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バール

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結局。

赤城さんから依頼を受けたストーカー案件は電撃的に終結を見た。

野田弁護士は赤城さんを前にツラツラと全てを白状して、今までの事を白紙に戻し、偶然にも必然にも出会わない場所に引越しをすると約束した。

「ご苦労様でした」と赤城さんに頭を下げて貰って終わりだ。何だか気が抜けた。

そして健二はふやけたタピオカみたいに腑抜けになってる。噛みごたえゼロ。

赤城さんがおしとやかで気の弱い女性だと思い込んでいたらしいが、最初からチラチラと見えてたよ?って言いたい。

健二には見てないけどね。

まあ、健二くらい背が高くてそれなりの容貌をしていれば取り敢えずはキープのカテゴリに入れるって事だろう。有りか無しかはそれから考えるという感じで…で。

ちょっと待て、俺。
そう考えると、早々に本性をカミングアウトされたって事は一目見て無しにカテゴライズされたって事?

プリンだから?

プリンって何?

前に、酔った父を迎えに行った飲み屋でお姉さん(おばさん含む)達が「痔の薬」に付いて議論していたのを聞いていた。

それはつまり男に痔の薬を買って来るよう頼めるかどうかだ。

お姉さん達によると、狙っている男には勿論頼めない。脱腸していても頼めない。腸を引きずってても何事も無く笑う。
それは無意識のうちに選別しているからちょっとでも「有り」なら頼めない。
つまり頼めない男は有りなのだ。

だからって全くの無しにも頼まない。
頼めるのは「どうでもいい男」なのだとか。
それは恋人でも旦那でも同じらしい。

それで言うと、赤城さんは「痔の薬を買って来て」と健二に頼んだりしないのだろう。

そしてプリンはどっちなのだろうと考えてみた。
世間的に見ても「プリン」はモテると思う。プッチンプリンでも高級プリンでもみんなに好かれてる。むしろプリンを嫌いな人なんていないと思う。つまりは好きって事で「有り」なのだと……。

思考停止。

何が言いたいのか纏めると俺はプリンなんて大っ嫌いって事だ。


それからもう一つ気になっていた事。
前に出るなと健二が言った真相がわかった。

健二が初めて請け負った案件は万引きに困った小さな本屋からだった。
大型店舗のようにセキュリティに割く予算は無く、バイトを増やす訳にもいかない、そこで健二が見張りに立ち、万引きの現場を抑える役を買って出た。

怪しい奴は割れている、それは数人いたが一番最初に捕まえたのはひ弱そうな高校生だった。
本に挟んだなけなしのセキュリティタグを取り出し、鞄に入れた所を抑えた。

すると突然カッターナイフを取りだして切り掛かって来たらしい。

人は見かけによらない。
追い詰めている時は要注意。


……だってさ。

護ろうとしてくれるのは嬉しいが、そうならそうと先に注意してくれれば二人分の用心が出来ると思う。
健二だって切られれば痛いし、不死身じゃ無いんだから死んだりするのは同じだ。

可愛いからとかちっこいからって理由で守ってるつもりならムカつくだけで嬉しくとも何ともない。

次からは絶対健二の真横に並んでやると決めた。


そして後日、赤城さんから契約終了の届けに捺印された証書が郵送で届いた。
驚いたのは一緒にに入っていた振り込みの届けだ。………手付金3万、成功報酬2万…だって?

そりゃ若い赤城さんがこんな地味で無能そうな正体不明の事務所にフワッとした依頼をするんだから10万も20万も出すとは思えないけど……

安い。安すぎる。

不動産屋で死ぬ程恥ずかしい目に合い、車に轢かれそうになり、何日も何日も時間を掛けて野田を付け回し、歩き回った対価が5万。

安い。
大人2人がひと月掛けてやる仕事じゃない。


……という事は、大久保さん依頼の騒音問題も早々と片付けなければいけないって事だ。

実は大久保さんの依頼も何となく終わりかけているような気がする。

そもそも暴走する煩いバイクを撲滅なんて無理なのだと歴史が証明している。
太古の昔から同じ問題があるのに、国家権力を駆使しても未だに解決出来てないのだ、何のスキルも無い素人2人に出来る事なんか知れている。

