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魔帝の治世
第三話
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──国立魔法学校「メイガス」──
「初めまして皆さん、入学おめでとう」
約数百人以上の入学生の前で挨拶をするのはこの国の皇帝、アイリス様だ。幼い見た目をしているが、遠く離れているここからでも分かる魔力が、彼女が如何に凄い存在なのかを知らせてくれる。
私の名前はスーレ、北方大陸の片田舎に早くに親を亡くして貧しく暮らしていたが、魔法の腕だけは自信があった。だから新しく創設された魔法学校にも入る事が出来た。
学生寮まで一人一室を与えてもらい、充分生活出来るであろうお金まで貰えるのだ。
「私は君達に多大な期待をしているよ。二年間という短い期間だけど、魔法学生という青春時代を楽しんで送って欲しい、私の力になってくれるのは青春時代を終えてからでも構わないから、ゆっくりと勉強に励み、友と遊ぶといいさ」
アイリス様はニコ、っと親しみのある笑みを浮かべると、一瞬周囲を見回した。私達を値踏みするかのような目付きに気付いたのはこの中でも数名だろう。
「このクラスを受け持つ事になっちまったオスカル・アイケだ。まぁ、二年間っつう短い期間だが、よろしく頼む」
オスカル先生、か。飄々としているが彼はこの教室の中にいる誰よりも強いのだろう。
それにクラスの女子共が騒がしく喜んでいる通り、中々イケメンだ。
「先生! 彼女はいますか!」
「今のところはフリーだ」
「好きな人は!」
「一つ言えるのはお前らみたいなお子様に興味はねぇって事だけだな」
そのクールな回答にも黄色い声が上がり、オスカル先生は苦笑いし肩を竦めた。
今日は入学式だけでありこの後は自由だ。私は今ならまだ居るであろう学長、アイリス様の居る学長室へと向かった。
扉の前に立つと話し声が聞こえてきた。
「隊長! あんまりっすよ! 俺だけ教師やらせるなんて!」
「オスカルは基本的に私が出ない限り暇でしょ! 私の命令は絶対! はいこの話おしまい!」
「酷いっす! 横暴ですよ! 職権乱用っすよ!」
「いやいや、オスカルさん。若い女の子と話せる機会があるだけマシでしょ」
「そうだそうだ、俺達なんざとドラゴンと暴力女と未成年の子供の相手をさせられるんですからね」
「はは、違いないね。ほら、君達もこれから仕事でしょ、行った行った!」
楽しそうなアイリス様の声とオスカル先生、そして他数人の男性の声が聞こえてきて、話が終わったのか扉が開いた。
「隊長、お客さんすよ」
「ん? あぁ入って入って」
ごゆっくり、と出ていく男性達に目をやりながら私は部屋に入っていった。
腕を組みアイリス様の隣に立つオスカル先生は、教壇に立っている時とは違い恐ろしく見えた。
私がここに来たのは、どうにかしてアイリス様に師事する為だ。
「アイリス様、私はスーレと申します。御無礼を先に謝りますが、私はアイリス様の弟子となりたいんです。どうか私にご指導して頂けないでしょうか」
私は深々と頭を下げた。十八年の人生でここまで深く頭を下げるのは初めてかもしれないか、それほど私は本気だった。
魔法に対する本気なら誰にも負けない自信はある、だけど自信だけじゃどうにもならないのが魔法であり、私はまだ魔法のほんの一部しか知らない。だからこそもっと高みへ、誰もが認める魔法使いに私はなりたい。
「オスカル、どう?」
「……確かに、うちのクラスの中じゃダントツにいい魔法使いですが──」
「……っ、お願いしますっ」
私は顔を上げて二人を見つめた。顔を見合わせアイリス様はオスカルに部屋を出るよう促し、コクリと頷いた先生は部屋を後にした。
二人きりの室内、流れるのは沈黙と彼女の凄まじい魔力、卒倒しそうになるほどの魔力。
先に沈黙を破ったのはアイリス様だった。先程までの明るい声色ではなく、何処か冷たい、魔帝と呼ばれる彼女の声だった。
「スーレちゃん、君……人間やめられる?」
「……それはどういう意味でしょうか」
「言葉通り、含みは何も無いそのままの意味」
人間をやめる? それが魔法使いとして強くなれるなら私はYESだ。聞けばアイリス様は人間を辞めているらしいが、そうすることでアイリス様みたいになれるのならば、私は人間という種族に固執はしない。
「魔法使いとしての実力が向上するのであれば、私は人間という種族をやめられます」
「ふぅん……そんな簡単に決められる事なんだね。力を追い求めるだけじゃぁ、私の弟子にはなれないし、しないよ。強いだけの化け物なんていらないからね」
突き放すような言葉は想定済みだ。そんな簡単に弟子にしてもらえるわけがないのは、百も承知であり、世の中そんなに甘くない。
