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健二が面倒くさい

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「ねえ……健二さん」


「…………」

「ねえねえ健二さん」

「…………」

「ねえねえねえ健二さん」


呼びかけても健二は雑誌を眺めたまま顔を上げもしない。ゆさゆさと肩を揺すってしつこく呼びかけると、漸く「何?」と短い返事をした。

怒鳴り合い殴り合いの喧嘩はたっぷりしたけど、手を出してるのはいつもこっちだし肩透かしを食らうくらい後に引く事は無いのだ。大らかで馬鹿だから健二の沸点は鉄を溶かす1500度位なんじゃ無いかと思っていた。

だからこんな健二は珍しい。イタリアンレストランで食事をする間も、椎名が帰ってしまっても、ずっとムッとしたまま黙りこくっていたのだ。

「どうしたんですか?赤城さんと話せなかったから怒ってるんですか?」
「どうしてそんな事で怒るんだよ……ってか怒ってない」

「……怒ってるじゃないですか」

漢字が酷く不自由だからルビの無い雑誌は読みずらい筈なのにムキになったように顔を上げない。

怒っていると言うよりは甚だ不機嫌と言った方がピッタリ来るけど、不機嫌を自覚するのは難しく理由もハッキリとした形になっていない場合が多い。
真面目に相手をすれば馬鹿を見るだろう、そして面倒くさくもある。健二はただの同僚なのだから八つ当たりされたりしない限り不機嫌が邪魔ってほどじゃ無い。

「まあどうでもいいですけどね、怒ってないならちゃんとこっちを見て話してください、仕事の話がしたいんです」

「わかったよ」と言って雑誌を放り投げた健二はやっぱり不機嫌ではあるがやっと顔を上げてくれた。

「仕事って何?」

「何って今の所ストーカー案件しか無いでしょう、赤城さんとの謁見を報告したいんです」

「すれば?」ってするよ。
報告って程の中身はほとんど何も無いし、新たな新展開も無い。だからこそ是非とも健二に聞いておきたい事があった。

「報告書をお渡しして調べてわかった事を説明しました、手詰まりではあるけど必ず解決しますと大見得を張ってきたんです、そこで提案なんですが……」

「何だよ、何で止まるんだよ」

「うん……」

実はH.M.Kの仕事に真面目に取り組み、真面目に遊んできたけど最終的にはとても簡単に解決するんだろうな……と思っている。

だから無駄だと思える事を淡々とこなしてきたし危ない目にも会ってきた。
もうこれ以上、素人レベルで考え付く策では依頼人が満足するような解決は望め無いと思う。

全てが手詰まりの今、もうそろそろ「種明かし」をしてくれてもいいんじゃないかと思う。ストーカーの案件も爆音バイクの案件も、どう足掻いても現状が限界なのだ。

何かある筈。

「もう隠さなくてもいいでしょう、俺を試してるんだとしても限界が来てます」
「だから何の事だよ」

「実はH.M.K独自の解決ノウハウがあるんでしょう?そろそろ真面目に動いた方がいいと思います」

「………H.M.K独自のノウハウって何?」
「だからそれを聞いてるんじゃ無いですか」
「ストーカーを扱うのは今回が初めてなんだからノウハウも何も無いよ」
「いや……ストーカーに限らずですね……」

この事務所は「法で裁けない云々」を挙げているだけに法律とは切っても切り離せない関わりがある。何か秘密のノウハウがある筈なのだ。
例えば、暴力でも殺人でも密売でも薬でも徹底的な証拠を掴めず、決して届かなかったかのイタリアンマフィアを脱税で逮捕したように、何か思いも寄らぬ法律を持ち出して尻尾を出さない野田弁護を一刀両断できる何かが………。

無かったらおかしい。


「あるんでしょう?」

これは真剣に聞いてるし健二もふざけてないと思う。それなのに帰ってきたのは「ん?」って無垢なアホ顔だった。


無いの?!!

もしかして何の手段も持ってないのかもって疑ったり、いやいやそんな事がある筈ないと否定したり……迷いながらも解決に向かうとは思えない調査を続けて来たが………本当に無いの?

健二の目には穢れのない真実の光がキラキラと溢れてる

本当っぽい。
健二の事だ、嘘や誤魔化したりして無いと思う。
四六時中一緒にいたからわかる。
健二が食わせ者かもしれないっていう疑いはもうはっきり言って維持できてない。

では問いたい。どうやって解決するのだ。

赤城さんにもう一度引っ越して貰うか、野田弁護士に引っ越して貰うしか無いのか?

