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勇者様、ピンチです!~革命と魔王降臨~

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とうとうこの時が来たわ。

ほとんど王宮の外に出ないお父様が△△国の立太子の式典に出席するために数日間留守にする、とわたくしに言われた時に動揺してしまったことは気付かれたかしら…いいえ、大丈夫。
人質の人たちを閉じ込めている牢の鍵をわたくしに預けていったんですもの。おとなしくして、お父様の言い付けを守る娘だと思っているはずだわ。
このチャンスに、みんなを解放してあげなくては。たとえそれでわたくしが処刑されることになっても、もうお父様のこんなやり方は終わりにしなくては!

気がいていたわたくしは、見張りがいないことに気付かなかった。
囚われて意気消沈しているとはいえ、あまりにも人気の無い牢の奥の気配にも。

鍵を鍵穴に差し込もうとしたわたくしの手は、優しく包み込む女の人の手でさえぎられた。

「その鍵を使ってはいけませんわ。爆発します」
「え…?ば、爆発?!」
「はい。それに、この牢の中に人質はもういません。……国王陛下に…お父上に、試されたのでしょう」
「そんな…裏切るなら爆発に巻き込まれても構わないということ?…もしかしたら死んでもいいと…?もう…要らない、と?」
「……お父上は愛というものを知ることの出来ない人なのでしょう。あなたがそうでなくて良かったです。わたくしはレイチェルと申します。勇者様の友人です。こちらはジャンと…本当の聖女のセリーヌです」
「本当の?」
「はい。私が聖女で、あなたのお父上が連れて行った聖女ラウラは表向きの聖女であって、あまり力は強くないのです。私たちは勇者様とラウラを助けにきたのです。協力してくださいますか?」
「ええ!協力するわ!でも…どうすればいいの?わたくし、何も出来ないのよ…」
「王女様は王女様でいてくださればいいんですよ。国民はみんな、あなたが立つ日を待っていたんですから」
「レイチェル様…え?みんな…?待って?」
「はい。革命です。みなさん、ずっと隠れて準備していたんですって。王宮の広場に集まっていますから、一緒に行きましょう」

みんな、恐怖政治に圧され続ける中でこの時を待っていたのです。

ゆうちゃんを見張る命令を受けた○○国のスパイは、れいちゃんを見守っていたジャンと森で知り合い、情報交換をしていました。
今回もそのスパイの手引きがあったから、○○国の中枢に、国王陛下不在時とはいえ、入り込めたのでした。
○○国の内情をジャンから手短に聞かされたれいちゃんとせいちゃんは、元凶である国王を叩くために動きました。

先ずは王女様を国王の罠から救い出した後、革命の旗頭にするために革命軍を仕切る騎士に王女様を預け、れいちゃんとジャンは手分けして人質を解放するために魔法で鍵を開けて回りました。
そして、せいちゃんが瘴気に蝕まれて廃人のようになっていた人たちを浄化したら、その人たちは瘴気によってそう見えていただけで、実は健康を損なわれていなかったことが分かりました。

