そらに光る星~誇り高きぼっちの青春譚~

もやしのひげ根

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「しつれっしゃーす」

 学校に到着すると、テキトーな挨拶とともに職員室に入る。どうせ朝の先生方は忙しくてイチイチ聞いてなどいない。
 目的の席を見ると、頭を抱えている女性がいた。近づいてその人物に声をかける。

「おはようございます、錦野先生」
「ん? ああ、来たか。おはよう神谷、神楽坂」

 目の前にいるのは、俺のクラスの担任である錦野彩加教諭。26歳独身。
 スラっとしていてサバサバとした性格で生徒からは人気がある。が20代も折り返して彼氏もおらず焦っているともっぱらの噂。本人の前でそういう話をすると、恐怖を刻み込まれるらしい。
 
「なんで俺まで呼ばれたんすか」
「なんでって兄妹だろ?」
「義理のですよ。しかも昨日初めて会ったばかりだし他人と変わりません」
「そんなこと言うなよ。出会いは大切にしなきゃな」

 アナタが言うと言葉の重みが違いますね。

「お互い高校生なんだし必要以上に関わることもないでしょう。話それだけなら俺もう行きますね」

 再婚したから今から兄妹ですなんて言われて、はいそうですかと納得なんてできるかよ。
 俺は返事を待たずに職員室を出て行く。先生の所へは連れて行ったし最低限のミッションはこなしただろう。

 教室へ入り自分の席へ向かう。隣の席に座る如月が「お、おはよう」と声をかけてくるが、無視して机に突っ伏する。ハァ......。俺の快適な独り生活はどこへ行ってしまったんだ。
 朝のホームルームが始まり、錦野先生が後ろに人物を伴って教室に入ってくると教室全体がざわつく。

「ほら、静かに! 転入生だ。さ、自己紹介して」
「か、神楽坂......あかりです。よろしくお願いします」

 俺に名乗った時と同じく、あかりの部分だけさらに小さくした自己紹介。
 錦野先生のところへ連れて行ったから嫌な予感はしていたが、やっぱり同じクラスなのかよ......。

「みんな仲良くしろよ~。席はあそこの空いてるとこ、神谷の前の席な」

 ......は? 俺はいまだ机に伏したまま、耳だけ傾けていた。俺の、前の席......だと?
 そういえば連休開けから俺の前に空席が出現していた。
 うちのクラスは34人。窓際と廊下側だけ1列5人で他は6人ずつ。上から見ると凸のような形だった。
 それが俺の前に空席が出来てそれより前の生徒はひとつずつ前に詰めていた。これって俺のために快適空間を演出してくれたと思ったのに罠だったのか......。

 どうしてこうなった。
 ホームルームが終わると、当然のようにあかりの周りに人が集まってくる。

「どこから来たの?」
「この時期に転校なんて珍しいね!」
「部活は何かやるの?」

 矢継ぎ早に投げかけられる、たくさんの質問。聖徳太子じゃないんだからいっぺんに言われてもわからないだろ。
 俺は顔をあげて、窓の外を見るふりをしてそっと様子を伺った。彼女は相変わらず俯いていており、「え、あ、あの......」とオドオドしている。

 そこへ投下される爆弾。

「へえ! 星って書いてあかりって読むんだ! 珍しいね!」

 それはおそらく単純な好奇心から出た発言だろう。それでも、言われた当人には別の意味を持ってしまう。
 彼女は固まってしまい、それから一言も喋ることなく1時間目の授業開始のチャイムが鳴って人だかりは散っていった。
 ......いきなりその話題でくるとはな。名前というのは取り付きやすい話題でもあるが、同時に傷つけてしまうかもしれない諸刃の剣。そして、あかりの心には深々と刃が刺さってしまった。

 授業が始まった今でも、教室のあちこちでざわめきが続いている。あかりはというとずっと俯いたまま縮こまっていた。
 それを見て、なるほどと思った。
 彼女の長い前髪はただ顔を隠すためではないのだろう。おそらくそれは、逆に周囲を見ないようにするためのモノだ。
 そういう経験のある人にはわかるが、見られていればまた何かされるんじゃないかと思ってしまうし、ヒソヒソと話しているのが視界に入ると自分の悪口を言っているのではないかと疑ってしまう。
 それらを視界から排除するための、いわば心の壁。それが彼女の前髪なのではないだろうか。

 それから休み時間の度にあかりの周りには数人が集まってきた。しかし彼女がほとんど答えられずにいると、放課後になる頃にはあかりの周りには誰もいなかった。



 翌朝。おかずを2つの弁当箱に詰めていると、あかりが起き出してきた。
 昨日はあかりが高校生という事実に驚いてしまって弁当のことを気が付けなかった。中学生だったら給食があるしな。
 結局俺の弁当をこっそり渡して、自分の分は購買で買って済ませた。

「お、おはよう......ございます」

 あかりはおずおずと小さい声ながらも挨拶をしてきた。今日は1人で起きれたんだな。

「おう」
「あ、お弁当……」

 俺の手元に気づいたあかりが声をあげる。俺が今詰めているのは、自分用の弁当箱と昨日の帰りに買ってきた弁当箱。
 女っぽい物を買うのは恥ずかしくていたたまれなかったが、仕方がない。
 ぼっちであることと、気遣いができないことはイコールではない。むしろ俺の場合、周りに気を遣いすぎて1人でいるまである。
 転入生の、それも女子のお昼がおにぎりだけってのもどうなんだ、と考えた結果購入に至ったわけだ。

 登校し授業を受けていくも、あかりの周りには昨日ほど人は集まってこない。まああの反応をすれば当然とも言える。
 俺は1人昼飯を食いながら考える。
 あいつは変わりたいと口にした。しかし、変わるというのは口で言うほど簡単ではない。
 名前へのトラウマ、あのハッキリとしない態度、視線を遮る前髪フィールド

「ハァ......」

 思わずため息が出る。あのクソな男はやっかいなやつを押し付けてきたものだ。
 会社で腹痛に襲われてトイレに駆け込むも、トイレットペーパーがなくて絶望すればいいのに。





 ――そして事態は思っていたよりも早く、最悪の結果へと収束を始めていく。
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