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第1話 闇の獣
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「…今日も、また終わっていく…。」
境内の敷地内に咲いている桜の木によりかかりながら、沈みゆく夕日を見つめる。
いつもの日常。
巫女に定められた、日常。
境内の中で生き、境内の中で暮らし、そして…。
そんな考えから目をそらすように目を閉じる。
「……つまらない。」
そんな言葉を漏らす。
誰にも聞いてもらえない独り言。
まどろんでく、沈んでいく。
「…っと、起きなさい。」
誰かが呼んでいる?
「衣坐那戯之巫女!」
「っはい!?」
耳元で私の名前を叫ばれ、目を開ける。
「ったく、夜になったわよ、見回り。」
「あ、あぁ、もうそんな時間なんですね…。わかりました、明かりは持ちましたよね?」
「もちろん持ってるわよ、あんたと違ってあたしは用意周到なの。」
厭味ったらしく、ふふんと軽く鼻を鳴らす彼女。
私の伯母の子供、畏死乃巫女。
彼女も私と同じく巫女であり、私たちと一緒に暮らしている。
「ほら、叔父様方ももう見回りに出てるんだからさっさと行くわよ。」
「はい、とくに何もないとは思いますけどね。」
そう言って重い腰を上げ、軽く土埃を払い、彼女の後を追う。
境内から続く長い階段を下り、集落…、村へと歩みを進める。
「…なにもないっていったわよね、さっき。」
「えぇ、とくに代わり映えのしない、いつもの見回りですよ。」
いつも通り村の端から端へ、見落としのないようにゆっくりとした足取りで。
「…あんたホントに巫女の自覚ある?自覚があるならさっきみたいな言葉いえないと思うんだけど。」
「……なりたくてなったわけじゃありませんし、それに…。貴女や母さん、父さんみたいな神力は私にはありません。貴女だって知っているでしょう?」
「神力がなくたって武装巫女として戦えるじゃない。現にあんたも武装巫女なんだし。」
「正直、気乗りはしませんでしたが致し方なく、ですがね。」
人気のない村を、明かりもない村を、暗闇に落ちた村を提灯の明かりのみで歩いていく。
私が発言をするたびに彼女の機嫌がどんどん悪くなっていくのを表情を見ていないが感じることができた。
どうやら、昔から私と彼女はそりが合わない。
からんころんと私が履く下駄の音だけが響く。
「…前から気になっていたけど、なんであんた神力がこれっぽっちもないのよ。叔父様と義叔母様はあんなに神力の質も量も高いのに。」
「知りませんよ、そんなこと。」
「ほっんと不思議よ。普通の人さえ大なり小なり持ってるっていうのに、あんたの場合完全に空なんだもの。逆に特別よ。七大巫女様でさえこんなことはなかったって言ってたわよ。」
「…言ってましたね、どうでもいいですけど。」
そう言いながら村の端までたどり着く。
軽く息をついて、別の道を通り帰ろうと思った矢先、白い烏が私の肩にとまる。
この印は……。
「母さんの式神?」
烏の口から母さんの声で報告された。
『急いで境内に戻りなさい!今、この村の中に…!』
突然大きな地響きが私たちのすぐ近くで鳴り響く。
「……あんた、逃げ足の自信はある?」
「…ないですね、あなたもご存知でしょう?」
「………そうよね、そうだったわね。」
「…私のことは気にしないで戻ってください…。貴女ならすぐに戻れるでしょう?」
「……何か策は?」
「ないです、あるわけがないでしょう。」
「……叔父様たちに応援をお願いしてくるわ。」
「頼みます、それまでこちらは時間を稼ぎますので。」
「頼んだわよ、村の方から離れて時間を稼いで。」
「……わかりました。」
隣にいる彼女が音を立てて消える。
彼女が得意としている瞬迅の術だ。
父さんたちが来るまで私は一人でこの地響きの主と対峙しなければならない。
…月明かりに照らされ、姿が徐々に明るみになっていく。
そこにいたのは…、大きな黒い獣。
「確かに、退屈とは言いましたが、これはいくらなんでも。」
私の体躯の数倍もある真っ黒な獣がそこにいた。
家にある書物にこの黒い獣の名前が書いてあったはず。
確か、この獣の名前は…。
「闇の獣、ベヒモス…。これは、どう考えても本部の案件でしょう…。」
黒い獣はにたりと笑い、その巨大な拳を私へと振り下ろす。
私の記憶はそこで途切れた…。
「…衣坐那戯!」
次に目が覚めたのは、白い無機質な部屋の中だった。
……ここは確か。
「…本部の病棟?」
「起きたわね!よかったぁ!」
母さんが私に飛びついてきたのを優しく抱き留める。
そのときの反動で私の長い髪がさらりと揺れた。
そして、目につく。
白かった私の髪が、真っ黒に染まっていることに。
境内の敷地内に咲いている桜の木によりかかりながら、沈みゆく夕日を見つめる。
いつもの日常。
巫女に定められた、日常。
境内の中で生き、境内の中で暮らし、そして…。
そんな考えから目をそらすように目を閉じる。
「……つまらない。」
そんな言葉を漏らす。
誰にも聞いてもらえない独り言。
まどろんでく、沈んでいく。
「…っと、起きなさい。」
誰かが呼んでいる?
「衣坐那戯之巫女!」
「っはい!?」
耳元で私の名前を叫ばれ、目を開ける。
「ったく、夜になったわよ、見回り。」
「あ、あぁ、もうそんな時間なんですね…。わかりました、明かりは持ちましたよね?」
「もちろん持ってるわよ、あんたと違ってあたしは用意周到なの。」
厭味ったらしく、ふふんと軽く鼻を鳴らす彼女。
私の伯母の子供、畏死乃巫女。
彼女も私と同じく巫女であり、私たちと一緒に暮らしている。
「ほら、叔父様方ももう見回りに出てるんだからさっさと行くわよ。」
「はい、とくに何もないとは思いますけどね。」
そう言って重い腰を上げ、軽く土埃を払い、彼女の後を追う。
境内から続く長い階段を下り、集落…、村へと歩みを進める。
「…なにもないっていったわよね、さっき。」
「えぇ、とくに代わり映えのしない、いつもの見回りですよ。」
いつも通り村の端から端へ、見落としのないようにゆっくりとした足取りで。
「…あんたホントに巫女の自覚ある?自覚があるならさっきみたいな言葉いえないと思うんだけど。」
「……なりたくてなったわけじゃありませんし、それに…。貴女や母さん、父さんみたいな神力は私にはありません。貴女だって知っているでしょう?」
「神力がなくたって武装巫女として戦えるじゃない。現にあんたも武装巫女なんだし。」
「正直、気乗りはしませんでしたが致し方なく、ですがね。」
人気のない村を、明かりもない村を、暗闇に落ちた村を提灯の明かりのみで歩いていく。
私が発言をするたびに彼女の機嫌がどんどん悪くなっていくのを表情を見ていないが感じることができた。
どうやら、昔から私と彼女はそりが合わない。
からんころんと私が履く下駄の音だけが響く。
「…前から気になっていたけど、なんであんた神力がこれっぽっちもないのよ。叔父様と義叔母様はあんなに神力の質も量も高いのに。」
「知りませんよ、そんなこと。」
「ほっんと不思議よ。普通の人さえ大なり小なり持ってるっていうのに、あんたの場合完全に空なんだもの。逆に特別よ。七大巫女様でさえこんなことはなかったって言ってたわよ。」
「…言ってましたね、どうでもいいですけど。」
そう言いながら村の端までたどり着く。
軽く息をついて、別の道を通り帰ろうと思った矢先、白い烏が私の肩にとまる。
この印は……。
「母さんの式神?」
烏の口から母さんの声で報告された。
『急いで境内に戻りなさい!今、この村の中に…!』
突然大きな地響きが私たちのすぐ近くで鳴り響く。
「……あんた、逃げ足の自信はある?」
「…ないですね、あなたもご存知でしょう?」
「………そうよね、そうだったわね。」
「…私のことは気にしないで戻ってください…。貴女ならすぐに戻れるでしょう?」
「……何か策は?」
「ないです、あるわけがないでしょう。」
「……叔父様たちに応援をお願いしてくるわ。」
「頼みます、それまでこちらは時間を稼ぎますので。」
「頼んだわよ、村の方から離れて時間を稼いで。」
「……わかりました。」
隣にいる彼女が音を立てて消える。
彼女が得意としている瞬迅の術だ。
父さんたちが来るまで私は一人でこの地響きの主と対峙しなければならない。
…月明かりに照らされ、姿が徐々に明るみになっていく。
そこにいたのは…、大きな黒い獣。
「確かに、退屈とは言いましたが、これはいくらなんでも。」
私の体躯の数倍もある真っ黒な獣がそこにいた。
家にある書物にこの黒い獣の名前が書いてあったはず。
確か、この獣の名前は…。
「闇の獣、ベヒモス…。これは、どう考えても本部の案件でしょう…。」
黒い獣はにたりと笑い、その巨大な拳を私へと振り下ろす。
私の記憶はそこで途切れた…。
「…衣坐那戯!」
次に目が覚めたのは、白い無機質な部屋の中だった。
……ここは確か。
「…本部の病棟?」
「起きたわね!よかったぁ!」
母さんが私に飛びついてきたのを優しく抱き留める。
そのときの反動で私の長い髪がさらりと揺れた。
そして、目につく。
白かった私の髪が、真っ黒に染まっていることに。
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