あんたの首が好きだ── 水嶋さん2

ろくろくろく

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エピソード4

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「もうちょっと、ちゃんと見てたいと言うか…、管理したいと言うか…この際だから言うけど全部を自分のものにしたいと言うか……」

グチ込み、相談込みの呟きだったのだが、返ってきた答えは「踏んで踏んでうどんにするぞ」…だった。
目の前に座っているのは肘を付いてやさぐれたように位崩れている佐倉だ。

どうしても話を聞いて欲しくて、またワイスフード本社の前で待ち伏せしてたら顔を見た途端走り出したから追い掛けて、追い掛けて、駅二つ分くらい走った後、もうお馴染みになってしまっているゲイバーHeavenに辿り着いていた。
息を切らせて店に入ると何も言わずにビールが出て来る所が慣れ過ぎと言えた。店側にとっても…

「真面目に聞いてください」
「それを俺に言うお前の太い神経に辟易する」
「そうでしょうね、いや、俺もまさかあんたがこんな風に失い難い盟友になろうとは思っていませんでした。」
「何が盟友だ、お互いに顔を知っているだけだろう、勝ち誇るな若造」
「根拠も無く威張るなおっさん」
「赤城店長、江越の名前で山崎のボトルを入れてくれ」
「え?いいんですか?そりゃすいませんね」

「払ってやるとも」と言って潔い感じでテーブルに置いたのはまたもや100円玉だったけど、heavenでの支払いはいつも佐倉だったからまあいいと言えばいい…けど。

「牛丼は何と税込で5500円でしたけどね、ああ、もう一つ報告をすると先日は2970円……100円貰ったから2870円でした」
「店長、山崎はやめてこの店で一番良《高い》いブランデーにしろ」
「払うよ、払いますとも、好きにしてください、そのかわり真面目に、真摯に、それこそ命がけで俺の話を聞いてください、指輪でも渡せばそれなりに独占出来る相手ならこんな変態の集まる場末の穴蔵に来てませんよ」
「命なんか掛けられるか、例えお前が卑怯者を卒業して真のゲイを名乗っても仲間じゃない」
「水嶋の為です、そして俺はゲイじゃない」

「あのなぁ!」と、とうとう佐倉はキレてしまったが人の気持ちを……、特に佐倉の気持ちを思いやれる心境では無かった。
これはただの愚痴でも嫌がらせでも無いのだ。
どうすればいいのか、「その道のプロ」に真剣に相談したかった。


水嶋がタンクから落ちたのは、やはり、生まれた時から隠し持っていた抗い様の無い大きな荷物のせいだった。

無理矢理乗り込んだ救急車の中、首を固定され、輸液が始まってもピクリとも動かない水嶋を見ていると、体の芯からゾーッと冷えて来た。

あまりにも劇的で、あまりにも唐突だったから、感覚としてはホテルのエスカレーターを転がり落ちた時と同じように感じていたが、よく考えれば生きている方が不思議なのだ。

スースーと寝息を立てている姿は眠っているだけに見えるが違うのだ。外との回線が繋がっていない状態なのだと思うと怖くて怖くて仕方が無かった。

兵庫からの帰り道に発作が起きた時は2時間程で目を覚ましたと聞いたが、今度は次の朝まで眠り続け、病院のベッドで目を覚ました時は暫くの間は記憶の混乱もみられた。
目を覚ました途端、「クレームが!」って叫び飛び起きようとした。

出来なかったんだけど……。

転落による怪我は肩の脱臼、手首の捻挫、軽い鞭打ちで済んだが、それは事故の状況から見れば「軽傷」と言えるだけで、無罪放免なんてあり得ない。
結局はそのまま入院する事になり、3日ほどは電話で仕事をしていた。

「病院を抜け出そうとするから見張るのは大変でした」
「何でそんな事故に?水嶋は営業職だろう、責任者は?投獄しろそんな奴」
「いや、…悪いのは水嶋さんなんですけどね」
「そこじゃない、何で管理職なんてもんが必要かって話だ」

