところでペットボトルを置いて、「満足でしょう」となるべく平坦に言った。

「うん、そうだね、もう半分はお風呂に入ってから飲んでもいいね、ところで匂いを嗅いでもいいかな?」

「………………はい?」

滑らかな頬にポッと浮かんだピンクが何を意味するのかは知らないが、目を泳がせてモジモジするクリスは知っている。
思わずジリリと後ろに逃げた。

「嗅ぐ……って?」
「汗をかいた蓮の匂いを嗅ぎたい」

キッと目力を備えた瞳が這い寄ってくる。
何故なのか……万人が平伏す優しい笑みがつくりものなのだとしても、変態的な言動は本物だとわかってしまう。

「と…特殊な汁は出してませんけど…」
「もうね、タクシーの中では色々破裂しそうだったよ、あんまりにも頑張ったから口もきけなかった」
「頑張った?」
「うん、凄くね」

クリスの踏み出す手は獲物を追い詰める四つ足の獣のようだった。こちらも腕で漕いで後ろに下がった。

「よ……寄らないで…」
「それは無理」
「タクシーの中では……汚い目的を白昼に晒した後だったから気まずかっただけでしょう」
「俺の目的は蓮だけだよ、そんなのもうとっくに……」

知っているだろ?と続いた言葉が終わる前に飛び上がって逃げたけど、腰に巻き付いた腕に引き倒されてビタンと床に腹這いになった。
潰れた蛙さながらに床を漕いで漕いでジタバタしたのだが、背中に乗ったクリスは驚く程重く、体格的にも敵うわけが無かった。

「離してください!臭いですよ!自分でも臭いんだから相当です!」
「蓮の匂いだから…」
「だから何?!」
「……いいから……頼むから少しだけジッとして」

抱きつかれ、背中に顔を押し付けたまま動かないクリスが何をしたいのか全くの謎だけど、動けないからどうしようも無い。

「……変態……」
「男は……全員変態だよ」
「………あなたは特別でしょう」

背中に伝わる熱気が怖いけど、頬を付けた床が冷たくて気持ちいいな、なんて思った。
それはいいけど……

「あの……」

擽ったいからそろそろ終わりにして欲しい。
捲れたTシャツの中で腹に巻き付いたクリスの手が脇腹とかお腹とかでゴソゴソと動くのだ。
生肌に触れたクリスの手がカイロみたいに熱くて汗が出てきた。

「もうそろそろ帰ってくれませんか?」
「………無理…今僕は精神の統一をしてるから…」
「出来ればそれは家に帰ってやってくれれば…」

クリスが変な人だって十分知ってたつもりけど、やっぱり変な人だ。
誰かの都合に利用されたと知ったら誰だって怒るだろうし、態度でも言葉でも示したつもりだ。
それなのに些細な言い訳や取り繕いもせず、まるでなにも無かったように相変わらずの奇行に走ってる。
何をしても人に嫌われた事が無いヒエラルキー上部の人はある意味無神経且つ鈍いのかもしれないが、這ったまま抱きつかれて背中をクンクンと嗅がれているこの変な構図は何なのだ。

モゾっと肘を立てて振り返っても動かないクリスの肩しか見えない。何を言っても無駄そうだから体を捻ってやろうと思うと「動かないで」と体に巻きついている腕が締まった。

「いい加減にしてください」

「今…動けば襲うよ?」

もう襲われていると思う。
変な体勢のお陰で腰骨が床に当たって痛い。
もぞもぞ動くクリスの手が擽ったい。
何よりも背中に熱が篭って暑い。
大人しく従っている理由なんか無いのだ。
構わずに体を捻って抜け出そうとすると、グルンと景色が回ってドスンと背中を打った。

「痛った……」

あんまりビックリしたから何が起こったのかわからなかったが両肩にクリスの腕が乗って押さえ付けられている。
真上から見下ろしてくるクリスの顔は……、泣きそうでもあり、苦しそうでもあり、何だか切迫詰まって見えた。

「お腹が……痛いんですか?」
「………痛いのは胸」
「胸………」

ムカムカするなら何か悪い物でも食べたのだ。
この体勢で吐かれでもしたら困るからどいて貰おうと肩を浮かせようとしたら、肩を押さえる手にグッと体重が乗った。

「クリスさん?……あの…痛い……」
「…「さん」はいらないって言ったよね?」
「いえ……もう俺は…あの」

トイレに行った方がいいのでは無いか?と聞きたいけど……近い。
少しずつ落ちて頭がもう目の前まで迫って鼻の頭にくっつきそうだ。
眩しい物でも見てるいように細めた目にジッと見つめられて蛇に居竦む蛙のようになっていた。

この行動を一度経験していたのに、何も考えていなかった。「ごめん」と聞こえないくらいの囁きの後、唇と唇がくっ付くまでは……。
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