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「じゃあ食べながら話をしようか、どうせ健二の奴はまだ何も話して無いだろ?」
「そんな暇なかったよ、あ~あ、俺も焼肉が食いたい、椎名さん今日の夜に連れてってよ」
「いいけど仕事が先、何から話す?」
「取り敢えずここの名前とか?」

「………決まってたっけ?」

「決めたけど長過ぎてカッコ悪いから言うのやだ、椎名さんが言えば?」
「でもここが何の仕事をしているかわかってもらうにはあれしか無かっただろ」
「そうだけどさ……」

長い。
かっこ悪い。

名前なんかどうでもいいけど、つまりは居酒屋とか、喫茶店とか、テキ屋とか、わかりやすい職種じゃ無いと……。

予想すると。

「街角でキャッチ、貴方を連れて行く部屋には怖いお兄さんがいるけどそれは顔だけだよ、とても親切にお布団の説明をしてくれるからね。ローンは勿論おK、各種カードも使えるよ【上限は50万以上にしておいてね】……屋」

とか

「あなたの息子が優しく案内、オレのトラブルは各種取り揃え、余ったお金を循環させます【振り込む時は警官に注意してね】……屋」

とか

「いつ何時でも出張OK、純度保証の白い粉、ご希望の場所まで配達します【草もあるよ、詳しくはウェブで】……屋」

その職業にはもっと簡単な名前があるけどね。

どうやら健二の仕事には結局名前が無かったらしい、椎名は命名に飽きたように立ち上がり、コーヒーを淹れるからと言って健二に任せてしまった。

コホンと、咳払いをして座り直した健二からいよいよ発表になる。

「そんなに説明するのが難しい仕事なんですか?」
「いや、つまりだな……世の中には自分ではどうしよもないトラブルって結構あるだろ?それを依頼者に代わって解決するって仕事なんだけどさ、わかる?」

今、正に「自分ではどうしようもないトラブル」に巻き込まれている訳だけど……。

小学生の作文みたいな今の説明でわからなければドラえもんの歌詞だって理解出来ないと思う。
つまりは、職を転々としたろくでなしがよく始める「何でも屋」って事だ。

それを俺に手伝えと?
腎臓はどこへ行った?
借金はどうなる?

聞きたい事は山程あるけど、そもそも手伝う気は無い。黙ったまま微笑むと椎名が横槍を入れて来た。

「わかった?」って言いながら焼肉弁当の横に置かれたコーヒーと砂糖とフレッシュ。
砂糖は「当然入れるんだろ?」って言いたげに容器の蓋が開いてる。

ビールを飲むよ。

「俺が捕捉していいか」と、健二にお伺いを立てる辺り、椎名はその仕事には参加していないとわかった。そして砂糖もミルクも入れずにコーヒーを飲んでる。健二もブラックだ。

だからビールを飲む。

椎名は煙草に火を付けてから、煙を吹きかけないようにしているつもりかな、後ろ向きに吐き出して捕捉を始めた。

「健二の説明じゃわかんないよな、当然だと思うけど実はそのまんまなんだ」

「法律関係の仕事なんですか?」

「うん、法律ってな、俺達が知らない事まで事細かにいっぱいある。警官ってさ、実は物凄い権力を持っててな、その気になれば立っている場所が悪いと言って交通区分対違反とかさ、ビクトリアノックスの十徳ナイフを持ってるだけで軽犯罪法違反とかで逮捕出来る」

それは善良じゃ無い市民の愚痴だと思うけど、誰の邪魔にもなっていないのに座っているだけで連れて行かれた事があるからそれは分かる。

うん、と頷くと椎名は満足そうに微笑んだ。

「でもな、法律は人が作った物だし、あれを立てればこれが立たないって事もあるから万全じゃ無い。そしてどんなに非道な事でも、もし人として許せない事でも法を越えられない警察は見てるしか無い、そんな問題を解決する手助けをするって仕事なんだ。そして今、そんな依頼が重なって健二一人では無理そうだから葵くんに手伝って貰おうと思ったんだ」

「そういう事だ」と、椎名は鶴になった紙を「ごめんね」と言いながら広げた。どうやら鶴を折った紙は依頼書だったらしい。
「はい」と渡されたって事は読めって事だと思うけど………椎名がやり切った満足そうな顔をしてコーヒーを飲んでるって……もう説明は終わった?

