紫煙のショーティ

うー

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里帰り

第三話

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 魔法と弾丸が飛び交うのは、かつてハルワイブの兵士を鍛えていた修練場、ここでは幾多の兵士が血と汗を流し、自国のために鍛錬を積んでいました。
 しかし今となっては瓦礫の山。もうあの頃の影は見えません。
 アイ、アイリスと同じを姿をした少女、やはり力も彼女と勝るとも劣らず、です。異次元へ干渉する力は強力ですね。
 異次元の武器を幾つも取り出しては使い捨てながら戦っていますが、それがどれほど厄介か。その力と魔法が組み合わさり、更に強力なものへとなっています。
 私がほとんど防戦一方となっていました。
「アンタの防壁、硬すぎるだろう!」
「魔力を何重にも重ねていますからね」
 そう、そうしなければあの弾丸は躊躇い無く私の眉間に穴でも開けることでしょう、だから魔力を攻撃に回すのではなく、防御に回すことでなんとか耐えている、という状況でした。かといってこのままではジリ貧であり、私に勝ち目はありません。
 バルトロマイは、大丈夫でしょうか? 彼に限って負けるだなんて事は有り得ません、私は彼を信じていますし、約束も一方的に取り付けたんです。死ぬなんて──
「まだ戦っていたのか、アイ」
「な、ぜ……貴方が、ここに」
 血濡れた白衣を腕にかける男が修練場の入口から歩いてきました。彼はバルトロマイと戦っていたはずです、彼が来たという事は。
 嘘です。そんなはずはありません、だって、彼は私の知りうる中では、彼が、まさか。
「バル、トロマイ……は」
「惜しい戦士、だった」
 あぁ──私は残酷な事をしてしまったのではないでしょうか、彼に、バルトロマイに安らかな死をあげられなかった、二度も苦しい思いをさせて殺してしまったのです。私は、残酷です。
 気付けばその場に膝を着いていました。再び彼を失ってしまった、しかも私のわがままによって、苦しみを抱きながら。
「……壊れたか、こうなってしまえば元には戻れん。医者としては、病や精神を犯された者を放っておくことは出来ん」
「……殺してください」
 私はそんな事を口走っていました。もう、ダメです。彼を殺すに等しい行為をした私を、私が許せませんでした。
「……仕方あるまい、アイ、苦しまずに送ってやるといい」
「あいよ」
 アイリスの為に全てを捨てた、国も、友も、地位も、人生も、悔いはないはずなのに、なのに何故こんなにも涙が止まらないのでしょうか。
 私を殺すのはアイリスと同じ顔、許してください、アイリス、貴女を再び悲しみの底へ落とす事へなるというのに、私の心は、貴女よりも彼を選んでしまったのです。
「言い残す事はねぇか」
「……ありません」
 アイがサーベルを振り上げ、それを躊躇い無く振り下ろそうとした瞬間、私は体がふわ、っと浮き上がる感覚を感じました。
 目を瞑っていたため、何が起きたかわかりませんでしたが、目を開けると目の前には彼の顔がありました。
「あぁ……! バルトロマイ!!」
 彼は死んでいなかった、生きていた、涙を流す私は彼にしがみついていました。
 そして何処からともなく大勢の人間の雄叫びが聞こえてきました。
「何事だ」
 その声の主らは私達が育てた兵士達の声でした、何処かに隠れていたのでしょう、オスカル達の騒動に乗じて攻め入ったきた、という所ですかね。
「バルトロマイ!」
「おう!」
 彼の名を呼ぶと、私の意図を理解したかのように二人を放って走り始めました。
 この城は複雑であり、それは敵に侵入された際に惑わす為ですが、まだ支部としてから間もない帝国の兵士達にとっては、まるで迷路のように感じるでしょう。
