法律では裁けない問題を解決します──vol.1 神様と目が合いません

ろくろくろく

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銀の男

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「ジンゾーとカクマクのどっちがいいですか?」

……………ジンゾー……

それはもしかして腹の中にある腎臓の事だろうかと考える。

頭を傾けた俺に、目の前に座る男は軽快な口調で続けた。

「そう、腎臓と角膜です。腎臓は半分、角膜も片目、あっ別に両方と仰るならそれでも大丈夫ですよ、私共はお客様に満足していただけるよう各種バラエティに富んだ素晴らしいプランをご用意しております、何でも聞いてください」

「………プラン……」

「はい、詳しくはこちらをご覧になってください」

グレーの生地が銀の光沢を放つ襟の大きなスーツを着た若い男は、ニコニコと柔和な笑みを浮かべてリゾート施設っぽいパンフレットを差し出した。

変なワードが無ければ、楽しい小旅行を勧められているようだった。

バイト先からの帰り、ピザ屋の裏口を出た所に待っていたこの男に、ほぼ拉致気味に連れてこられたのは細長い地味なビルの二階。入口のドアには黒地に太い金文字で「常盤商会」と書いてある。

部屋の中は、一見小さな会社の事務所のようにも見えるが、ソファの横には大きな木彫りの仁王像が立っていた。

ヤクザじゃん。

「あの~」と間延びした返事をすると、「何でも聞け」と言ったくせに質問を受ける気はないらしい。銀の男は前のめりになって「プラン」の一端を説明した。

「で?、腎臓?角膜?究極なら片肺とかもありますがさすがにそれはちょっとお勧めは出来ませんね、どうなさいますか?」

「どっちも嫌です」

……そう言いたかったが言える雰囲気じゃ無いし、残念ながら冗談とも思えない。ここでいい加減な相槌を打とう物なら都合のいいように解釈されて腎臓だか角膜を選ぶ事になる。

余計な事を言いそうになる口をグッと閉じて何の事かわからないふりをする。

頭の上に「?」を浮かべて微笑んでみた。

「ああ!そんなに不安そうな顔をしなくても大丈夫、うちはどっかの穴蔵で腹を裂いて放置なんてしなからね?、何と!豪華な病室で一週間の入院付き、綺麗な看護師さんが手厚く看病してくれるし、ちゃんと医学の勉強をしたプロが施術するから安心してね」

流れるような口調はまるで店頭販売かラジオショッピングだ。

だけど言っている事をよく咀嚼すれば「医学の勉強」をしてはいるが医師免許は無いと……

うん、分かった。

これは金の代わりに命を寄越せと言われてる。

「あの……ちょっと整理をしてもいいですか?」

「はい、何なりとどうぞ、ご質問には誠意を持ってお答えします、因みにボクの血液型は何かな?」

「え?多分普通のA型だと……」

「ああ~惜しいですね、A型よりはO、次にB、AB、もしRHマイナスとかだったら倍になるのに……残念ですね」

「いえ、あの、つまりは父の残した借金の話ですよね?」

「はい、そうですよ」と軽快に答えた目の前の男は、アルカイックな笑みを崩さなかったが、当然出て来る反論に備えて座り直した。


そう父は死んだ。

半月程前の週末、雨の夜だった。

父の遺体を確認するようにと、警察から連絡があった。

「とうとう」と「やっと」が同時にやって来たが、何の愛惜も思い浮かばないのはその時も今も同じだ。

食べかけだった夕食を普段通りに食べ終えて片付けをした。皿を拭いて小さな棚に戻す。

ゆっくりと風呂に入ってからそろそろ行こうかな………なんてのんびりしたせいで、どこからそんな情報を得るのか………。皆さんご存知ありとあらゆるろーん各社の使者、つまりは借金の取り立てが押し寄せた。

薄汚いアパートには靴下一枚にだって未練は無い、警察に行くからと言って借金取りを振り切り、その足で随分遠くまで逃げて来たつもりだったが、こうして見事に捕まった。

普通の誰かにこの話をすればきっと不幸っぽく聞こえると思うけどそうでもないのだ。

父はそこにいるだけの人だった。

ただそれだけの人だ。

だから真面目に取り合わなくていい。

「あの……お話はわかりましたが、俺は成人しているし、あの人はもう関係ないんです。一応血縁ではありますが、相続を放棄すれば返済の義務は無いものかと……」

「あれ?」

「はい、22です」

「あれれ?ボクは22なの?」

「はい」

「じゃあどうしてわかんないかなぁ」

どうしてって聞かれても言ってる事は正当だと思う。

父には真っ当に面倒を見てもらった記憶も無ければ愛も温情も無いのだ。しかも死んでるし、そもそも親の借金を払う義務なんて子供にはない。

遺伝子を分けてもらっただけの関係でなけなしの腎臓は売れないだろう。

「あのですね、俺は父の連帯保証人になった覚えもないし、大体幾ら借金があって返済がどうとか利率がどうとかそんな書類も無いですよね?」

「うん、そんなもん無いね」

「では法的に見て何を根拠に俺の内臓とか目とかを請求するんですか」

「ふうん」と顎に手を当て、ジッと見てくる目は何故か笑ってる。ザリザリと髭を撫で一瞬……

一瞬だけ本性っぽい嘲りが目の色に浮かんだ。

「ボクは見た目よりも賢いね」

「ありがとうございます」

「そこで礼を言うんだ、でもさ、どうして真っ当に法律が適用されるとか思ってんの?」

「え?でも…」

よく知らないけど普通なら借用証書とか何かあるだろう。Vシネでは伝説の闇金業者も貸付証書を出してる。

「その顔は安岡リキ●でも思い浮かべてるんでしょう、それともウ●ジマくんかな?」

ウシ●マくんです。

答えて無いけど銀の男には通じたみたいだ、嬉しそうににっこりと笑った。

「まあ、色々あるとは思うけどねさ、ボクのお父さんはね、あちこちに借金があって、もうどこからも借りれなかったんだよ、だからうちみたいな法外の闇金からお金を借りたんだけどさ、それは残念ながら社会通念は適応されないんだよ」

