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ヤクザになる人

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それにしても椎名が28ってびっくりした。
確かに、話さず、動かず、寝ている椎名を見ていると20代に見えなくもないが、何となく、ずっとずっと年上で100歳くらい離れている印象だった。

この際だから中途半端な事は言わないで、128歳ぐらいが適当なのでは……って呟くと、「俺もそう思う」と健二が真面目な顔で頷いた。

「椎名ってちょっと変わってるし何を考えてるのかわからない所もあるよな。あんまりヤクザ臭くないし、この事務所にいれば一般人にしか見えないよな」

「え?物凄く立派なヤクザに見えますよ?」
「そうか?」
「健二さんの方こそ組の人には見えませんよ」

暴力団に見えない度で言えば健二の方が格段に上だ。学生だと言われればそう見えるし、フリーターだと言われれば「そうでしょうね」と答える。

「組」と聞いた健二は驚いたように目を丸めて「違うよ」と吹き出した。

「実はさ、俺も葵と同じで椎名に拾われた口なんだ、親父がクソ男でさ、家出したのはいいけど金もなくて、行く所も無くて、チンピラに混じって悪さをしてたら「ホンモノ」に捕まったんだ」

「ホンモノって……」

「うん、暴力団のシマを荒らしてたらしい、それなら正式に悪い事をしたらいいんじゃんと思って「組に入れてくれ」って言ったらここに連れてこられた」
「それはどっちの意味ですか?、やっぱりここはヤクザの持ち物で健二さんはヤクザの手伝いをしてるって事ですよね?」
「この事務所は真っ当だと思うよ。詳しい事はわからないけど多分椎名の個人的な事業の1つなんだと思う、もしかしたら組に上納とかしてるのかもしれないけど今時は反社会勢力のままじゃ生きてけないだろ」

「………じゃあ……ヤクザなんてやめればいいのに」

仕事があって、幾ばくかの収入があって、普通に生活できるならわざわざ世間から煙たがれるヤクザでいる必要は無いと思う。
特に椎名は「威張りたい」とか「虚勢が欲しい」とか「楽して生きたい」人種には見えない。

健二は「そうだな」と、ちょっと困ったような笑みを浮かべて、ゴソゴソとスーパーの袋を探った。
出て来たのはお湯を入れたら出来上がるカップのシチューとパンだ。

毎回きっちりと食事を用意して貰えるのは有難いけど、一応だけど、仮だけど、今の立場は健二の部下で一番の後輩でもある。手伝うべきだとシチューの包装を2つ剥がして並べると、ラーメンが追加された。

カップシチューとパンとカップラーメン。
当然だけど、カップラーメンは1つだけにした。


「どうしてなんでしょうね」
「え?ラーメンじゃなくてうどんがよかった?」
「違います、どうして椎名さんは「俺はヤーさんです」って宣伝するようなガラの悪い車に乗ってるのかなって思ったんです」
「椎名は真面目にヤクザをやってるからじゃ無いのか?」

「……真面目にヤクザをやる必要を感じません」

「……うん、俺達から見ればそう思うかもしれないけどな………葵は銀二さんを知ってるよな」

知ってるも何も銀の男に捕まったからここにいる。寧ろ銀二と椎名以外にヤクザの知り合いはいない。
「知ってます」と頷くと健二が続けた。

「銀二さんってな、元々薬の売人をしていたらしいんだ、とにかく真面目で何でも一生懸命やる人らしくてな、24時間365日いつでも連絡が取れるし、いつでもどこにでも出張するから「蟻さん」と呼ばれる優秀な売人界のエースだったんだって」

「それはまた剽軽なエースですね」

「まあ自慢出来る事じゃないけどな、でも「派手な生活はするな」「仕事を持て」当たり前だけど「薬に手を出すな」って決まりも守って、誰にも目に付かないよう、遊びもしなければ美味いものを食ったりしないで淡々と地味な労働者を演じてたらしい」

「………地味?……どうやら俺は違う人を銀二さんだと思っていました」

銀色に光っていれば、見たくなくても目に付く。
気付きたく無いのに記憶に残る。

「いや、葵は間違ってないと思う。でもな、その度が過ぎるくらい真面目で、努力家で、仕事も出来る、そんな人が普通に……普通の社会人として働いたらどうなると思う?」

「そりゃ、それなりに安定した仕事に就けそうですよね」

「だろ?でも銀二さんにはそれが出来ない事情がある」

「銀色に光る使命があるから?」

「戸籍が無いんだって」

「戸籍がない?……ってどう言う事ですか?」

「そのまんま……つまり銀二さんは日本人じゃないし、どこの国の人でもない、だから公的サービスは受けられないし学校にも行ってない。運転免許は勿論だけどDVDレンタルの会員証すら作れない。椎名曰く「生きる為にはヤクザになるしか無かった」それが銀二さんなんだ」
 
「じゃあヤクザってそんな人ばっかりって事?」

「それは其々だと思う思うけど、そんな風に荒れたりグレたりしている訳じゃないのに「仕方がない」って奴がその社会には確実にいるんだって、そりゃ勿論綺麗事を言って指定暴力団〇〇会系〇〇組とかに所属する反社会勢力を美化したりは出来ないけどな、昔からこの世に居場所が無い奴を拾ってきたのが「ヤクザ」なんだってさ」

「戸籍が無いってどうすればそんな事になるんですか?それに誰かに言えば何とかなりそうですけど……例えば市役所とか、裁判所とか」
「そんな簡単じゃない、仮に「親が届けてなかったから戸籍が無いんです」って訴えたとしてもどうやってそれを証明する?公的な記録は何も無い、それこそ本物の「この世にいない筈の人」なんだぞ?行政だって訴えを鵜呑みにして簡単に認めたら身元を偽りたい奴に悪用されるだろう」

「でも、何か手段があるでしょう?」
「あるんだろうけどな、そうした方が生きやすいって気付いた頃には売人界のエースになってたって話だ、悪い事をしている自覚さえなかったんだろ、でも「蟻さん」ってコード名が有名になり過ぎたから椎名さんが「そろそろ潮時だろう」って売人を辞めさせて拾ったって聞いてる」

それで今度は臓器を売買する仲介業を真面目にこなしエースを目指している………と……。

笑えない。

「あんまり同情は出来ないけど言いたい事はわかります」
「前にも言っただろ、銀二さんもそうだけどな、俺も葵も椎名さんに助けて貰ったんだぞ」
「助けて貰ったって言っても、実際の話は拉致と軟禁の末強制労働ですよね」
「いや、葵は知らないのかもしれないけどお前結構危なかったらしいぞ?」

「………俺の借金じゃないんですよ?関係無いんですよ?それなのに600万返せってやっぱりヤクザのする事でしょう」

助けたなんて言い方をすれば聞こえはいいが、何が何でもどんな形で誰からでもいいから貸した金は回収しようとしている奴を優しいとは言えない。

抱きついて来た時のままの格好でグウグウ寝ている椎名をジットリと湿った目で見ると、隣から手が出てきてポンと頭に乗った。

この事務所に来てから何故か頻繁されるその仕草。何のつもりだと聞きたいけど、その前に健二が「俺は椎名を信じて良かったと思ってる、葵も信じていいと思う」と言って笑った。

その後に「知らないけど」って付ける所にいい加減さが際立ってるけどね。
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