浄化されて動けるようになった人たちはどんどん王宮の広場に集まり、革命軍は膨れ上がっていきました。
革命軍が始動するのを見送ったれいちゃんとせいちゃんとジャンは、ゆうちゃんとラウラの居場所へと飛びました。



~~~~~~~~



「おっそ~いよ、みんな~。あんまり体を動かさないでじっとしてろって言われてからず~っと待ちくたびれた~!あはは!うそうそ。来てくれてありがと。うわ!さすがせいちゃん、空気が綺麗になった!」

せいちゃんは、ゆうちゃんとラウラのところに着くなり、辺り一面を浄化しました。
3人が転移してくる姿を見て、空気が澄み渡るのを感じたゆうちゃんはすぐにガスマスクを外して明るい声を上げましたが、ラウラは恐る恐るガスマスクを外しました。

ゆうちゃんが残したけれど踏み潰されてしまっていたボタンはダミーだったかもしれないと思ってジャンに寄り道してもらった路地裏でれいちゃんは、もっと小さくて薄いシェル型のボタンを探索魔法で見付けていました。
パッと見は貝殻にしか見えないので見過ごされていたのでしょう。
作動させた時は通じたけれど反応が返ってきませんでしたが、定期的に作動させているうちにゆうちゃんと繋がりました。
それから後は、お互いの状況をすり合わせながら行動していたのでした。

「お待たせ、ゆうちゃん、ラウラ。災難だったわね。私が聖女役を押し付けたばっかりに」
「うわ~ん、せいちゃんさん~、怖かった~」
「はいはい、怪我は無いわね?あ、ダニエルのことすっ飛ばしてこっちに来たけれど、無事かしら」
「潜んでいる仲間が拘束を解いてくれているはずですから大丈夫でしょう」
「あら、そうなの。仲間って、ジャンさんの?」
「いいえ、私繋がりではなくて○○国のスパイの…勇者様を見張っていた者です」
「ああ、あいつね。なんだ、私を見張ってたの?敵意も感じないし、何してるんだろうって思ってたよ」
「今頃向こう岸では革命の真っ最中です。事情をお聞きになったダニエル様も一緒に頑張っているでしょう」
「革命か。あの国王にはみんな不満を持っていたから、そうなるべくして、だね。私たちも協力した方がいいのかな?」
「必要無いと思うわ。自分たちの力で自由を掴み取ることに意義があるのよ!それよりも、せいちゃんが気になることがあるって言うのよ」
「うん。瘴気のことなんだけど、何て言うのかしら…悪意が無いのよ。瘴気に蝕まれて廃人同然だった人を浄化したらピンピンしていたし、ゆうちゃんとラウラも用心してガスマスクしていたけど大丈夫だったでしょ?」
「あ、それは思った。前にここで魔族と闘って瘴気を浴びた時は皮膚がピリピリして痛かったのに、そうじゃなかったから」
「ただ単にこの土地から兵士を追い出したかっただけなんじゃないかと思うのよ」


『その通りだ。聖女よ』

「え?今の声は…誰ですか?どこですか?」

『魔王。本当の魔王だ』

「「「「「ええっ?!」」」」」


驚く5人の前に突然現れたのは、黒くて長い髪に赤い瞳で角を生やし、黒ずくめの衣を纏った背の高い痩せた男でした。

「うっわ…いかにも魔王~って感じ。前髪長くて顔がよく分かんないな。イケメンっぽいけど」
「しっ!ゆうちゃん、オタクモード抑えて」

『イカニモ魔王…イケメン…ポイ…何だろうか、言葉がよく分からぬな』

「お気になさらないでください、魔王様。あの…何がどうなっているのか事情をお聞かせ願ってもよろしいでしょうか。勇者様が倒した魔王は偽者だったのですか?瘴気の正体は…」

『うむ。長い話になるから記憶の塊として聖女の脳内に送る。……ふむ。どうやら向こうも諸々解決したようだし、私は眠らせてもらう』

そう言うと、魔王は突然姿を消しました。
せいちゃんは、一度体を震わせると、動かなくなってしまったので、れいちゃんは心配して声を掛けました。

「せいちゃん?固まってるけど…大丈夫?頭が痛いの?」
「………っと、…グワングワンしたけど大丈夫よ、れいちゃん。しかし、なっ…………がいわね!何千年前からの話よ!ま、そうね、掻い摘まんで話すわね」
「わ~、知りたいけど大変そう。せいちゃんがいて良かった!」
「ふふ、纏めスキルすごいものね、せいちゃん。よろしくね」
「はいはい」



≈今より遥か大昔、まだこの小大陸が大河で分断されておらず、大本山の姿すら無かった頃、ここはすべて魔族が暮らす土地でした。
突然地面が隆起して大本山が出来、大本山に精霊が集まって大精霊が生まれたあたりから、人間が住み着くようになりました。
始めは大本山の周りにしかいなかった人間の行動範囲が広がるに連れて、魔族との衝突が起こるようになりました。
それを憂いた大精霊と魔王とが話し合い、大本山から大河を流して地面を分断して、更に支流の川を挟んで魔族と人間が住み分けることを決めました。
増え続ける人間と、あまり種族を増やさない性質の魔族とのバランスを考えて、魔族の方から小さな土地に収まることを選んだというのに、人間たちは与えられた分だけでは足らぬとばかりに川を越えて魔族の土地へと進出してきました。
魔王は争いを避けて地下に潜ることを選びましたが、それに従わなかった怒れる魔族たちが新たな王を立てて魔王軍を作り、○○国との長い戦いが始まってしまったのです。
そんな戦いが続く中、○○国は勇者の召喚に成功しました。
勇者は数年かけて魔王を倒し、人間たちは魔族のものだった最後の土地までも奪っていきました。
でも、魔王はそれでもいいと思っていました。
魔物は魔物らしく地下で夢を見ていれば良いと。
しかし、○○国の人間たちは、魔王が眠る土地の上で□□国を攻めるための準備を始めました。
魔王はそれが許せませんでした。
同族どうしで争う音など聞きたくなかったのです。
それで、この土地を魔王の夢幻の瘴気で満たして、人間たちを追い出したのでした≈



「ふう~、こんな感じかしら」
「お疲れ、せいちゃん」
「軽いわねえ、ゆうちゃんは。話に出てきたじゃない、勇者様」
「ね~。そんな理由で召喚されてたのか~」
「いい迷惑よね」
「ね。じゃあさ、これからこの土地はどうなるのかな。せいちゃんが本気出せば全部浄化出来ちゃう?」
「多分ね。でも王女様との話し合い次第ね。あ、革命はどうなったのかしら」
「行って見てきましょうか?」
「そうね、ジャン。お願いするわ」
「では、行って参ります、お嬢様」

ジャンが飛んだ川向こうでは、革命が成功していました。
4人は戻ってきたジャンに連れられて、全員で川向こうまで飛びました。
4人の女の子たちにしがみ付かれたジャンは、待っていた面々に盛大な口笛とヤジで出迎えられました。


○○国の国王陛下は幽閉されて、王女が女王陛下となった○○国は平和路線を貫きました。
魔族のものだった土地は浄化されて、大部分が国立公園やテーマパーク、博物館や美術館、大学として使われて、3国の発展に寄与することとなりました。

解放された人質や、その家族たちは平穏な生活を取り戻しました。
革命での死者はいませんでした。
国王陛下に付き従おうという人はいなかったのです。



れいちゃん、せいちゃん、ゆうちゃん、ラウラ、ダニエル、ジャンの6人は○○国が用意してくれた豪華な馬車でゆったりと△△国に戻りました。
結界はなんとか機能していましたが、みんなの消耗が激しかったので、せいちゃんは慌てて結界を強化してみんなを癒やしました。

3人娘に平和な日常が戻った頃、ゆうちゃんが初めて刊行する本の見本が3冊届き、3人はそれぞれの好きな場所で好きな体勢でそれを読みました。
読み終えて余韻に浸っているうちに寝落ちた3人は、同じ夢を見ました。


暗くて静かな深海のような夜の底で、人々の悪夢に包まれて穏やかに眠る魔王の夢を…。

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