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お花畑王子と悪役令嬢

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「あ!リアム王子が中庭にいらっしゃるわ!早く行ってお隣の席を取らなくちゃ!」

「お待ちなさい!そこの貴女!王子殿下とお呼びなさい!それに走るなんてはしたないわ!」

「ファスティーネ様…あ…!」

リアム王子の婚約者である公爵令嬢のファスティーネに捕まってお説教されてしまった子爵令嬢は、後ろをそっと通り抜けて中庭のリアム王子のもとへ向かう令嬢たちを恨めしげに見送った。

(はあ…ファスティーネ様に捕まるなんてついてないわ…こんなにガミガミ言うからリアム王子に逃げられて相手にされないんでしょう?あ~あ、あら?今日もあの男爵令嬢が隣なのね。最近ずっとじゃないかしら?)

「聞いてらっしゃるの?…聞いてないわね。こんなに打っても響かない子は珍しいわ。ところでさっきから何を気にしているの?」

「え?ファスティーネ様?」

「何?」

「いえ、その…お説教は…?」

「お説教するほどのことしてないでしょう?ふふ。貴女ってリアム王子殿下に対して野心が無いようなのになぜ侍っているのかしらと、以前から疑問に思っていたのよ」

「うっ…!あの、それは…リアム王子…殿下が持ってきてくださるお菓子が美味しいから…なんです」

「ああ、王宮のお菓子は最高よね…じゃなくて!貴女、殿下の前でお菓子なんて食べてるの?!他の方たちもそうなの?!」

「いえいえ!私ぐらいです!美味しそうに食べるからって、いっぱいくださるんです!あれ?そういえばみんなはなんで食べないのかしら?とても美味しいのに」

「みんなはもっと違う物を狙っているのよ」

「もっと違う…焼き菓子ではなく…揚げ菓子ですか?!まさかあの噂のふわふわドーナツ?!」

「違います。はぁ…1人だけ毛色が違うと思ったら…まあ、いいわ。貴女のことは理解しました。その噂のふわふわドーナツ、ご馳走してあげるから…スパイになって?」

「ス!…パイ?」

「…パイじゃないわよ?」



一方その頃中庭のリアム王子は。

(あの美味しそうにお菓子を食べるハムスターみたいな子がいないな…あ、ファスティーネに捕まってしまったのか)

遠目に2人の令嬢を見やっていたリアム王子は、口々に話し掛ける令嬢たちを難なくかわしながら、それと気付かせずにあしらっていた。

「リアム様~、いつも美味しいお菓子をありがとうございます~。今日は私の手作りクッキーを持ってきたので召し上がってくださいませ~」

「へえ、手作りクッキーか。君はこの前転入してきた男爵令嬢だよね。側近から聞いているよ。彼らにも差し入れしてくれたそうだね」

「はい~。みなさん喜んでくださって~。リアム様もどうぞ召し上がって…」

「あ!すまない!もう時間だ。今日はちょっと予定が立て込んでいるからこれで失礼するよ。このクッキーは後でゆっくりいただくよ。ありがとう」

「あ…!リアム様!」

スッ、とクッキーの包みを1つ掴んで立ち去るリアム王子に取りすがろうとした男爵令嬢は、ファスティーネにお説教されていたはずの子爵令嬢にぶつかって、残りの包みを落とした。

「あら?リアム王子殿下はもう退席なさったの?お菓子は今日は無かったの?ん?貴女の持っている包みは何?お菓子?」

「そうだけどあんたになんかあげる訳ないでしょ!あげる相手はもう決まってんのよ!」

「あら。誰にあげるの?」

「あんたに関係ないでしょ!もう!最悪!地面が乾いていたから良かったけどスカートに砂が付いちゃったわ!」

「そうね。落としたクッキーにも砂が付いたんじゃない?捨ててあげましょうか?」

「かまわないで!」

お尻をポンポンとはたいてクッキーの包みを集めた男爵令嬢は、令嬢たちが呆れている中をズンズンと大股で立ち去った。




そしてその夜、王宮の一室では。

「あの子、かわいいわね。リアムが気に入るのも分かるわ。ドーナツを食べている時のふにゃけた顔ったら、もう!餌付けしたくなるわ」

「あ!それで捕まえてたの?ズルいな。僕も見たかった!ドーナツか…学園に持って行くにはハードルが高いな…」

「そうね。油が浸みそうよね、じゃなくて!結果は?」

「クロだね。側近たちから回収したクッキーと同じ禁止薬物の成分が出た。僕のはちょっと濃度高めかな。悪意感じるな~」

「やめてよ、語尾伸ばすの。あんな子の真似しないで。あの子の後ろにいるのは男爵なんかじゃないでしょ?辿れそう?」

「側近たちに手出してる間に探れたからね。“将を射んと欲すればまず馬を射よ”作戦の弊害だね。こっちは狙われる前提でいるんだから猶予を与えるなんて悪手だ」


リアル国は、一方に資源豊かな海を持ち、三方を山々に囲まれた天然の要塞国である。
近隣諸国から狙われ続けているが武力では難攻不落なため、近年では魔女に聖女に媚薬に色仕掛け、何でもござれのハニートラップ路線に切り替わっていた。

