あんたの首が好きだ── 水嶋さん2

ろくろくろく

文字の大きさ
上 下
3 / 15

嫌だからな、と言われても…。

しおりを挟む


後部座席に背中で座っていた水嶋は、もう眠っているのだと思っていた。しかし、車が本線に乗る頃、のっそりと体を起こして運転席のシートをトンっと叩いた。

「最寄りの……カプセルホテルに…行ってください、どこでも…いいです」

「ああ、運転手さん、今のは嘘です、このまま国道を南に進んでください」
「嘘じゃ無い…俺は帰らないから」
「帰ります、今向かっているのは俺の部屋です」

「お前の部屋~?」と言いつつ多分半分は寝たままなのだ。誰に言うとも無く、譫言のようにブツブツとボヤき、ホテルを諦めない。

「それも……これも…あれも…嫌だからな、カプセルホテルが駄目なら…ビジネスホテルか、ホテルか、旅館か……旅籠……段ボールでもいい」

「どっちですか?」とタクシーの運転手は一応聞いてきたが、国道の右車線を走り続けて車を止めようとはしない。明らかに酩酊している水嶋を信用してないのだと思う。ムニャムニャと呂律の怪しい抗議は続いているが当然のように無視をした。


株式会社奥田製薬の営業部係長と第二営業部主任を兼任している水嶋は大変秀逸な営業マンではあるが、天上天下唯我独尊、自分にも厳しいが入社一年目の女子社員にも厳しいという、昨今では稀に見る「荒ぶる人」だ。
誰もが挨拶すら遠慮して、部長課長を含む誰もがせかせかと歩く水嶋の為に道を開ける。

だって前を見てないからな。
書類を見ながら電話してるし、ぶつかろうものなら、どう見ても水嶋が悪いのに怒鳴られるし酷い時は無言で蹴飛ばされる。
しかし電話の口調はにこやかで和やかな営業トークを続けているのだから大したものだと思う。

そんな水嶋だがいい所は勿論ある。
一つは不穏に苛々していようが、酔っていようが半分寝ていようが、必ずお金を払ってくれる所だ。
奥田製薬の近所から俺のアパートまでタクシーに乗れば6000円は軽く超えるがフニャフニャと寝言のような文句を言いながらも、タクシーがメーターを切るとサッと万札をくれた。

支払いを済ますとお釣りを返せとも言わない。
支払いは済んだとまた目を閉じた。

こんな風に社会人としてどうかと思う行動を取っている所からして一見そうは見えないが、実の所水嶋は人を甘やかすのが上手いのだ。仕事をしている時の様子からは想像も付かないが、意外な包容力があるから何をしても嫌われる心配をしなくていい。勿論気に入らなければ怒るし殴るけど、背を向けてしまう事は無いと、日々、ぬくぬくしながら甘えている。

だから、普段ならお釣りはシラッと貰うけど、残念な事に今は半分程寝ている。
こっそりお釣りを掠め取るなんて出来ないのは男としての矜持なのだ。
3000円と小銭を水嶋のポケットに入れて、もう動く気の無い体を背中に担いだ。

「ほら、行きますよ、歩けとは言わないからせめてちょっとはくらいつかまってください、重いです」

「痛い……」
「そうでしょうね」

両の腕を肩に乗せて引っ張り、体を引き摺っているのだ、ちょっとだけ協力してくれたらおんぶも出来るがダラんと足を伸ばして木偶のように力を入れないのだから、全体重を支える腕は痛いだろう。

「俺はこれから水嶋さんを担いだまま三階までの階段を上がるんです、ちょっとだけ我慢してください」

「………エレベーターは?」
「せめて目を開けたらどうなんですか、ここが高層マンションに見えますか?」

「…………俺は……嫌だからな」
「……何が嫌なんですか」
「も~嫌なんだよ、江越は知らないだろうけどな、ケツはジンジンするし足の付け根がガクガクになるし喉は枯れるし怠くて動けなくなるんだぞ………」

「………」

「……………やるんですか?」

ってかやってもいいんですか?と聞きたい。
やりたいのは山々なのだ。
常にチャンスを狙っているのは確かなのだが、少しだけでも水嶋との関係を前に進めたいと思っているから姑息な真似はやめようと心に誓っている。しかし、その誓いは酷く弱々しく脆いのだ。

「やりたいなら……やりますけど…」

「やるくせに……お前はいつもだろ~……いつもやるだろう、すぐ乗っかってくる」
「何を言ってるんですか、10回に9回は遠慮してます」
「嘘だ……やる気だろ…すぐにチンコ出すくせに…やるだろう…」

