紫煙のショーティ

うー

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二日のフラウ

第二話

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 ──ハルワイブ王国、バルトロマイの寝室──

「──いてて、歳だな」
 翌朝、腰に多少の痛みを覚えてまだ陽の昇らない時間に目を覚ました。隣には一糸まとわぬマリアの姿があり、気持ちの良さそうに眠りについていた。
 俺はマリアを起こさぬようベッドから降り服を着た。夜の散歩、と言えばいいのか。少し夜の空気を吸いたかった。
 ボロボロになっちまったと言えど、この城は石の模様すら思い出せる。
 部屋を出ると壁にかかる燭台のみが廊下を照らす。薄らとした廊下には、ここに来た当初は少し不安を覚えていたが、慣れてくるとこの薄暗さが心地よい。
 玉座の間にでも行くか、そう思うと足が自然と動く。あそこにはいい思い出もありゃあ、悪い思い出もある。まぁ、それもこれもひっくるめてここが好きだったんだがな。
 玉座の間の前に立つと、微かに開いていた。どうやらこんな時間だというのに先客がいるらしい。誰だ?
 そう思いながら扉を開けると、玉座にはアイリスが足を組んで、一人で赤い飲み物を飲んでいた。
 アイリスはこちらに気付くと、やぁ、と笑みを浮かべていた。
「こんばんは、バルトロマイさん」
「おうアイリスか、すまねぇな。中々話が出来ねぇで」
 俺は玉座の前まで歩いていくと、アイリスはにっこりと笑い、グラスを持つ反対の手にもう一つグラスを作り出した。玉座の横に置いていたワインボトルを持ち上げてそれに注ぐと、俺にグラスを渡してきた。
「サンキュ」
「うん、マリアの体の調子はどう?」
 軽く乾杯し、俺はワインを口に含みながらアイリスの心配事を聞いていた。それにしてもこのワイン美味いな。
「ん、まぁ、表面上の調子は良さそうだな。アイリス、お前もだ」
「……はは、やっぱり分かる?」
 無駄に笑顔なんざ作っちまって、空元気なのは見ていて分かるさ。何があったのは聞かないが、世界を相手取り戦っているんだ。辛いのは当然だろう。
「私は魔帝になった事に対しての後悔は一切無いんだよねぇ、けどさ、私ってさ、どうにもダメなんだよね。仲間の死を、中々さ、乗り越えられないんだ。指揮官として、失格だよ」
 アイリスは微かに俯くと、手に入る力が強くなったのかワイングラスにヒビが入る。
 だがそれが戦争だ。それこそが戦争だ。
「……アイリス、俺が慰めるタイプじゃねぇっての分かっていて、そんな事を言うんだろうな?」
 コクリと頷いた。なら遠慮はいらねぇな。ため息を吐きながら、俺はグラスに入っているワインをアイリスの顔にぶちまけた。
「ナマ言ってんじゃねぇぞクソガキが。誰が始めた戦争だと思ってやがんだ、えぇ? 事情はどうあれ、てめぇなんだろうがよ、仲間が死んだから悲しい? 何もしたくねぇ? ざけんじゃねぇぞ」
 俺は嘘が嫌いだ。誰に対しても言いたいことは口に出す。それが、例え娘のように思っているアイリスだとしてもだ。いや、娘のように思っているからこそ、俺はここまで厳しくなれるのかもしれねぇ。
「俺だって元々はこの国の将軍だ、てめぇの気持ちも分からなくもねぇ、昨日喋っていた奴が次の日には居ねぇんだからな。だけどよ、涙を流すのは一度でいい、一度流して切り替えなきゃいけねぇ、それが司令官だ、それがトップってもんなんだよ。いちいち立ち止まってんじゃねぇぞ!」
 アイリスの胸ぐらを掴み、言い聞かすようにして俺は怒号を浴びせ続けた。
 目に涙を溜めて、俺の言葉を聞き続けるアイリスはどうしようもなく可哀想だったが、本人が望んだ事だ。
「……バルトロマイさん……でも、マリアまで今回の戦いで死んでいたかと思うと……っ」
「……はぁ、アイリス、先に謝っとく。すまんな」
 俺は涙を流し、鼻水すら流すアイリスの頬を思いっきり平手打ちをした。
「グダグダ抜かすんじゃねぇ! それでも進め!! 最後の一兵まで!! てめぇが先頭切って突っ走らなきゃ誰が道を示すんだ!? あぁ!? てめぇはハルワイブ最高の戦士である俺が認めた最高に馬鹿な女だ! だからよぉ……ちょいと気張れや」
 胸ぐらから手を離し、アイリスの肩に手を置いて俺は笑顔を作った。
 俺の顔を見たアイリスは顔をクシャクシャにしながら、俺の服に顔を埋めてガキのようにギャンギャンと泣き始めた。そしてありがとう、頑張る、と泣きながらそう決意を新たにした。
 気付けば、夜は既に開けていた。

