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嫌がらせ決行そして……

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爆音テロの犯人、兵藤勝也の家はバイクを止めた交差点から歩いて10分くらいの場所にあった。
両隣一軒家、勝也の家も一軒家、道の反対側もその隣も隣も全部一軒家。
似たような家が建ち並ぶ住宅密集地だ。

近く……と言ってもバイクの音が聞こえない程度の近くまで来てから、一旦バイクを置いて勝也の家を見に行った。オープンになっているガレージには問題のバイクがある。それから部屋が点灯している事を確認してからバイクを取りに戻った。

手ぶらで歩いた偵察とは違ってエンジンの切れたバイクを引いて歩くのは地獄だったよ。

偵察しに来た時点で付いていた部屋の電気はもう消えている。


健二の友達が持たせてくれた紙袋の中身。
そこに入っていたのは結構重い半透明の液体が入った薄いプラスチックの容器だった。
ラベルには洗濯糊って書いてある。


「これは……何の為に?」

元ヤンの勤め先がこの糊を製造している。
実は洗濯同好会仲間とか。

うん。ふざける事も出来ないくらい謎だ。

柔らかいボトルを持ってムニュムニュと揉み込んでいると、「教えてやるよ」と言って健二が洗濯糊を取り上げた。

背中から頭の上を越して腕を出すのはやめて欲しい。

「飲んだら腹持ちが良さそうですね、オヤツですか?」
「いや、飲まないだろう」
「消化は良さそうですね」
「だから飲まないって、いいから見てろ、ヘルメットは脱ぐなよ」

いざとなれば顔を隠して逃げたいから脱ぎませんけどね。

見ていろと言われたから見ていると、健二は誰も何も言ってないのにシーっと口の前に指を立て、腰を屈めて爆音勝也のバイクに近づいて行った。

何をするつもりなのか気になって後をついて行く。

「洗濯糊を使うんですか?」

「ああ、これをな……こうして……」

ニュルニュルと洗濯糊が注入されて行くのはマフラーの穴の中だ。
ブボッと空気を吐き出す所まで入れたって事は500mlくらいは入った。
粘度があるから垂れても来ない。

「こうするとどうなるんですか?」
「ただ単にエンジンが掛からないだけだけどな、外から見えないし何故エンジンが掛からないかを突き止めるのは中々難しい。まあバイク屋に修理に出してそれからかな」

住居侵入の上に器物破損じゃん。
刑法違反じゃん。
道交法よりもはっきりとした法律違反じゃん。

やっぱり逮捕して貰うのは爆音勝也より健二が先だった。しかも俺は幇助か共犯。

来いって言われて付いて行く俺も確信犯だけどね。

空になった容器を置いていっては、せっかくの嫌がらせなのに故障の原因に推測が出来てしまう。

捨ててはいけないからリュックにしまうと「行くぞ」と健二がバイクに跨った。

一応周りに車や人がいないかを確認してから健二の後ろに張りつく。
そして「ご近所さんごめんなさい」と頭の中で唱えると、バァ~ン!!と耳をつんざくエンジンの音が唸りを上げた。

今まではなるべく静かに走って来たからだと思うけど、このネイキッドバイクが持つ本当のポテンシャルをわかってなかった。

回転数を上げるととんでもない。
車体が震え、ミラーが揺れる。気のせいかアスファルトに浮いた小石が跳ねているようにさえ見えた。

爆音勝也のスクーターなんか目じゃない、だって少なくともクラクションとか笑い声とか聞こえたもん。「もういいんじゃない?」って叫んだけど健二どころか自分にも聞こえなかったよ。

ブワァーッとエンジンを掻き立て、続けてウワン!ウワン!と煽る。
もう一回同じローテーションかなっと思ったら………当たり前だがバンッと扉が跳ね開いて、爆音勝也が飛び出してきた。

聞こえないけど「うるせえ!」って怒鳴ってる。

「健二さん!!」
「わかってる!!」

まずいよ!怖いよ健二さん!逃げたいのに、逃げなきゃならないのに!!
ガチャってシフトをローに入れたのは聞こえた。

でも!!

遅いよっ!!健二さん!!

バイク初心者のは知ってる。
急発進するスキルがない事も知ってる。

でも遅い!遅過ぎる!!

ブブブブってゆっくり徐行している場合じゃない!!

