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冤罪なんて許しません!
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「オランディーヌ。今日この時をもって私と貴女の婚約は破棄する」
王国の王太子であるレモネルは謁見の間で、国王陛下や家臣たちが居並ぶ中、宣言した。
8歳からの10年間、王太子の婚約者として有り続けた公爵令嬢オランディーヌに向けて。
時は2人が共に通う貴族学園の卒業間際、結婚式を半年後に控えて準備に奔走している最中のことであった。
「承りました」
菫色の瞳を伏せて綺麗に波打つブロンドヘアを下げ、一礼して去った公爵令嬢オランディーヌはそのまま公爵家の別邸へと引き籠もった。
その後の学園では、いろんな噂が飛び交っていた。
「じゃあ王太子殿下はやっぱりあの男爵令嬢と?」
「見ていて微笑ましくなるほど仲睦まじいですものね。それが気に入らなくて、オランディーヌ様はあの男爵令嬢を酷く虐めてたんでしょう?」
「とてもお美しい方ではあるけれど…慎ましやかっていうより無口で陰気でしたものね」
「明るくて優しいあの男爵令嬢に惹かれるのも分かるなあ。柔らかそうなブラウンヘアと瞳で小動物みたいだし、守ってあげたくなるんだよなあ」
「殿方って単純ね、って言いたいところだけど女性である私たちから見ても本当に可愛らしい方なのよねえ」
「結局罪を償わずに逃げたんでしょう?オランディーヌ様って」
「証拠を示してこれから断罪って時にはもういなかったらしいな」
「卑怯…
「皆様!いらっしゃらない方の噂話なんてもうやめましょう?私…私、もう気にしてませんから…」
食堂で噂話に興じていた子息令嬢たちの横を通りかかった男爵令嬢は、涙を堪えて自分に言い聞かせるように訴えた。
「まあ!なんていじらしいことを!」
「いくら相手が公爵令嬢だからといって我慢しなくてもいいんですのよ?」
「そうだよ、サティ。君がとってもいい子なのはみんな分かってるから。それに…父親の公爵閣下も…不正をしていたんだろう?その親にしてこの子ありだよな」
「ご病気だということで登城していないらしいけど…本当かしら?」
(ふふ。なかなか上手に不正疑惑に誘導したわね、オーガスト。一度人の口に上れば噂なんてすぐ広まるわ。健気な男爵令嬢もこの辺でいいかしら。やり過ぎると逆効果だし)
放課後、男爵令嬢サティと男爵子息オーガストは図書室の人気の無い隅で落ち合った。
「オランディーヌ様に味方する人はいる?」
「表向きはいないな。静観してるやつは多いが」
「ふうん。それにしても、実際に私を虐めてきた人ほど声高にオランディーヌ様のせいにするのはどうかと思うわね」
「誰が虐めてんのか分かった上で、オランディーヌ様の仕業にして証拠を集めてたんだがな。こっちはこんなもんでいいだろう。公爵閣下の不正の証拠集めは進んでんのかな」
「もうちょっとかかるって言ってたわね。卒業式に間に合うかしら?婚約破棄以後は登園されてない王太子殿下も引き籠もっているオランディーヌ様も、卒業式と引き続き行われる卒業パーティーには出るんでしょう?」
「国中の貴族や来賓もいる中での断罪か。キツいだろうなあ」
「しょうがないわ。お花畑でお貴族様やってられる時代じゃないでしょ」
そして、卒業式の日。
何事もなく終わった卒業式の後のパーティーで、国王陛下や貴族、来賓、卒業生たちが穏やかに歓談していると、それは始まった。
「オランディーヌ嬢!これまでのことを全て、このサティの前で明らかにしてもらおうか!」
王太子レモネルはサティの肩を抱いて隣に立ち、会場中に響き渡るような声で公爵令嬢オランディーヌを責め立てた。
「私は何もしていませんわ。普通に学園生活をしていただけです」
涼しい顔でたおやかに言葉を述べるオランディーヌに、レモネルは食い下がった。
「サティを虐めていたのでは?!」
「それは別の方々です。子爵令嬢から公爵令嬢まで、誰がいつどこで何をしたか、全て…明らかにしてもよろしいのかしら?証人は“辺境伯の子供たち”ですわ!」