「やる」「やる」ってやりたいならそう言ってくれればいいのにと常々思う。
推定55キロくらいの水風船は立てもしないくせに「やるやる」を繰り返し、そんなつもりは無かったのに嫌が応にも盛り上がってきた。

相変わらず誘うの上手。

この人は天然に、自然に、自覚もなく、それでいてもう誘っているとしか思えない行動を取る。
痛いから、辛いからと言われれば簡単に抱いたり出来なくなるけど、お尻がジンジンする、足がガクガクになる、声が枯れる……。
これは拒否じゃ無いと思う。

本当に好きだ。

そう。
俺はそんな水嶋にもうこの先の人生であり得ないって程夢中になっている。
もうぞっこんと言っていい。
好きで好きで堪らないってくらい嵌ってる。
因みに水嶋は上司で先輩で同僚で今年30になる「男」だ。見た目は極普通でおカマでもゲイでもない。
そして俺も男と男なんて図式は、どこか遠くの異世界でだけで繰り広げられている別の文化だと思っていたのに、陥ってしまった。

水嶋という人は極普通の男なのだが、よくよく見ると意外と睫毛が長かったり首が長かったり肩が華奢だったりで、時たま性別が消える。
そして、嫌になるくらい感度がいい。

さっきまでただ重かっただけなのに、ほぼ「やらないか?」と誘われた今は背中に伝わる熱に煽られてる。「男」が「その気」になったら何でもするし実際何でも出来るのだ。
三階なんて何のその、全然重く無いしふらつきもしない。玄関まで辿り着くと後数メートルでベッドなのだがもう待てなかった。

玄関のドアに押し付けてボタンの飛んだジャケットの中に顔を埋めて襟の隙間に唇を落とした。

ピンッと張った白いシャツの胸にはプツンと浮き出た乳首が透けて見える。水嶋は面倒だからと言って春でも夏でも秋でも冬でも、つまり一年を通してインナーを着ないのだ。

これは普通ならアウトって言うか、女子に見られたら何を言われるかわからないくらいのマナー違反なのだろうが、水嶋は茹だる熱気に巻き取られる夏の野外でも、工場の手伝いと称する肉体労働でも決してジャケットを脱がないから知る人は少ない。
生地の上からベロリと舐めると、酔った足がカクンと折れた。
しおりを挟む
https://www.alphapolis.co.jp/mypage/content/detail/644266438
感想 13

あなたにおすすめの小説

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

切なくて、恋しくて〜zielstrebige Liebe〜

水無瀬 蒼
BL
カフェオーナーである松倉湊斗(まつくらみなと)は高校生の頃から1人の人をずっと思い続けている。その相手は横家大輝(よこやだいき)で、大輝は大学を中退してドイツへサッカー留学をしていた。その後湊斗は一度も会っていないし、連絡もない。それでも、引退を決めたら迎えに来るという言葉を信じてずっと待っている。 そんなある誕生日、お店の常連であるファッションデザイナーの吉澤優馬(よしざわゆうま)に告白されーー ------------------------------- 松倉湊斗(まつくらみなと) 27歳 カフェ・ルーシェのオーナー 横家大輝(よこやだいき) 27歳 サッカー選手 吉澤優馬(よしざわゆうま) 31歳 ファッションデザイナー ------------------------------- 2024.12.21~

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

桜のティアラ〜はじまりの六日間〜

葉月 まい
恋愛
ー大好きな人とは、住む世界が違うー たとえ好きになっても 気持ちを打ち明けるわけにはいかない それは相手を想うからこそ… 純粋な二人の恋物語 永遠に続く六日間が、今、はじまる…

離したくない、離して欲しくない

mahiro
BL
自宅と家の往復を繰り返していた所に飲み会の誘いが入った。 久しぶりに友達や学生の頃の先輩方とも会いたかったが、その日も仕事が夜中まで入っていたため断った。 そんなある日、社内で女性社員が芸能人が来ると話しているのを耳にした。 テレビなんて観ていないからどうせ名前を聞いたところで誰か分からないだろ、と思いあまり気にしなかった。 翌日の夜、外での仕事を終えて社内に戻って来るといつものように誰もいなかった。 そんな所に『すみません』と言う声が聞こえた。

仕事ができる子は騎乗位も上手い

冲令子
BL
うっかりマッチングしてしまった会社の先輩後輩が、付き合うまでの話です。 後輩×先輩。

執着攻めと平凡受けの短編集

松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。 疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。 基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)

秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~

めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆ ―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。― モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。 だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。 そう、あの「秘密」が表に出るまでは。

処理中です...