そのため王子は、優秀すぎて手厳しい婚約者を煙たがっていると見せかけて令嬢に扮した影や本来の影を潜ませながら令嬢たちの動向を探り、細心の注意を払って中の下の成績をキープしつつ、御しやすそうなスキだらけのお花畑王子を演じていた。
不用意にすり寄ってくる令嬢や、傀儡にしようと嘗めてかかってくる腹黒貴族たちを葬り去ってきた王子の裏の顔を隠して。

側近たちも手品を習得しているので、食べた振りで現物を回収することは朝飯前であった。

「なるほど…今回のはあの伯爵が黒幕なのね。そうか、奥様は隣国の出身だったわね。でも確たる証拠は無いんでしょう?影はリアムに危害が及ばない限りは見張ることしかしないのだから。ということで、スパイをスカウトしたのよ」

「ス…パイ?」

「なんなの、それ。流行ってるの?」

「は?」



ある日の某伯爵のお気に入りの喫茶店にて。

はかばかしい成果を上げない男爵令嬢に苛立っていた伯爵は、大好きなダージリンの香りに癒やされていた。

(誰でも近づけるようでいて、側近たちが厳しくチェックしているリアム王子の傍に侍るのに時間がかかりすぎている。なんとかクッキーは渡せたようだが…ん?あの包みは…なぜ見知らぬ令嬢があのクッキーを持っているのだ?)

少し離れた席に座った令嬢とお付きの侍女は、クッキーの包みをテーブルの上に乗せたまま、メニューを広げていた。

「ちょっと失礼しても良いだろうか?美しいご令嬢。ここは持ち込みは禁止のはずだからしまった方がよろしいと思うが?」

「え?これですか?これは食べ物じゃなくて…目印ですわ。男爵令嬢とここで取引なさってるんでしょう?いつもは本人ではないようですが」

「!」

「目立つのは得策ではないですわ、伯爵。お座りになって。私は貴方の奥様のご実家からの極秘の依頼を受けているのです。あの男爵令嬢ではダメですわ。殿下の関心も得られていません。この包みに入っていたクッキーも召し上がってません。私にくださいましたから」

「……なぜ?貴女に?」

「殿下のお気に入りのハムスターみたいな子爵令嬢のことはご存知かしら?」

「報告は受けている。邪魔でしょうがないと…」

「ふふ。私ですのよ。『今日は時間が無くて王宮からのお菓子は持ってこなかったんだけど、たまたま貰ったからあげるよ』って、いただいたんです。こんなの調べられたら大変でしたわ。私が回収出来たから良かったようなものの…あの男爵令嬢はお切りになった方がいいわ。焦りが見えて、もうボロが出始めています。代わりに私をお使いくださいませ」

「ううむ、顔が良いから使えるかと思ったが、あの王子の趣味がハムスター顔だったとは」

「違います!食べる姿が似てるからです!私はハムスター顔なんてしてません!…わよ」

「まあいい。極秘ということは聞いていると思うが妻は何も知らないのだ。口が軽すぎてな。噂を広めたい時は重宝するんだが。これからもこの連絡方で頼む。あの女、媚薬効果を強めた途端にヘマをするとは…貴女が居てくれて良かった」

席を離れた伯爵が喫茶店を出ていくのを見届けた子爵令嬢はグッタリとソファーに体を預けた。
それを見た侍女が子爵令嬢に小言を言った。

「はしたないですわよ!もう少しシャンとなさい!でもまあ合格よ。なかなか堂に入ってたじゃないの。本式の証拠集めは公爵家の者がするから貴女には陽動をお願いするわ。もうすぐ卒業だし、この機会に他の企みも全部暴いてしまいましょう。これからは殿下にベッタリくっ付いて餌付けされなさいな」

