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許すのは今回だけだ

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しんだ?

うまくしんだ?


「………うぎゅ……」

「大丈夫かっ?!葵!怪我は無いか?」
「苦しい!!」
「何処が?!怪我か?どこか折った?!」
「肺!息っ!!離して!」

何も見えないと思ったら目を閉じてた。

ヤクザに悪用されたりしないよう、丁寧に…丹念に、隅々まで轢き潰してくれと願った体は………

残念ながらどこも痛くない。

気が付けば健二の顔が息のかかる距離にあった。
大きく見開いたまん丸の目玉に俺の顔が写ってる。

「あれ?」

どうなったのか、どうやったのか………健二に抱き着いたまま、道路の上に転がっている。

すぐに立ち上がって逃げなければ…と思うのに、頬を挟まれて目を逸らす事も困難だった。

健二って意外と睫毛が長いんだな、とか、ミントの匂いがするな、なんて思いながら瞬きしない目を見ていると、驚きで泣きそうにさえ見えた顔がクシャッと緩んだ。

「健二さん?」

「よかった……本当に良かった、怪我は無いな?どこも痛く無いな?」
「痛く無いけど……」

出来ればすぐに離して欲しいけど今は言えない。
そしてグリグリと押し付けられる額が寧ろ痛いけど……それも言えない。
続いてブチューっと頭に感じた生暖かい感触は……

これは言う。

「離せ馬鹿、チューすんな!俺は子供じゃ無いぞ!」

何でもよくないけど何でもいいから離れて欲しい。健二の顎を押し上げてジタバタ暴れた。

「痛たた、引っ掻くなよ」
「健二さん、こんな事をしている場合じゃ無いでしょう、人が集まって来てます、早く逃げた方が良くないですか?」

「え?……どうして逃げるんだ?」
「だって、警察が来ちゃうかもしれないじゃ無いですか」
「生身と車なんだから自動的にこっちが被害者だろ?それに結局何も無かったんだから逃げなくてもいいんじゃ無いか?」
「ええっっ?!逃げないの?!」

警察が来たら問答無用で逃げる。
それが生活のセオリーでは無いのか?
そう教わって生きてきた。
それが当たり前だと思ってた。

「そんなに驚くか?」
「だって、ややこしい事言われたら困るでしょう、警察ですよ?、もしかしたら車が壊れてるかもしれないし、誰かが怒ってるかもしれない」

「怒ってたら謝ればいい、それよりも葵が落ち着くまで離せないよ」

「……俺は……落ち着いてます」

ちょっと気色悪かったけど、健二は何だか包容力がある。変に意識しないで普通にしていればモテるのになって思う。

因みに、これは道路の真ん中で抱き合い、寝転がったまま続いていた会話だ。

そうこうしている間に、わらわらと集まって来た善良な人達の手で助け起こされ、警察と救急車が来てしまった。


「女の子みたい」とほざいた健二を突き飛ばしたつもりだったのに、勢い余って車道に飛び出して、危ない所で健二が俺を抱きかかえて飛んでくれたらしい。
もし、反対車線に車が来ていたら本当にお陀仏だった筈だ。

健二の背中とか肩とか腕には盛大に擦りむいた傷があったけど、ストレッチャーを出してきた救急隊員に「大丈夫だ」と言って病院への搬送を断った。

健二の代わりに救急車に乗ったのは車を運転していたお爺さんだ。驚きのあまり腰が抜けて立てなくなっていた。せっかく出動して貰ったんだから無駄にならなくて良かったけどね。



カルチャーショックというのはこういう事を指して言うんだと思う。
数人の警察はみんな真面目で優しかった。
怒ると思っていたお爺さんはストレッチャーに乗って尚、無事で良かったと泣いていた。

助けてくれた人もみんな優しい。
誰も怒ってない。
見ていた人によると、驚異の運動能力を披露した健二が物凄くカッコ良かったらしい。
そして俺は定番の子供扱い。

さすがに、「頭を撫でるな」とか「子」って言うなって抗議は控えたよ。

そして今は憧れのパンケーキが目の前にある。
たっぷりの生クリーム、ツヤツヤした苺。
パラパラと散ったチョコチップが小さな歯ごたえを生んで楽しい。 

健二は生姜焼き定食を食べていた。

お醤油の香ばしい香りが今は邪魔だ。
そして生姜の香るお箸をこっちに向けるのはやめろ。ペンと叩き落とすとバラけて一本が床に落ちた。

「あ~……何すんだよ」

「お行儀が悪いです」

「葵はさ、結構手が早いな」


お前が女の子みたいとか言うからだろ

………と、言いたかったが苺が酸っぱくて返事が出来ない。

「もうあんな事しちゃ駄目だぞ、今日は運が良かっただけだからな、こんな事を椎名に言ったら、あいつの事だ、心配して付いて来ちゃうぞ、ああ見えてあいつは「あれ危ない」「これ危ない」ってうるっさいぞ、邪魔だぞ」


労働力か金目の物《腎臓》の心配をしているだけだろ

………そう言いたかったが、生クリームが口から溢れそうで言えない。

「生クリームが口の周りについてるぞ、全く可愛い………ゴホウホ…いや、何でもない」

今、可愛いって言い掛けただろう、今度こそ殺すぞ

………そう言いたかったけど、おしぼりで…口を拭かれて言えなかった。

お腹一杯。


経費って何の事か理解してなかったが、食事代やその他の生活用品代、赤城さんの為に使った余計な出費は健二が纏めて管理しているらしい。タピオカ代は椎名に貰った一万円で払ったが、後で健二が返してくれた。

つまり、H.M.Kに来てから3日経ってもまだ1円も使ってない。
健二がちゃんと管理しているようには見えなから、どんな収支になっているのか一度聞いた方がいいのかもしれない。


「610万くらいに増えてたりして」

払う気は無いからいいけどね。

「葵は結構無口なのに独り言は多いな」

「………無口?俺が?」
「ああ、結構理詰めで畳み掛けてくる事はあるけど基本あんまり喋って無いよ」

「…………」

またカルチャーショックだ。

口に出したら追い付かないくらいの勢いで、頭の中で喋ってるから無口と認定されるなんて思ってもいなかった。

「もうちょっと自分の気持ちを言えればいいんだけどな、嫌な事は嫌と言えよ」
「嫌な事は言ってます」
「死ね!……じゃなくて嫌だからやめてください、と言えるようになろうな」

ポンポンと頭に乗ったその手………早速嫌だって言いたい。

今は言わないけどね。





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