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幻〜〜!
しおりを挟むお湯を出しっぱなしにしたシャワーはもくもくと白く烟る熱い湯気を量産した。真っ白になった風呂場で発汗を制限される中、熱い塊を胸の中に抱いたまま、腰を振って、振って、夢中になり過ぎた結果…
湯当たりした。
「お前はアホか」と呆れながらも、水嶋は首と脇の下に冷たいタオルを当てて書類の入ったクリアケースで仰いでくれる。
何らかの見積もりが並んでいる、つい癖で数字を覚えてしまうから目を伏せた。
「死んだか?」
「生きてます、気持ちいいです」
「気持ち悪く無いか?」
「………」
「………今、気持ちいいって言いましたよね」
「俺が聞いたのはそこじゃ無い」
「ビール…が飲みたいです」
「駄目、湯当たりって聞けば軽く感じるだろうけどな、言い換えれば脱水と熱中症なんだ、ビールは利尿作用があるから駄目、今は水にしとけ」
「じゃあ…動けないから口移しで……」
それは、みっともない所を見せた為の冗談だったのに……。
言い終わる前に氷で冷えた口が重なった。
ツルッと口の中に入って来たのはよく冷えた水だ。
しかし、ゴックンと飲んだのは水だけじゃ無い。
生唾とか驚きとかその他諸々。
………これは嘘だ。
嘘みたいだった。
そう。動けないと言ったのは嘘なのだ。
こんな事あるか?
もう何回も、数えられないくらい(嘘、実は覚えてる)、とにかく両の指ではとても足りない回数、体を重ねているのに、いつも恥ずかしがる、いつも弱腰、いろんな意味でいつも受け身なのに、水嶋からキスなんてあり得ない。
お風呂の湯気には妄想を助長する効果でもあるのかと、頬を抓ってみたい気分だったが、あんまりびっくりして魂が抜けた。
本当に信じられなくて呆けていると、また、水を口に含んで顔を近づけて来る。
俺は思わずタコになった。
むちゅっと唇を立ててキスを待ってみる。
すると「違うだろ」って叩《はた》かれたけど水嶋は笑っていた。
そして、頬を包み、優しく落ちてくるキスは何度も続き、最後は水を移し替えても離れてはいかず、舌が絡まったりした。
それは、口に出せなかった焦りや、不満、疑問に答えをくれたような…色事に不慣れな水嶋が考えて、考えてやっと辿り着いた結論なのか。
都合のいいように考えてるってわかってるけど………そんな気がした。
ウキウキとワクワクとキャピキャピが止まらなかった。こんな気持ちを分け合える相手がこの広い世界の中で特殊なあの人達しかいないって事は非常に残念なのだが、そこは選べない。
まずは高梨に電話をした。
話したい事があると言うと、「水嶋の名前が一回も出ないなら聞いてやる」と言われたが、「それは無理」の「理」を言った所で電話が切れた。
それなら…この際だからHeavenの変態共でもいいのだが、ここは1択だろう、月曜日の夕方、超高層ビルの前で待ち伏せをした。
オールガラスの玄関ホールは3階くらいまでの高さがある。行き来する人波は、みんながみんな自信に溢れ、経済ランクも高そうに見えた。
その中で、遠目なのに、ガラス越しなのに、エレベーターを降り立った佐倉はよく目立った。
何だか待ち切れなくてビルの入り口にある階段まで迎えに出て「よっ」と手を上げた。
すると、ガン無視だ。一目もくれず目の前を通り過ぎた。
しかし、それはもう佐倉との間で出来上がったリズムってか間と言うか、筋書きのない即興コントと同じなのだ、さっさと歩いていく背中に纏わりついた。
「なあなあ佐倉、飲みにいかないか?」
「雨が降りそうだな、懇親会で飲み過ぎたから今日は早く家に帰って風呂にでも入るか」
「じゃあサウナにでもいくか?男漁りが出来るぞ、実は好きなんだろ?」
「おっといけない、水嶋に今週末の約束をするのを忘れてた」
「今週末の水嶋はプラント建設の打ち合わせで大阪に出張でぇす」
「………」
佐倉の足が速くなった。
しかし、この熱い胸の内を誰かに聞いて欲しいのだ。
「生中290円、ハイボールは何と90円、ハイボールってもソーダ水みたいだけど200円出したら濃くしてくれる……って店でいいなら奢るぞ、100円分」
「コーヒーが飲みたいな、そう言えば昼に甘い物を食べたせいか胃がもたれてる、トレーニングでもして帰るかな」
うん。トレーニングになっている。
佐倉の早足が高じて今やランニングになっている。諦めたりしないけど、佐倉も佐倉で本当に嫌なら無視すればいいのに、話しかけてたらちゃんと応えが帰って来るところが真面目で笑える。
何だかわからないけど、走って、それぞれが別々の話をしながら走って、駅前の居酒屋に上手く収まった。
俺はビールと焼き鳥、佐倉にはコーヒーがなかったからコーヒーゼリーを頼んでやった。
そしたら素直に食べている。
「美味しいですか?」
「それなりのそれなりだ」
「俺の奢りです、たーんとお食べ」
「何回も山崎を奢らせておいてコーヒーゼリーかよ、人間の格がよくわかるな」
「人の格はお金の有無に関係無い」
「ひとかどの経験を積んでから言え、小僧」
「あんたはあの前橋って奴がどんなつもりか知ってて放置したのかよ」
「突然真面目になるな、自分に関係ある取引先の相手だったら俺だって止めたぞ、しかし相手は紅丸の社長の息子だ、まさか殴り付ける訳にもいかんだろ」
「あの夜な、言っとくけど素面だぞ?飲んで無いぞ?」
「話が飛び過ぎ…」
「俺の頬を優しく包んでチュッとしてくれてだな、いいだろ?も一回言うけど素面だぞ?俺の事好きかよってな」
思い出すと、いても立ってもいられない高揚感が腹の底から込み上げてふわっと舞い上がる。
舌打ちと苦々しい顔をした佐倉は人のビールを奪って飲み干し、お代わりを頼んでいる。しかも一杯。来た途端に奪って飲んでやった。
コーヒーゼリーのお代わりも忘れない。
「もうな、下から見上げる水嶋さんって顎が細くて切れ込みが深いから何て言うのかまあ色っぽい、風呂上がりで火照ってる顔は本当に男かと思うくらいだぞ」
「俺は女性の代わりだと思ってない」
「土日は2人で過ごしたあと、今日はうちから出勤した、どうだ、羨ましいか」
「聞けよ」
「あの顔、イク時の顔、堪らんぞ、見たく無いのか?」
「体が目当てじゃ無いし」
「見たいくせに」
「…………」
クッと喉を鳴らし、降参とばかりに白旗を上げた佐倉に「見たい」と言わせたのは勝利だったけど、またしても飲みかけのビールを奪われて空にされてしまった。
仕方が無いからお代わりを注文したらコーヒーゼリーと一緒に出て来た。ビールが取り合いになるのは同然だと思う。
結果論だが、ビールをシェアする事5杯。
さすがに店の人も変な顔をしていたのだが、帰り際の事だった。
「お前の気持ちはありがたい、しかし、俺達は男同士だろう、社会人として、最低限の貞節は守って欲しい」などと言って、ゲイカップルを匂わせる言動で仕返しをされた。
しかも、江越《ゲイ役》が佐倉《ノーマル役》を追いかけ、困っているシュチュを瞬時に作る離れ技だ。
もう一つ。
奢られる気は無いと言って佐倉は財布を出したが、百円玉一つを置いて行ったのは言うまでも無い。
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