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GPS
しおりを挟む28900円
これは小型GPS発信機の値段である。
小型と聞いていたからボタン電池くらいの大きさを想像してたが結構デカイ。5㎝角はある。
それをどうやって乗り手のいるバイクに仕込むつもりなのか知らないけど、どうやら健二は本気で「家を突き止めて寝入り端を襲う」作戦を実行する気らしい。
何としてでも「同じ目に合わす爆音作戦」は阻止するからそれについてのコメントはしない。
どう解決するかは置いといて、バイクで騒いでいる奴がどんな人物か、何人くらいいるのか調査するのは賛成だからね。
暴走族と並んで赤城さんのストーカー案件も忘れてはいけない。
悪意が無いという結論になるならなるで根拠が必要なのだ。
朝と夕方は野田弁護士の行動を探り、夜の10時ごろから大久保さん家にお邪魔して「爆音隊(健二命名)」が現れるのを待つ事にした。
大久保さんの家まではH.M.Kの事務所から歩いて行ける場所だ。
そりゃわざわざ遠くから依頼に来る程有名でもなければ有能でも無い……と思う。
勝手にやってくれと言われていたが庭の中に入らせてもらう事になるので一応挨拶に伺うと、「殺す」とか「死ね」とか「デスノート」とかアホっぽい事を言っていた事から、健二が老けたような顔を想像していたが、大久保さんは穏やかそうな顔をした初老のおじさんだった。
よろしくね、と丁寧に頭を下げられてビックリした。
1日目は空振りだった。
蚊に食われただけ、1時頃まで粘って引き上げた。
2日目も空振り。
3日目にして漸くだ。
青い豆電球がピカピカしている大型のスクーターが数台連なってやって来た。大久保さんの言った通り……そんなに遅くない時間、11時前くらいだった。
待っていたから「漸く」と思ったけど、中2日で「やっと」なら、中々の頻度だと思う。
走っている最中もかなり耳障りな騒音を撒き散らしてるけど、停止してブンブンと空ぶかしをする音は生で聞くと本当にうるさい。もし、これを寝ている時に頭の上で聞かされたら確かに殺意が湧くと思う。
丸いヘルメットが絶妙な標的に見えて、狙撃銃って幾らくらいするのかなって考えたくらいだ。
対になっている交差点の信号が黄色になるとエンジン音が益々高くなり、微かに聞こえていた笑い声も掻き消えて行く。
どんなヒントが隠れているかわからないから無駄と思える枚数の写真を撮っていると隣で動画を撮ってた筈の健二がスッと立ち上がった。
何をするのかと思ったら、走り出したバイクに向かって何かを投げ付けた。
石でも投げてやりたいのは山々だけどね。
野球の軟式ボールくらいの塊は一番後ろにいたバイクの背中を掠めて反対車線の方に転がって行く。
「健二さん?」
「チッ……しくじった」
「え?あれ何?」
「GPS」
「え?!28900円を投げたんですか?!嘘だ!馬鹿だ!無計画過ぎるでしょう」
反対車線に転がったボールはどこに行った?
住宅街に向かう道路はもう間髪的にしか通行量は無いけど、信号が青に変わると何台かは通過しているのだ。
踏み潰されていたら28900円は3分も働かずに命を終える。
大久保さんの垣根から慌てて飛び出すと、グンと背中が引かれて踏み出した足が空振った。
「何ですか?!29800円が車に踏み潰されますよ!」
「葵!!馬鹿!前を見ろ!」
「見てるよ!」
見てたけど…ブワっと風を受けて鼻先を走り抜けたのは真っ黒のワゴン車だ。
……見てたのは前だけで横は見てなかった。
ワゴンの運転手も驚いたのだろう、避ける間も無く通り過ぎ、交差点の中程で腹立ち紛れにクラクションを鳴らしていた。
「……ビックリした」
「ビックリしたのはこっちだ馬鹿。お前って結構な直情型だな、今までよく無事で生きてきたよ」
「す……いません」
"今までよく無事で生きてきた"って台詞は、本来なら健二にこそ言いたかったけど、タイミングが違えば大変な事になっている所を助けて貰ったのはこれで2回目だ。
頼りになるのかならないのかわからない人。
まだ知り合って数日分しか知らない健二の印象がぶれる。
実は大久保さんの家にお邪魔して庭先で潜んでいる間、する事も無いからひたすら話をしていた。
健二は25歳だと言う。
椎名と3つ違いだと言われても何となく納得できなかったのは椎名が変なのだと思う。
荒れていたらしい思春期の頃、暴力団の構成員になりたいと言ったらしいけど、グレて荒んだ薄暗いイメージは全く無い。
馬鹿と紙一重の明朗快活。
何も考えてないと疑うポジティブ思考。
健二がどんな人かを簡単に言い表すと日常の中の何でも無いことを楽しくする人だ。
もし、10人のグループで遊びの計画を立てていても、健二が行けないと言えば日時を変えるか中止になってしまう。そんな風に見える。
もし……健二を自分に置き換えると、イベントの途中で帰っても誰にも気付かれないと思う。
わざとそんな風に生きてきた。
健二のようになりたいとも、なれるとも思わないけど、ちょっと羨ましくもある。
「葵?」
隣を歩く男を見上げると、どうした?って視線が落ちて来た。
迷惑なバイク達はまだ走り回っているが、動画も写真も撮ったしGPSは付け損なった。
これ以上粘ってもする事が無いから帰っている途中だった。
どうしてなのだろう、健二を見ていると寂しくなってくるのは。
取り留めもなく聞いた話では、健二とは割と似たような幼少期を過ごしている。
母はいない、父はクソ。そこは同じだったが、俺の場合は放置する癖に固執されて家を出ると連れ戻された。最低限の養育に対する義務感を持っていたって事だと思うが、健二は家出をした以降、捜索願すら出されていないらしい。
それを健二はラッキーだと言った。
自分を不幸だと思った事は無いけれど、幸運だと思った事も無い。お金持ちの両親がいてもそれが=《イコール》幸せだとは限らず、結局「幸せ」って自分次第なんだなあって健二を見ていると思う。
俺はどんな顔をしていたんだろう。「大丈夫だ」と慰められて肩に腕が回った。
「見ろよ、星が綺麗だな」って……それは女子に向かって言えるように訓練をしろ。
健二の身長に抱き寄せられると丁度いいのがムカつくけど、夏の終わり掛け、深夜に入る時間帯はちょっと肌寒いから払い除けないでやった。
事務所に辿り着いたのはもう深夜の1時前になっていた。風呂に入る順番を待つのも面倒だからって一緒にシャワー浴びるのはここ数日連続している。
寝る所まで一緒は嫌だと主張したけど、連日して朝と夕方の野田弁護士行動調査と爆音隊の待ち伏せで、二人共疲れ切ってなし崩しになってる。
ベッドは広いから端っこで寝ればいいけどね。
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