43 / 52
43.変わるものと変わらないもの
しおりを挟む「いやぁ、地和なんてソラはすごい運だな。トップ捲られちゃったよ」
「え?私の親番は?」
「終わったけど?」
「許さん!表出ろやコラァ!」
「先生勘弁してくれ……」
「彩加落ち着きなさい。それにしてもソラは学校以外でも先生って呼んでるの?」
「あー、まぁ癖で」
「んー?ホントは恥ずかしいんだろ?昔みたいにお姉ちゃん!って呼んでもいいんだぞ?こないだは呼んでくれたじゃないか。ほらほらー」
うざいから肘でつんつんしないでほしい。こないだっていっても「ねえさん」って言っただけだろ。
「あら。じゃあ私はお義母さんって呼んでもらおうかしら?」
ん?なんか今発音怪しくなかったか?
「まあまあ2人ともそのへんにしなさい。......さて、ソラ。君の父親——幸太郎の居場所が分かった。カンボジアだそうだ」
「カ?」
「カンボジアだ。会社に問い合わせてみたら6月から出張に行っているらしい。神楽坂さん——あかりちゃんの母親も一緒だ。本当は6月中に帰ってくるはずがトラブってまだ向こうにいるらしいとのことだ」
「......あー」
こういう時ってなんて言えばいいんだろう。正直無事だとかそのへんはどうでもいい。が、海外行くならせめて連絡入れとけよ。俺じゃなくてあかりにでも。ていうか毎回振り込むんじゃなくて定期送金にしとけや。
「スマホをどうしたのかは分からないが、とりあえず帰り次第連絡をよこすように伝言はしておいた。それまで必要なお金は俺のほうで建て替えておくよ」
「すみません。迷惑をかけてしまって......」
「ソラが謝ることじゃない。悪いのは連絡もしない幸太郎だ。それに前にも言ったが、俺たちはソラのことを家族だと思っているからな。そうやって敬語なんか使わなくていいしもっと甘えていいんだ」
「そうだぞ。遠慮なんかしてんじゃねえ。それじゃ私が楽しくない」
この人たちは昔からそうだ。俺を家族として扱ってくれる。あいつらの離婚が決まって俺をどうするかという話になった時も、伯父さんたちが引き取るという提案もされた。もう家族同然なんだから歓迎すると。
でも当時の俺は中学でのこともあって、1人になりたいからと断ってしまった。それでも先生——姉さんは「せめて私が働いている高校に来い」と言ってくれて今がある。おかげで気楽に過ごせて、友達と呼んでくれる奴らまで出来た。
今も困っている俺のために動いてくれている。この人たちにはどれだけ感謝してもし足りない。
「あら?そういえば彩加だって幸太郎さんの勤め先くらい分かったんじゃないの?」
「いやー。そういう情報は学校にあるし、夏休み中に学校なんて言ったら面倒ごと押し付けられるし......」
そういやそうだ。緊急連絡先とかに会社の情報があるはず。まぁこういうところが姉さんぽいんだけど。
俺にとって重要なのはあいつがどうしてるかということじゃなくて、俺が生活できるかどうかだしな。
皆が寝静まったなか、俺は満点の星空を見上げていた。ミコもたくさん遊んで疲れたのかぐっすりだ。錦野家の2階の角部屋。そこが昔俺に与えられていた部屋で、今も綺麗に掃除されていた。その部屋にある天窓からは外に出ることが出来て、屋根の上で見る星空が好きだった。このあたりは街灯も無く、暗闇の中に星だけが輝いている。
「ソラ、やっぱりここにいたか。よっと」
「......姉さん」
姉さんも天窓から出て俺の隣に腰かける。ここで使う専用の座布団を敷いているのだが、子供の頃ならまだしもこの歳になると2人は狭い。
「お前ホントここ好きだよなぁ。昔から寝る前はしょっちゅうここにいたもんな」
「......俺たち人間と違って、星空はあの頃も今も変わらないからな」
「でも変わるってのも悪いことばかりじゃいだろ?」
「どうだろうな。少なくとも、簡単に心変わりして裏切るようなやつは関わりたくないな」
たしかに環境を変えたからこそ俺もあかりもトラウマを克服出来たともいえる。だが、そもそもあいつらが心変わりなどせずに子供を、家族を愛していればトラウマになるようなことも無かったかもしれない。
「まぁ今は友達も出来て賑やかじゃないか。美少女に囲まれて青春だなぁ。ソラの本命は誰なんだ?ん?」
「本命も何もねぇよ。友達だろうと家族だろうと簡単に裏切られるんだ。そう簡単に信じられるかよ。姉さんだって見てきただろう?」
俺の件も如月の件も、姉さんは知っている。友達だ家族だと言っても、結局自らの欲望の為に切り捨てる。そう簡単に信じる方がどうかしてる。
「ソラは優しいからなぁ。……お前はさ、本当は裏切られるより自分が裏切るんじゃないかってことのほうが怖いんだろ」
「っーー」
言葉が出なかった。
「みんなからの好意には気付いているけど、自分が幸太郎さんの血を引いてるから、誰かと付き合ったりしてもいつか自分が同じことをして傷つけちゃうんじゃないかってビビってんだろ?」
まさか姉さんに見抜かれるとは思わなかった。俺自身気づかなかった。いや、気づかないフリをしていた。どうせ裏切られるからと人のせいにしていたんだ。
仮にだが、如月が告白してきた時に付き合っていたとして、その後あかりが一緒に住むとなった時俺はどうしていただろうか。あかりを拒絶しただろうか。同じ過去を持っていると知っても切り捨てられただろうか。
だが受け入れたとしても、如月の目には裏切りに見えてしまうかもしれない。それではあいつらと同じになってしまう。
