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我が名はドラクル
第二話
しおりを挟む「お姉ちゃん! 早く早く!」
数日の内に青白かった顔は、赤みを取り戻し元気になった少女が、我の手をグイグイと引っ張り、町を駆けてゆく姿に我は、我らしからぬ笑みを浮かべていた。
「待て待て、もう少しゆっくりしろ」
「うん!」
はぁ、はぁ、と息を切らし、我の隣に楽しそうに並び歩く少女と、我等の後ろに保護者のようにして付いてくるマティルダ、ふふ、何故だか楽しくなってきたな。
「ねぇねぇお姉ちゃん! これなに!?」
何もかもが目新しい少女は肉や野菜を鉄の棒に刺し、タレで焼いた物を指差しヨダレを垂らしながら、こちらに振り向き、そう問いかけてきた。
「食べたいのか?」
「ダメ、かな……?」
少女の恥ずかしそうな顔と上目遣いには勝てず、我は人数分のそれを買ってしまった。
「はふっはふっ! んー! ふふぁい!」
「それは良かった」
幸せそうに肉を頬張る少女の頭を撫でていたが、マティルダに肩を掴まれた。
入れ込み過ぎよ、と訴えかけてくる彼女の目に我はハッ、とした。自身の任務を忘れていた訳では無い、優先すべきはアイリスだ、だがしかし──
「我はこの娘を、放ってはおけん……」
「何を貴女がそこまでさせるというの?」
「分からん……だが……」
何故だろうか、何故、我はこんなにこの娘を放っておけないのだろうか。我は人とは違う身であり、上位種であるドラゴン、それが劣等種である人間の小娘風情に心を揺さぶられているというのだろうか。
「居たぞ!」
そんな声と共に、少女の叫び声が聞こえてきた。この国の憲兵らしき集団が少女の身柄を拘束していた。
「おいその娘から手を離せ」
頭がリスクを考える前に我は少女の腕を掴む憲兵の腕を掴んでいた。
どうやら通報されたようで、少女が施しを受けていた事を見られていたのだ。
「貴様らだな、国民の義務を全う出来ぬ乞食に施しを与えた犯罪者共は!!」
「あぁそうだ」
「この国ではそれは死罪を意味する! この場で斬り捨てられても文句は言えんぞ!」
抜刀しようとする憲兵達だったが、何処からか響いた女の声を聞くと、その手を直ぐに話し敬礼をし始めた。
「今回の件、私が預かろう!」
「ナグモ様!? し、しかしこのような事で貴女様の手を煩わせる必要は……」
「何、気にするな」
ナグモ、この国の王だったか。彼女のおかげでこの場は何とか収まったが──
見たところ剣士のようだ。爆発的な瞬発力を可能にするであろう下半身、強烈な一撃を打ち込めるであろう上半身、衣類の上からでもそれらがハッキリと分かる。女だと思って舐めてかかると、死ぬ。
「……それで、我等はどうなる」
「古く腐食しきった柵だ、どうもせんさ」
「……ふん、とても国王の発言だとは思えんな」
この女、我の力量に気付いたのか眼光が鋭いものへと変化した。隙が無い、我が身が武者震いを起こすとは──体中の筋肉が強ばってしまう、爪が鋭くなってしまう、笑みが浮かんでしまう、抑えていなければ今すぐにでも飛びかかってしまいそうだ。
「……お姉ちゃん……」
だがそんな状態も少女の一声ですぐに解除されてしまった。怖がる少女を抱き上げ、安心させるように抱き締めた。
「戦意は……ないようだな」
「この娘を巻き込むわけにはいかん」
「ふふ、安心しろ。私は手を出さない……だが気を付けろ、この国の伝統を重んじる素晴らしい精神は、良くも悪くも根付いているからな」
それだけ言い残すとナグモは人混みの中へと去っていった。だが彼女の言いたいことはよく分かった、視線を感じ始めたからな。
我にではなく、少女への視線だ。この娘が貧民だと知ると、先程まで気にもしていなかった者達が蔑みの目を送ってきているのだ。
「早いとこ宿に戻るわよ、ここは危険よ」
「あぁ、この娘に危害を加えさせるわけにはいかんからな」
我等は足早に町の中心部を後にし、宿に戻った。だが噂は千里を走るとは言ったもので、その宿の主人にも騒動が耳に入っていたのか、荷物を纏めて出ていくように言われたのだ。
そしてそこから何処の宿を尋ねても、我々を泊めてくれる場所はなかった。
数日後、我等は貧民街と呼ばれる城下町から離れた地区に辿り着いていた。少女のような者にこのような場所は危ないと思っていたが、どうやらこの貧民街は租税を払えなくなった者が暮らしていることから、仲間意識が高く、この少女もここで皆の娘として大事に育てられていたそうだ。
そして我等は貧民街を取り仕切っている、老年の男と話をしていた。
「リンはあちらに憧れを抱いておりましてね、こちらを抜け出しよくあちらに行くのですよ、何時もは何事も無く帰ってくるのですが……今回は道に迷ってしまった所を貴女方に助けてもらえたから良かったものの……」
頭を抱える老年の男の心中を察すると、何故だか共感出来るな。
「何もない所ですが、良ければゆっくりとして行ってください、リンが貴女に懐いているようですし」
「こちらとしても宿を提供してくれるのは願ってもいない事です、知らぬ町で野宿など、真っ平御免ですから」
我はリンを膝の上に乗せながら二人の話を聞いていた。やはり元皇族であるマティルダは余所向きの顔ぐらいは出来るようだ。
「貧民街の北側にある唯一の二階建ての建物、そこの一番右端の部屋を使ってください」
