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自業自得なんだけどね。

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黒い革靴にダークなスーツ、さざめく話し声、面白いから笑っているのでは無い笑い声。沢山の人がいるのに色が無い。
山程のお偉いさんがいるのだろうが、はっきり言って奥田製薬との取り引きに関係ある人はほんの一握りもいないだろう、コンビニや飲食チェーンに食品を納品している会社はここにはいない筈なのだ。
万が一そんな会社が混じっていても社長や専務が仕入れに関わる訳も無いと思う。
それでも、広く知り合いを作っておくと、どこで何があるかわからない、と言うのが水嶋の持論なのだ。
「何があるか」と言われても普通なら何も無いが、それは、いざと言う時に手駒として持ち出せるかどうかで生きてくるのだろう。水嶋の能力や努力があってこそ生かせるのだと思う。
……ってか、水嶋はやってのける。
だからこそ、不動の営業部トップを維持いているのだ。
きっと嬉々として出来つつある談笑の輪を渡り歩いているのでは無いかと思ったら……。

水嶋はすぐに見つかった。
……正確に言えば背が高く、目立つ風貌のイケメンを見つけたのだが、そこにいるよ。
当然いるよ。

大概の男は歳を取るごとに分厚くなる。
太って来る、腹が出て来る。そんな要素も勿論あるが総じて肩や胸が分厚くなるのだ。
そんな中で一際華奢に見える水嶋が目立つのは仕方が無いと思う。
少し若く見える3~4人のグループに混じって談笑していた。

水嶋が見つかればやる事は一つだ、まずは偵察、言い換えれば盗み聞きとも言う。

背中を向けたまま後ろ斜めに進み、水嶋の位置を確かめ方向を調整する。
何故かずっと目が合ったままの美人秘書が眉間に皺を寄せているが、変に思われようが怪しまれようが、今、大切なのは「水嶋に見咎められない」という事なのだ。
後ろ歩きのままギザギザに進んで、誰かの靴を踏み、誰かにぶつかって、誰かのお尻を触ったが嬉しく無い、どうせお爺さんだ。

偶然にも配膳が始まっているビュッフェの前に来たからローストビーフを貰って口に放り込む。
ついでだからビールをワインに変えて飲む……なんてしながら漸く水嶋の真後ろまで来た。

すぐに耳に付いたのはちょっとハイになっている佐倉の声だ、「式にまで出て貰って申し訳ない」と笑ってる。

「退屈だったでしょう?」の問いかけに「勉強になりました」と水嶋。相変わらず距離を取る話し方をしているのを聞いて少し安心したのと同時にザマアミロとほくそ笑む。
それでも全然めげて無い佐倉の話を聞いていると、どうやら壮行会が始まる前、ロビーに集まって来る関係者に水嶋の顔売りはもう既に済んでいるようだった。

どんな風だったのかは想像がつく。ワイズフードとは全く関係の無い部外者が「うちの会社をよろしく」なんて名刺を配ったら不況を買うに決まってるから、きっと「ホテルの従業員?」って真似をしていたのだと思う。

「トイレに忘れた携帯を届けた相手って日宝食品の柳瀬社長だったんだな」

ほら、やっぱり。

「ワイズフードの若い子がってお礼を言われたから、あれは手伝いに来た奥田製薬の社員だって言っといた」
「それは……気を回して頂いて…申し訳ありません」

うん。
水嶋の苦笑いと舌打ちが聞こえたような気がする。佐倉は営業職では無いからわからないのだろう、良い事をしても下心が見えては元も子もないのだ。

多分水嶋の事だから、胸に付いた名札を見て奥田製薬と関係ありそうな会社の関係者に的を絞って付け回していたんだと思う。だから出来たんだよ、偶然じゃ無いんだよ。そして後日……老人の記憶が保っているうちに「偶然」を装い顔を見せに行くのだろう、そして相手が名前を聞いて来るのを待つ。その為に、その「偶然」は2、3回って事もある。

しかし、佐倉は若くして(いや、こっちからしたらおっさんだけどね)コングロマリット企業の支局長にまでなっている奴だ、人の機微はよく見ている、「余計な事をしましたか?」と少し慌てた声を出した。

「いえ、とんでもないです、沢山の偉い方に顔を売る事も出来ましたし、何よりも勉強になりました、佐倉支局長には感謝しかありません」
「それは良かった、それにしても疲れたでしょう、もうここでする事も無いからホテルのバーにでも行きませんか?個室を取ってあるから「変な」「不法侵入者」から「盗み聞き」される事も無いですよ」

「はあ…」と、何の事かわからない水嶋は曖昧な相槌を打っているが佐倉が何を言いたいかは明白だ。ヌーっと首だけで振り返るとしっかりと目が合った。嘲笑うかのように顎を上げて「フン」っと鼻を鳴らす。そしたら今度は水嶋が慌てた。

「あの、何か失礼を?」
「いやいや申し訳ない、ネズミの話ですよ、肩が細っそいんですよね、見るからに貧弱で男としてどうかと思いますね」
「はあ、佐倉支局長のように体格の良い方が羨ましいです」
「いや、水嶋はそれがいい、今がいい、そのままがいい、細い腰が好…ウホン」

体が目当てって言っちゃってる。

「少しは鍛えたいなって思う」と言って、腕とか肩を揉み揉みしている水嶋を物欲しそうに見ながらも、うっかりと触ってしまわないよう腕を背中に回して、トレーニングに付き合いますとか何とか、さり気無く誘ってる。

「水嶋さんは水嶋さんのままでいいですよ、ただ健康の為にも運動はお勧めします、とてもいいスポーツクラブがあるんですよ」
「やってみたいとは思っているんですけど何ぶん時間が無くて…気を抜くと痩せてしまうんです」
「それは駄目ですね、お忙しいのにクソで卑怯で甲斐性のない変な奴に付き纏われて大変なんでしょう、少しゆっくりした方がいいですよ、この後は関係者同士の懇親会になります、さあ、最上階にあるバーは凄いんです、嘘付きには入れない仕組みになっているんですよ」

どんな仕組みのバーだ。
「トトロは同級生」と言い張ってやるから俺も連れて行け。
しかし、個室に入られてはまずい事はまずい。

もういいだろう。
「仕事」は終わったと判断してクルリと向き直った。見えるのは水嶋の背中、正面には片口を上げた佐倉。当然のようにそうなるけど、輪の中にいた誰かが水嶋に話しかけた隙に、声の無い乱戦が始まった。

──出て行け部外者
──職権使うなストーカー
──警備を呼ぶぞ
──パーティを荒らしていいなら呼べば?佐倉の名前を出してやる、あんたらがどこで知り合ったのかもな!
──俺は困らん!困るのはお前だろ!
──ああ!困る!そしてもっと困るのは水嶋だ

ここでお互いに中指が立った。

そして。何故なのか。
さっき目が合っていた怖い美人秘書がいつの間にか真隣にいて遠慮の無い視線を送って来る。
しかも身振り手振りが怪しいのは佐倉も同じなのにこっちにだけロックオンだ。

「………」

別いいけど、佐倉と同じく場を荒らすような真似は出来ないのだと思うから気にしないでいいと思うけど……。
しかし、ここはゲイの集まるheavenでは無いのだ。中指は不味いような気がして、美人秘書の視線を感じながら、しかし、決して視線の元を見ないようにそろそろと握り込むと、勝ち誇ったように佐倉がほくそ笑んだ。

──ザマアミロ変態。
──お前が言うな

佐倉との舌戦なんてほぼイベントだから勝敗なんて無いからいいけど、それに何を言われようと実質的な勝負は勝ってると思うからいいけど、白熱するエア喧嘩に夢中になっていたせいで、そこで発生していた新たな脅威に気付くのが遅れた。