「ソラ。お前は固く考えすぎだ。1人で背負い込んでなんとかしようとするな。もっと周りを見ろよ。何かあったらまず相談すればいいんだ。幸太郎さんはそれをしなかったから家庭を壊すことになったけど、お前はあの人とは違うんだろ?今のお前はもうひとりじゃないんだから」
「ねえ、さん……」
「心配すんな。もしそれでどうにもならない時は私が慰めてやるよ。私だけは何があってもソラの味方でいるからな」
「……姉さんに慰められるなんてこの世の終わりじゃないか」
素直に受け取るのが気恥ずかしくて、つい茶化してしまう。俺を慰めるより、自分の彼氏いない問題をどうにかした方がいいんじゃないかな。
「あん?……まったく、そういうとこは可愛げがないぞ。まぁ前の時は何もしてやれなかったからな。そう言いたくなるのもわかるが」
「そんなことない。言ったろ?今の学校で良かったって。自分の夢を犠牲にしてまで教師になったんだ。姉さんにはどれだけ感謝しても足りないよ」
「やっぱ気づいてたか。まぁやってみたら教師ってのも楽しいもんだぞ」
気づかないわけが無い。昔から美容師になりたいってずっと言っていたし、勉強なんて大嫌いだったじゃないか。
だから姉さんだけは信用してるし、困ってたら必ず力になると決めていた。
「それに、もうひとつの夢が叶ったからいいんだよ」
「もうひとつ?」
隣から気配が無くなったと思ったら、俺の頭がふわりと包み込まれた。
「ソラがまた笑うことだ。......そろそろ寝ろよ。明日は忙しいからな」
それだけ言って降りて行った。
寝ろと言われても、もう少し夜風にあたって火照りを冷まさないと眠れそうになかった。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説

切り札の男
古野ジョン
青春
野球への未練から、毎日のようにバッティングセンターに通う高校一年生の久保雄大。
ある日、野球部のマネージャーだという滝川まなに野球部に入るよう頼まれる。
理由を聞くと、「三年の兄をプロ野球選手にするため、少しでも大会で勝ち上がりたい」のだという。
そんな簡単にプロ野球に入れるわけがない。そう思った久保は、つい彼女と口論してしまう。
その結果、「兄の球を打ってみろ」とけしかけられてしまった。
彼はその挑発に乗ってしまうが……
小説家になろう・カクヨム・ハーメルンにも掲載しています。
雨上がりに僕らは駆けていく Part2
平木明日香
青春
学校の帰り道に突如現れた謎の女
彼女は、遠い未来から来たと言った。
「甲子園に行くで」
そんなこと言っても、俺たち、初対面だよな?
グラウンドに誘われ、彼女はマウンドに立つ。
ひらりとスカートが舞い、パンツが見えた。
しかしそれとは裏腹に、とんでもないボールを投げてきたんだ。
M性に目覚めた若かりしころの思い出
kazu106
青春
わたし自身が生涯の性癖として持ち合わせるM性について、それをはじめて自覚した中学時代の体験になります。歳を重ねた者の、人生の回顧録のひとつとして、読んでいただけましたら幸いです。
一部、フィクションも交えながら、述べさせていただいてます。フィクション/ノンフィクションの境界は、読んでくださった方の想像におまかせいたします。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
彗星と遭う
皆川大輔
青春
【✨青春カテゴリ最高4位✨】
中学野球世界大会で〝世界一〟という称号を手にした。
その時、投手だった空野彗は中学生ながら152キロを記録し、怪物と呼ばれた。
その時、捕手だった武山一星は全試合でマスクを被ってリードを、打っては四番とマルチの才能を発揮し、天才と呼ばれた。
突出した実力を持っていながら世界一という実績をも手に入れた二人は、瞬く間にお茶の間を賑わせる存在となった。
もちろん、新しいスターを常に欲している強豪校がその卵たる二人を放っておく訳もなく。
二人の元には、多数の高校からオファーが届いた――しかし二人が選んだのは、地元埼玉の県立高校、彩星高校だった。
部員数は70名弱だが、その実は三年連続一回戦負けの弱小校一歩手前な崖っぷち中堅高校。
怪物は、ある困難を乗り越えるためにその高校へ。
天才は、ある理由で野球を諦めるためにその高校へ入学した。
各々の別の意思を持って選んだ高校で、本来会うはずのなかった運命が交差する。
衝突もしながら協力もし、共に高校野球の頂へ挑む二人。
圧倒的な実績と衝撃的な結果で、二人は〝彗星バッテリー〟と呼ばれるようになり、高校野球だけではなく野球界を賑わせることとなる。
彗星――怪しげな尾と共に現れるそれは、ある人には願いを叶える吉兆となり、ある人には夢を奪う凶兆となる。
この物語は、そんな彗星と呼ばれた二人の少年と、人を惑わす光と遭ってしまった人達の物語。
☆
第一部表紙絵制作者様→紫苑*Shion様《https://pixiv.net/users/43889070》
第二部表紙絵制作者様→和輝こころ様《https://twitter.com/honeybanana1》
第三部表紙絵制作者様→NYAZU様《https://skima.jp/profile?id=156412》
登場人物集です→https://jiechuandazhu.webnode.jp/%e5%bd%97%e6%98%9f%e3%81%a8%e9%81%ad%e3%81%86%e3%80%90%e7%99%bb%e5%a0%b4%e4%ba%ba%e7%89%a9%e3%80%91/
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる