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アーサー王太子の決意

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私の母と弟が亡くなったと知らされたのは、私が12の時だった。
それは父である国王陛下が戦地に赴いている間のことだった。

まだ立太子もしていない12の子供に出来る事など無く、母の筆頭侍女のフランやサティの姿も消えた王宮は寒々しかった。

戦地から戻った父上は私を呼び出して、1人の男を紹介した。

疲れ切って覇気の無い父上は椅子に沈み込んでいて、見ていられなかった私はその背の高い男を見た。

オールバックにした前髪を後頭部で小さく結んだ黒髪の男は、カールと名乗った。

それがオーガスト(カール)との出会いだった。

カールは私に様々のことを教えてくれた。
国の内外の、忖度の無い現実。
護身術や心理学。
帝王学、経営学、人心掌握術。
生活一般の知識や、下世話なことまで。

そして王太子、いては国王となるための心構え。

私は15で立太子した際に、母の死の真相と弟の行方とカールの正体を知った。

カールの正体は薄々気付いていたが、産後の肥立ちが悪くて亡くなったと聞いていた母が殺害されていたことには衝撃を受けた。
筆頭侍女フランが弟の第2王子マクロスを守って死んでいったことにも。

弟が生きていて今はサティと暮らしているという事実は、私に安堵や歓喜と共に羨望や嫉妬の感情を巻き起こした。

もともと私は弟に対して複雑な思いを抱えていた。私を産んだ後、長く第2子に恵まれず批判に晒されていた母は、当時としては遅過ぎる32歳という年齢での出産を決意した。弟のために母を喪ったと、フランを死なせたと思っていたが、サティまでをも取られていたのか、と。

だが、まだ3歳なのだと思い直して、私は負の感情を頭から振り払った。

それからの15年間はひたすらに耐える傀儡の日々だった。
操られることを良しとすることで存在意義を確保しながら古狸たちの言質を取り、証拠を集めた。

政略結婚させられた侯爵令嬢は幸いにも従順で一男一女にも恵まれた。
何も知らない彼女を巻き込みたくなくて距離を取ろうとしたが、彼女の方から『私はスパイなのです』と打ち明けてきた。

「私は父に言われるまま貴方に嫁ぎ、貴方の一挙手一投足を報告するように言われました。ですが貴方の優しさに触れるうちに苦しくなってしまいました。アーサー様、こんな私をお許しくださいますか?」

罠かもしれない、と思ったが、自分の目を信じることにした私は、彼女を許した。
彼女から情報を得ることはしなかったが、虚実を混ぜ合わせた、先方を撹乱するための情報を流してもらった。

そのことによって、敵方を分断し、それと分からぬように外堀を埋め、時を待った。

最低限の業務はこなしながらも、愛する王妃を喪った気鬱に落ち込んでいる国王陛下の補佐に追われ、調子に乗る小悪党たちを好きにさせていた日々はもう終わる。

“辺境伯の子供たち”がその役割を疎み驕り、犯罪に手を染めた、という噂は既に国民に浸透している。
一斉査察が入り、多くの団体が摘発された。
証拠の確認に手間取っているが、処罰は確実で“辺境伯の子供たち”は解散の憂き目に遭うだろう、と。
国家を支え、国民の安寧のために尽くすはずの“辺境伯の子供たち”が瓦解したのは、王家の堕落が原因だ、と。

堕ちる所まで堕ちた王家の評価をひっくり返す一手は、もう打たれている。

今日、オーガストから連絡があった。

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