“辺境伯の子供たち”
その発言を受けた人々はざわめいた。
「本当に存在したのか…?」
「ということはもしかして…本当に…冤罪?」
この王国では、過去に王妃に対する冤罪事件があった。
貴族学園の生徒ならば、隣国との戦争の渦中での密通容疑で処刑されてしまった王妃の事件は歴史として学んでいる。
しかし王弟殿下の捜査によって冤罪だったことが証明された後で、王弟殿下が臣籍降下して辺境伯となり、戦争孤児たちを集めて育て上げたことは歴史の波に埋もれていた。
『辺境伯領で育った戦争孤児の子孫たちによって王国捜査網が張り巡らされていて、冤罪防止や犯罪の摘発に関与している』という噂ばかりが度々浮上しては消え、今では都市伝説となっていた。
「その“辺境伯の子供たち”とは誰だ!どこに居る?!」
「彼らは名も無き影として存在しています。陛下で無ければ知り得ません。私は王太子殿下の宣言の後で陛下からお聞きしました」
「……何をだ?」
「天真爛漫で子リスのように可愛らしい男爵令嬢に夢中になる高位貴族の子息たちの資質、男爵令嬢を排斥しようとする動き、利用しようとする動きなど、私に対する冤罪の裏で起こっていた全てについてですわ」
静まり返る中で、国王陛下が立ち上がった。
さりげなく会場を出ようとしていたものたちも動きを止めて、王妃と高位の来賓以外が臣下の礼を取った。
「皆のもの、楽にするが良い。が、余の発言中はこの会場を出ることは許さん。公爵令嬢オランディーヌを陥れることで公爵の失脚を狙い、己の不正や横領の罪を公爵に被せようとしたものの調べもついておる。公爵と“辺境伯の子供たち”によってな。
彼らはこのまま表舞台に立つこと無く影として居ようとしていたが、抑止力としてその存在を明らかにすることを決めた。もう人間の持つ善性に頼っていられる時代では無いからな。これからは、“そこ”にも“ここ”にも目や耳があることを肝に銘じて精進してくれたまえ。後日…知らせが届いたものは登城するように。分かっているとは思うが逃げることは不可能だから覚悟しておくように。
それでは、卒業を祝って楽しんでくれたまえ!」
陛下の発言が終わるなり会場を飛び出すもの、真っ青な顔で、それでも体面を保とうとするものや、取り繕う余裕も無く崩れ落ちるもの、親のそんな姿を見て泣き出すものたちを横目に、会場はまた賑わい始めた。
その真ん中に、見つめ合う一組の男女がいた。
「オランディーヌ、私と踊ってください」
「喜んで。…殿下」
「いやだな、レモネルとは呼んでくれないのか?あの男爵令嬢と仲良くしていたのは契約だって言ってあっただろう?私にはまだ人を見る目が無いから、不適格な側近を振るい落とすためにって。婚約破棄だって宣言しただけで手続きしていないから勿論婚約は継続中だし」
「…私をギュッと抱きしめて髪を撫でてください。そうしてくれたら許して差し上げます」
「ここで?!…参ったな。サティにしていたのは振りだけなんだけど?さっきだって肩以外触れないようにしていたし」
「そんなことは関係無いんです。私が…して欲しいんです…寂しかったから…」
「オランディーヌ…!」
「!!そ!そんなに強くとは言ってません!ドレスが崩れます!殿下!…もう…直せないからずっとこのまま抱いていてくださいね?レモネル」
「ああ、もう離れないし離さないから」
固唾を呑んで見守っていた会場中が割れんばかりに盛り上がる中、別の一組の男女がゆっくりと会場を後にした。
サティと呼ばれていた少女は髪を結い上げてドレスを1枚脱いでタイトな姿になり、オーガストと呼ばれていた少年は地味な容姿を活かしてそのまま。
「さて、次は結婚式ね。式場のスタッフなら今度は金髪にしようかしら」
「俺もそうしようかな。地味は楽だったけどストレスが溜まったからな」
「逆恨み組と妬み関係の情報はまとまってるの?」
「今の捕り物と被ってるから取りこぼしは無いだろう。あの公爵もおっとりした顔して追い込みスゴかったな」
「ああいう虫も殺さないような人が一番怖いのよ」
「確かに」
