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タピオカ2

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そうこうしているうちにお昼が近づいて来た。

事務所の掃除をしていたからタピオカミルクティがどうなったのか知らないけど、どうやら諦めてくれたらしい、健二は足を投げ出して雑誌を見ている。

「健二さん、もうそろそろ時間ですけど」

「ああ、さっき駅に着いたって連絡があったからもうその辺まで来てるだろう、この事務所は看板も上げてないしわかりにくいから迎えに出てあげて」

「はい、どんな人ですか?」
「会ったこと無いから知らない」

「………わかりました、取り敢えずビルの前に出てからウロウロしてる女の人に片端から声をかけます」
「ああ、それでいい、平日のこんな時間にウロついてる若い女の子なんてそんなにいないだろ」

「そうですね、見てきます」

事務所のドアから出るのはもう慣れて来た。
「逃げなければ」という強迫観念も今は健二のせいで薄れている。

決して忘れないけどね。

朝はタピオカだ何だと言われて、この面接がどうなる事かと思ったが、健二は意外と普通だった。結局の所「椎名基準」のレベルで物を言われて「女子が苦手」と判定されただけらしい。
何だかんだと言っても、健二は背も高いし、イケメンに分類されるのだと思う、それなりにモテ人生を歩んで来たのだ。

え?羨ましく無いよ?

背は高過ぎても色々不便だし。
俺だって今よりももうちょっとだけ背が伸びれば170になるし。
馬鹿高いだけより丁度だし。
日本では170くらいが暮らしやすいし。

今日の朝に気付いたけど、椎名と健二は事務所のドアを潜る時に少しだけ屈む。

不便だと思う。暮らしにくいと思う。
何を食ったらああなるのかと考えながら、事務所のドアを素通りした。



「……あれ?あの人かな?」

階段を降りてすぐ、不安定な足取りで歩いている女の人を見つけた。
スマホを見てる事から多分だけど依頼者に間違いない。

もし違ったら困るから少し離れた位置から声を掛けてみた。

「あの、もしかしてH.M.K……「法律で裁けない困った事を解決します」に連絡を頂いている方ですか?」
「え?、はい、聞いていた事務所の名前とはちょっと違うけど多分そうです」
「いい加減ですいません、お引き受けした仕事はちゃんとやりますのでその辺は勘弁してください」

知らないけど。

「事務所はこのビルの上です。狭いし急だから気を付けてくださいね」
「ありがとう、声を掛けて下さらなかったらわからなかったわ」

「……私の仕事ですから」

ほんと、仕事の内容も知らないくせに俺もよく言える。

赤城と名乗った女の人はストーカーに合うだけあって綺麗な人だった。
長い髪はサラサラで真っ直ぐ。
色が白くて手足が細い。
ヒラヒラしたスカートが何とも微妙な長さだったから先に階段を上がった。

下から覗いたらパンツが見えそうだもんね。

ドアを開けてどうぞと手招きすると立って待っていた健二に向かって「お邪魔します」と綺麗なお辞儀をした。


「イ…らっしゃい、お待ちしてました、担当の成瀬です、赤城さんですね?」
「はい、少し遅くなってすいませんでした、迷ってしまって……」
「そんな事を気にしなくてもいいんですよ、ああ、葵くん、ドアは開けておいてね、ここには男しかいないから密室になると赤城さんも不安ですよね」

「お気遣いありがとうございます、でも大丈夫です」
「礼儀ですから、葵くん開けといてね」

「はい」


うん。

最初の「い」が異常に強かったけど、別に普通だ。後は健二に任せておけばいい。

どう話を進めるのか、元々どんな話になっているのかわからないのだ。こっちは秘書に徹底して依頼のポイントを書き出して行けばいいと思う。

2つしか無いソファに同席する事は出来ないから椎名が使っていた事務椅子を寄せてノートを広げた。

「その前に葵くん、お茶をお出しして」

「はい……あの…何を」

「ああ、そうだね、赤城さんはメルクティとカッフェ……どちらがいいですか?」

「…………」


………発音。

「ミルクティがお薦めですよ、とてもいい茶葉があるんです」

言い直した。
恥ずかしいなら言うな、こっちが恥ずかしい。
赤城さんも驚いたらしい、席を立った俺を見て慌てて止めた。

「あのお構い無く」
「遠慮は無用です、葵くん、お待たせしないで」

「は、はい」

何か変。パチンと指を鳴らすのはもっと変。
そして健二はソファに座ろうとした赤城さんを止めて、「汚いですから」と言ってハンカチを引いた。

そして……健二?何をしてるんだ?上着を脱いでる。

「寒く無いですか?」

?!