「では……ア……」
「アディー●法律事務所とかに行っても無駄だよ、法は関係ないんだ、俺達はどんな手を使ってでも貸した金は回収する、もう一回言うよ、逃げても隠れても無駄」

うん。詰んだ。

逃げても無駄なのはよくわかってる。

今回、住んでた町から他府県に逃げたのにこうしてつかまってる。

「あの…」

「ん?やっと理解してくれた?もう一回病院の説明聞く?ボクは若いからそれなりの値段はつくと思うけどさ、それでも足んないんだよね、その後の事は相談に乗るよ、何でも言ってね」

「いえ、それは結構です。それよりずっと気になってるんですが、俺は子供じゃない、「ボク」って言い方をやめてもらえませんか?」

この場面で言う事じゃ無いって分かってるが、連発されてどうしても我慢ならなかった。

同い年の奴より、若く見える自分の見た目は認めるが、仮にも22の男に向かって「ボク」は無い。

でもやっぱりタイミングが悪かったらしい。

チンピラ風味100%、成分無調整のヤクザ男は気分を害したのか、ずっと顔に貼り付けていた優しげな微笑みを解いた。

よし。

逃げよう。

無駄だと諦めるよりまず逃げてみよう。


「話はわかりました、もういいです。何でもします。でも取り敢えずトイレに行ってもいいですか?このままじゃここで吐きます」

「ああ、勿論いいよ、そこのドアだ」

「ごゆっくり」と、ヒラヒラと振った手はすぐに手元の紙束に戻った。目で追おうともしない。

他には誰もいないしドアは男の背中だ。

事務所のドアに鍵が掛かってないのは確かめている。

しかしドアに走るのは最終手段にした方がいい。まずはトイレに入って窓の存在を確かめる。

席を立って周囲を確認する。

出口までの歩数を測りながら、木目模様の付いた濃い茶色の合板が張り付いているドアを開けると、いい具合に窓があった。

奔放だった父のお陰で建物からの逃亡は得意中の得意だ。中学の時に何の足掛かりもない5階から逃げた事もある。

肩を抜くのがやっとの小さな窓から外に背を向けてまずは体を抜く。窓枠に捕まり、足を抜いて壁を蹴る。

よし。

着地。

地面に付いた手をパンパンと払ってニンマリと窓を見上げた。トイレに入ってからまだ30秒も経ってない。

「吐く」と言ってトイレに入ったのだから、少なくとも3分から5分は猶予があると思っていい。

ここで走ったりしないで、なるべく人の多い方に歩き、バスに乗る。

どっちがいいかな……と道路を見渡すと上手いことにバス停が見えた。

今しがた「腎臓を寄越せ」と言われた事なんかおくびにも出さずに歩き出そうとすると………

ガシッと肩を掴まれた。

「はい。いらっしゃい」って声にびっくりして振り返るとそこは胸だった。

見上げると知らない男がこれまた柔和な笑みを浮かべてる。

こうなればもう最終手段しかない。

喚いて叫んで人目を引く。

「おま!おま!お巡りさ…んぅん!」

「本当にどいつもこいつもマニュアル通りに動くな、さあ、車が待ってるからね、大人しくしてくれよ」

もう後は警察に頼るしか無いのに、盗られた腕を掴む手は力強い。そこに……目の前に制服を着た警官がいるのに、しかも二人いるのに気付いてくれない。世の中の底辺にいる俺達は浮上する機会も与えられずに、こうして人知れず淘汰されるしか無いのか。

モガっと口を塞がれて、窓が異様に真っ黒いツヤツヤの車に押し込められた。

無駄だと分かっているが、一応ドアをガチャガチャしてみる。

開かないからドアを叩いてみる。

ついでだからシートを蹴っとく。

「暴れても無駄だって、君は……思ったよりしぶといね」

「そりゃそうでしょ、俺の腎臓の話ですから」

もう一回ドアをガチャガチャしてみる。

肩を掴んだ男は運転席に回っているのだ、ドアが開きさえすれば何とかなる。

「クソ!何で開かないんだ!」

「チャイルドロックを掛けてあるから外には出れないよ、ほら、シートベルトをしないと危ないからね」

「腎臓を盗ろうとしている癖に今更でしょう」

「それはそうだけどさ、なるべく活きがいい方がいいしシートベルトの違反で怒られるのは君じゃなくて俺なんだよ」

「こんな厳つい車にシートベルトがどうとか誰も言わないよ」

寧ろ見つけて欲しいのに。

はら!シートベルトしてないよってアピールしているのに、黒すぎる窓のせいで真横を通り過ぎても警察は気付いてくれない。

スルッと音も無く走り出した車はすぐに車道に乗り、無情にも最後の望みから遠ざかっていった。



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