後日の粛正を前にした悲喜交々な夜を、綺麗な月の光が照らしていました。
王国の王太子であるレモネルは謁見の間で、国王陛下や家臣たちが居並ぶ中、宣言した。
8歳からの10年間、王太子の婚約者として有り続けた公爵令嬢オランディーヌに向けて。
時は2人が共に通う貴族学園の卒業間際、結婚式を半年後に控えて準備に奔走している最中のことであった。
「承りました」
菫色の瞳を伏せて綺麗に波打つブロンドヘアを下げ、一礼して去った公爵令嬢オランディーヌはそのまま公爵家の別邸へと引き籠もった。
その後の学園では、いろんな噂が飛び交っていた。
「じゃあ王太子殿下はやっぱりあの男爵令嬢と?」
「見ていて微笑ましくなるほど仲睦まじいですものね。それが気に入らなくて、オランディーヌ様はあの男爵令嬢を酷く虐めてたんでしょう?」
「とてもお美しい方ではあるけれど…慎ましやかっていうより無口で陰気でしたものね」
「明るくて優しいあの男爵令嬢に惹かれるのも分かるなあ。柔らかそうなブラウンヘアと瞳で小動物みたいだし、守ってあげたくなるんだよなあ」
「殿方って単純ね、って言いたいところだけど女性である私たちから見ても本当に可愛らしい方なのよねえ」
「結局罪を償わずに逃げたんでしょう?オランディーヌ様って」
「証拠を示してこれから断罪って時にはもういなかったらしいな」
「卑怯…
「皆様!いらっしゃらない方の噂話なんてもうやめましょう?私…私、もう気にしてませんから…」
食堂で噂話に興じていた子息令嬢たちの横を通りかかった男爵令嬢は、涙を堪えて自分に言い聞かせるように訴えた。
「まあ!なんていじらしいことを!」
「いくら相手が公爵令嬢だからといって我慢しなくてもいいんですのよ?」
「そうだよ、サティ。君がとってもいい子なのはみんな分かってるから。それに…父親の公爵閣下も…不正をしていたんだろう?その親にしてこの子ありだよな」
「ご病気だということで登城していないらしいけど…本当かしら?」
(ふふ。なかなか上手に不正疑惑に誘導したわね、オーガスト。一度人の口に上れば噂なんてすぐ広まるわ。健気な男爵令嬢もこの辺でいいかしら。やり過ぎると逆効果だし)
放課後、男爵令嬢サティと男爵子息オーガストは図書室の人気の無い隅で落ち合った。
「オランディーヌ様に味方する人はいる?」
「表向きはいないな。静観してるやつは多いが」
「ふうん。それにしても、実際に私を虐めてきた人ほど声高にオランディーヌ様のせいにするのはどうかと思うわね」
「誰が虐めてんのか分かった上で、オランディーヌ様の仕業にして証拠を集めてたんだがな。こっちはこんなもんでいいだろう。公爵閣下の不正の証拠集めは進んでんのかな」
「もうちょっとかかるって言ってたわね。卒業式に間に合うかしら?婚約破棄以後は登園されてない王太子殿下も引き籠もっているオランディーヌ様も、卒業式と引き続き行われる卒業パーティーには出るんでしょう?」
「国中の貴族や来賓もいる中での断罪か。キツいだろうなあ」
「しょうがないわ。お花畑でお貴族様やってられる時代じゃないでしょ」
そして、卒業式の日。
何事もなく終わった卒業式の後のパーティーで、国王陛下や貴族、来賓、卒業生たちが穏やかに歓談していると、それは始まった。
「オランディーヌ嬢!これまでのことを全て、このサティの前で明らかにしてもらおうか!」
王太子レモネルはサティの肩を抱いて隣に立ち、会場中に響き渡るような声で公爵令嬢オランディーヌを責め立てた。
「私は何もしていませんわ。普通に学園生活をしていただけです」
涼しい顔でたおやかに言葉を述べるオランディーヌに、レモネルは食い下がった。
「サティを虐めていたのでは?!」
「それは別の方々です。子爵令嬢から公爵令嬢まで、誰がいつどこで何をしたか、全て…明らかにしてもよろしいのかしら?証人は“辺境伯の子供たち”ですわ!」
“辺境伯の子供たち”
その発言を受けた人々はざわめいた。
「本当に存在したのか…?」
「ということはもしかして…本当に…冤罪?」
この王国では、過去に王妃に対する冤罪事件があった。