取り敢えず目に付いたヤンキー擬きに小さな仕返しをしてそれで終わるしか無い。

そして2件あった依頼が無くなって暇になったら、今度こそ俺の腎臓が危ない。

自由に動ける今が逃げ出すチャンスなのかもなって思う。

だからあと1人……。
あと1人だけ名前と家が割れてる奴に騒音を立てた罪の復讐をすれば、後がどうなろうとも、大久保さんの依頼が解決してなくても逃げる。

そう決めた。


しかし最後に残った男、山本圭吾、年齢は30前後と思われる。職業は不詳。住んでいる所は汚く質素なアパートなのだが、こいつが結構な難物で、もう5回も通っているのに空振りばっかりなのだ。

家に帰ってこないし問題のバイクも無い。

もう4人に制裁を加えているし、山本を無視してもいいんだけどね。
でも、この男は一応仕事に就いてる他のメンバーに比べると、まともに働いてる形跡は無いし半グレと言うのだろうか……、毎日遊び回っているらしいのに、金回りが良くてタチが悪そうなのだ。

どちらかと言えば、一応働いている勝也ゴリラよりも、いい年をしてブラブラしながら人に迷惑をかけている山本に嫌がらせをしたい。
もう反省なんてしてくれなくていいから、是非ともバイクに洗濯糊を詰めて安らかな睡眠の邪魔をしてやりたいと思っていた。


この所、椎名は俺達の動向を見張るように日参してくる。取り敢えずは「上手く解決した」と赤城さんの件を報告してから、萎んで一回り小さくなって動きの鈍い健二を急かして連れ出した。

また、いってらっしゃいと笑った椎名はちょっと不気味だ。いつも口煩いくらいなのに何も聞かないし何も言わない。

だって……「ちょっと」車道に飛び出して「死にそうになった」くらいで健二を殴ったんだよ?

口出ししないって決めてくれたならいいけど、椎名って何を考えているかわからないから返って気になった。



落ち込んでいた筈の健二は暫くバイクに乗っているといつもの調子が戻って来た。
人の事を「可愛い」とか「ちっこい」とか言う癖に健二だってまだ十分子供だと思う。

元気になってくれたならそれでいいけど、信号待ちが終わる度にちょっとだけ前輪を持ち上げるのはやめて欲しいけどね。


時間はまだ9時を回った所だ。
こんなに早く山本の家に行ってもどうせ帰って来ないし、時間を潰すためって事で取り敢えずラーメン屋に入った。

しかし事務所には椎名が来ていたのだ。
ガッツリと夕飯を食べさせられた後だったから半分だけ食べて後は健二に処理して貰った。

その後は高速道路を走って夜景なんて見に行ったり、前にバイクを止めて笑い転げた高速の下の空き地で遊んだりした。
山本のアパートに向かったのは丁度午前零時を回った頃だった。

これでも早いかなって感じ。
アパートの近くまで行ってから、いつものようにバイクのエンジンを切って歩いて行くと……
やっぱりバイクは無いし、山本の部屋も真っ暗だった。

何故なのだろうか。
電気の消えた部屋ってもの寂しくなる。
そして、隣の部屋が明るいと世界に一人っきりだと感じてしまう。

関係ない人の部屋だし、その部屋の住人は今頃何処かでブイブイ言わせてるんろうけど何だか憐れになるのだ。

「あいつって家に帰ってないんじゃないですか?」
「引っ越してくれたらもうそれでいいんだけどな、そんな気配は無いしな、女の家にでも泊まり込んでんのかな」

「……ちょっと残念ですね」
「まあ…俺達の仕事は大久保さんの眠りを守る事だから良かったと言えば良かったんだろうけど…納得いかないな」

そうなのだ。
悪戯をして回るついでに大久保さんの家に寄って騒音バイクを待ってみたが近頃は一台も来ないのだ。
恐らく反省は望めないし、やり残した山本なんかはバイクも無事だし、また違う場所で違うお宅に迷惑を掛けているのだと思うと悔しいけど、大久保さんの依頼はここまでだと思う。

「海苔……余ったから元ヤンパパのバイクに使います?」

本気じゃないけど、挙げた拳を下げられないって気持ちになってる。
「わざわざ?」って笑ったけ健二も残念そうな顔をしていた。

この際だから……朝方まで待ってみるか……そう考えていると、口に出してないのに、「そうしよう」と健二が笑った。

「2時ってとこか?」
「取り敢えずは眠ってたら何時でもいいんですから3時でも4時でも同じです」
「そんなら朝の6時とかでも効果的だな、最高にイラっする」

それならって事で、24時間営業のお風呂やさんに行って夜通し遊ぶか、カラオケオールを敢行するか、ネットカフェで映画でも見るか……いずれにしても一旦寝たらおしまいなのだ。何をして時間を潰すか相談していると……。

パァっと背中から明かりに照らされて喧しいエンジンがスタートする音が聞こえた。

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