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4.おにいちゃん
しおりを挟む自分の意思を示すというのはとても大切なことだ。
よくニュースで、イジメや痴漢の加害者が「本人が嫌といわないから大丈夫だと思った」と言うが、それも間違ってはいないと思う。加害者が悪いのは大前提だが。
もちろん、怖くて言い出せないというのもあるだろうが、加害者と被害者では感じ方が違う。からかうつもりでやったことも、受けた方からすれば深刻な被害かも知れない。拒否の意思を示さない限りエスカレートするばかりだろう。
相手に伝わるかどうかはともかく、周囲に嫌だという意思をアピールすれば状況が変わるかも知れない。
元々そうだったのかイジメられてそうなったのかは知らんが、あかりのように見るからに気が弱そうなのは恰好の的だろう。だから、まずは彼女の意思を示さないとならない。そう思って俺は彼女に聞いたのだった。
「......わ、わたしは......っ、かわり、たい......ですっ! い、いじめられ......たくなんて、ないよぉ......」
泣きながらも、途切れとぎれの小さな声でも、あかりは意思を示した。
俺は立ち上がり、干してあったタオルを取るとあかりの頭にかけてやった。
「よく言ったな。今日のところはそれで十分だ」
そう言うと、あかりは声を出して泣いた。
俺は風呂を沸かしてソファに戻ると、あかりは少し落ち着いたようでタオルに顔をうずめていた。
「......グスッ、わ、わたし、ここに、いていいんですか......?」
「ああ。お前はちゃんと意思を示したからな。とりあえずこれからよろしくな、神楽坂」
「......うぅ......っ、はいっ」
「今風呂沸かしてるから入ってきてくれ。そしたら飯にするけど、好き嫌いとかあるか?」
あかりは首を横に振る。
「そうか。ならテキトーに作るな」
一応言っておくが、俺はただ彼女に優しくしているわけではない。
あの男に何を言ったところで今更無駄だろう。手続きも済んでいるだろうし、あかりの母親のことでいっぱいだろうし。
ならばと、俺はあかり自身を変えることにした。不干渉でいこうかとも思ったが、それだと俺の1人暮らしは永遠に失われてしまう。
あかりの性格を変えて本人が自信を持てるようになったら、出て行って1人暮らしをしてもらおう。それがいい。
非常に不本意だが、少しの間仕方なく付き合ってやろうじゃないか。
待っていてくれ、俺の1人暮らし......!
こうして「あかり補完計画」は始動した。
あかりが風呂に入っている間に料理をし、一緒に夕飯を食べた。ちなみに作ったのはチャーハンと簡単な炒め物だ。
あかりがどれくらい食べるのか分からないし、好き嫌いも昨日は無いと答えたが本当のところは分からない。ということで量も調節できる無難なチャーハンを選んだ。
あかりは1口食べるとそのまま固まってしまった。
「どうした?」
「......おいしい」
そんな大げさな。とも思うがその後聞いたところによると、元々母親が仕事で忙しく今までは1人でコンビニやスーパーで買った弁当や冷凍食品で済ませていたという。
学校へ行かなくなってからは食事の量も減り、さらにテキトーになっていったという。
だから久しぶりに誰かの手料理が食べられて感動した。ということらしい。
まぁ俺も誰かと食べたのなんて久しぶりだが、おいしいと言ってもらえて悪い気はしなかった。
食後、使ってなかった部屋がひと部屋余ってたので、あかりの部屋にしようと思ったところで問題が発生した。
彼女の着替え等は持ってきた大きなカバンに入っているのであろう。しかし、寝具は......?
あかりに聞くと、彼女も今気づいたようで絶句していた。
まさか女の子をソファで寝かせて自分がベッドで寝るなどという非常識さはあいにくと持ち合わせていないので、結果、俺のベッドにあかりを寝かせ、俺はソファで寝たのであった。
朝。スマホのアラームで目を覚ました俺は、腰の痛みに顔を顰める。
体を伸ばしてストレッチをする。慣れないところで寝ると体がバキバキだ。
今日はまだ金曜日。彼女の荷物が届くのは土曜日、つまり明日だ。
またソファで寝るのか、と思うとまだ朝だというのに少し気分が落ち込んでしまう。
簡単な朝食が出来上がり、7時になったところで彼女が寝ている自室に向かう。
ノックをするが反応はない。念のためもう一度ノックをして声をかけてから中に入る。なんで自分の部屋に入るのにこんなに気を使わねばならんのだ。
ベッドの上では丸い膨らみが規則正しく上下に動いている。近づくと、顔まで布団をかぶって熟睡しているようだ。
声をかけても反応がないので意を決して布団をはぐと、俺はそのまま固まってしまった。
昨日、あかりがウチに来てからというもの、ずっと俯いており髪で隠れて顔が見えなかった。しかし、今は無防備にその素顔を晒している。
今までの食生活のせいか少し痩せすぎな気もするが、触れたら壊れてしまいそうな小柄な顔に長い睫毛。小さな鼻と形の良い唇。
神楽坂あかりは、まぎれもない美少女だった。
如月愛衣も美少女だがあっちは美人系の美少女だ。対してあかりは小動物のようなかわいい系の美少女であった。
見とれていると、あかりが身じろぎをしてハッと我に返る。あらためて声をかけるも反応はなし。
仕方なく頬を軽く叩く。手で覆えてしまうくらいに綺麗で小さな顔。
あかりは身動ぎすると俺の手を掴み、その手に頬ずりをし始めた。
再び固まる俺の体。
昨日のあかりと印象が違いすぎて、どうすればいいのか分からなくなる。
しばらく呆然としているとあかりの目がだんだんと開いていき、焦点の合っていないトロンとした瞳でこちらを見る。
「......おに......ちゃ......」
はーい! あなたのお兄ちゃんですよー!
でもね、もう起きて!お兄ちゃんのライフはもう0よ!
なんなら生き返ってもういっぺんライフ消し飛ぶまであるから!
そんな俺の祈りが通じたのか、だんだんと焦点の合った瞳が俺を捉える。そして頬ずりもピタリと止まり、顔が見る見るうちに赤く染まる。
「......っ、な、なんで......」
「いや、朝だし起こそうと思ったんだけど......」
なんて言えばいいのか分からず見つめ合ってしまう。
「あー、その......なんだ。とりあえず朝飯用意してあるから、起きて顔洗ってこいよ」
「あ、はい......」
俺は掴まれていた手をするりと抜いて、そのまま部屋を出て扉を閉める。
そのままソファに座り片手で顔を覆う。
「......心臓に悪すぎる」
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