紫煙のショーティ

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オスカル・アイケ

第四話

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 人間とは愛する者の為ならば、どんな事でもしてしまうのだろう。それが本人の望んでいない事であっても、何を望んでいるかなど関係のないことだ。


「っ、オスカル!! 目を覚まして!」
 アイリスさんの声が頭に響く、自身が何をしているのか、何をやっているのか、朧気ながらも理解出来ている。俺が再びアイリスさんに向けて剣を振るっており、それをメアリーの孫は笑みを浮かべて高みの見物をしていた。
 アイリスさんに対して殺意を持って攻撃しているのではない、そんなものこれっぽっちもなく、逆にアイリスさんへの愛憎が増幅していくのが分かり。
「アイリスさん、もういいんだ、あんたが苦しむ必要なんて何処にある? 俺は……あんたがこれ以上悩み、苦しむ姿なんざ見たくねぇんだ」
「……オスカル、私にそんな口を利くんだ」
 違う、俺はアイリスさんのやっている事を否定したいわけじゃない、こんな事を口に出せるわけがない。
 クソ、俺はこんな事したくない、アイリスさんを傷付けたくなんかないんだ。そう強く心の中で思えば思うほど、勝手に動く体は攻撃の手を強めていく。アイリスさんを強く想うほどに。
 なるほど、そういう事か、俺はこの目の呪いを理解した時最悪だ、と心底あの女を憎んだ。こんな趣味の悪い呪いを思いつくなんざ病んでやがる。
「どうですか? 大事な部下に噛まれるのは」
「最低な気分だよ……はぁ」
 アイリスさんは深い溜息を吐き、その後に大きく息を吸い込んだ。そして、まるで耳を劈くような声量で叫んだ。
「オスカル!! 私は目を覚ましてって言ったんだけど!!」
 そして平手では無く拳で俺の左目部分を思い切り、それはもう自分の手のひらから血が流れるほど、思い切り握り締めた拳で殴ってきた。
 すると左目の義眼がポロリと外れ、俺は何とか自身の体を取り戻した。
 手をグーパーと開けたり握り締めながら、体が戻ってきた事を確認しつつ、俺はアイリスさんに礼を言い俺をこんな風にした女を睨みつけた。
「怖いですね」
「さて、この落とし前、どう付けてもらおうかな」
「……いいでしょう、一騎打ちと行きましょうか? 私とそこの隻眼で」
 女は俺の方を挑発的な目で見てきた。馬鹿にしたその顔に腹が立つのを抑えながら、俺は剣を抜いた。アイリスさんは制止するが、ここまで舐められて何もしないのはあれだ、俺のプライド的に許されない。
「はぁぁ……男って馬鹿だよね」
「あぁ、馬鹿だよ。いい格好させてくださいや」
 呆れた顔で肩を竦めたアイリスさんは勝手にしてよね、と少し離れた所に椅子を持っていき観戦するかのように座り込んだ。
 戦いやすいように机や椅子を片付ける女を手伝い、少ししてから部屋の真ん中に向かうようにして立った。
「名前、まだ名乗ってませんでしたねぇ、私の名前はエカチェリーナ、貴方は?」
「オスカル、オスカル・アイケだ」
 よろしくお願いしますよ? と余裕のある表情が一瞬で目の前に迫った。手には大鎌が握られており、それを既に振り下ろすだけの姿勢をとっていた。
 エカチェリーナのあの大鎌を受けられるとは思えない。受け止めようものなら、剣諸共ハムのように裂けてしまうだろう。
 だから奴の攻撃は避け続けるしか出来ない、一瞬だけでも隙があればそこを突ける。それを見逃さないように避けなければいけない。
「そんなに見つめられたら照れてしまいますよ? あぁ、足がガラ空きですね」
 エカチェリーナは大鎌を振り下ろすと見せかけ、俺の足を大鎌の柄で素早く払ってきた。反応する事が出来ずに倒れてしまう俺の頭の横に、大鎌の先が突き刺さった。
「あら、外してしまいましたね」