健二も「そう言う事だ」と笑って天津飯を食ってる。

手伝う気は無いけど、細かく折り目の付いた文を引き伸ばしてからざっと拾い読みをすると、どうやらこの依頼主はストーカーに困ってる。

迷い猫を探すとか、お年寄りの力仕事を手伝うとか、成り手の無い自治会長を引き受けるとか、探偵事務所も引き受けない地味な隙間産業を手伝うのかなって予想していたがちょっと違うらしい。

でもストーカーについてはちゃんとした立派な法律があると思う。

「今、葵くんはストーカー法があるだろって思った?」

はい、思いました。

あんまり意見を言いたく無いから一応の意思表明として小さく頷くと、椎名は満足そうに「いい子」だと言った。

「子」はやめろ。

「警察の手には負えないと言う事ですか?」

「正にそこが法律の穴なんだよ、毎日待ち伏せしたり、電話をかけて来たり、せめて声をかけるとか肩にでも触ってくれたら法律が威力を発揮するんだけどね、どんなに怪しくても、「これはわざとだな」って分かるくらいあからさまでも、ストーカー規制法の文章に書かれている範囲以外では逮捕出来ないし、この依頼のケースだと警察の名前で注意してもらう事さえ出来ない」

「そこで俺の出番が来る」

健二は得意そうに鼻を鳴らして、折り目が破れそうな依頼書を摘み上げた。
透かすように仰ぎ見てる。

もしかして……この「健二」という男は「医学を勉強した」免許の無い医師ではなくて、弁護士か、もしくは「法律を勉強した」弁護士じゃ無い弁護士なのか?
それとも上手いこと言って依頼者を騙すヤクザの新手とか。


「あ、破れちゃった」

健二が意味もなく振るから、鶴の残骸は破れてしまった。

うん。多分後者だ。


しかし……もし、俺が被害者ならよりにもよってこんな頼りなさそうな弁護士擬きに頼るくらいなら、真っ当な弁護士に頼むと思うけど、このストーカーに困ってる依頼者だってそれは多分同じだ。

つまり健二は医師免許は無いけど超優秀な医術を持ってるブラックジャックみたいなもので、有りとあらゆる法を知り尽くして駆使する有能な無免許法律家なのかもしれない。

………どうだろう。

このいい加減そうな男が?
破れた依頼書を慌てて伸ばすから更に破いてるこの男が?
いや、人は見かけによらないものだ。
大事な所でも読めなくなったのかもう千切れちゃった破片を指して健二が聞いた。

「なあ……葵、これ何て読むんだ?」

「………」

「ん?お前にも読めないか?」


「…………巡回《じゅんかい》……ですけど……」

「ふうん、お前賢いな」

うん。違う。

この推理は間違いだ。
健二は恐らく馬鹿だ。
全く違う。

「葵くんが思ってる通りだよ」

「え?俺は何も……」
「遠慮しなくてもいいよ、健二は法律なんて分かってない、だからここの仕事は葵くんが考えているよりもずっと肉弾戦になる。一発で解決できないからこそアイディアとか、機転とか、我慢強さが必要になる、どう?、「タフ」な葵くんにはピッタリだろう?」

「………タフ」

タフって言われるのは如何にも男らしくて好きだ。勢いで「はい」と答えてしまった。

それを「やります」と答えたって勘違いされたみたいだ。満面の笑みを浮かべた二人から「よろしく」と改めて握手の手が出て来た。

「我《わが》、「法律《H》で裁けない問題《M》を解決《K》します【出来なかったらごめんね】」略して「H.M.K」にようこそ」

結局長い。
しかも英語じゃなくてローマ字略してる。かの公共放送をもじったような怪しさ。
そしてやっぱり馬鹿そう。


どうするんだ俺、と迷った。
迷ったけど、目の前にいる二人の目は何の曇りも打算も無くキラキラと輝いている。

腎臓は取り敢えず保留。
それでいいのか?って思うけど……。

右手は一本しかないからそれぞれを両手で握った。



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