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オスカル・アイケ
第二話
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目を覚ますと、そこは何処かの浜辺だった。
何やら体が重たく感じ、目を体に移すと、背中におびただしい数の傷を作った我が主様が、俺に覆い被さるようにして倒れていた。
どうやら俺はアイリスさんに助けられたようだ。俺は痛む背中に耐えながら、アイリスさんを陸まで運び彼女の傷口に治癒魔法をかけることにした。
傷を塞ぐ事は出来ないが、止血するぐらいなら俺にでも出来る。
「俺一人の為にこんなになってまで……クソ、アンタ何やってんだよ……見捨てろよ」
「──バカ、家族なん、っだから、見捨てる、訳ないじゃんっ」
辛そうに顔を歪めながらも、アイリスさんは目を覚まし良かった、と安堵した顔で苦しそうに上半身を起き上がらせた。どうやらマリアさんに任せて俺の事を助けに来たそうだ。
俺は体を冷やしてはいけないと思い、適当に乾燥している流木を集め、焚き火をする事にした。ここが北方大陸近くじゃなくて助かった、凍え死んじまう。
とりあえずここが何処なのかを探らなくてはいけない。東方大陸の何処かだとは思うのだが、剣と魔法だけで切り抜けられるかは分からない。
アイリスさんも傷を負って戦える状況ではない。もしも彼女が魔帝だと知れると、さぁ大変だ。なるべく人前で彼女の名は口に出さない方が良いだろう。
「とりあえず体を休めましょう、アイリスさんの怪我はそうすぐに治るもんじゃない」
「そうだね……ごめんね、迷惑をかけて」
「何を仰いますか、さぁさっさと寝てください。アンタの安眠は俺が守るんで」
ありがとう、とアイリスさんは礼を言い、俺は彼女の上半身をゆっくりと横にした。乾かしたジャケットを彼女に被せると、すぐに眠りについた。
そのすぐ後、近くで何かが蠢くのに気が付いた。敵か、と剣の柄に手を添えながら周囲を見回した。
「……まさかこんな所で魔帝様が寝てるたぁな」
「てめぇら……裏切るつもりか」
そこに現れたのはアイリスさんが作り出したキメラ達だ。海洋生物と掛け合わせた為か、体に粘膜のようなものが張っているのが気持ち悪いな。
だがそいつらからは殺気がプンプンしてやがる。どうやらアイリスさんを裏切り、逃亡したようだが運が悪いな俺も。
「魔帝様には感謝してるんだぜ? こんな体にしてくれちまってよぉ……だからお礼と言っちゃぁなんだが、そいつを寄越せ。俺ぁ元々奴隷商人でよぉ……さぞかし高値で売れることだろうさ。まぁ、ちょいとつまみ食いくらいはさせてもらうがな?」
「いい度胸してんな……」
「おいおい、やる気か? こっちには数がいるんだ、いくら質があろうと数に勝るわけないだろう? なぁ、アンタは利口な男だろ? なら分かるよなぁ?」
不愉快な野郎共だ。俺は剣を抜き、アイリスさんを抱き抱えた。
守りながらの戦闘はした事はないが、確かにこれはキツイな。いや体重的な意味じゃないけどな。片手しか使えず、敵は俺を取り囲んでやがる。
「そんなにその女が大事かねぇ……そいつぁ正真正銘のバケモンだぜ? それにとち狂ってやがる」
「黙れよ体液野郎……それ以上何も口にするな。俺の目の前から消え失せろ」
俺は剣を振るい近くにいたキメラを切りつけた。そこからは乱戦だ。アイリスさんを庇いながらの戦闘は少々不利であり、俺の体には傷が増えていった。だが彼女を見捨てて逃げるなんて選択は、ハナから選択肢にすら入っていなかった。
敵の数を減らす速度より俺の傷が増える速度の方が早く、元々本調子では無かった俺はすぐに追い詰められ事となった。
「死ぬよりお金を稼いで遊んで暮らしたいとは思わねぇのか? その女を俺に渡してくれりゃぁ、売上の半分くれぇはお前にくれてやっても構いやしねぇんだぞ?」
「……ハッハッハ! くだらねぇ……愛する女の一人も守れねぇか……くだらねぇ男だなぁ! えぇおい!?」
俺は自身を鼓舞するようにそう叫ぶと、リーダー格であろう俺に提案という脅しを持ちかけてきた男に向け、俺は力を振り絞り切りかかった。
だがしかし、キレの無くなった俺の攻撃は容易く避けられてしまい、俺はその場に倒れてしまった。
ここまでか、とアイリスさんを抱く力を強めると鞘から剣が抜かれる微かな音を拾った。
「よく持ちこたえた! 貴様の男気、しかと見届けた!」
青く長い髪を一つに纏めた長身の女が、いつの間にか俺達の前に立っていた。手には微かに湾曲した剣が握られており、それがどういった武器なのかは想像に難くなかった。
「味方か敵かは知らんが、我が友を守った男だ。手を貸そう」
そう軽く笑みを浮かべる女は、素早い動きと流れるような体捌きを用い、キメラ達をぶった切っていった。
十分が経とうと言う頃、キメラ達はリーダー格を残しほとんどが倒れていた。
女は切っ先をそいつに向け失せろ、と凄んだ。なんで俺の知り合う女は物騒な方ばかりなんだ、と心の中で思いながら見ているとキメラは、苦虫を噛み潰したような表情を作り、海の中へとゆっくりと消えていった。
「……貴様、名は」
「……オスカルだ……助けてくれてありがとよ……借りができちまった」
「構わん、我が友であるアイリスを守ったんだ。それよりも傷の手当をしよう、服を脱げ」
女はナグモ、という名前のようでアイリスさんとは以前に出会った事があるらしく、今は東方大陸連合を率いているそうだ。敵じゃん。
だが今はそんな事を言ってられない。ナグモは慣れた手つきで俺の傷に応急処置をしていた。
「……ふふ、魔帝、か。アイリスが我が敵とはな……」
「……敵軍の将、討ち取らねぇのかい」
「ふん、確かにアイリスは我が敵、だがしかし久方ぶりに会った友人と話をしたいと思うのは、いけないことなのか?」
焚き火に当たりながら、ナグモは寝ているアイリスさんの頭を撫でていた。ここには穏やかな空気が流れている、だがしかし、彼女らは敵同士だ。この穏やかさがいつまで続くか、いつまでも続いて欲しいと思うのは、俺だけではないだろう。
「……アイリスを愛しているだって?」
「ぐっ……いやまぁ……ああ、そうだよ」
「彼女が人間じゃないとしてもか?」
愚問だな、と俺は歯を見せて笑った。そしてそんなもん関係ないんだよ、と肩を竦めた。あぁそうだ。関係ないんだよ。
俺がそう答えるとナグモはいい男に出会ったのだな、と安心したように顔を和らげた。
「……それにしても、アンタがここにいるってこたぁ、俺らは負けたか?」
「いや、引き分けといった所だ、あの魚人共が戦場を荒らしてな、お互い退くしかなかった」
「そうか……まぁ、どの道こっちもアイリスさんがこんな状況だ、次の侵攻はかなり遠のくだろうな」
「ふ、それを聞いて安心した、我々もかなり痛手でな、存分に戦力の増強を図れる」
やめてくれ、と冗談ぽく笑うとナグモも同じようにして笑った。
少しすると数人の、馬に乗った兵士がナグモを迎えに来た。
「ナグモ様! また護衛も付けずにお一人で! さぁ帰りますよ!」
「あぁ、それと怪我人がいる、運んでやってくれないか」
「はっ!」
いいのか? と問いかけるといいんだ、と簡単に答えるナグモだった。
東方大陸は穏やかな気候であり、北方大陸と比べると過ごしやすさは段違いだ。そしてそこに住む人々も穏やかだった。
俺はそんな大陸のとある国、ザルモガンドの王城の一室で目覚めた。隣のベッドにはまだ目覚めないアイリスさんが寝ていた。
あの後、ワイバーンを見なかったか、とナグモに問い掛けたが、どうやら見ていないようだ。海の底、だと思うとやりきれない。
さて、俺の方の傷は殆ど癒えた。もう自由に体も動かす事が出来る。後はアイリスさんが目覚めるのを待つだけなのだがあの重症だ、まだ目を覚まさないのは仕方の無い事だ。
俺はアイリスさんの寝顔を見つめていた。可愛いんだよなぁ。これで魔帝ってんだから人は見かけによらない、それにしても、愛してる、か。一方通行なのにな。
実らない愛ほど虚しいものは無い。彼女は男より女が好きなんだからな。
俺はただこの内なる感情を胸に秘め続けるしかないのさ。
「私のベッドを貴様の体液で汚すのはやめてくれよ」
「やらねぇよ!」
ナグモの声にドキッとしつつも否定の言葉を放った。アイリスさんの寝ているベッドに腰掛けるナグモは、アイリスさんを真面目な表情で見ていた。
戦いたくはないのだろう、だが一国の主としてそれは許されない。
「……北方大陸は以前と比べ物にならないほど豊かになり、平和になったと聞く」
「……アイリスさんは、世界から争いを無くそうとしているのさ。何があったかは詳しくは言えねぇが、彼女は本来人間を憎んでも誰も責められないほどの事を、人間にされたにも関わらず、な」
「彼女からすれば、私達が悪か」
そうなんだろうな、と俺は苦笑いしながら答えた。ただ一つ言えることは、ナグモもまたこの戦乱を憂いているのは確かだ。
国を守るのは確かに大事だ。だが、先を見据えなければ、立つ側を間違えれば意味が無い。俺はその事を伝えた。簡単に言うと、武装を解除してアイリスさんに従ってはくれないか、と。
「それは出来ん、私を信じる兵士や民に申し訳が立たない」
「────やっぱりナグモさんは変わらないね」
薄く目を開けて、天井を眺めるアイリスさんは辛そうにそう言った。起きていたんですか、と自身が寝顔を見つめていた事がバレていないかヒヤヒヤしたが、どうやら今起きたそうだ。良かった良かった。
「アイリス、久しぶりだな」
うん、と年相応の笑顔を見せるアイリスさんが体を起こすの支えながら、ここは? と首を傾げたアイリスさんにナグモは答えた。
「東方大陸のザルモガンド、だ。魔帝アイリス」
「……そっか……敵、なんだね」
悲しそうな表情を浮かべるアイリスさんを、ナグモは優しく抱擁した。
運命とは残酷なモノだ、と悔しいのか下唇を噛み締めるナグモは、アイリスさんを抱く力を強めた。
「今だけは……今だけは、また友だ……」
アイリスさんの傷が治るまでの間、ザルモガンドに居座る事となった。
何やら体が重たく感じ、目を体に移すと、背中におびただしい数の傷を作った我が主様が、俺に覆い被さるようにして倒れていた。
どうやら俺はアイリスさんに助けられたようだ。俺は痛む背中に耐えながら、アイリスさんを陸まで運び彼女の傷口に治癒魔法をかけることにした。
傷を塞ぐ事は出来ないが、止血するぐらいなら俺にでも出来る。
「俺一人の為にこんなになってまで……クソ、アンタ何やってんだよ……見捨てろよ」
「──バカ、家族なん、っだから、見捨てる、訳ないじゃんっ」
辛そうに顔を歪めながらも、アイリスさんは目を覚まし良かった、と安堵した顔で苦しそうに上半身を起き上がらせた。どうやらマリアさんに任せて俺の事を助けに来たそうだ。
俺は体を冷やしてはいけないと思い、適当に乾燥している流木を集め、焚き火をする事にした。ここが北方大陸近くじゃなくて助かった、凍え死んじまう。
とりあえずここが何処なのかを探らなくてはいけない。東方大陸の何処かだとは思うのだが、剣と魔法だけで切り抜けられるかは分からない。
アイリスさんも傷を負って戦える状況ではない。もしも彼女が魔帝だと知れると、さぁ大変だ。なるべく人前で彼女の名は口に出さない方が良いだろう。
「とりあえず体を休めましょう、アイリスさんの怪我はそうすぐに治るもんじゃない」
「そうだね……ごめんね、迷惑をかけて」
「何を仰いますか、さぁさっさと寝てください。アンタの安眠は俺が守るんで」
ありがとう、とアイリスさんは礼を言い、俺は彼女の上半身をゆっくりと横にした。乾かしたジャケットを彼女に被せると、すぐに眠りについた。
そのすぐ後、近くで何かが蠢くのに気が付いた。敵か、と剣の柄に手を添えながら周囲を見回した。
「……まさかこんな所で魔帝様が寝てるたぁな」
「てめぇら……裏切るつもりか」
そこに現れたのはアイリスさんが作り出したキメラ達だ。海洋生物と掛け合わせた為か、体に粘膜のようなものが張っているのが気持ち悪いな。
