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34.主人公

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「——久しぶりだな、剛田」
「あん?テメェ......兵動ひょうどう!」
「覚えていてくれて嬉しいぜ。まだそんなことやってるとはな」
「うるせえ!ついでにテメェもぶっ潰しやる」
「なんの冗談だ?忘れたなら思い出させてやるよ。——お前が1度も勝てなかった相手だってことをなぁ!」

 開始のゴングが鳴ってしまった。誰だよ、勝手に鳴らしてんの。状況がコロコロ変わりすぎて頭が付いていかない。

「神谷ぁ。お前は俺がぶっつぶしやっからよぉ。覚悟しろや!」

 釜田......こいつのせいで俺は......。またこいつに壊されるのか......。頭では考えられても体が動かなければどうしようもない。

「——それは無理だな」

 さらに現れたのはチャラ男——兵動といつも一緒にいる眼鏡。お前ら順番に出てこないと気が済まないの?なんでタイミング見計らって出てくるんだよ。

「誰だ!テメェは!」
「そっちで剛田とやり合っている兵動の親友にして、相棒さ」
「そうか、テメェが静浦しずうらか。まさか静動コンビがこんなとこにいるとはな......。だがいくらお前でもこの人数を相手出来るのか?」
「んー、やってみなきゃ分からないかなぁ」
「強気じゃねぇか。お前ら!やっちまえ!」

 何、静動コンビって。そんな有名人なの?
 いつの間にかバイクを降りていた集団が群がってくる。普通に怖い。逃げようにも両脇と背後を固められているので動けない。
 しかし目を瞑りたくなるような光景は起こらず、眼鏡ーー静浦は冷静に攻撃を避けて1人1人投げ飛ばしていく。なんだあいつ。ただのガリ勉じゃなかったのか。しかも必要最低限の力だけ使って手加減までしている。
 逆に兵動は情熱的に動き回っている。なのに1発も食らっている様子は無い。本当に何者なんだこいつら。
 なんて油断して観察していると、俺の前に再び釜田が立ち塞がる。まずいな。殴られるのも嫌だけど、凶器を隠し持っていたら大変なことになる。逃げようにもこの状況だし、ほか2人はともかくあかりは逃げきれないだろう。


「ーー私の大事な生徒に......なにしてやがんだゴルァァァァァアアア」

 覚悟を決めるべきかと思っているところに突然何かが飛んできて釜田が吹っ飛んでいった。......え?
 釜田がいた場所に代わりに立っていたのは、我がクラスの担任教師。見間違いでなければ、飛び蹴りかましてたよね?吹っ飛ぶとかどんだけ助走つけて来たの?

「ってぇ......。いきなりなにすんだこのババァ!」

 ーープツン。
 あ、あいつ終わったな。ご愁傷さま。
 釜田が目の前から消えたのと、状況が変わりすぎて混乱していた頭が1周して少し冷静になった気がする。ついさっきまで震えていたのが嘘みたいだ。
 ......っていうか今までまじまじと見たこと無かったけど、尻もちをついている釜田をあらためて見ると......口先ばかりでなんか弱そうに見える。帰宅部次期主将と噂の俺より貧弱そうなんだが?俺、あんなのにビビってたのかよ。

「......竹田、如月。あいつらの写真撮っといてくれるか?もし逃げても特定出来るように」
「はーい!」
「うん、分かった」

 こいつらならスマホの扱いなどお手の物だろう。俺はゆっくり歩いて釜田に近づいていく。先生はそんな俺を見て、静浦のほうへと向かっていった。いや、なんかめちゃくちゃいい笑顔していらっしゃるんですが?こわっ。

「で?俺をどうするって?」

 恐怖はもう無い。代わりにあるのは怒り。小さく灯った怒りの火が恐怖を侵食して大きくなっていく。俺だけじゃなくて関係ないあいつらまで巻き込みやがって。
 釜田は無表情で近づく俺を見て、周りを見るが誰も助けに来ないと分かると後ずさりした。襲撃した側が一方的に蹂躙されているしこいつのことなんか気にかけている余裕はないだろう。震える釜田の胸倉をつかんで、ポケットから取り出した鋭利な物を喉元に突き付ける。

「......過去にもう興味はねえ。だけど、これ以上俺の周りをウロチョロするようなら容赦しねえぞ」

 さらに喉に食い込ませると、釜田の震えが大きくなった。ってうわ......こいつ漏らしやがった。汚ねえな。靴が汚れないようにサッと離れる。
 なるほど。ハッタリでも案外効くもんだな。俺が持っていたのはプラスチックの破片。授業中に下敷きで自分を扇いでいたら、持っている部分がたまたまパキッと割れてしまったのだ。中学の時から使っているから壊れるのは仕方ないが捨てないでおいて良かった。これをナイフか何かと勘違いでもしたのかな。学校にそんなもの持ってくるわけないだろうに。

 やがて事態が収まると教師がゾロゾロと出てきた。今更かよ。各教室の窓や玄関には生徒たちが張り付いて見てるし。

「センパイ、カッコよかったです~!」
「動画もちゃんと撮っておいたわよ」

 あ、写真じゃなくて動画撮ったの?まぁ1人1人写真撮るの面倒臭いしな。釜田ドンマイ。さ、これで一件落着だしさっさと帰るかー!

 と思ったけど、当然許されるはずもなく全員職員室の応接スペースに放り込まれた。

「あー、みんなありがとう。おかげで助かった」

 全員に対して頭を下げる。こいつらがいなかったら、俺は怯えたままでどうなっていたか分からない。
 あの頃、俯くのをやめて周りの人間関係は見えるようになっても、個人の顔をまじまじと見ることはなかった。だから動物園の帰りも今日も釜田や元同級生がいるという事実だけで恐怖が芽生えてしまったのだろう。

「おう、神谷から礼を言われる日が来るとはな!ま、気にすんな。友達ダチを助けるのに理由なんざいらねえよ」
「そういうことだ。まぁ俺たちにも因縁のある相手だったしな」

 静動コンビが口々に答える。友達か。ずっと1人だった俺をそう呼んでくれるのは少しくすぐったかった。
 まさか俺の予想をいい方向に裏切ってくれるとは思わなかったけど。ただの良い奴っていうか、もはや主人公だろ。

「にしてもお前ら何もんだ?あの人数相手にまともに喰らわず、かつ手加減して制するなんておかしくね?」
「ああ、俺たち中学の頃はちょっとヤンチャしててな。あの剛田たちにしょっちゅう絡まれては返り討ちにしてたんだ」
「そうそう。こいつ正義感はあるんだけどつい手が出ちゃうからな。だから力任せ以外の方法でトラブルを解決した神谷に惚れ込んじまったのよ」
「バッ、それ言うなよ!」

 ヤンチャって言葉で済むようなレベルじゃない気がするけど。

「まぁみんな無事で良かった。あっちは色々と問題になるだろうけど、私たちはあくまで正当防衛だし事情を聞かれるだけで済むだろ」

 いや、涼しい顔で言ってるけど、1番暴れてたの先生だからな?おそらく最初の釜田へのドロップキックが1番威力あったんじゃないかと思う。まぁこれだけの乱闘で血が1滴も流れていないのはさすがと言わざるを得ない。どんだけ技量差あんだよ。



「つーかあれが尾名中の釜田か。そうと知ってりゃ玉くらい蹴り潰してやったのに」


 先生怖いっす。余計な事言わなくて命拾いしたな、釜田。

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