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鳳凰の間
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研究所とは。
気のせいでは無かった。イメージでは無かった。
出来れば行きたくない場所、出来なくても行きたく無い場所。あの場所が、如何に非道で、如何に冷酷で、人として大切な何かを失っていると思い知った。
研究員一人一人を個別に見れば、つまり研究所の外で会えばみんな意外と普通の人なのだが、研究所に入れば「私達は特別」と、選民意識に支配されて横柄になってしまうらしい。
言っておくが奥田製薬の研究所は、何もIPS細胞を取り扱ったり、恐ろしい伝染病を取り扱ったりはしていない。
生菌を扱っていると言ったって納豆菌やお味噌の菌を生殺しにする特殊なアルコールを開発したり、近頃要望の多いRGB色の塗料を開発したりと、至って平和で緊急性の無い研究所なのだ。
それでも専門知識のいる特殊な仕事なのだとはわかっているが、信じられ無い事に水嶋が置いてきてしまったメモ帳は、無残にもゴミ箱に捨てられていた。
誰の物かわからない、どんな内容かもわからない。手垢が付いて端っこがヘタれたそのメモ帳はもしかしたら「死んだお父さんの形見で重大事件の謎が隠されている」…かもしれないのに、だ。
水嶋がメモ帳を置き忘れたのは金曜日の夕方だと聞いている、何日も何日も持ち主不明のまま放置されていたなら捨てられても文句は言えないがまだ24時間経って無いのに酷すぎる。
「見つかりませんでした」って言おうかな……なんて何回も考えたけど、水嶋に取って、引いては奥田製薬に取っても大事なメモ帳なのだから、研究員の無視を押して頑張って探したのだ。
研究所に誰かが来るのは昼からって事で午後1時前に着いたのだが、資料とサンプルで散らかった事務机の周りを探して、ゴミ箱の中からやっと見つけた頃には研究所に来て1時間は経っていた。
水嶋が駆り出されたワイズフードのパーティは1時からだと聞いているから、恐らく始まってもう随分過ぎている。佐倉に変な事をされてやしないか、困ってはいないかと焦りながらタクシーを飛ばした。
街の中心を少しだけ外れた川沿い一帯は「公園」と地名に付いている。
競うように立ち並ぶ、高層ビルばかりの中心部とは打って変わり、ゆったりと間合いを取った敷地の中には音楽ホールや美術館が軒を連ねている。そこに立つ外資系のホテルは少しリゾートのような様相を見せていた。
等間隔に立つシュロの木、青い芝生、細い線が模様を描くアートな噴水。
ちょっと珍しくて近寄ってみると噴水の底にコインが落ちてる。何かお願い事をしても効き目があるとは思えないが、ついでだから「佐倉消えろ」と願って一円玉を放り込んでおいた。
実はどこで、どんなパーティが催されるのか、詳しくは知らなかった。
まあ、会場がこのホテルなのは間違い無いから何とかなるだろうと、オープンな玄関を入ったら、すぐに「ワイズフード会」と書かれた案内看板が目に入った。
「ワイズフード会?」
もっと捻れ。
「美味しいを明日に」?
そんなの延々食えないだろう、今日くれ。
「鳳凰の間」って書いてあるから館内の案内図を確かめると1000人収容可能な大広間だ。どうやら鳳凰の間がある三階は全部ワイズフードが占拠しているらしい。つまりそれは関係者しか入れないって事だと思うけど、そこは営業として鍛えた3年間の実績がある。知らない場所、入ってはいけない場所に潜り込む為の心臓は鍛え上げ、既に毛深いのだ。
エレベーターを降りると、鳳凰の間のロビーは式の途中だからもっと閑散としているかと思っていたら、挨拶などのプログラムが丁度終わった所だったらしい。大広間の扉は開け放たれ、バラバラと人が散っている。
やはり受付のカウンターが先に伸びる廊下を塞いでいたが、それが何だ。1000人も客がいるのだ。誰が誰だかわかるまい。
誰にともなく「おお!」と手を振り「遅れてすいません」と知らない団体に混じった。
何だか壮年が多いけど、みんな赤と白のリボンで出来た花と名札を付けているけど、そんな物はどうでもいい、しれっと関係者を装い、ビュッフェの用意が始まっている鳳凰の間に潜り込んだ。
そこまでは良かった。
しかし中に入れさえすればもうこっちの物だと思っていたがそれは甘かった。
最初からオーバー50くらいが多いなと思っていたが、20代30代は皆無に見える。
目の合う人、合ってない人もわざわざ振り返ってまで、物珍しそうな目を向けて来る。
お前誰だって……。
江越だけど、名前は隆文だけど、恐らくそんな事には興味が無いと思う。
それはそうだろう、ワイズフードとは、その時に立っている場所からどっちの方向に歩いても15分以内に必ずあるコンビニや飲食チェーンの大元なのだ。
集まっているのは傘下の社長さんばかりなのだろう、如何にも「まだ役職にも付いてない下っ端です」と顔に書いた若者は殆どいなかった。いても美人で頭が良さそうで怖そうな秘書っぽい女の人ぐらいだ。
ここは、俺は関係者だもーん……という顔が大事なのだ。
「あっ」と頭を下げ、「やあ」と手を振る。
勿論エアで。
何食わぬ顔でナプキン付きのグラスを受け取り端っこの方までやって来た。
