紫煙のショーティ

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魔帝の治世

第四話

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 アイリスが北方大陸を自国としてから、早数ヶ月が経った。我は政治等には疎い、それは我が元々はただの獣だからである。戦う事でしか己の価値を見い出せん。故に我はとてつもなく暇だ。
 マリアやミア殿は次の戦争の為に物資や武器、人員を集めて駆け回り、オスカルは魔法使いの育成にご執心だ。
 人間の姿を取り魔帝城の頂上に座り込み、我は地上を見下ろしていた。一面に広がる銀世界、口から吐かれる白い息、あぁ寒い。
 次の闘争はいつ始まるのだろうか、それだけしか楽しみがない。酒も飲まん、タバコも吸わん、友との談笑なども苦手だ。
 長い溜息を吐きバルコニーに降りようとした時、一人の女が出てきた。マティルダだ。
 あいつとはあまり話した事が無かったな、アイリスがただの人間を仲間にするんだ、何処か面白い奴なのだろうか? 気まぐれか?
「今目覚めたのか? のんびりした奴だ」
「ドラクルさん、おはよう」
 もう既に日は傾いている。凝り固まった体を解すように大きな伸びをしつつ、マティルダは我が声をかけるより早くにこちらを見上げていた。気配を消していたというのに、よく分かるものだ。
 我はマティルダの隣に飛び降りた。
「ちょっと昨日は寝付けなくてね」
「それより……湯浴みでもしてきたらどうだ。汗が臭うぞ」
「……そんなに臭くないわよ」
 という事で何故だかマティルダと共に湯に浸かることとなってしまった。まぁ、冷えた体を温めるにはちょうどいいがな。
「ドラクルさん、そのまま入るの?」
「む? ドラゴンの姿の方がいいと言うのならばそうするが?」
「いやそういう事じゃないんだけど……結構よ、お湯が勿体ないわ」
 むぅ、アイリス達にも言われたがこの姿で浸かるのは変なことなのか? 確かに鱗のまま入るのは我ぐらいなのだろう。だが恥ずかしいのだ。アイリスやマリア殿なら慣れている故に裸体を晒すが。
「取っちゃえば?」
「貴様とは出会ったばかりだ」
「あぁ良かった。貴女にも恥じらいってあるのね?」
 口の減らない小娘だ。だがマティルダの身体はそこら辺の生娘とはまた違う、美味そうな身体をしている。
 相当鍛えているのだろう、細く引き締まった腕、羚羊のような脚、六つに綺麗に割れた腹筋は我好みの歯ごたえがある、と言うことをすぐに理解させる。
「……目が怖いんだけど」
「む、すまん。美味そうな身体だったのでな」
「寝てる間につまみ食いなんて止めてよ」
 我はつまみ食いなどせぬ、と肩を竦めて浴槽に口まで沈めた。この時だけは至福だ。
 それにしてもマティルダは意外と肝が据わっている。我を目の前にしても怖がる素振りすら見せん。
 まるであの村の小娘のようだ。我の傷に包帯を巻いた、あの愚かな小娘のようだ。
「そういえば、ドラクルさんとはあまり話したこと無かったのよね」
「確かにそうだ。だが我が他人と仲良く駄弁る存在に見えるか?」
 見えないわね、とクスリと笑ったマティルダはこちらに近付いてきた。なんだ? と我は首を傾げた。
「ドラクルさん、ちょっと服見に行かない?」
「はぁ? 我はこの姿が一番落ち着くのだ」
「でもドラクルさん可愛い服とか絶対似合うわよ?」
「着ぬ、絶対着ぬぞ」
 よしそうと決まれば! とマティルダは我の腕を掴んで湯から上がると、濡れた体を拭き自身に与えれた私室へと連れていかれた。何も決まっておらんのだが。
「ドラクルさんはねぇ、口調とかは男っぽいんだけどさ、見た目が可愛らしいから……どう?」
「……ふむ……」
 鏡に映るのは黒いコルセットを鮮やかな緑色の紐でで括り、ぱっくりと胸元が開いたブラウス、踝まで長さのある無地のスカート、そしてエプロンを身に付けた我。ふむ──悪くないが、ここを何処だと思っている、北方大陸だぞ。寒い。
「似合ってるでしょ?」
「……戦うのには適していないな」
「戦う時は脱げばいいのよ、せっかく綺麗な顔してるのに、もっと楽しまなきゃ」
「我が楽しいと思えるのは血が滾る闘争のみ、こんなモノに快然など覚えん」
 はぁ、とため息を吐き服を脱ごうとしたがマティルダの悲しそうな顔を見て我は動きを止めた。全く、なんなのだ。
「……そんな顔をするな、わかった……今日だけは着ていてやる」
 諦めた口調でそう言うとパァっと明るい笑顔になったマティルダを見て、存外甘いのだな、と五百年ぶりに感じた我だった。