「健二さん!!スピード出して!!追いつかれる!!」
「出してるよ!」

出してないよ!
これじゃ新聞配達と同じだよ!新聞配達よりも遅いよ!
爆音勝也は体を使う仕事をしているだけあってガタイもいいし足も強い。慌てている割にノロノロ逃げる俺達にあっという間に追い付いて、勝也の手がもうリアシートに届きそうだ。

「健二さんっ!!早くったらっ!!!」

思わず足で漕いだ。
そんな事をしてもどうにもならないのに健二の背中を押した。

走ってるバイクに走ってる人が並んでるのはどういう事だ。10トン曳いてるトラックだってもっと早く走れるよ!

「健二さん!!」

もう悲鳴だ。女みたいで嫌なのに俺の口はキャアキャア言ってる。
ブワッとジャンプしてタックルをかましてくる勝也の腕がバイクのフェンダーを撫でて、もう駄目かと思った瞬間にクンッと体を引かれてバイクが加速した。

野太い怒鳴り声が遠くなって行く。



「た……助かった」

「飛ばすぞ!しっかり掴まっとけよ!」

うん。
飛ばすぞって言える程のスピードじゃないけど人が走って追い付くのは辛いよね。
でも健二なりのオーバースピードで走っているんだ。危ない事は危ない。
手を置いていた健二の肩から胴回りに腕の位置を変えてギュッと抱きついた。

「おわ!葵の心臓凄えな、ドキドキが背中に伝わってくる」
「当たり前でしょう!もう駄目かと思いました」
「葵の悲鳴……このバイクのエンジン音より凄かった」
「健二さんは見えてなかったんでしょうけどね!俺は勝也と戦ったんですよ!滅茶苦茶怖かったんですからね!」

「ハハ!ゴメンごめん、それにしても……あいつすんげー顔して怒ってたな」
「バナナを盗られたゴリラみたいでした」
「般若顔だったな」
「うるせえって……怒鳴る般若……」

健二の背中がプルプルと震えてる。
多分二人共、バンジーを飛び終えた後みたいな躁状態になっていたんだと思う。

込み上げる笑いが抑えられなくて、バイクのシートに大人しく座っていられなくなった。

爆笑しながら走るバイクはスピードが遅いせいか蛇行してる。健二が震えてるから反対車線にはみ出したりしてる。

「このままじゃ死にます!」
「ああ!ヤバイ!事故る!!一旦止めるぞ!」
「賛成!!腹筋が死にます!」

止めると言ってもバイクを降りたら立っていられる気がしない。
丁度良かったのは高速道路の下にあったフェンスの破れた草地だった。
急停車したバイクから転がり落ちて、それがまた可笑しくて健二と絡んで笑いながら転げ回った。

「ひとまずミッション成功だな、あ~面白かった」
「何の効果も無いと思うけど、嫌がらせ出来ただけで胸がスッとしました、でも怖かったぁ」
「ああ、ごめんな葵、真面目にごめん、もっとスマートに逃げるつもりが結構手間取ったな、怖い思いをさせてごめん」

ギュギュ~ッと体を締める健二の腕が苦しかった。
何でこんな体勢になったのかわからない。
高架の下で高い天井に向かって笑いの反響を楽しんでいたらいつの間にかこうなった。
体に乗り上がった健二と二人分の体重が地面に身体を押し付けて背中に石が刺さる。

「健二さん!重い」
「うん、葵の頬が真っ赤だ」
「笑い過ぎです、歌い過ぎです、叫び過ぎです、きっと明日は声が出ません」

「俺に……目で合図を出せば全部読み取ってやる……よく頑張った」

「ん?」

んん?

笑い涙が滲んだ健二の目が物凄く近い所から見下ろしてくる。
別にいいけど、何故もっと近付いてくる。
逃げ場所は無いから顎を引くくらいだ。

もっとはっきりと逃げれば良かったと後悔したのは逃げるタイミングを失ってからだ。

健二の唇が俺の口にムチュッとくっ付いた。

汗をかいた体は暑いのに冷たい感触。
呆然としている間に健二の体重が掛かって背中の石が益々痛い。

何も考えてないのに手が勝手に動き、健二の肩を押すと、ハッと離れた。

健二自身も驚いているように見える。
パクパク空振りする口が音を出したのは二人共立ち上がってからだ。


「あ………あの………あ、面白かったな」

「そうですね」

「か……帰ろうか?」

「うん、そうしましょう」


頭と体が一気に冷えてしまった。

健二は無言になり、リーリー鳴いてる虫の羽音が際立つ。

何でだろう。

再び息を吹き返したバイクの煩い音さえさっきより静かに感じた。




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