 どうやらエカチェリーナは遊んでいるようだ。今のだって外す方がおかしいし、俺の焦る姿を見て楽しんでいる。
 俺はすぐに後ろに転がりながら立ち上がり、態勢と息を整えた。だがエカチェリーナが遊んでくれた為、何とか首の皮一枚繋がった。俺の方が不利である事には変わりはない。
 エカチェリーナからは魔法の使用が感じられない。身体強化の類も未使用だ、だとすると相当の筋肉野郎だ。大鎌はその巨大さゆえにどうしても大振りになってしまうにも関わらず、エカチェリーナはそれをまるでナイフの如く振り回して襲いかかってくる。それを避け続けるのは酷く体力を使い、次第に俺は見てわかるほど疲労していた。
「息が上がっていますね」
「誰のせいだと思ってる、お前だよ!」
 何度か反撃を試みたものの、受け止められるか避けられるかのどちらかになってしまう。それに対してエカチェリーナは遊んでいるものの、少しずつダメージを負わせてきている。深い傷こそないが、体の至る所に数え切れないほどの切り傷が作られていた。
 さて、エカチェリーナの笑顔が徐々に真面目な顔付きになっている。彼女のお遊びも終わりなようだ。
「そろそろ飽きてきましたね、次で終わりにしましょうか?」
 今まで片手で大鎌を操っていたエカチェリーナだが、一度立ち止まり俺にそう聞いてくると、両手でしっかりと大鎌を握り締めた。
「申し訳ございません、私、本気を出させていただきます」
 目を細めたエカチェリーナから凄まじい気迫を感じた。無意識に嫌な汗が流れてしまう。だが、ここで怖気付くわけにはいかないな、俺も気を取り直し剣を地面に突き刺した。
「……ふざけているのですか?」
「いいからかかってこいよ」
 俺は拳を構えて中指を立てた。それを見たエカチェリーナはふっ、と呆れたように笑みを浮かべて手加減なしに襲いかかってきた。気付けば背後を取られていた。
「終わりですね」
「あぁ確かにな!!」
 こいつの素早さからして正面から来るなんざ思ってなかった。後ろを取ってくるだろうと踏んでいたが、思った通りだ。でなけりゃ死んでた。
 俺は即座に振り向き、振り下ろされている大鎌の刃線と峰の間を両拳で挟み込んだ。
「やっと捕まえたぜぇ! エカチェリーナちゃんよぉ!! おらぁ!!」
 エカチェリーナの驚く顔をよそに相手の腹部に膝を一発蹴り込むと、今まで涼しい表情をしていたエカチェリーナが顔を歪めた。
 鎌を俺から引き剥がそうとするエカチェリーナに対抗して、俺もめいいっぱい力を入れて押さえていた。ようやく掴んだ隙だ、大事に使わせてもらおう。
 そう心の中でニヤつき俺は相手の首に手を回し、足を絡みつかせてそのまま床に倒れさせた。そこで初めて大鎌から手を離したエカチェリーナに対して、マウントを取り一方的に顔を殴り続けた。
「人の顔に傷を付けやがってよぉ、えぇ? 男舐めんなよおい」
「っ……っロイィ……助けて、っロイっ」
「オスカル、ストップストップ!」
 エカチェリーナの綺麗な顔の原型が、無くなりかけた頃にアイリスさんによって拳を掴まれ、エカチェリーナの上から退いた。その際に一発だけ靴底で蹴りをかましつつ、最後に唾を吐き捨てた。
「……女の子の扱いは……手馴れてるようだね?」
「任せてくださいよ、こう見えて昔はモテモテだったんですから」
 アイリスさんは倒れ込みロイと言う名前を、繰り返し呻いているエカチェリーナの隣にしゃがみこみ話しかけていた。
「ロイはね、死んだんだよ、あの日、あの晩、私を守ってね」
「嘘よ……嘘ですよ……だって、だって」
「私は彼の最期をちゃんと目で見て、彼との約束もしたよ」
 アイリスさんはエカチェリーナの髪を手のひらで撫でると、耳打ちをしていた。なんと言っていたのかは聞こえなかったが、それを聞いたエカチェリーナは涙を浮かべて自慢の彼氏です、と満足そうに答えて気を失った。
「これからどうするんですかい?」
「彼女が起きるまで待とうか」