「あれ、ドラクルどしたの? ディアンドルなんか着て。んー可愛い!」
「そっちの方が良いぞ、まぁあいりすの方が似合うだろうがな」
「その胸の主張は私に対する挑戦状ですか、買いますよ……えぇ、買いますとも!!」
 反応はまちまちだ。アイリスはこの服を知っているようで、意外と似合って可愛いと、ミア殿は相変わらずアイリスを溺愛し、マリアに至っては何故だかこのような服を着こなしていて、怒られてしまった。
 反応から分かる通り、私は可愛いそうだ。鏡に映る自分の姿、これがそんなに良いものなのか? 人間の感性とはよく分からないな。
 だが褒められるとそう満更でもないのは確かだな。
「おい、貴様らこの服をどう思う」
「どうしたんすか、デートでも行くんすか?」
「似合ってるっすよ、見た目だけなら何処かの看板娘みてぇっす」
「見た目だけっすよ」
 竜騎兵達にも聞いてみたが絶対こっちの方が良いらしい。
 ふむ、悪く、ないな。我はマティルダの部屋に戻り、他にも何か服が無いのかを問い掛けた。意外と楽しくなってきてしまったな。
「ふふ、ね? 良かったでしょ?」
「うむ、そのなんだ……明日にでも町に衣服でも見に行こうと、思う、のだが……」
「いいわよ! 私が色々見繕ってあげるわ!!」
 そうして我は服を着るということを覚え、ファッションというものに快然を覚えた。
 戦うという事以外に楽しいと思えたのは初めてだ。ふふ、意外と悪くない。
 そして翌日竜騎兵達を荷物係として大量の衣服を買ったのは言うまでもなかった。


 ──目を覚ますとそこは見慣れない天井、まるで何処かの城だろうか。天蓋付きのベッドの上で私は目を覚ました。
 そういえば私は一体──あぁ、そうか、確かあの貴族に復讐して死んだはずじゃ──
「やっと目を覚ましましたね。スーレ、でしたか?」
「……あの、ここは」
「魔帝城の中、アイリスの寝室ですよ」
 まるで人形のように整った顔をした女の子が、ここはアイリス様の寝室だということを知らせてきた。
 しかし、アイリス様の事を呼び捨てにする辺り、彼女に近しい人物なのだろう。
 私は起き上がり何故ここに居るのかを問い掛けた。
「スーレが爆発によって、本来なら死ぬほどの傷を負いましたが、アイリスがそれを治した、と言うより、再生させたというか、くっつけたというか」
 一体何を言ってるのか分からなかったが、私はとりあえず起き上がろうとシーツをめくると、そこに私の足は無かった。代わりにまるで蛇のような長い尾が、私の腰から生えていた。
 何故? 何? え? どういう事? 足が──理解する頃には私は正気で居られなくなってしまった。
「な……なにこれ……なんで私の足が……どういうこと……は、はは、そっか、まだ夢の中……そうだ、そうに違いない」
「まぁ、自分の足が蛇になってたら、まぁ、そうなりますね、ちょっとアイリスを呼んできます」
 彼女が部屋から出ていき、まるで子供を引っ張る親のようにアイリス様を引きずり、彼女は数分後に戻ってきた。
 私は泣きながら何故私の足が、こんな事になっているのかを必死に問いかけた。
「いやぁ、だってここに運ばれた時にさぁ、足が見事に爆散しててさぁ……出血も酷かったし、私治癒魔法とか無理だしマリアも居なかったし、とりあえず止血のために栓をしようとして、蛇が近くに居たから使っちゃった! ごめんね! 悪気はないんだよ! なんなら善意だから!」
「アイリス……貴女ねぇ……だからあれほど治癒魔法を勉強しなさいと言ったでしょう! 貴女は魔法使いとしては偉大なのに……どうにも怠惰癖が……はぁ、まだまだ教える事は沢山ありそうですね」
「ちょ、ちょっと待って……! アイリス様! 元に戻れるんですよね……?」
 アイリス様の肩を掴む私を不思議そうな顔で見るアイリス様は、隣に居るマリアと呼ばれる女の子と顔を見合わせると首を傾げて、何を言ってるの? といった顔で言葉を発した。
「いやぁぁ、無理でしょ流石に」
「そ、そんな……こんなのあんまりです! 元に戻してください! こんな化け物みたい姿!」
「あんまりさぁ────ゴチャゴチャ抜かさないで欲しいんだけど」
 アイリス様は喚く私に腹が立ったのか、笑顔で私の首を掴みそのまま持ち上げられた。息が出来なくなり、私は彼女の腕を叩いた。
 意識が遠のき静かになった頃、マリアに止められアイリス様は手を離し、私は咳き込んだ。
「まぁ、現状を受け入れるんだね、命が助かっただけ儲けもんだよ」
 後はよろしく、とマリアに任せたアイリス様は部屋を出ていき、出る間際に私に対して微笑んだ。その笑みは心底楽しそうだった。
「……こんなのあんまりだ」