 今日は忙しかった。アイリスが唐突に今日は宴を開こう、と無茶振りを言い始めたからだ。まぁ、どうやらそれは俺のお見送り会的な要素も含んでいるんだろう。
 ハルワイブの兵士だけでも数百人は居るというのに、果たして料理人は耐えきれるか? はっ、ご愁傷さまだな。
「なんだかバタバタしてますね」
「アイリスはいつもこんな感じなのか?」
「はい、困ったものですが……いつも通りのアイリスが戻ってきて、私はとても嬉しいです」
 俺とマリアはゆっくり休んでいていいよ、とアイリスから仰せつかった事もあり、寝室のベッドの上で寝転んでいた。
 マリアは時折俺にちょっかいをかけてきて、俺にやり返されるとニコニコと可愛らしい笑みを浮かべる。
 今日は一日部屋でゴロゴロという気分だ。と言うよりもマリアと違って俺は翌日に響くんだ。主に腰痛と、腕と腹部と太ももに筋肉痛のようなものが起こってすげぇダルい。やはり歳か。
「そういえば、バルトロマイはあの軍医、フェーゲラインの事をご存知でしたのですか?」
「あぁ、俺が若い頃、帝国との戦線ではあいつが出てくるのを皆恐れていた」
「貴方も何度か戦った事があるのですか?」
「幸いな事に無かったんだ。ある時を境にフェーゲラインが一切出てこなくなっちまってな。死んだかと思っていたんだがな」
 何があったのかは知らねぇが、運が良かった。あの頃に戦っていれば、俺は為す術もなく負けていたことだろう。それほどに奴は強かった。いや、今でも強いのだろう。だからあれほどに俺は苦戦、否、苦戦じゃねぇ。ほとんど負けていたもんだ。
「……恐らく……彼はその時に娘か何を失ったのでは無いでしょうか?」
「ん? なんでそんなこと知ってんだ?」
 そういえばあの時の事を詳しく聞いていなかったな。今は時間もあるし、聞いておくか。
 一体、気を失っている時に何があったのか、フェーゲラインがどのような事をしていたのか、それを問い掛けることにした。
 マリアが言うには、自分が望んだ世界、だそうだ。その世界でマリアは俺と逃げ出して何処かの農村で暮らしていたらしい。
「…………正直に言うと、あの世界は、私にとっては夢のようでした。貴方と共に過ごせたあの世界……ですが、あそこにはアイリスが居ませんでした……」
 あの世界に居た時の感情を吐露するマリアは次第に、声色を落としていった。
「私は……アイリスを犠牲にした世界を「良い」と思ってしまったんです。それが私には、私にとっては屈辱で……アイリスにどんな顔をしたらいいのか、彼女の為に全てを捨てたのに、心の奥底で、それを後悔している自分がいるのです」
「……ふぅん、いいんじゃねぇの? それくらいの後悔を持っててもよ」
「……バルトロマイは後悔、ありますか?」
 後悔か、悔いの残らねぇように命を使ってきたはずだ。いつ死んでもいいように「死ぬには良い日」を送ってきた。
 ふと考える。俺にとっての後悔とはなんだ? アイリスか? いや、それは違うだろう。なら部下か? それも違うだろう。なら、あぁ、後悔なんてない。
「ねぇな。お前を一人残すってのに、後ろ髪を引かれるなんてこたぁねぇんだ」
「貴方らしい、といえば貴方らしいのでしょうね。なんだか悔やんでいる私が馬鹿らしくなってきたじゃないですか、ですので責任をとってください」
「おいおい……」
 マリアが俺の上に転がりながら移動してきて、責任を取れという。元気というか、若いというか。こっちはかなり来てんだぜ。
「……バルトロマイ」
 マリアは俺のシャツのボタンを外しながら、顔を近付かせてきた。今にも唇が触れ合いそうになった時、部屋の扉がノックされる音がした。音の方を見ると、やれやれ、と言った顔のオスカルが扉を開けた状態でノックをしていた。
「いつから居たんですかっ!」
 マリアはまるで猫のように飛び退きながら、シーツの中へと隠れていった。ナイスタイミングだオスカル。
「今っすよ。というか昨晩マリアさんの声結構響いてたんでそこまで気にする必要は──」
「────っ!! 今すぐ行くのでさっさと行きなさい!!」
 顔を真っ赤にしてシーツから飛び起き、手に火の玉を作り出したマリアは、それをオスカルに向けながらそう怒鳴った。オスカル、お前デリカシーねぇな。
 逃げるようにオスカルは言われた通り、部屋から走り去っていくのを見たマリアは、リンゴのように耳まで真っ赤にして、俺の服に顔を埋めてきた。
「……まぁ、何となくそんな気はしてたがな」
「それはっ、貴方がっ……!」
「俺が、なんだ?」
「っっなんでもありません!!!! もうしりません!! 早く行きますよ!!」
 世にも珍しいマリアが見せたガチの照れ姿に、若干胸の苦しさを覚えた。そっぽを向きながら先にベッドから降りたマリアを追いかけつつ、アイリス達が待つ玉座の間へと、ボタンを閉めながら向かう事にした。
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