 日が落ち再び登ろうとする頃、アイリスさんはエカチェリーナの寝室のベッドの横で、椅子に座りながら紫煙を燻らせていた。
 俺は目を覆う布に触れながら、彼女のその姿を眺めていた。思えば彼女がハルワイブ王国にやってきた事が俺達にとって、俺にとっての人生の分岐点だったのだ。
 あのまま戦功を挙げて、どんどん上り詰めて行くのだと思っていた。あぁ、だがそうはならなかった。
 あの小さな体に対する重たすぎる魔王の烙印と、守ってきた国民や仕えていた国王からの明確な殺意を、目にしてきた俺の先程のセリフである「苦しむ必要なんて何処にある」あれは俺の本心でありそして願望だ。
「オスカル、あの呪いの条件ってなんだったの? 気付いたんでしょ?」
「え? あぁ……その、まぁ、なんというかぁ……」
 言葉に詰まってしまう。貴女を愛しています、だから殺してしまいますなんて言えるはずもなく、答えに窮しているとふとベッドからその答えが返ってきた。
「……愛する者に対しての愛情を殺意に変換する呪いですよ」
「……へぇ、それはまた……愛情?」
「そうです、尊敬や信頼とは違う、好きという感情です」
 目を覚ましたエカチェリーナからの説明を耳にしたアイリスさんは、俺の事を見て少しだけ頬を染めた。可愛いなコノヤロウ。
「ロイは……私の全てでした、女遊びが多いのが玉に瑕ですが、それでも最後は私の所に帰ってくるんです……けど……」
「うん、まだ力の無かった私が魔物に囲まれちゃってね……それで、彼は私を逃がすために、ごめんね」
「いえ、彼らしい最期です、そんな人と婚約して、誇らしい、ですね」
 エカチェリーナは俺のせいで腫れた目元に涙を浮かべて、アイリスさんはその頭を撫でていた。
 数十分ほど泣き続けたエカチェリーナは何か吹っ切れたのか目をゴシゴシと擦り、壁に立てかけていた大鎌をアイリスさんに手渡した。
「私はもう貴女を追いません、表舞台にも出るつもりはありません、ですから、持っていってください、餞別です」
「いいのかな? じゃぁ遠慮なく貰っていくよ」
「……あの、最後にお願いを聞いて貰えませんか?」
 そうエカチェリーナは俯きながらアイリスさんに耳打ちをすると、分かった、とアイリスさんは笑みを浮かべた。何をするのか、と見ているとアイリスさんは魔法を発動した。
 何の魔法かは分からなかったが、エカチェリーナが扉の方を見て綺麗な笑みを浮かべたのだ。
「ああ……ロイ、会いたかった」
 アイリスさんはどうやらエカチェリーナに対して恋人であるロイが見えるように、幻術をかけたそうだ。
「エカチェリーナ、もう会うことはないだろうね、さよなら」
 幻覚を見せられているエカチェリーナをそっとしておき、俺らは屋敷を後にした。
 王城へと戻る道中、アイリスさんは呪いの事を聞いてきた。
「……それで、オスカルは私の事……好きなの?」
「そうですね、出来ることならば知られたくはなかったんですがね」
 アイリスさんは俺の一歩前に出ると、こちらの前に立ちはだかった。そして、俺の胸倉を掴みつま先で立つと唇を、自身の唇で塞いできた。
「ん……アイリスさん……?」
「ありがとう、嬉しいよ……だけど私はオスカルの気持ちには答えられない。確かにオスカルには惹かれている部分はあるよ、ずっと一緒に居るからね……でも、私は既に人間じゃないし、同性が好きなはずなんだよね」
「人間じゃないのは関係ないでしょう?」
「……本当にそう思ってるの?」
 眉をひそめて悲しそうにこちらを見つめてくる、アイリスさんのその問いに俺は行動で示した。お返しと言わんばかりにアイリスさんの口を塞いだ。
「っ……本気なんだね?」
「えぇ、俺は本気ですね」
「そっ、か……ありがとうね」
 その時は答えを出さなかったアイリスさんだったが、別にそれでも良かった。想いは伝えられた、後は待つだけだ。
 
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