 人間というのは意外とどんな状況にも対応し得るようで、人間の足ではなくなった私だったが、一週間も経てばその足をすっかりと受け入れていた。
 確かによくよく考えると、自分の復讐のために魔法を使用し、瀕死の状態だったにも関わらず再び立つことが出来て、無事だった体には後遺症は無かった。それだけでも運がいい。そして何よりここは今や魔法使いの総本山、魔帝アイリス様やマリアという名前でピンと来たが、黎明の魔女マリア様もおられるし、五百年以上生きる砕氷の魔女ミア様もこの城に住まうそうだ。魔法使いとしてこんなに光栄な事はないだろう。
「マリア様! 重たい物は私が持ちます!」
「いえ、私よりアイリスの所へと行って少しは休憩を取るように口煩く言ってあげてください」
 そう、アイリス様はここ数日とても忙しそうだ。それは周囲にいるマリア様達が心配になるほど。
 私は大きな尾を引き摺りながら、アイリス様の私室へと向かった。扉の目の前に立つと外にいても分かるほどのピリピリとした空気が、部屋の中から溢れているのが分かる。
「ア、アイリス様……入っても?」
 勝手にして、と明らかに疲れているような声で返答が帰ってきて、私は恐る恐る部屋の扉を少し開けて中を覗いた。兵棋を用いて策を練っているのか、ボサボサとなった髪を掻きながら、クマの出来た顔で世界地図を睨んでいた。
「何か用」
 機嫌が悪いのは当然だった。何せ三日前に東方大陸に進軍し、ミア様が居る状況で海戦に敗北したのだ。それからというもの、アイリス様は部屋に引きこもり、寝る間も削り、どうすればいいのかをひたすら考えていた。
「え、と……少しはお休みになられた方がよろしいのではないかと、思いましてですね……」
「……オスカルがまだ戻ってきてないんだよ、もしかしたら敵に捕まってるのかもしれない、もしかしたらワイバーンが撃ち落とされて海に落ちているかもしれない……もしかしたら……もしかしたら……」
「オスカル先生ならきっとご無事ですよ」
 私がそう言うと涙目でこちらに振り向いたアイリス様は、希望的観測は捨てろ、と荒い息で兵棋を投げ付けてきた。
 そしてそのまま倒れるようにこちらへとはもたれかかってきた。どうやら疲れが限界に達し、足に来たようだ。
「……スーレ、ごめん」
「いえ、アイリス様のご気持ち、お察し致します」
「隊長ー!! オスカルさんが帰還致しやした!!」
 竜騎兵と呼ばれるワイバーンを操る兵士の一人が報告を持ってきた、その報告を聞くとアイリス様は私から飛び退き、玉座の間へとフラフラした足取りで走り出して行った。
 私も追いかけ玉座の間に着くと、傷だらけのオスカル先生に、アイリス様が抱き着いて泣きじゃくっている光景があった。
「隊長、皆見てますよ」
「バカ! オスカルのバカ!」
「ちゃんと戻ってきたのにその言い草はあんまりですぜ。でも、心配かけてすみませんでした……東方大陸、思っていた以上に纏まっています。北方大陸のように上手く事は運ばないでしょう」
「そう……スーレ、マリア達を呼んできて」
 その約一ヶ月後、魔帝軍は東方大陸へと攻撃を仕掛けるのであった。
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