 私は時折現れる帝国兵を魔法で蹴散らしつつ、バルトロマイにしっかりとしがみついていました。
「城門まで駆け抜けてください! 後で治療してあげますから我慢してください!」
「かぁー! 泣きついてきた時はちょっと可愛げがあったっつうのによ! 意識が途切れそうなんだよ!」
「あぁもう! 筋肉ダルマでしょう! そんな傷程度唾でも付けとけば治ります! ぺっぺっ!」
「うるせぇ、てかきったねぇなあ! 魔法が無きゃ何も出来ねぇ貧弱女が!」
 久々にする彼との罵詈雑言の豪速球ドッジボール、それは他人が聞けば耳を覆いたくなるものでしょう。ですがこれは私達にとっては、日常茶飯事であり、なくてはならないものなのです。
 そうこう罵倒し合っていると私達は城門の内側まで辿り着きました。門の向こうには今すぐにでもこじ開けてやろうと、ハルワイブの兵士達が何処から持ってきたのか、破城槌を城門に叩き付けているのです。
 それを防ごうと城壁からアイが出したのでしょう武装で撃ち下ろしている帝国兵、どちらに味方するかなど火を見るより明らかです。
「マリア! やってやれ!!」
「任せてください」
 バルトロマイに地面に降ろしてもらい、地面に落ちある小石を数個手に取り、それを魔法によってとある物質に変化させました。そしてそれを門に向けて投げつけると、衝撃波を起こしながら爆発し城門や城壁が音を立てて崩壊していきました。
 一瞬の事で何が起きたか分からない帝国兵と、ハルワイブ兵の前に立つ私達。
「し、将軍閣下!! マリア様!!」
「てめぇらが心配で地獄から舞い戻ってきちまったぜぇ!! 全軍! 進めぇぇ!!」
 士気とは軍隊にとって必要不可欠なモノなのです。どれほど強大な武装をしていたとしても、士気が低ければ勝てる戦争に勝てません。
 私達は踵を返し、雄叫びを上げる我が兵士達を率いて、再び場内へと攻め込むのです。
 この城は、この国は、ここは私達の家です。誰も土足で踏み入る事は許しません、とそう兵士達を鼓舞しながら私達は進んでいきます。
 そして何よりも期待出来るのが、魔帝の手の者が帝国を攻撃しているのではなく、ハルワイブ王国の兵士達が、正面切って帝国に喧嘩を売ったという事実、これを上手く扱う事が出来れば、私達の方へと国民を流す事が出来るのでは無いでしょうか?
 廊下を突き進んでいると、横列した帝国兵がこちらに銃口を向けて待ち構えていました。先頭を歩いていた私は防壁を張ろうとしましたが、それはしなくても良かったようですね。
 そういえばワイバーンが肉食だという事を忘れていました。廊下の壁を突き破った数十体のワイバーンが、帝国兵を貪り食い散らかしてい姿を見るまでは。
「ご苦労さまです、オスカル」
「ほんと苦労しました、それにしても将軍、派っ手にやられてますなぁ! ツケが回ってきたんじゃないですか?」
「うるせぇ、てめぇ後で覚えてろよ」
 ひゃー怖いですな、とケラケラ笑いながら早めの晩御飯を終えたワイバーンに乗る竜騎兵達は、残敵掃討をしてきます、と城内を飛び回りはじめました。
「アイリスはあいつの事、どう思ってんだ?」
「悪くは思ってないでしょう、傷心中のアイリスに付きっきりだったのですから……今すぐにでも彼女の元にでも文字通り飛んでいきたいのでしょう」
「まぁ、オスカルにならアイリスを任せてやれるがな」
 随分と買っているのですね? と私は悪戯っぽく笑いました。それを見たバルトロマイは苦笑して肩を竦めました。
 さて、兵達や竜騎兵達のおかげで城内の帝国兵は数を減らしています。残るはフェーゲライン、そしてアイだけでしょう。大人しく撤退してくれそうな二人ではありませんが。
 そうこうしている内に、再び玉座の間に辿り着きました。兵の損耗は軽微に留まっています。
 バルトロマイの傷をようやく治癒してあげて、既に日が落ちきっている事に今更気付きました。
「うっし、行くか!」