どうした健二?!

どうして上着を彼女の肩に掛けてる。
寒くないし外じゃないし恐らく狙ったシュチュエーションとはかけ離れてるよ。
全部間違ってる。

それにさっきまで上着なんか着てたか?
異様なくらい柔軟剤が香ってくるそのパーカーはいつ用意した?

ああ……戸惑ってるよ。
赤城さんが困ってるよ。

「あの……健二さん?」

「葵くん、早くして、せっかくなのにふやけてしまうだろう」
「はい、すいません」

健二が壊れた。
いきなり壊れた。予告も前兆もなく壊れた。
見た目も言葉の運びも普通なのに内容が変。

もう何でもいいから仕事の話に持って行って少し真剣になってもらうしか無い。

言われた通りに冷蔵庫を開けてみると………出来てる。知らない間に出来てた。
タピオカミルクティ。

でも多いよ。
どう見てもタピオカが多い。

深いグラス入ったミルクティの水面から、ちょっとだけ黒い玉がはみ出ている。
しかも太いストローが無かったんだ。
カレーを食べるようなスプーンが刺してある。

持ってみると重い。これを出せと言うのか。

「葵くん?」
「はい、今」

乗り切る。
乗り切ればいいんだろう椎名さん。
椎名は知っていたのだ。
だから逃げていないのだ。

笑ってはいけない時ほど笑いを堪えのは至難の技になる。
今解放されたら爆笑のあまり声が出ないと思う。
30分は笑い続ける自信もある。

駄目だぞ俺。
600万はまだまだ遠い、頑張るんだ。

これは精神鍛錬の修行なのだと自分に言い聞かせる。肉を毟り取る覚悟で頬の内側を噛みながら、問題のタピオカを赤城さんの目の前に出してみた。

「あ?…………りがとうございます」

わかります赤城さん。
巻き込んでごめんなさい。
そして笑いを堪えてますよね?
もしも今、目が合えばお互いに危険でしょう。
絶対にこっちを見ないでください。

赤城さんは見た目の通り、とてもいい人なんだと思う。悩み事の相談に訪れた事務所で出来たお茶に手を付けなくても誰も怒ったりしないのに、それなのに「頂きます」と、か細い声で挨拶をしてからそっと重たいグラスを持ち上げた。

さすがにカレースプーンでタピオカを食べたりは出来ないと思う。

邪魔なタピオカを避けて一口、そこで「これは何?」って聞きたいんだろう、目が合った。


「ぶふ」

吹き出したのは同時だったけど、被害は赤城さんの方が大きかった。
瞬間的に吐き出した勢いのある息でミルクティが小花の入ったピンク色のスカートに飛び散った。

「これは大変だ」

さっと立ち上がった健二はティッシュかハンカチを出すのかと思ったら、何故か慌てて出してきたのは………スエットのズボン?

「これをどうぞ」

「…………」



赤城さんさんに履けって?!
履き替えろと?!
スカートの代わりに?!
キラキラするな!

「……もう……やめて……健二さん」

声が揺れる。
腹がよじれて一周回る。
面白過ぎるよ健二さん。
背中が震えて息が吸えない。

赤城さんは呆れたのか怒ってしまったのかムッツリと口を閉じてしまい、こっちは笑い過ぎて声が出ない。

これではまずいと思ったから頬の内側に思いっきり力を入れた。

「……あの……大丈夫ですか?」

「は?」

「あの……」

「ここ」と、口の端を指でさした赤城さんを真似て自分の口を触ってみると手にベッタリと血が付いた。

赤城さんは言葉を失ってる。

怖いよね、うん、怖いと思う。
健二の挙動不審は笑える限度を超えてるし、一見普通に見えただろう俺は、吐血したかのように口の端から血を垂らしてる。

何故こんな事務所に依頼をしたのか……今後悔してるよね。

ここは正念場だ。
普通で、頼りになって、仕事の出来るイメージを盛り返さなければならない。


「気にしないでください、怖がらないでください、小さなトラブルです、もし……もしもまだ気が変わらないならそろそろご依頼の詳しいお話を聞かせて貰ってもいいですか?」

「私もそうしたいです」

チラリと健二を伺ったのは赤城さんと同時だった。健二は失敗をしたって自覚があるのだと思う、怯えた小動物のようにシュンと縮こまり、ウォルキンスの炭酸水(カッコいいと思っているらしい)をチビリと飲んでる。


これ幸いと話を進めた。




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