貴族学園の生徒ならば、隣国との戦争の渦中での密通容疑で処刑されてしまった王妃の事件は歴史として学んでいる。
しかし王弟殿下の捜査によって冤罪だったことが証明された後で、王弟殿下が臣籍降下して辺境伯となり、戦争孤児たちを集めて育て上げたことは歴史の波に埋もれていた。
『辺境伯領で育った戦争孤児の子孫たちによって王国捜査網が張り巡らされていて、冤罪防止や犯罪の摘発に関与している』という噂ばかりが度々浮上しては消え、今では都市伝説となっていた。
「その“辺境伯の子供たち”とは誰だ!どこに居る?!」
「彼らは名も無き影として存在しています。陛下で無ければ知り得ません。私は王太子殿下の宣言の後で陛下からお聞きしました」
「……何をだ?」
「天真爛漫で子リスのように可愛らしい男爵令嬢に夢中になる高位貴族の子息たちの資質、男爵令嬢を排斥しようとする動き、利用しようとする動きなど、私に対する冤罪の裏で起こっていた全てについてですわ」
静まり返る中で、国王陛下が立ち上がった。
さりげなく会場を出ようとしていたものたちも動きを止めて、王妃と高位の来賓以外が臣下の礼を取った。
「皆のもの、楽にするが良い。が、余の発言中はこの会場を出ることは許さん。公爵令嬢オランディーヌを陥れることで公爵の失脚を狙い、己の不正や横領の罪を公爵に被せようとしたものの調べもついておる。公爵と“辺境伯の子供たち”によってな。
彼らはこのまま表舞台に立つこと無く影として居ようとしていたが、抑止力としてその存在を明らかにすることを決めた。もう人間の持つ善性に頼っていられる時代では無いからな。これからは、“そこ”にも“ここ”にも目や耳があることを肝に銘じて精進してくれたまえ。後日…知らせが届いたものは登城するように。分かっているとは思うが逃げることは不可能だから覚悟しておくように。
それでは、卒業を祝って楽しんでくれたまえ!」
陛下の発言が終わるなり会場を飛び出すもの、真っ青な顔で、それでも体面を保とうとするものや、取り繕う余裕も無く崩れ落ちるもの、親のそんな姿を見て泣き出すものたちを横目に、会場はまた賑わい始めた。
その真ん中に、見つめ合う一組の男女がいた。
「オランディーヌ、私と踊ってください」
「喜んで。…殿下」
「いやだな、レモネルとは呼んでくれないのか?あの男爵令嬢と仲良くしていたのは契約だって言ってあっただろう?私にはまだ人を見る目が無いから、不適格な側近を振るい落とすためにって。婚約破棄だって宣言しただけで手続きしていないから勿論婚約は継続中だし」
「…私をギュッと抱きしめて髪を撫でてください。そうしてくれたら許して差し上げます」
「ここで?!…参ったな。サティにしていたのは振りだけなんだけど?さっきだって肩以外触れないようにしていたし」
「そんなことは関係無いんです。私が…して欲しいんです…寂しかったから…」
「オランディーヌ…!」
「!!そ!そんなに強くとは言ってません!ドレスが崩れます!殿下!…もう…直せないからずっとこのまま抱いていてくださいね?レモネル」
「ああ、もう離れないし離さないから」
固唾を呑んで見守っていた会場中が割れんばかりに盛り上がる中、別の一組の男女がゆっくりと会場を後にした。
サティと呼ばれていた少女は髪を結い上げてドレスを1枚脱いでタイトな姿になり、オーガストと呼ばれていた少年は地味な容姿を活かしてそのまま。
「さて、次は結婚式ね。式場のスタッフなら今度は金髪にしようかしら」
「俺もそうしようかな。地味は楽だったけどストレスが溜まったからな」
「逆恨み組と妬み関係の情報はまとまってるの?」
「今の捕り物と被ってるから取りこぼしは無いだろう。あの公爵もおっとりした顔して追い込みスゴかったな」
「ああいう虫も殺さないような人が一番怖いのよ」
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後日の粛正を前にした悲喜交々な夜を、綺麗な月の光が照らしていました。
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