 両開きの門のような扉を蹴り破るバルトロマイの後に続き、中に入っていくと二人の軍医と魔法使いは居ました。
「ようやく来たか、待ちくたびれたぜ?」
「お待たせさせてしまったようですね」
「借りを返させてもらうぜフェーゲライン」
「諦めんか、良い気概だ」
 お互いが相手をする敵の前に立ちました。リベンジマッチと行きましょうか。
 兵達を壁際に立たせて、被害がいかないように彼等の周りに防壁を張りつつ、アイに振り直りました。
「さぁ、やりましょうか」
「あたしはいつでもいいぜ、かかってきな。無粋なモンは無しだ」
 そうアイリスと同じ笑みを浮かべるアイは腰にぶら下げているサーベルを抜き、切っ先をこちらに向けてきました。どうやら、本気のようですね。
 男達はお互いの得物を構え、間合いを見極めている状況ですね。誰かが動かなければ、ここの時間は止まったままでしょう。誰が動くのでしょうか。
 誰もが息を呑む緊迫した状況、心臓の音色すら聞こえてきそうですね。そんな事を心の中で思っていると、先に動いたのはフェーゲラインでした。
 それを皮切りに私達も死合を開始しました。リミッターを外したかのような、高威力の魔法をお互いに撃ち合いました。
 剣士が刃で対話をするように、魔法使いも魔法で対話をします。
 私は得物を持っていない分、距離を取りながら戦おうとしますが、アイは魔法よりもサーベルを使用している為、接近しようと試みています。勿論そんな簡単には詰めさせませんが。レオンハルトの秘蔵子と言われていた通り、大した剣捌きです。
 もし、もしも私がここで命を落とせば、アイリスは二度と底から上がってこられないでしょう。それを、知っていながらも先程私は──いえ、忘れましょう。今は目の前の事に集中しなくて。
 私がそんな他の事に余所見していたためか、アイの接近を許してしまったのです。
「なんだか上の空だなぁ!」
「っ! まず──」
 咄嗟に防壁を張ろうとしましたが間に合わず、私は肩から腹部にかけて、アイのサーベルに斬られてしまいました。なんとか体を引いて致命傷は避けましたが、斬られるというのは、やはりとても痛いですね。
「っち、反応の良い奴だなっうぉ!?」
「仕返しです」
 氷の刃を手の中に作り出し、私は油断していたアイの横腹に突き刺しました。串刺しは避けられましたが、私と同じかすり傷程度は与えました。
 そこで私達はお互いに距離を取り、ふと男達の戦いに目をやりました。凄まじいものです、バルトロマイは幾つも剣を折られていますが、その度に周辺に居る兵士から剣を投げ渡されて、戦い続けているのです。
 火花が幾度も幾度も飛び散り、そこだけ別次元なようでした。綺麗な花火ですよ。
「バルトロマイ! また負けたら私もあの世に付いていきますからね!」
「やめてくれ! あの世にまで付いてこられた日にゃ騒がしくて死にきれねぇや!」
 応援をしつつ、私はアイの方へと向き直りました。ラブラブだな、と呆れたような顔でこちらを見てきていましたが、当然です、と胸を張りました。
 さて、男達の動きも刃と刃がぶつかり、動きを止めました。
「先程とは段違いだな……久方ぶりに汗をかいた」
「嫌味かよ」
 だがそろそろ、とフェーゲラインはメスを白衣の懐にしまい込むと地面に手を付きました。今となっては使うものは、ほとんど存在していないとばかり思っていましたが、魔道による古い術、強力でありながらも類まれなる記憶力や集中力が必要となるそれは、自然と手頃な魔術、そしてそれをより簡略させた魔法の登場によって廃れていったのです。
「私は医者だ、苦しむ事の無いよう、安らかに眠ると良い」
 っ、なんでしょう、意識が、何処かに引っ張られていくように遠ざかっていきます。しかし、何故か、とても心地よい、これはまずい──
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