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運命
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その日、結局は朝方まで頑張ってしまったから土曜日は動けなかったけど(主に水嶋が)、日曜日はよく晴れたから、散歩ついでって事で問題の家を見に行った。
こんだけ一緒にいて、休日も一緒にいて、観光旅行だってしたのに、スーツとスエットと俺の服以外を着た水嶋を見るのは初めてだ。
……ってか、買ったのは俺だけど。
白い長Tに青いチェックのシャツ、気温は微妙だったけど晴れてるからこれでいいと言って上着は着てない。
髪を整えてないせいもあるけどラフな服装を着た水嶋は30には見えない。
学生みたいで可愛いなって思ってたけど、眉間の皺が濃いから言わない。
どうやら物件の住所が気に入らないらしい。
「俺は嘘だと思ってる」
「実は俺も嘘かもと思ってます」
「もし嘘だったら踏んでうどんにするぞ」
「………それ…流行ってるんですか?」
蒙武が紹介してくれた家はちょっと信じられないくらいの「いい場所」にあった。
住む家を探す上での「いい場所」とは、近くに公園があるとか、閑静だとか主に環境の良し悪しを指す。
確かに、通勤には便利な場所にある。
鉄道三社が乗り入れ、あっちにもこっちにも路線が繋がる大きな最寄り駅は急行も快速も止まる。そして歩いて7分のその駅はどの時間帯の電車に乗っても混雑しているわけだが、どの方向に向かっても主要な駅まで10分くらいだから大した苦は無い。
そう、家の場所はかなりの都会のまん真ん中なのだ。しかも、繁華街では無くどこまでどこまでも巨大なビルが連なるビジネス街だ。
さぞや、厳めしい雰囲気に包まれているのだろうと覚悟していたが、行ってみると、予想通り大きなビルに囲まれてはいるものの、喧騒は全く無かった。
デカい会社の多い場所だから、返って土日と……多分夜も、人っ子1人いないってくらい静かだった。静かって言うより寧ろゴーストタウンみたいだ。
「嘘みたいに静かですね」
「この辺はみんな完全週休2日なんだろうな」
「店も閉まってる」
「まあ……客がいないからな、おい、この辺じゃ無いか?」
「多分……」
本当に住宅用の一軒家なんてあるのかな?って不安に思いつつ、片側4車線もある表通りから横道に入って少しだけ歩いた角地に目的の家はあった。隣のビルは58階建、向かいのビルは30階建。
最寄りのコンビニは隣のビルの中、そんな場所だ。
「タリーズもあるみたいだぞ」
「土日と深夜は休みですけどね」
「それはいいけどな……本当にここか?これ家か?」
「……多分」
デザイナーズ建築と言った風味の外観はお洒落なカフェなのか?って思う佇まいだ。
しかし、この近辺にはビルとかビルとかビルしか無いのだ。間違えるとか迷うような選択肢は無い。
実は、もう買うからって事で簡易契約書を交わしていた。だから鍵があるのだ。
(法的効力は微妙なナプキン書きだけど、さすが将軍だ。それでいいと言って鍵を預かった。)
門は無し、駐車場も無し、しかし、横向きに停めれば車は置けるかなってくらいのポーチを進み、玄関を開けてみた。
すると新品の匂いがする。
「なあ、まだ本契約はしてないんだろ?持ち主の立ち合いは無いのか?」
「取り敢えずは2人の方がいいだろって蒙武が勧めてくれたんです」
「もうぶ?もうぶって名前なのか?」
「蒙武は建築会社の社長なんですけどね、とある土地を取得する為に処理しようの無いこの土地もバンドルになったんだって言ってました。まあ、この場所に住宅を建てるなんて普通なら考えませんからね、さすが大将軍でしょう?」
「将軍って何だよ」
「何でしょうね」
水嶋には何の事かわからないだろう。
でも引っ越ししたら蒙武が出て来る漫画も持って行くから読むよな。読んだらゲイバーの蒙武を紹介してやる、そしたら絶対に笑うから。
「取り敢えず中に入ってみましょう」
「ああ、寒いからな」
「だから上着を着た方がいいって言ったのに」
綿の春用ジャケットを脱いで水嶋の肩に掛けたら「いらん」と怒られた。
「今度買っとく」と言っても「オカンか」とまた怒られた。買ったら着るくせに。
踊り場だけが吹き抜けになってある内部は思ったよりも明るかった。隣接する巨大なビルに太陽を隠され、365日24時間完全なる日陰を覚悟していたのだが、お洒落に口を開けた天窓からは燦々と陽の光が入って来る。
奥に細長い敷地に建つ家の間取りは一階はリビングと仕切りが付いたキッチン、風呂とトイレのみ。二階にはクローゼット部屋と他には部屋が二つ。