そうなると、方法は………あの単身所用で安っぽいペラッペラの燃えやすそうなアパートに火を付けるくらいしか思い浮かばない。

「頼むからあると言ってください」
「無いよ、そんな便利な解決方法があるわけ無いだろ」

「やっぱり何か怒ってるんでしょう?だから隠してんでしょう?門外不出で俺に教えたく無いんだったら見ないし聞かないし無かった事にします、俺は一人だから誰にも言わないし、外には漏れません、もし違法な手を使うなら見て見ぬ振りをするのは得意です」

「まだそんな事を言ってるのか、この事務所は真っ当だと言っただろう、無いったら無い」
「嘘だ、どこが真っ当なんだ、何か気に入らない事があるんでしょう、あるなら言え」

2件の依頼を手伝って解決が見えたら逃げ出す。
それは2週間か、長くてひと月だと踏んでいた。
それなのにもう二月以上健二と暮らして必要以上に馴染んでる。

早く終わりたいのだ。この事務所に、健二に、これ以上愛着を持ちたく無いのだ。

「怒ってないって怒ってるでしょう、馬鹿って千回言っても、寝てる間にビニールを被せて窒息寸前まで追い込んでも、薄めた醤油を飲ませても、殺そうとしても怒らなかったのに今日はずっと変です」

結構な悪事を並べたのに健二は「お前そんな事をしてたのか」って笑う。
じゃあ何をしたら怒るんだ。
どんな失態を仕出かしたのか検討も付かない。

「ただでもプラベートと仕事がゴッチャになっているんです、不満があるなら言ってくれないと面倒くさいです」

「面倒とか言うな」
「面倒です、俺は健二さんの家族でも無ければ彼氏でも無いし親でも無い」

「親で彼氏は椎名だろ……」

「は?」

「椎名にあんな事させとくなよ」

「………それこそ……何の話ですか」
「何の話じゃねえだろ、抱きつかれたまま何で黙ってジッとしてんだよ、俺にやったみたいに吹っ飛ばせばいいだろ」

「はあ……」

何を言い出すのかと思えば……
予想もしなかった方角に話が飛んだ。

人を愛玩動物のように扱われるのを積極的にお断りしたいのは山々だが、健二だって同じような事をしていると思う。

朝起きたら足で巻き取られていたり、涎を擦り付けられていたりするのは一回や二回じゃない。
仮眠ベッドとかが手に入らないものかとリサイクルショップを探したくらいなのだ。

「それ……俺じゃなくて椎名さんに言ってくれませんか?」
「そもそも葵が悪い」

何だそれムカつく。
「お前に関係ねえだろが」ってテーブルをひっくり返したい気分だ。
仕事の成果は俺の腎臓に……ひいては俺の命に関わっているかもしれないのに、そんな訳のわからない事で大事な話を濁されては堪ったもんじゃない。

「俺のせいじゃありません、そしてどうでもいいです、俺は仕事の話をしてるんですよ、もうちょっと真剣になって貰えませんか?」

「俺は真剣だ」
「じゃあ聞きますけどね!!俺にどうしろって言うんですか!俺が何をしました?!」
「葵が!」
「俺が?!」

「可愛くモジモジしてさ、可愛く上目遣いでさ、パスタが食べたい……なんつって可愛くおねだりだもんな」
「はあ?!」

可愛くって3回も言った。
可愛くおねだりしたつもりは無いし、可愛いく………可愛いって何だ。可愛いかったのか?

わかった、それなら反省する。

「…………もう……二度とパスタが食べたいなんて言いません、それでいいでしょう」
「そうじゃなくてだな、食べたい物があるなら椎名じゃなくて俺に言えって言ってんの」
「だからどうでもいいです、俺はこれから死ぬ程食って筋トレしてムキムキになってみせます、それでもう誰にも可愛いなんて言わせません」

「葵…」
「まだ文句がありますか?今から腹筋100回とかやれば納得しますか?!」

なら、やろうって……。
やるの?
言い出しっぺは俺だから引けないけど、何が解決したのか不明だけど機嫌を直した健二と馬鹿みたいに並んでペッコンペッコン腹筋だ。


二時間程働いただけで、高級パスタを食べて健二と遊ぶ、暇って凄い。
何だか不機嫌だったくせに「競争だ」って笑ってる健二も凄い。

これから毎日やろうって約束したけど、俺が35回目にもがいていると、隣で100っ!と聞こえて萎えた。
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