そらに光る星~誇り高きぼっちの青春譚~

もやしのひげ根

文字の大きさ
上 下
9 / 52

9.誰が為の名前

しおりを挟む



 玄関で倒れたあかりを部屋へと運び込む。
 さすがに引きずっていくわけにもいかないので、背中と膝裏に腕を入れて持ち上げる。こいつ、小柄だとは思っていたが軽すぎだろ......。
 顔は血の気が引いて肌が青ざめている。過去の詳しい事情は聞いてないから知らんが、これほどのトラウマだとはな。
 俺はあかりをベッドに寝かせてそのまま部屋を出る。できればついててやるのがいいんだろうけど、そうもいかない。やるべきことをやろう。







 う......気持ち悪い......。
 気が付くとあたりが薄暗かった。......いつの間にか寝てたのか。服が濡れていて気持ち悪い。
 顔を上げると、一対の瞳と目が合った。ああ、そうか。あかりの様子を見に来てそのまま俺も寝ちゃったのか。

「起きてたのか」
「......ついさっき。うなされてましたが、大丈夫ですか......?」
「そうか。少し嫌な夢を見ただけだ。それよりも、お前は自分のことを心配しろよ」

 少しというのは嘘だ。2度と見たくはないと思っていた、こんなに汗をかくほどの悪夢。
 しかし、そうか......、と納得する。こいつを見てるとイライラする理由。......それは、昔の俺と同じだからだ。

「なあ、昔のことは話したくないか?」

 そう問いかけると彼女は薄暗い空間でも分かるほどに顔を歪めた。まあそりゃそうか。トラウマの原因となった出来事なんて、誰も語りたがらないだろう。
 、俺は口を開く。

「......俺の名前言ってみろ」
「......え?……か、神谷......ソラ君」
「そうだ。そんで、宇宙の宙と書いて『ソラ』と読む。......俺は、この名前のせいでイジメられていた」

 あかりは固まっていた。まるで信じられないものを見たという感じだ。

「まあそれだけが理由じゃないけどな。小学生にソラなんて読むのは難しい、だから最初は『チュウ』って呼ばれてた。......そんで、次第に『ネズミ』と呼ばれるようになった」

 難しいことじゃない。単なる連想ゲームだ。
 最初こそ悪気があったかどうかは知らないが、そこからは酷かった。ネズミは汚いから近寄るな!と避けられ、教科書を捨てられたこともある。ピ〇チュウ捕まえようぜ!と言って物を投げつけられたりもした。
 やがて当時すでに綻びを見せていた家庭に明確な亀裂が入った時。人の口に戸は立てられぬ、とはよく言ったもので噂はすぐに広まった。
 子供には難しい話でも大人から聞きかじった言葉は使おうとする。そこから俺の呼び名に『宙ぶらりん』『可哀そうな子』が加わった。
 小学校の教師たちは、ただの悪ふざけと捉えて放置した。中学にあがっても状況は変わらず、担任に呼び出されて言われたのは
「イジメられるのはお前が弱いからだ。噂が大きくなると俺の責任にもなる。それは勘弁してくれ」
 というものだった。教師だって人間だ。結局は自分が一番かわいいのだ。
 だから事実を隠蔽し「わが校にイジメの事実はありません」と平気で口にする。どいつもこいつもクズばっかりで反吐が出る。
 俺は誰ともかかわらず何を言われても無視して卒業まで過ごし、遠く離れたこの高校へと進学した。

 俺の話を聞きながら、あかりは泣いていた。

「......なんでお前が泣くんだよ」
「......っ、だ、だって......そんなの、知らなかった......!こんな、ツラい思いしてるの、私だけだと思ってた......!」

 ツラいことなんて進んで話したがる人は稀有だろう。だから、自分だけだと思ってしまう。そうして1人で抱え込む。

「......わ、わたしも......、名前のせいで、イジメ、られてた......っ」

 あかりが泣きながら話した内容は俺と似ていた。

 絵本など子供が読む物語では、死んだ人は星になるということはよくある。
 だから、彼女は『死んだやつ』と呼ばれたり、死人には感情がないとわざとぶつかられたりもした。
 相談しようにも、母親は仕事で忙しく帰ってくるのは遅い時間だった。毎日必死に働いてる母に心配かけたくないという思いもあって言えなかった。
 中学生のころ、担任の先生から母親に連絡がいき、事態を知った母親は泣き崩れたという。それでも、当時すでに3年生だったこともあり転校もせず、イジメが完全になくなることはなかった。
 高校に入学すると、今度は容姿でもからかわれた。
 その頃、母の同僚だという男性が何度か訪ねてくるようになったが、中学の後半から休みがちだったあかりは1年生が終わるころには家に引きこもってしまう。
 そのまま次の春を迎えたとき、その男性は私に誰も知らないとこへ転校してはどうかと言った。学校はどうでもよかったがこれ以上母の顔を見るのもツラく、その提案に従った。


 なるほど。俺は周囲との関わりを断ち、一切を無視することでやがて興味を失われた。 しかしあかりは拒絶することもできず、周囲に翻弄されつづける彼女は恰好の標的だっただろう。

「そうか、お前も大変だったんだな」
「......で、でも、話して少し、すっきりしました」
「変な話だな。その俺たちが兄妹だなんて」
「......そう、ですね。私、ずっとこのまま一人だと思ってました。でも、私も神谷君みたいに変わりたい......。強く、なりたいです」
「お前が本気で望むならなれるだろ」
「......はい、私......変われるように、頑張りますね」

 そう言って彼女はここに来てから初めて、小さく笑った。


 それはけっして太陽のような眩しい笑顔ではない。夜色の髪に包まれた、小さく明かりを灯す星のような笑顔だった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

教師の子

黒羽ひなた
青春
親が教師だからこその悩みを抱えた女子高生の苦悩と再起の物語。

切り札の男

古野ジョン
青春
野球への未練から、毎日のようにバッティングセンターに通う高校一年生の久保雄大。 ある日、野球部のマネージャーだという滝川まなに野球部に入るよう頼まれる。 理由を聞くと、「三年の兄をプロ野球選手にするため、少しでも大会で勝ち上がりたい」のだという。 そんな簡単にプロ野球に入れるわけがない。そう思った久保は、つい彼女と口論してしまう。 その結果、「兄の球を打ってみろ」とけしかけられてしまった。 彼はその挑発に乗ってしまうが…… 小説家になろう・カクヨム・ハーメルンにも掲載しています。

俺と代われ!!Re青春

相間 暖人
青春
2025年、日本では国家主導で秘密裏に実験が行われる事になった。 昨今の少子化は国として存亡の危機にあると判断した政府は特別なバディ制度を実施する事により高校生の恋愛を活発にしようと計ったのだ。 今回はその一組の話をしよう。

M性に目覚めた若かりしころの思い出

kazu106
青春
わたし自身が生涯の性癖として持ち合わせるM性について、それをはじめて自覚した中学時代の体験になります。歳を重ねた者の、人生の回顧録のひとつとして、読んでいただけましたら幸いです。 一部、フィクションも交えながら、述べさせていただいてます。フィクション/ノンフィクションの境界は、読んでくださった方の想像におまかせいたします。

GIVEN〜与えられた者〜

菅田刈乃
青春
囲碁棋士になった女の子が『どこでもドア』を作るまでの話。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

浦島子(うらしまこ)

wawabubu
青春
大阪の淀川べりで、女の人が暴漢に襲われそうになっていることを助けたことから、いい関係に。

小学生をもう一度

廣瀬純一
青春
大学生の松岡翔太が小学生の女の子の松岡翔子になって二度目の人生を始める話

処理中です...