だがそいつらからは殺気がプンプンしてやがる。どうやらアイリスさんを裏切り、逃亡したようだが運が悪いな俺も。
「魔帝様には感謝してるんだぜ? こんな体にしてくれちまってよぉ……だからお礼と言っちゃぁなんだが、そいつを寄越せ。俺ぁ元々奴隷商人でよぉ……さぞかし高値で売れることだろうさ。まぁ、ちょいとつまみ食いくらいはさせてもらうがな?」
「いい度胸してんな……」
「おいおい、やる気か? こっちには数がいるんだ、いくら質があろうと数に勝るわけないだろう? なぁ、アンタは利口な男だろ? なら分かるよなぁ?」
不愉快な野郎共だ。俺は剣を抜き、アイリスさんを抱き抱えた。
守りながらの戦闘はした事はないが、確かにこれはキツイな。いや体重的な意味じゃないけどな。片手しか使えず、敵は俺を取り囲んでやがる。
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「黙れよ体液野郎……それ以上何も口にするな。俺の目の前から消え失せろ」
俺は剣を振るい近くにいたキメラを切りつけた。そこからは乱戦だ。アイリスさんを庇いながらの戦闘は少々不利であり、俺の体には傷が増えていった。だが彼女を見捨てて逃げるなんて選択は、ハナから選択肢にすら入っていなかった。
敵の数を減らす速度より俺の傷が増える速度の方が早く、元々本調子では無かった俺はすぐに追い詰められ事となった。
「死ぬよりお金を稼いで遊んで暮らしたいとは思わねぇのか? その女を俺に渡してくれりゃぁ、売上の半分くれぇはお前にくれてやっても構いやしねぇんだぞ?」
「……ハッハッハ! くだらねぇ……愛する女の一人も守れねぇか……くだらねぇ男だなぁ! えぇおい!?」
俺は自身を鼓舞するようにそう叫ぶと、リーダー格であろう俺に提案という脅しを持ちかけてきた男に向け、俺は力を振り絞り切りかかった。
だがしかし、キレの無くなった俺の攻撃は容易く避けられてしまい、俺はその場に倒れてしまった。
ここまでか、とアイリスさんを抱く力を強めると鞘から剣が抜かれる微かな音を拾った。
「よく持ちこたえた! 貴様の男気、しかと見届けた!」
青く長い髪を一つに纏めた長身の女が、いつの間にか俺達の前に立っていた。手には微かに湾曲した剣が握られており、それがどういった武器なのかは想像に難くなかった。
「味方か敵かは知らんが、我が友を守った男だ。手を貸そう」
そう軽く笑みを浮かべる女は、素早い動きと流れるような体捌きを用い、キメラ達をぶった切っていった。
十分が経とうと言う頃、キメラ達はリーダー格を残しほとんどが倒れていた。
女は切っ先をそいつに向け失せろ、と凄んだ。なんで俺の知り合う女は物騒な方ばかりなんだ、と心の中で思いながら見ているとキメラは、苦虫を噛み潰したような表情を作り、海の中へとゆっくりと消えていった。
「……貴様、名は」
「……オスカルだ……助けてくれてありがとよ……借りができちまった」
「構わん、我が友であるアイリスを守ったんだ。それよりも傷の手当をしよう、服を脱げ」
女はナグモ、という名前のようでアイリスさんとは以前に出会った事があるらしく、今は東方大陸連合を率いているそうだ。敵じゃん。
だが今はそんな事を言ってられない。ナグモは慣れた手つきで俺の傷に応急処置をしていた。
「……ふふ、魔帝、か。アイリスが我が敵とはな……」
「……敵軍の将、討ち取らねぇのかい」
「ふん、確かにアイリスは我が敵、だがしかし久方ぶりに会った友人と話をしたいと思うのは、いけないことなのか?」
焚き火に当たりながら、ナグモは寝ているアイリスさんの頭を撫でていた。ここには穏やかな空気が流れている、だがしかし、彼女らは敵同士だ。この穏やかさがいつまで続くか、いつまでも続いて欲しいと思うのは、俺だけではないだろう。
「……アイリスを愛しているだって?」
「ぐっ……いやまぁ……ああ、そうだよ」
