追放万歳、ようこそ自堕落スローライフ

勇者様、カミングアウトです！

「ただいま！あれ？れいちゃん、ぐったりしてどうしたの？」

れいちゃんが神殿まで出掛けて３人の男性から求愛されたその日、ゆうちゃんはれいちゃんがいた国へ買い物に行っていました。
ずっしりと重い買い物袋を、れいちゃんが座っているのと向かい合ったソファーの後ろに置いたゆうちゃんは、そのソファーに腰を下ろしました。

「ああ、ゆうちゃん…おかえり。そこにあるお菓子たべていいわよ。今日はねえ、なんかもう疲れちゃった。神殿のラウラのところに行ったんだけど、そこにこの前市場で出会ったダニエルっていう聖騎士がいたのね。で、その人がなんだかわたくしのことを好きだとか何だとかってしつこくて、送るって言ってきかないから送ってもらったんだけど、ここに連れてくる訳にはいかないでしょう？適当なところで魔法で家の幻覚を見せて帰ってもらったんだけど…もうね、勘違いばっかりして全っ然わたくしの話を聞いてくれないの！」
「へぇ～、なにそれ、詳しく教えてよ」

ゆうちゃんに問われるままにれいちゃんは、突然現れた元婚約者がよりを戻そうとしてきた話や、第一王子殿下にナンパされた話や、ダニエルから告白された時の話などを語りました。
ゆうちゃんはいつの間にか、熱心にメモを取っていました。

「ゆうちゃん？なんでメモなんて取ってるの？」
「あ、気にしないで。それで？ダニエルだけ断れなかったの？」
「断っても受け入れてくれなかったのよ！なんなのかしら、“自分ならあなたを幸せに出来る”って、あの自信はどこから来るのかしら。わたくしは現状に大変満足していてとっても幸せです！って言っているのに、ご無理をなさらないでくださいとか言うのよ？」
「女の幸せは結婚だと思ってるんだろうね。この世界の人たちって、１人では何にも出来なくて男に守られてるのが女のあるべき姿だ、とか考えてる気がするよ」
「そんなのお門違いだわ。わたくしはね、旦那に先立たれてからずっと仕事して子育てもして介護もして、やっといろいろ手が離れて、これからは自分のために生きるわって時に交通事故で死んだのよ。今のこの自由は絶対に手放さないわよ！」
「ふうん、れいちゃんってそういう人生だったんだ」
「ゆうちゃんはどうだったの？」
「私は突然召喚されたから人生の途中下車だよね。専門学校生だったんだ。デザイン系の」
「ゆうちゃんも、これから！って時だったのね。わたくしやせいちゃんみたいに死んでからの転生じゃないから、受け入れるのは大変だったんじゃない？」
「ん～、まあ、ね」
「なんだか含みのある物言いね。あ、せいちゃん、おかえり。昼寝し過ぎたから一回り散歩してくるって、出ていたのよね。ん？どうかしたの？」

ソファーの後ろに置いてあったゆうちゃんの買い物袋が傾かしいで中身が崩れ落ちていたらしく、部屋に入ってきたせいちゃんはそれを拾ってあげようとして、目を見開いて手を止めました。

「ゆうちゃん、これ…」
「え？あっ！あ、こ、これは…！」

実はゆうちゃんが今日、文化の爛熟らんじゅく期を迎えて官能小説や耽美小説で溢れかえっているれいちゃんの国へ行って買ってきた物とは、ある種の裏世界で取り引きされている物ブツ…そう、現代日本で言うところの同人誌でした。
ゆうちゃんの守備範囲は広く、BLも百合もOKで、転生も召喚も履修済みだったのでした。

せいちゃんが手に取ったのはたまたま全年齢版のNLの王道パロで、表紙もギリ可愛らしい系の本だったのでホッとしつつも、他のヤバい薄い本たちを隠したゆうちゃんは、思い切ってカミングアウトしました。

「れいちゃんとせいちゃんはもしかしたらその存在を知らないかもしれないけど…私、雑食系のオタクなんだ！れいちゃんの国に大きな本屋さんがあるのを知って通っているうちに、こういう本を作ってる人たちと知り合いになったんだよ。今日はその交流会があって、それに行ってたんだ…」

だんだん声が小さくなっていって、２人の反応を恐る恐る確かめたゆうちゃんは、動じていない２人を見て、目を左右に泳がせた。

「あれ…？無反応？」
「ねえ、ゆうちゃんが描いたものはあるの？」
「え？れいちゃん？な、無いけど…」
「この人の絵、可愛いわね。でも…もうちょっと刺激的なのも持ってるんでしょ？ゆうちゃん」
「は？せいちゃん？……なんで？なんで２人とも普通なの？」
「さっき話していた子どもが二次創作にハマっていたのよ。わたくしはまんまと布教されてしまったクチね。妄想って偉大よね。介護の辛さを一時だけでも忘れさせてくれたわ」
「まあ…れいちゃん、介護してたのね。大変だったわね。私はキャリアウーマンだったの。仕事が面白くて、結婚は考えられなかったわ。周りを見ても既婚女性はみんな苦労してたし、結婚なんて障害としか思えなかった。その結果、過労死するほどの仕事人間だったけど、趣味があってね…ふふ、夢小説を読むのが好きだったの。私たちの頃はオタクって男の人のことで、私たちみたいなのは夢女って言われてたわね」
「は……はぁ～…引かれるかも、って思って結構緊張してカミングアウトしたのに～。もっと早く言えば良かった～」
「ふふふ。うちの子は見るだけだったけど、ゆうちゃんは？デザイン系って言っていたけど何か描いていたの？」
「絵を描いたこともあったけど、作画コストと頭の中で展開する物語のスピードが合わな過ぎて小説の方にチェンジしたんだ。今もこっそり書いていてさ、今日持っていってみたんだ」
「「ええ～？！読みたかった～！無いの？」」
「ちょっと預からせて、って言われて渡しちゃった。こっちの世界にコピー機なんて無いし、また手元に戻ってきたらだね。あ、でもふたりの趣味じゃないかも。…オリジナルの全年齢ものだから」
「「あら、何でも読むわよ」」
「そっか。じゃあ私と一緒だ。あはは、なんだかスッゴい嬉しい！」
「楽しみが増えたわね。はっ！さっきのメモ！まさかわたくしのことは書かないわよね？！」
「え、ええ～？やだなあ、そんな…分からないように書くよ…」
「何よ、さっきのメモって。何かあったの？」
「それがさ～、れいちゃんにモテ期が来たらしくて」
「へぇ～、ちょっとちょっと、詳しく！」
「もう１回言うとか面倒だわ。ゆうちゃん、お願いね」
「よし、任された！あのね…」

どんどん脚色されて盛り上がっていくゆうちゃんの話に、れいちゃんが大笑いしたり、せいちゃんが茶化したりしながら、３人娘はお菓子とケーキで夕飯を済ませてしゃべり倒したのでした。