水嶋は「お前はそっちな」と狭い方の部屋を指差して笑ったけど、そこは書斎にするつもりだ。
何を言っても押し通す。
そして、まだ決めてないぞって、見に行くだけだぞって言ってた癖に、もう認めてる所が水嶋なんだと思う。他も検討しようとさえ言わない所は基本、自分の事がどうでもいいからなんだと思うけど、こんな時は便利だ。
「家具はゆっくり揃えましょうね」
「ああ、どうせ忙しいしな、それにしても結構明るいな、クッソ日陰になってて薄暗いんだと思ってた」
「そうですね、東側が拓けているから午前中は…季節によっては3時ごろまでは陽が入るみたいですね」
「ほら」と窓を開けてみると、ちょっと信じられない景色が目に飛び込んできた。
風に揺れる大きな枝は房になって群れている。
均等に並び立つ太い幹は手入れが行き届き、瑞々しく両腕を広げ青い空を仰いでいた。
隣のビルの裏側はちょっとした庭になっているらしい、春のピンクに染まっている。
風に乗った花びらが一つ、
ふわりと部屋の中に舞い込んで来た。
「桜ですね……」
「ああ………桜だな」
「こんな所に……」
何だか胸が詰まって言葉が続かない。
こんな事があるのだろうか。
立地を考えたら生き物の気配など全く無い無機質な家なのだろうと思っていた。
本当の事を言うと、どこでも、どんな家でも良かったのだ。ほぼ、何も考えずに蒙武の提案に乗った時は、持て余した物件の厄介払いでも水嶋と一緒に暮らせるなら、高くても住むには不便でも何でも良かった。
「お前が思っているよりいい物件」だと言った蒙武の言葉なんか、耳に入ってなかった。
風に揺れるピンクの枝からは、春を語り合うようにサヤサヤと寄せ合う身を擦る聞こえてくる。
ここで、水嶋と暮らすのだ。
駄目って言っても、もう遅いよな。
もう見てしまった。
春はピンクに、夏は蒼を、秋には熟れた赤を、冬には暖かい季節への期待を連れてくるのだろう。
毎年、毎年……この先ずっと。
きっと、沢山の喧嘩をするだろう。
もしかしたら嫌になる事だってあるかもしれない、後悔するかもしれない。
しかし、絶対、2人で良かったと、きっと笑える。
思わぬ借景が付いてきたな……と、水嶋が笑った。
運命ですね。
そう言いたかったのに……
やっぱり何も言えなかった。
こんだけ一緒にいて、休日も一緒にいて、観光旅行だってしたのに、スーツとスエットと俺の服以外を着た水嶋を見るのは初めてだ。
……ってか、買ったのは俺だけど。
白い長Tに青いチェックのシャツ、気温は微妙だったけど晴れてるからこれでいいと言って上着は着てない。
髪を整えてないせいもあるけどラフな服装を着た水嶋は30には見えない。
学生みたいで可愛いなって思ってたけど、眉間の皺が濃いから言わない。
どうやら物件の住所が気に入らないらしい。
「俺は嘘だと思ってる」
「実は俺も嘘かもと思ってます」
「もし嘘だったら踏んでうどんにするぞ」
「………それ…流行ってるんですか?」
蒙武が紹介してくれた家はちょっと信じられないくらいの「いい場所」にあった。
住む家を探す上での「いい場所」とは、近くに公園があるとか、閑静だとか主に環境の良し悪しを指す。
確かに、通勤には便利な場所にある。
鉄道三社が乗り入れ、あっちにもこっちにも路線が繋がる大きな最寄り駅は急行も快速も止まる。そして歩いて7分のその駅はどの時間帯の電車に乗っても混雑しているわけだが、どの方向に向かっても主要な駅まで10分くらいだから大した苦は無い。
そう、家の場所はかなりの都会のまん真ん中なのだ。しかも、繁華街では無くどこまでどこまでも巨大なビルが連なるビジネス街だ。
さぞや、厳めしい雰囲気に包まれているのだろうと覚悟していたが、行ってみると、予想通り大きなビルに囲まれてはいるものの、喧騒は全く無かった。
デカい会社の多い場所だから、返って土日と……多分夜も、人っ子1人いないってくらい静かだった。静かって言うより寧ろゴーストタウンみたいだ。
「嘘みたいに静かですね」
「この辺はみんな完全週休2日なんだろうな」
「店も閉まってる」
「まあ……客がいないからな、おい、この辺じゃ無いか?」
「多分……」
本当に住宅用の一軒家なんてあるのかな?って不安に思いつつ、片側4車線もある表通りから横道に入って少しだけ歩いた角地に目的の家はあった。隣のビルは58階建、向かいのビルは30階建。
最寄りのコンビニは隣のビルの中、そんな場所だ。
「タリーズもあるみたいだぞ」
「土日と深夜は休みですけどね」
「それはいいけどな……本当にここか?これ家か?」
「……多分」