「彼女が人間じゃないとしてもか?」
愚問だな、と俺は歯を見せて笑った。そしてそんなもん関係ないんだよ、と肩を竦めた。あぁそうだ。関係ないんだよ。
俺がそう答えるとナグモはいい男に出会ったのだな、と安心したように顔を和らげた。
「……それにしても、アンタがここにいるってこたぁ、俺らは負けたか?」
「いや、引き分けといった所だ、あの魚人共が戦場を荒らしてな、お互い退くしかなかった」
「そうか……まぁ、どの道こっちもアイリスさんがこんな状況だ、次の侵攻はかなり遠のくだろうな」
「ふ、それを聞いて安心した、我々もかなり痛手でな、存分に戦力の増強を図れる」
やめてくれ、と冗談ぽく笑うとナグモも同じようにして笑った。
少しすると数人の、馬に乗った兵士がナグモを迎えに来た。
「ナグモ様! また護衛も付けずにお一人で! さぁ帰りますよ!」
「あぁ、それと怪我人がいる、運んでやってくれないか」
「はっ!」
いいのか? と問いかけるといいんだ、と簡単に答えるナグモだった。
東方大陸は穏やかな気候であり、北方大陸と比べると過ごしやすさは段違いだ。そしてそこに住む人々も穏やかだった。
俺はそんな大陸のとある国、ザルモガンドの王城の一室で目覚めた。隣のベッドにはまだ目覚めないアイリスさんが寝ていた。
あの後、ワイバーンを見なかったか、とナグモに問い掛けたが、どうやら見ていないようだ。海の底、だと思うとやりきれない。
さて、俺の方の傷は殆ど癒えた。もう自由に体も動かす事が出来る。後はアイリスさんが目覚めるのを待つだけなのだがあの重症だ、まだ目を覚まさないのは仕方の無い事だ。
俺はアイリスさんの寝顔を見つめていた。可愛いんだよなぁ。これで魔帝ってんだから人は見かけによらない、それにしても、愛してる、か。一方通行なのにな。
実らない愛ほど虚しいものは無い。彼女は男より女が好きなんだからな。
俺はただこの内なる感情を胸に秘め続けるしかないのさ。
「私のベッドを貴様の体液で汚すのはやめてくれよ」
「やらねぇよ!」
ナグモの声にドキッとしつつも否定の言葉を放った。アイリスさんの寝ているベッドに腰掛けるナグモは、アイリスさんを真面目な表情で見ていた。
戦いたくはないのだろう、だが一国の主としてそれは許されない。
「……北方大陸は以前と比べ物にならないほど豊かになり、平和になったと聞く」
「……アイリスさんは、世界から争いを無くそうとしているのさ。何があったかは詳しくは言えねぇが、彼女は本来人間を憎んでも誰も責められないほどの事を、人間にされたにも関わらず、な」
「彼女からすれば、私達が悪か」
そうなんだろうな、と俺は苦笑いしながら答えた。ただ一つ言えることは、ナグモもまたこの戦乱を憂いているのは確かだ。
国を守るのは確かに大事だ。だが、先を見据えなければ、立つ側を間違えれば意味が無い。俺はその事を伝えた。簡単に言うと、武装を解除してアイリスさんに従ってはくれないか、と。
「それは出来ん、私を信じる兵士や民に申し訳が立たない」
「────やっぱりナグモさんは変わらないね」
薄く目を開けて、天井を眺めるアイリスさんは辛そうにそう言った。起きていたんですか、と自身が寝顔を見つめていた事がバレていないかヒヤヒヤしたが、どうやら今起きたそうだ。良かった良かった。
「アイリス、久しぶりだな」
うん、と年相応の笑顔を見せるアイリスさんが体を起こすの支えながら、ここは? と首を傾げたアイリスさんにナグモは答えた。
「東方大陸のザルモガンド、だ。魔帝アイリス」
「……そっか……敵、なんだね」
悲しそうな表情を浮かべるアイリスさんを、ナグモは優しく抱擁した。
運命とは残酷なモノだ、と悔しいのか下唇を噛み締めるナグモは、アイリスさんを抱く力を強めた。
「今だけは……今だけは、また友だ……」
アイリスさんの傷が治るまでの間、ザルモガンドに居座る事となった。
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