老年の男に感謝の言葉を述べて家を後にした。そして我等は三人で言われた通りの建物に向かいはじめた。
その間、マティルダからはここでは問題を絶対に起こさないようにと念を押されたが、そんな事をするはずがないだろう、と一応返しておいた。
さて、この貧民街はザルモガンドが建国してすぐに形成されていき、二百年ほどの歴史を持つそうだ。これでも多少はマシにはなったらしい。約十年前まで貧民は奴隷同然の権利しか無かったが、先代の国王がそれを緩和したそうだ。だが、それでも国民の意識までは変えることが出来ず、富民街でのあの不愉快な視線がそれを物語っていた。
「現在の国王は何とかしてそれを変えようとしているみたいだけど、そう簡単には無理に決まってるわ」
「あぁ、かと言って法でそれを強制すれば反発がある……伝統を重んじる精神、か」
「……ねぇねぇお姉ちゃん達はいつまでここに居てくれるの?」
ふと、リンがそんな事を聞いてきた。いつまで、か。我はその問いに答えられなかった。代わりにマティルダが答えた。
「私達は用事でこの町に来たの、それが終わったらすぐに帰るわ」
「そ、っか……ずっと一緒は……ダメなんだね」
マティルダの言葉に下唇を噛み締めて、涙を我慢するリンを見て、我はすぐにフォローの言葉を繋げた。
「いやだがしかし、その用事が明日明後日終わるというわけではない、それまでは共に過ごせるだろう?」
うん、うん、と何度も頷き、我の服に顔を埋めるリンが愛おしくて仕方がなかった。
だが彼女との日々がそう長く続かない事は、薄々と感じていたのだ。それを振り払うかのように、毎日のようにリンを可愛がった。まるで自身の娘であるかのように。
とある日、アイリスとオスカルの捜索を終えた一日の終わり、リンは未だ部屋に居なかった。いつもなら我が部屋に戻れば、一目散に抱き着いてくるというのに。
たまにこんな日もあるだろうと、我はリンが帰ってくるのを待っていた。しかし、一向にその気配は無い。
「あの子、随分と遅いわね」
「……胸騒ぎがするな」
「そういえば、今夜は富民街の方で建国祭があるとか耳にし──まさかっ」
まさかその建国祭を見に富民街の方に行ってしまったのか? そう二人で顔を見合わせるとすぐに富民街へと走り出した。
富民街に辿り着く頃には、既に町は文字通りのお祭り騒ぎであり、人間でごった返していた。これではあの小さなリンを見つけるのは難しい。だがそうも言ってられず、我等は人混みの中をリンの名前を呼びながら歩き回った。
何も無ければがいいが、と心の中で懇願するように思っていたが、そのささやかな願望は我にとっては、どうやら大きすぎたようだ。
我とリンが初めて出会った場所に、リンはあの時と同じように、建物と建物の間に居た。あの時と違うのはリンが見るに堪えないほど傷だらけだという事だ。
「リン!!」
「……お姉、ちゃ、ん……こ、れ」
顔を腫らし、目もほとんど見えていないだろうリンは、自身のポケットから安物だと、一目見て分かるほどの何かの動物の羽で作られた耳飾りを、我とマティルダ、そしてリンの三人分のそれを取り出していた。
「お、か……ねっ……っためてかったのっ……三人、でっ、おそろい……」
「……リン……お前……」
我はリンを抱き締めた。我等に贈り物をしたくて、こんな日に一人で、こうなることは予想出来ただろう。それなのに──
「おい誰か治癒魔法を使えるやつはいないのか!」
そう呼びかけるも、誰もが見て見ぬふりをする。傷だらけの貧民、そんな者と誰が関わりたがる?
そんな時、聞き慣れた男の声が我の名を呼んだ。
「ドラクルさん、こんな所で何してんすか?」
「オスカルっ、頼むこの子を、この子を治癒してくれ!」
探していたオスカルが、人混みを掻き分けながら声をかけてきた。我は治癒魔法の使えるオスカルに、すぐにリンを治すように頼んだ。
「こりゃひでぇ……応急処置しか出来やせんが……」
オスカルは何も聞かず、リンに応急処置程度の治癒魔法をかけ始めた。出血は引いたが腫れは引かない。だが痛みは無くなったようで、痛みで歪んでいた顔は穏やかになっていた。
「ふぅ、それにしても、ドラクルさんこんな所で一体」
「あ、あぁ……お前らを連れ戻しに来たんだ」
我はリンを抱き上げてザルモガンドに来た理由を話した。オスカルは少し待ってくれ、と何かあるようだった。
「今、アイリスさんが色々と動いていてな」
「そうか……マティルダにも言っておこう」
「あぁ、頼んます」
そうか、それならばまだリンと共に過ごせる。だがしかし、我はそれを安堵する以上に怒りが強く、眉間に皺を寄せているとリンに頬を触れられた。
「……お姉ちゃん……これ……」
頬には我が真の姿である鱗が浮き出ていた。見られてしまった、だがリンはそれに触れ続ける。そして、カッコイイね、と一言口に出すと気を失った。
「なんだか知らねぇっすけど良かったじゃないですか」
「……我の姿を見れば、リンも離れていくだろうがな」
「どうですかねぇ、子供ってのは純粋ですからなぁ」
オスカルは肩を竦め、口角を上げてそう言ってくれた。我は同じように笑みを浮かべ、ありがとう、と礼を言った。
その後、リンは一週間ほど眠ったままだった。
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