「それはまあ良いのですが…ファスティーネ様はよろしいのですか?私なんかが殿下とベタベタしても」

「むしろ殿下と代わりたいわね。大丈夫よ。私、殿下に愛されてるもの。…証拠はちょっと見せられないけど」

侍女に扮したファスティーネは今も体に残るキスマークを思い浮かべながら言った。
最後の一線は越えていないが、越えてはいない、というだけで、ファスティーネはリアム王子のかなり重めの愛を常日頃から受け止めていた。

「心の中のことに証拠なんて無いですからねえ。でもファスティーネ様ほど美しいと自信も持てますよね」

「…貴女って『含みを持たせる』とか『行間を読む』とかっていうことに疎そうね」

「はい?」



水面下で様々な思惑がうごめく中で日々は流れ、王宮の大ホールでは国中の貴族を集めた夜会を兼ねた卒業パーティーが行われようとしていた。

婚約者のファスティーネをエスコートしてきたまでは良かったが、その後は放置したままお気に入りの子爵令嬢を侍らせているリアム王子に、多くの貴族たちは眉をひそめていた。

事態が思い通りに進んでいるとご満悦な伯爵や、お花畑王子の直轄領を委任されているのをいいことに横領をしている侯爵、王子の傍に娘を侍らせて子爵令嬢のおこぼれに預からせながら情報をねじ込んで他貴族の失脚を狙うもの、逆に情報を奪って裏で不適正な価格で商品を横流しするものなどは、宴もたけなわな中、油断しきっているところに肩を叩かれて別室へと連れられていった。

それらを見届けた王は立ち上がって一歩前に出た。

王妃以外のものたちが全て臣下の礼を取る中に、王の声が響き渡った。

「皆のもの、楽にするが良い。此度の夜会は学園の卒業パーティーを兼ねておるが、もう一つ発表することがある。かねてから懸念されていた王子の立太子についてだが、今ここで、王子の立太子を認め、半年後には婚約者であるファスティーネ公爵令嬢との婚姻、それと同時に即位することを伝える。異議のあるものは多数いるかと思うが、これから学園長がする発言を聞いてから判断してほしい。リアム、ファスティーネ嬢、壇上へ」

リアム王子とファスティーネが新たに設けられた席に落ち着くと、壇上の端に登壇した学園長は話し始めた。

「“お花畑王子と悪役令嬢”でしたか。
リアム王子殿下とファスティーネ公爵令嬢がそう呼ばれていたのは理由があってのことでした。年配の方々に置かれましては事情をご承知の上で口を閉ざされていたことに感謝いたします。今、この国の闇は排除されたようですので、真実をお話しようと思います。
事の発端は、資源豊かで風光明媚な我が国が近隣諸国から狙われていること、王子殿下に対するハニートラップが過激さを増してきたことでした。
本来ならば主席を余裕で取れるほどの頭脳を隠して中の下ギリギリをキープし、令嬢たちの動向を探るために敢えて侍らせる。それがお花畑王子の真相でした。先程まで殿下に侍っていた子爵令嬢はファスティーネ嬢の依頼を受けての事ですので誤解なさらないように願います。
そして、自他共に厳しくて殿下と不仲な悪役令嬢のファスティーネ嬢は自身を悪目立ちさせていただけで、手厳しいながらも愛情に溢れた方で、指導を受けた令嬢は感涙していたそうです。そのことを秘密にさせられていたそうですが、もう解禁して良いとのことです。不仲説も見せかけでありまして、王子殿下付きの侍女の中には惚気に当てられて配置換えを願い出るものもいたそうです。
リアム王子殿下、ファスティーネ公爵令嬢、両名共に自信を持って送り出せる卒業生であることを、この国を任せるに足るものであるということを、ここに申し上げます」

「と、いうことである。まだ異議のあるものはおるか?いないようであるな。今ここに残されたものは善良であると信じている。これからもよろしく頼むぞ!では、パーティーを楽しんでくれ!」

王の言葉で演奏が始まり、ホールはダンスをする紳士淑女で溢れた。

壇上を降りたリアム王子とファスティーネは見つめ合いながら踊り、子爵令嬢はハムスターのように頬を膨らませながら料理を堪能していた。

そして、某伯爵に見切りを付けられた男爵令嬢はファスティーネの厳しい指導のもと語尾を伸ばす話し方を矯正されて、親しくなった同級生たちと歓談していた。

罠に嵌められて散々脅しを掛けられていた男爵は、某伯爵が近衛兵に連れられてホールを出て行くのを呆然と見送ってからずっと呆けていたが、そんな娘の姿を見て涙を流した。

“悪役令嬢”に流させられる涙ってのはなんて暖かいのだろう、と思いながら。














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