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27.牙を失くした獣たち

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 さて、体育祭が行われたのは6月2週目の土曜日。つまり、その分月曜日が振替休日となるわけなのだが......。
 今日も有意義に小説投稿サイトを読みあさって過ごそうと心に決めていたのだが、同居人はそれを許さなかった。

「......お出かけ。......約束」

 チッ。覚えていたのか。

「筋肉痛はもう大丈夫なのか?」

 引きこもりは少し運動しただけで体が悲鳴を上げるからな。昨日は2人とも1日グッタリしていた。

「......大丈夫」
「そか。......買い物って言ってたけど何買うんだ?」
「..................?」

 おい、首をかしげるな首を。えっ。俺の勘違い?

「なにか欲しいものがあるんじゃなかったのか?」
「......とくにない?」

 ちょっと何言ってるか分からないな。

「......動物園、行きたい」
「......は?」
「昔、お母さんと1回だけ行った、動物園、行きたい」

 なにがどうなって動物園になったんだ。それにしても動物園か......。家族があんなんだったおかげで、生憎となんとか園みたいなとこには行ったことは無いが楽しいのだろうか。人間の都合で檻に入れられて飼われている動物たちが可哀想なだけだと思うのだが。
 まあ物は試しだ。行くだけ行ってみるか......。動物園の場所とアクセスを調べて家を出る。チッ。忌々しいほどに晴れていやがる。雨雲先生はどこへ行った。ちゃんと仕事しろよな。
 向かうは、電車で1時間といったところにある動物園。隣に座るあかりがそわそわして落ち着かない。初めて電車に乗る子供じゃないんだから落ち着けよ。そんな態度とは対照的な今日のあかりの格好。白のワンピースにカーディガン。少女のあどけなさを残しつつも大人っぽさを感じさせる服装。そんな服持ってたのかよ。
 電車を乗り継いでバスに乗ってやっとたどり着いた動物園。平日にも関わらず、そこそこの入園者で賑わっていた。チケットを買って入場ゲートをくぐる。動物園って獣臭いのかと思っていたが、そうでもないのな。

 まず俺たちを出迎えるのは、大きなサル山。俺たちを見つけた途端にサルたちがキーキーと騒ぎ始める。やかましいぞ。無礼な猿どもめ、その頭噛み砕いてやろうか。そいつらをスルーして進むとその隣にはマントヒヒ、その隣にはオナガザルの一種......。なんだここは。猿の惑星かよ。
 やっと猿ゾーンを抜けると、そこにいるのは巨大なゾウ。その奥にはキリンの長い首が見える。おお、迫力があるな。ライオンなどは完全にオフモードなのか、ダラーっと寝ていた。迫力も何もあったものではない。この暑さだもんな。ホワイトタイガーもいたが、怖いどころかむしろかわいい。あのモフモフを枕にして寝たら気持ちよさそうだなあ......などと考えてしまったほどだ。
 昼食休憩を挟みつつも園内を全て回った。狭いと言えない園内を歩き回ったのにも関わらず、あかりは疲れた様子は見せていない。普段はあまり変わることのない表情も今日に限ってはコロコロと変わっていた。珍しいこともあるもんだ。そんなに楽しかったのか?
 個人的に1番のお気に入りはペンギンゾーンだった。あの何考えてるかわからない顔で微動だにせず立っている姿、かわいいよなあ。
 最後にお土産コーナーへと立ち寄る。なんとなく入ってみたが特に買うものもないな。そんなことを思っていたが、あかりが同じところでずっと立ち止まっていることに気づく。どうしたんだ?

「あかり」

 呼びかけても反応はない。視線の先を覗き込んでみると、そこにあったのはアライグマのぬいぐるみ。そういえば全部見て回ったけど実物はここにはいなかったな。しかし困ったな。呼びかけても反応もないし、これではしばらく帰れない。
 試しにぬいぐるみを手に取ってみると、思いのほかふわふわだった。クッ、やるじゃないか、ぬいぐるみのくせに。ふと視線を感じて隣を見ると、あかりの視線が俺――ではなく右腕に抱えたアライグマに固定されていた。上下左右に動かすと、あかりの視線を同じように動く。ハァ、と小さくため息をついて歩き出すと、あかりもフラフラとついてくる。レジでお会計を済ませ、包装を断って外に出てからあかりにアライグマを押し付ける。そこでようやく我に返ったようで、「ふぇ?」と気の抜けた声を出した。

「欲しいんだろ?」
「い、いいの......?」
「いいもなにももう買っちまったんだからどうしようもねえよ」
「......あ、ありがとう」

 お礼を言って、あかりはアライグマをギュッと抱きしめた。再び小さく息を吐いて時計を見れば、時刻はもう17時になろうかというところ。さて、あかりももう満足しただろうし、そろそろ帰らないとな。
 ゲートを出るとタイミングよく駅までの直通バスがあったので乗り込む。あかりはアライグマを抱きしめたまま駅までの間ジッとしていた。
 あとは電車に乗って帰るだけだな、と思い駅に到着したバスを降りたところで俺は足を止めてしまった。




 ――もう1本違うバスに乗っていれば、雨が降っていれば、動物園になんか来なければ......そんな仮定を繰り返しても時間は戻らない。



 俺の思考を嘲笑うかのように時は進んでいく。

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