紫煙のショーティ

うー

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里帰り

第二話

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「てめぇ俺の娘に手出してるそうだなぁ!! オスカル!! いい度胸してやがんなぁ!!」
「前にも言いましたがね! 将軍の娘じゃないでしょう!? いだだだ!! 決まってるっす! 関節が! あぁぁ!!」
 あの頃に似た光景が目の前に広がり、それを微笑みながら眺めていました。
 初めは驚いて微妙な雰囲気が流れる宿でした。しかし、尊敬するバルトロマイが期限付きとはいえ蘇ったのです。元々バルトロマイの部下であるオスカルも泣いていました、まぁ、今は関節を決められて違う意味で泣きそうになっているんですがね。
 私達の拠点となっている宿はほぼ貸切状態です。なんせ竜騎兵達を全員詰め込んでいるのですからね? ですが曲がりなりにも私達はこの国の元兵士、身バレの心配はありましたが、ここの店主に「宿をお借りします」と懇切丁寧に頼み込んでお貸し頂いたのです。優しい人でしたね、今は土の中でしょうかね。
「さて、皆さん、お遊びも程々にして……そろそろ話をしましょうか」
「ってぇ……っつっても、帝国兵を全員追い出すんすよね? 南方大陸支部として活用している城を落としゃぁいいんじゃないんで?」
「相変わらずバッカだなお前、俺達は一度国民を裏切ってんだぞ? ハルワイブ王国軍の中枢を担っていた、俺とマリアがな、人望の厚いアレクサンダーも処刑されたと聞いた、混乱を収めたのは紛れもない帝国だ。反帝国感情は確かにあるだろうが……裏切り者を赦すほど、人間ってのは聖人君子ばっかじゃねぇだろ」
 そう、城を落とすのはやろうと思えば簡単ではあります、内からはどうしても脆いのですから、忍び込んでしまえばこちらのものですから。
 ですが難しいのはその後の処理であり、どうにかしてこちら側に流れるようにしなくてはいけません。
「俺が手を貸せるのは今日から三日間だ……城に忍び込み、総司令官を倒し、帝国を完全に撤退させ、国民に魔帝を受け入れさせる」
「聞けば聞くほど無茶っすねぇ」
「そして、帝国の南方支部長はかなりの腕の持ち主と聞きますし、頭も回るようです」
 オスカル達に集めてもらった情報を纏めました。対魔帝軍として魔法使い等の増強、兵器の製造、武装の一新、これらを短期間で滞りなく済ませたと言うのです。南方支部、支部でありながら帝国の中央軍と同等、いえそれ以上の戦力を有しているというのですね。
 そして、小さな魔帝とも言える存在……正直こちらの方が私としては厄介ではありますね。アイ、同じ魔法使いとして腕が鳴ります。
「動くなら早い方がいい、こっちは如何せん少人数だからな、敵地っつうことも加えて持久戦は不利だ。やる事は決まってるんだ、後はやるだけだ」
「分かりました、それでは竜騎兵とオスカルは撹乱をお願い致します。私とバルトロマイはその間に城に入り込み、敵司令官を討ち取ります」

 その日の夕方、私とバルトロマイは城に繋がっている、一部の者しか知らない地下通路に繋がっており、森の中にある木の生え際に作られた入口の前で、オスカルらが騒動を起こすのを待っていました。
「バルトロマイ、軽めですが食べ物を持参しています、食べますか?」
「ん、あぁそうだな。ちょうど小腹が空いていた所だ」
 それは良かったです、と私は懐からポーチを取り出して、中から包みに覆われたサンドイッチを彼に手渡しました。
「あぁ、懐かし……ん? そういや、お前料理の腕……」
「ほら、食べなさい早く」
「……Oh」
 バルトロマイは私の作ったサンドイッチを一口で食べると、親指を立てました。何処か上の空なような気もしなくはありませんが。
「……こうしてると昔を思い出しちまうな、お前がまだ乳臭いガキの頃の事をな。あの頃は俺の後ろを着いてくるだけだったのになぁ」
 もうかれこれ十年ほどの付き合いになります。私がまだ十歳にも満たない年齢の時から、彼は私の親であり、兄であり、友でした。そして、私の──いえ、これは既に叶いません。もう、捨てましょう。
 さて、そろそろオスカルと竜騎兵達が騒ぎを起こすはずです。私達は地下通路へと入っていきました。
 この通路は緊急時に使う何処の城にでもある通路なのですが、私が信頼出来る兵士に清掃させていました。しかし、今では埃が地面に溜まり全く手入れされていないのが分かります。それは帝国がこの通路の事を知らないということを物語っていました。
「バルトロマイ、出口は近いですよ。覚悟はいいですか?」
「誰に聞いてやがんだ」
 愚問でしたね、と肩を揺らしていると、私達は梯子が付けられた一番奥の壁へと辿り着きました。
 彼は躊躇無く梯子を登っていきました。男らしい人ですね、やはり。
 ここを登っていくと玉座の後ろに出る事が出来ます、誰かが座っているとは思いませんが、座っているとすれば帝国の司令官か、ふざけた若い兵士でしょう。前者であれば嬉しいのですがね。
 さて、バルトロマイが出口まで登り、ゆっくりと床を上げていきました。暗い場所に居たため眩しい光が目を刺してきます。
 彼が外を確認すると、静かに上がってこい、と合図してきたので、その通り玉座の間に上がると話し声が聞こえてきました。
「……ワイバーンを使った一撃離脱戦法、か。あの娘の戦力は凄まじいものだな」
「まぁ、あいつは何かと人を惹きつける、良くも、いやこちら側したら悪くも、人たらしさ」
 私達は影に隠れながら、一人は以前城に来たアイという、アイリスに似た少女だと分かりますが、もう一人は口振りからしてアイリスの事を知っているようですが。
「アイ、ワイバーンの迎撃をしてくるといい」
「あいよ、あんたは出てくんなよ、指揮官殿」
 カツカツと軍靴の音が離れていき扉が開いて閉まる音が聞こえると、指揮官殿と呼ばれたものが玉座にかけていた白衣を着込み、声を上げました。
「盗み聞き、とはあまり良い趣味とは言えんな」
「……ッチ、やっぱり初めから気付いてやがったか……まさかとは思ったが、かの高名なフェーゲライン大佐殿と相見える事が出来るなんてな」
 私達は彼の前に出ていき、武器を構えました。バルトロマイは彼の事を知っているそうです。
「ハルワイブにその者あり、と謳われるバルトロマイ将軍とお見受けするが……そうか、黎明の魔女の魔法か……死してなお戦を求めるか」
「はは、光栄だなぁ! マリア! こいつぁ俺に任せろ! てめぇはあのちっちゃいのを止めろ!!」
 どうぞと言わんばかりに道を開けるフェーゲラインと呼ばれた男は、私なんて目に入っていないようでした。バルトロマイにしか興味がないようですね。
 開けてくれると言うならば行かない理由はありません。
「バルトロマイ、死んだら承知しませんよ」
「はっは、誰に──」
 私は彼の唇を奪い、そのままアイを追いかけていきました。気持ちに気付いて貰えたでしょうか──