「俺なら絶対にそんな目には合わせない」とか「お前は狡い」とか「何でくだらん報告をする暇があるなら事故を知らせない」とか「薔薇を持って行った」とかブツブツ言いながら、ヘネシーでいいか?と店長が持って来たブランデーらしきボトルの封を開けた。

自分のグラスにはドボドボと飛沫が飛ぶくらいの勢いで注いだのに、もう一つのグラスには2、3滴落とした後、水を足して押し出した。

「ブランデーってそのまま飲むもんじゃ無いんですか?水割りにしたりはしないでしょう」
「どうせお前には味なんてわからんだろう」
「わかりませんけど、水とお酒の区別くらいはつきますよ」
「じゃあお子様らしく、コーラかジンジャーエールでも足せ」
「言っておきますが水嶋はもう退院してます、薔薇はいりませんよ、カビの培養に使われるだけですからね、あんたはあの人の部屋に押し入った事があるんだから知っているでしょう」

本当にコーラを持ってきた店長から黒い液体が入ったグラスを受け取ろうとしていた佐倉は、ピクっと眉を動かし上目遣いに睨んで来た。
後ろめたさが顔に出ていて、まるで耳を垂れた大型犬のようだ。

「……押し入ってない」
「強奪」
「お前もな」

それは違うと言い返したい。
言いたいけど言えないのだ。

時たま2人で週末を過ごすけど、時たまセックスをするけど、水嶋からのチューを貰ったけど、未だ「仲のいい先輩と後輩」をどうしても払拭出来ない。

実は、水嶋の入院中に病室を訪れても帰れと言ってあまり口をきいてくれなかった。
その上、退院を期に「もう一人で回れるだろう」と直属の部下をクビになっている。
もちろん抗議したけど、話を聞く様子は無く、何よりも素っ気無くて目を見てくれない。

水嶋が何を考えているかは手に取るようにわかる。何が言いたいかはわかるけど、突破口は今の所何も無い。そんな隙は一切無いのだ。

あの人はその辺の意志が異様に強い。
この世で一番大切な人を手放してしまえるくらいに……。

何だかムカついて。
悔し紛れとは言え、痛い所を突かれて言い返せない自分にも腹が立った。

だからアイスペールの氷を取って投げてやった。
そしたら間髪なく投げ返して来る。
バーの氷は柔らかいが、ビシっと胸に当たった勢いは全くふざけて無い。

「痛えな!」
「専守防衛だ、やられたらやり返せが俺の座右の銘だ」
「俺の座右の銘は「攫ったもん勝ち」だ!」
「嘘付け!「抜け駆け」の間違いだろうが!」
「煩え!」
拳一個分の氷を投げると向こうに届く前にビシビシと複数の氷が飛んで来た。そう来るなら俺もやる、アイスペールを持ち上げると、「まあまあ!」と割って入った赤城店長に止められた。

「止めないでください!面白がってるくせに!」
「うん、物凄く面白いけど、他にもお客さんがいるから抑えて、投げるのは禁止、流血は許さないからね、これ以上暴れると追い出すよ」

「ほら」と店内を指差されたから見てみると、他のテーブル席に氷は乗ってるし床も濡れてる。
しかしいつもの面々だ、どうでもいい。

「前に暴れた時は楽しかったって言ってたくせに……何で今日は駄目なんですか」
「前はただ一生懸命だったけど今日は苛々してるだけだからね、エゴちゃんは甘え過ぎだと思うよ」

「え?誰に?」
「佐倉さん」

こちらです、とまるで初めて紹介するように肩を叩かれた佐倉は、照れ隠しなのかプイッと横を向いて煙草に火を付けた。

そう。
佐倉に甘えている自覚はある。
そして水嶋にも甘えている。

しかし、側にいたいのだ。
一人でいいと思い込んでいるあの人の側にいたい。手助けをしたい、もっと言えば四六時中見張っていたい。
水嶋と一緒にいる事で幸せになる奴がいるって気付いて欲しいのだ。