第3の男とでも言えばいいのだろうか。
佐倉と水嶋に混じっていた一人の男が水嶋の肩に手を掛け、顔を覗き込むように凭れている。
少し逃げ腰になっているのか、水嶋が傾いているのにお構いなしに笑いかけ、どうやらここを出ようと誘ってる。

「こんな堅苦しい場所」「下っ端は下っ端同士」

そんなら最下っ端を自負出来る俺が……と言いたけど、そいつの胸には赤と白のリボンが付いてる。つまりはワイズフードの壮行会に正式に招待されているような奴だ。まさか佐倉を相手にするようにあからさまな行動は出来ないが、何だか見過ごせ無い雰囲気があって「ちょっと様子を見る」とか「タイミングを測る」とかしたくない。
そして、いつもならもっと「佐倉力」を発揮しそうなものなのに佐倉にも何だか遠慮が見えた。

──誰?

指を差すと佐倉は自分の胸に付いた名札を引っ張った。つまり、男の名札を見ろって事なんだと思うけど、囲うような仕草で水嶋に抱き付いているから肝心の名札が隠れて見え無いのだ。
しかし、どこの会社の誰であっても関係無い。
だって、奥田製薬はどうせ関係ないし。
俺はもっと関係無いし。
もし関係があっても、「休みの日」に「ちょっと寄り道」しただけの平社員は免責なのだ。
もう後で怒られてもいいから水嶋に声を掛けて連れて帰ってやろうとした時だ。

ある事に気付いた。

水嶋の肩を抱いて凭れかかる男。
背は高い。
水嶋と並ぶとカップルのバランス良い男女みたいに丁度いい。青白い顔、右目の下の黒子、いつも笑っているような細目、意味もなく自信あり毛な態度は言い換えれば横柄。
どこで見たのか、誰なのかは思い出せ無いが、水嶋に言い寄っている(そう見える)男は知っている顔だった。

「誰?」

もう声に出てた。

「平民のお前が知る訳無いだろ」

佐倉もだ。

そして佐倉も苦々しく思っていたのだろう、佐倉の声に黒子の男がパッと顔を上げた隙に、さり気無く水嶋の腕を引いた。

今、さり気なくと言ったが、それは佐倉が笑いながら変な方向を向いているからだ。
つまり、本人はさりげ無いつもりなのかもしれないが、結構な勢いで引っ張ったらしい、水嶋は背中から佐倉の胸に飛び込む形になった。
そしたら幾ら水嶋でも気付くよな。
佐倉の正面にいたもん。
怒るより先に目が丸くなった。

「江越…お前何やってんだ」

「勉強しに来いと佐倉に誘われました」
「支局長だ」
「佐倉支局長が…」
「俺は呼んでない」
「ストーカーは黙ってろ」

ガスっと蹴ってきたのは水嶋の足だ。
しかも、手加減無しだから思わず屈みそうになると、黒子の男はサッと水嶋の手を取り「行こう」と引いた。
そうなると、さすがの佐倉も黙ってはいない、「あっ」と上げた手を下ろし、ネクタイを締め直して「仕事」を強調した。

「前橋さん、申し訳ないのですが水嶋さんにはまだお手伝いしてもらいたい事があるんです」

「手伝い?」と、振り返った黒子の男は支局長相手なのに膠も無かった。

「手伝いと言っても個人的な用ですけどね」
「もういいでしょう、ここは空気が悪い、ホテルのバーなんて関係者も多いし肩が凝るだけですよ、我々若手は消えても問題ないと思えますけど?」

「しかし…」と言い淀んだ佐倉に黒子の男は勝ち誇ったように笑った。
そしてソフト無視だ。

「昨日は水嶋さんが忙しかったようですがもうこの後は何も無いでしょう?前に約束した関西風の食事にでも行きましょう」

「……関西風?」

関西風と聞いてある光景がパッと頭に浮かんだ。
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