「男冥利に尽きる、か」
「うるせぇ」
 ったく、んな事されたら死にたくなくなっちまうだろうがよ。三日しか生きられないって言うのに、生きたくなっちまう。
「貴様に勝ち目は無いが、良いだろう、相手をしてやろう」
「けっ、その涼しい顔を切り刻んでやるよ!」
 俺は豪剣と呼ばれていた斬撃をフェーゲラインに向かって放った。だが、奴はそれを易々と受け止めた。武器なんざ持ってなかったはずだが、何処から出したのか指の間に三本のメスが挟まれており、それで受けてやがった。
「流石、だが足りんな……やはり噂は当てになるものでは無いな」
 押そうとしているが全く動かない。まるで大木と押し合いをしているみたいだ。
 フェーゲラインのもう片方の手には既にメスが同じように挟まれており、それを俺の顔に向けて爪のように振ってきた。離れようとしたが、足のつま先を踏まれており離れようにも離れられなかった。
 上半身を後ろに仰け反らせて、何とかみじん切りになるのは避けた。そしてその状態から剣を横に斬り払った。当たるとは思っていなかったが、足を退けてもらうためにだ。
「良い戦士だ、肉体的にも精神的にも、な……鍛え方が素晴しい、無駄な筋肉は付けず、必要な部位だけを均等に鍛えている」
 白衣を舞わせながら後ろに下がるフェーゲラインは俺の事をそう評価しつつ、だが、と言葉を続けた。
「全盛期なら私も遅れをとっていただろう……しかし、君は戦士としては老いすぎた。老いとは戦士にとって非常に厄介なものだ、脳の反応速度が衰え、筋肉も昔と違って落ちる一方、視力や体力、その他諸々全てが劣化の一途を辿る」
 フェーゲラインのメスが届くはずもない、しかし俺の肩には奴の得物が刺さっていた。動作すら見えなかったぞ。
「っ、いつの間に……!?」
「残念だ……これすら見えんか」
 何故だ、奴は突っ立っているだけだ。それだと言うのに、まるで透明にでもなっているようにメスが見えない。気付けば俺の体には、数十本以上のメスが突き刺り、血が止めどなく溢れ出ていた。
「……はっ、蘇らせてもらっときながらこの体たらくかよ、情けねぇ……情けねぇな」
 ここまでやられるのは久々だ。だが短いとはいえマリアに貰った二度目の人生だ。無駄に出来るはずがねぇし、奴は死ぬな、と言ったんだ。この俺に。なら、約束を守るのが男ってもんだろう。
「私は医者であり精神論などは信じない方だが……何を貴様を突き動かす」
 俺が全身に刺さったメスを抜き取り、再び剣を構えると理解出来ない、と言った顔でフェーゲラインは問い掛けてきた。
「簡単だ……っ女に前払いありの約束を一方的に取り付けられちまったからなぁ……んなもん、死ねるわけねぇだろうがぁぁ!!」
 もう小生意気な剣術など振るえない。だがしかしそれでも振らなきゃいけねぇ、切っ先を下げるわけにはいかねぇ。
 ほぼ勢いのみで剣を振るうが、そんな剣ではフェーゲラインには届かず、奴は簡単に避ける。
「っ避けてんじゃねぇ!」
「もう良いだろう」
 奴の胸を真っ直ぐ突き刺そうとした。だが三本のメスの隙間を使い、フェーゲラインによって俺の剣は折られてしまった。
 そして、俺の胸に深く三本のメスが突き立てられると、俺は立っていられずその場に背中から倒れてしまった。
「……安らかに眠るがいい、バルトロマイ。良い勝負だった」

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