デザイナーズ建築と言った風味の外観はお洒落なカフェなのか?って思う佇まいだ。
しかし、この近辺にはビルとかビルとかビルしか無いのだ。間違えるとか迷うような選択肢は無い。
実は、もう買うからって事で簡易契約書を交わしていた。だから鍵があるのだ。
(法的効力は微妙なナプキン書きだけど、さすが将軍だ。それでいいと言って鍵を預かった。)
門は無し、駐車場も無し、しかし、横向きに停めれば車は置けるかなってくらいのポーチを進み、玄関を開けてみた。
すると新品の匂いがする。
「なあ、まだ本契約はしてないんだろ?持ち主の立ち合いは無いのか?」
「取り敢えずは2人の方がいいだろって蒙武が勧めてくれたんです」
「もうぶ?もうぶって名前なのか?」
「蒙武は建築会社の社長なんですけどね、とある土地を取得する為に処理しようの無いこの土地もバンドルになったんだって言ってました。まあ、この場所に住宅を建てるなんて普通なら考えませんからね、さすが大将軍でしょう?」
「将軍って何だよ」
「何でしょうね」
水嶋には何の事かわからないだろう。
でも引っ越ししたら蒙武が出て来る漫画も持って行くから読むよな。読んだらゲイバーの蒙武を紹介してやる、そしたら絶対に笑うから。
「取り敢えず中に入ってみましょう」
「ああ、寒いからな」
「だから上着を着た方がいいって言ったのに」
綿の春用ジャケットを脱いで水嶋の肩に掛けたら「いらん」と怒られた。
「今度買っとく」と言っても「オカンか」とまた怒られた。買ったら着るくせに。
踊り場だけが吹き抜けになってある内部は思ったよりも明るかった。隣接する巨大なビルに太陽を隠され、365日24時間完全なる日陰を覚悟していたのだが、お洒落に口を開けた天窓からは燦々と陽の光が入って来る。
奥に細長い敷地に建つ家の間取りは一階はリビングと仕切りが付いたキッチン、風呂とトイレのみ。二階にはクローゼット部屋と他には部屋が二つ。
水嶋は「お前はそっちな」と狭い方の部屋を指差して笑ったけど、そこは書斎にするつもりだ。
何を言っても押し通す。
そして、まだ決めてないぞって、見に行くだけだぞって言ってた癖に、もう認めてる所が水嶋なんだと思う。他も検討しようとさえ言わない所は基本、自分の事がどうでもいいからなんだと思うけど、こんな時は便利だ。
「家具はゆっくり揃えましょうね」
「ああ、どうせ忙しいしな、それにしても結構明るいな、クッソ日陰になってて薄暗いんだと思ってた」
「そうですね、東側が拓けているから午前中は…季節によっては3時ごろまでは陽が入るみたいですね」
「ほら」と窓を開けてみると、ちょっと信じられない景色が目に飛び込んできた。
風に揺れる大きな枝は房になって群れている。
均等に並び立つ太い幹は手入れが行き届き、瑞々しく両腕を広げ青い空を仰いでいた。
隣のビルの裏側はちょっとした庭になっているらしい、春のピンクに染まっている。
風に乗った花びらが一つ、
ふわりと部屋の中に舞い込んで来た。
「桜ですね……」
「ああ………桜だな」
「こんな所に……」
何だか胸が詰まって言葉が続かない。
こんな事があるのだろうか。
立地を考えたら生き物の気配など全く無い無機質な家なのだろうと思っていた。
本当の事を言うと、どこでも、どんな家でも良かったのだ。ほぼ、何も考えずに蒙武の提案に乗った時は、持て余した物件の厄介払いでも水嶋と一緒に暮らせるなら、高くても住むには不便でも何でも良かった。
「お前が思っているよりいい物件」だと言った蒙武の言葉なんか、耳に入ってなかった。
風に揺れるピンクの枝からは、春を語り合うようにサヤサヤと寄せ合う身を擦る聞こえてくる。
ここで、水嶋と暮らすのだ。
駄目って言っても、もう遅いよな。
もう見てしまった。
春はピンクに、夏は蒼を、秋には熟れた赤を、冬には暖かい季節への期待を連れてくるのだろう。
毎年、毎年……この先ずっと。
きっと、沢山の喧嘩をするだろう。
もしかしたら嫌になる事だってあるかもしれない、後悔するかもしれない。
しかし、絶対、2人で良かったと、きっと笑える。
思わぬ借景が付いてきたな……と、水嶋が笑った。
運命ですね。
そう言いたかったのに……
やっぱり何も言えなかった。
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https://www.alphapolis.co.jp/mypage/content/detail/644266438
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