「エゴちゃんはどうしたいの?」

のしっとデカい手で頭を掴んだのは常連のマッチョゴリラだ。近頃は蒙武と呼んでいる。

「どうしたいかが分からないから困ってるんです、あの人は自分が大事じゃ無いんです、放っておくと粗末にするんです、誰かが側にいないと駄目だと思うんです、それなのに……」

一人でいいと背を向ける。

「重いなら俺が引き受けよう」と佐倉が茶々を入れた。悔しい事に佐倉が相手でもきっと上手くいくだろうと思えるから情け無い。
強引に迫れば、きっと水嶋は断れない。
セックスに関しては誰が相手でもあの顔をしちゃうと思う。

「ぅわああああ!!くそっ!!」

「ビックリした」と頭を殴られたけど、その想像は耐えられなかった。
なあなあで押し切られて寝た後、嬉しく楽しく水風船の世話をする佐倉に対し、難なく、自然に寛ぐようになると思う。誰でもいい、それは、反対に言えば誰もいらない、誰も水嶋の内側には入れないって事だ。

そんなに頼りない人なのかと常連達に聞かれたから仕事の凄さを説いたついでに、洗濯物からキノコが生えていた事、ヤクルトが固形になっていた事、手持ちのネクタイが200本を超えた事(同じ柄多数)、休みの日には食事を取らない事を話してしまった。
さすがに薬が必要な事は話せないけど、固形のヤクルトはヤバいだろう、水嶋の危うさは伝わったと思う。

「店長だって水嶋さんの事はちょっとは知ってるでしょ、泥酔して寝込んでいる所を見た筈です」
「うん、そうね、エゴちゃんが言う「自分が大事じゃない」って意味はわかるような気がする、あれは健康に悪いって言うより将来とか未来とか見てない所に問題があるような気がするね」

「そうだな」と言って、太腿みたいな腕を組んだ蒙武は根本的且つ、そこに触れてはグウの音も出ない問題を指摘した。

「あの人はゲイじゃないだろ、そのうちに好きな女でも出来れば責任も出て来るから自ずと体調管理はするようになるんじゃないか?」

最後に「お前さえいなけりゃな」って付けたのは佐倉だ。「そうかもね」って付けたのは店長を含む常連達だ。
これはいつもの事だが佐倉と向かい合ったテーブルの周りに椅子を移動して全員が集まっている。
うわさ話に目が無い女子かって思う。

そこに「別れろ」って飛び込んで来た声にも聞き覚えがあった。

「高梨?いたのか」
「いたよ、ハーハー言いながら江越が店に入って来た時からいた、手を上げたのに無視されたけどな」
「別れないぞ、俺には水嶋さんが必要だし、水嶋さんにも俺が必要だと思う」

「俺も水嶋が必要だ」と佐倉。
「俺は江越が必要だ」と高梨。

その結果「お前が水嶋と別れれば全てが丸く収まる」って結論になったから、つい氷を投げた。
今度は店長も止めないから暫く氷の投げ合いになったけど、ヘネシーの瓶が割れた所で「一つ提案がある」と言って蒙武が将の威厳を出して立ち塞がった。


ここで冒頭の状況に戻る訳だが、その後突然、佐倉が野太い低音でプリンセス2の「M」を歌い出した。

いつも一緒にいたかった
となりで笑ってたかった
季節はまた変わるのに
心だけ立ち止まったまま~…♫

どうしてだろう、泣ける。別に失恋したつもりは無いのに泣ける。
So once again~で男達の大合唱が始まって、関係無い奴もみんな泣いてる。

その後、会いたくて会いたくて♫震えた。
カブトムシも捕まえた。
最後は、日本のどこかにあなたを待ってる人がいる、と旅立った。(蒙武の年代込み)
全てが女目線の選曲って所は特殊な集まりの象徴だったのだと思う。
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https://www.alphapolis.co.jp/mypage/content/detail/644266438
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