そして、壁を背にして水嶋がどこにいるのかと、豪勢な会場を眺めた。
気のせいでは無かった。イメージでは無かった。
出来れば行きたくない場所、出来なくても行きたく無い場所。あの場所が、如何に非道で、如何に冷酷で、人として大切な何かを失っていると思い知った。
研究員一人一人を個別に見れば、つまり研究所の外で会えばみんな意外と普通の人なのだが、研究所に入れば「私達は特別」と、選民意識に支配されて横柄になってしまうらしい。
言っておくが奥田製薬の研究所は、何もIPS細胞を取り扱ったり、恐ろしい伝染病を取り扱ったりはしていない。
生菌を扱っていると言ったって納豆菌やお味噌の菌を生殺しにする特殊なアルコールを開発したり、近頃要望の多いRGB色の塗料を開発したりと、至って平和で緊急性の無い研究所なのだ。
それでも専門知識のいる特殊な仕事なのだとはわかっているが、信じられ無い事に水嶋が置いてきてしまったメモ帳は、無残にもゴミ箱に捨てられていた。
誰の物かわからない、どんな内容かもわからない。手垢が付いて端っこがヘタれたそのメモ帳はもしかしたら「死んだお父さんの形見で重大事件の謎が隠されている」…かもしれないのに、だ。
水嶋がメモ帳を置き忘れたのは金曜日の夕方だと聞いている、何日も何日も持ち主不明のまま放置されていたなら捨てられても文句は言えないがまだ24時間経って無いのに酷すぎる。
「見つかりませんでした」って言おうかな……なんて何回も考えたけど、水嶋に取って、引いては奥田製薬に取っても大事なメモ帳なのだから、研究員の無視を押して頑張って探したのだ。
研究所に誰かが来るのは昼からって事で午後1時前に着いたのだが、資料とサンプルで散らかった事務机の周りを探して、ゴミ箱の中からやっと見つけた頃には研究所に来て1時間は経っていた。
水嶋が駆り出されたワイズフードのパーティは1時からだと聞いているから、恐らく始まってもう随分過ぎている。佐倉に変な事をされてやしないか、困ってはいないかと焦りながらタクシーを飛ばした。
街の中心を少しだけ外れた川沿い一帯は「公園」と地名に付いている。
競うように立ち並ぶ、高層ビルばかりの中心部とは打って変わり、ゆったりと間合いを取った敷地の中には音楽ホールや美術館が軒を連ねている。そこに立つ外資系のホテルは少しリゾートのような様相を見せていた。
等間隔に立つシュロの木、青い芝生、細い線が模様を描くアートな噴水。
ちょっと珍しくて近寄ってみると噴水の底にコインが落ちてる。何かお願い事をしても効き目があるとは思えないが、ついでだから「佐倉消えろ」と願って一円玉を放り込んでおいた。
実はどこで、どんなパーティが催されるのか、詳しくは知らなかった。
まあ、会場がこのホテルなのは間違い無いから何とかなるだろうと、オープンな玄関を入ったら、すぐに「ワイズフード会」と書かれた案内看板が目に入った。
「ワイズフード会?」
もっと捻れ。
「美味しいを明日に」?
そんなの延々食えないだろう、今日くれ。
「鳳凰の間」って書いてあるから館内の案内図を確かめると1000人収容可能な大広間だ。どうやら鳳凰の間がある三階は全部ワイズフードが占拠しているらしい。つまりそれは関係者しか入れないって事だと思うけど、そこは営業として鍛えた3年間の実績がある。知らない場所、入ってはいけない場所に潜り込む為の心臓は鍛え上げ、既に毛深いのだ。
エレベーターを降りると、鳳凰の間のロビーは式の途中だからもっと閑散としているかと思っていたら、挨拶などのプログラムが丁度終わった所だったらしい。大広間の扉は開け放たれ、バラバラと人が散っている。
やはり受付のカウンターが先に伸びる廊下を塞いでいたが、それが何だ。1000人も客がいるのだ。誰が誰だかわかるまい。
誰にともなく「おお!」と手を振り「遅れてすいません」と知らない団体に混じった。
何だか壮年が多いけど、みんな赤と白のリボンで出来た花と名札を付けているけど、そんな物はどうでもいい、しれっと関係者を装い、ビュッフェの用意が始まっている鳳凰の間に潜り込んだ。
そこまでは良かった。
しかし中に入れさえすればもうこっちの物だと思っていたがそれは甘かった。
最初からオーバー50くらいが多いなと思っていたが、20代30代は皆無に見える。
目の合う人、合ってない人もわざわざ振り返ってまで、物珍しそうな目を向けて来る。
お前誰だって……。
江越だけど、名前は隆文だけど、恐らくそんな事には興味が無いと思う。
それはそうだろう、ワイズフードとは、その時に立っている場所からどっちの方向に歩いても15分以内に必ずあるコンビニや飲食チェーンの大元なのだ。
集まっているのは傘下の社長さんばかりなのだろう、如何にも「まだ役職にも付いてない下っ端です」と顔に書いた若者は殆どいなかった。いても美人で頭が良さそうで怖そうな秘書っぽい女の人ぐらいだ。
ここは、俺は関係者だもーん……という顔が大事なのだ。
「あっ」と頭を下げ、「やあ」と手を振る。
勿論エアで。
何食わぬ顔でナプキン付きのグラスを受け取り端っこの方までやって来た。
そして、壁を背にして水嶋がどこにいるのかと、豪勢な会場を眺めた。
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