「それに、私は教えるのが下手でね。その点オスカルは君にとっていい教師になれると思うんだけどね、彼は一応とは言えとある国の兵士だったんだからさ」
「っ……分かりました……しかし、私は諦めません。アイリス様の弟子にしてもらえるまで、諦めません!」
そう言って私は部屋を後にした。外にいるオスカル先生に会釈しつつ、寮へと戻って行った。
諦めるものか、私には力が必要だ。私には────
「若いってのはいいですなぁ」
「オスカル、あの子が私の求める魔法使いになれるのは確かなようだね……何かを隠している。あそこまで力を求める理由は限られてるよ」
うちの生徒が出ていき、俺が部屋に入るとアイリスさんは満面の歪んだ笑みを浮かべていた。あぁ恐ろしい。これだから最高なんだ、うちの帝王様はな。
「復讐、ですかね」
「十中八九そうだろうねぇ……ふふん、それじゃオスカル先生? あの子には教師人生をかけてね?」
「まだ始まってもない教師人生をかけろとはこれ如何に、まぁ任せてくださいや」
翌日から授業が始まった。俺はまず生徒らの実力を見る為に、アイリスさんが気合いを入れて作らせた闘技場に生徒らを集め、一人一人の腕前を見ることにした。
一対一の模擬戦、よくバルトロマイ将軍閣下にボコられたっけな。懐かしいや。
「お前ら、殺す気でかかっこい」
俺もあの人らに比べたら魔法での戦いなんざ足元にも及ばない、だが人並み以上の経験は積んでいる。経験ってのはいくら積んでも損は無い。
だからこそ、経験を積んだ俺より生徒らが劣っているのは当たり前だ。それでもやる奴は中々やる。
さて、大半の生徒の実力は見られた。俺が本当に気になるのはスーレだ。
「おうスーレ、来いや」
「はい……行きます!」
開幕速攻と言わんばかりに、スーレは腕から先を水で覆ったが、それはまるでパタのようだ。身体強化も重ね掛けしており、素早い動きで距離を縮めてきたスーレの攻撃を俺は受けずに、後ろに飛び退きながら避けた。俺に回避行動を取らせたのは生徒の中ではこいつだけだな。
それにしてもあの水のパタ、あれは命に関わるな、削られちまう。
「先生も本気になった方がいいんじゃないですか? オスカル先生」
「はっ、言ってくれるな。しゃーねぇな……卑怯だと言わんでくれよ?」
教師として生徒に舐められるのは教育上宜しくないな、俺の精神的にも、こいつらにもな。
「小便ちびらせんじゃねぇぞ乳くせぇクソガキ」
後々アイリスさんに怒られるのは目に見えてるが、自身の実力というモノを分からせてやらなきゃいけない。子供が戦うところなんざ、見たくねぇんだよ。
俺は火を鎧のように形作り、それを全身に纏わせた。俺が尊敬する人達の一人、バルトロマイ将軍閣下の鎧を模したものだ。
「水に火、正に火を見るより明らか、ですね」
「焼け石に水かもしれねぇぜ」
ほれ来いよ、と中指を立て挑発し、俺は仁王立ちで彼女の水の剣を真っ向から受けた。だが、その刃は俺には届かない。
「なっ! あつっ……!」
「蒸発させちまえば、それで終いだ。残念だったな? だが良い腕だ、鍛えりゃ俺を超えられる」
水の剣は火の鎧に近付いた瞬間気体となって蒸発し、俺の体は無傷だ。
だがそんなんで諦めるなら、アイリスさんに師事しようとは思わないだろう。距離を取りどうするかを考えるようにこちらを見つめていた。俺も何をしてくるか楽しみで待っていた。
少しすると一つの魔法を発動した。辺りには突如立っているのが難しいほどの風、なるほど考えたな。
中途半端な風は火を更に燃え上がらせるが、この場合は逆に吹き消されてしまう。そして、俺の鎧が吹き消されたのを確認したスーレは、再び水の剣を腕に作り出すとそれを振るってきた。
実に優秀だ。アイリスさんに直訴するほどの腕はある、だが悲しいかなまだ足りない。
「皆も彼女を見習えよ、魔法使いが重要視される一因だ、一人で火も水も風も……雷だって操れちまう」
剣を振るってきた彼女の腕を掴むと、俺は電流を流した。勿論死なない程度だ。だが水を覆っている腕には少し火傷が残るだろう。仕方ねぇ。これも教育だ、俺は男女平等主義者だからな。
バチバチとスパーク音が鳴り響くと同時に、スーレは魔法を解除し致命傷を避けた。そこで模擬戦の終了を告げると、悔しそうに下唇を噛み締めるスーレだった。
「これが魔法だ。スーレ、お前はまだ若い。そう焦る必要はねぇ」
「っ……オスカル先生には分かりませんよ」
腕を痙攣させながらスーレは闘技場を後にした。俺には分からない、か。残念だがそいつは見当違いだ。
魔法使いというのは誰しもが努力家だ。魔法の腕は努力の結晶と言っても過言ではない。いやまぁ、努力じゃなくて血筋もあるんだけどな? アイリスさんみたいに、先祖代々かどうかは分からないが初代魔帝の血を引いてるとかな。
それはさておき、メイガスへの入学を果たした若き魔法使い達は実に勤勉だ。力をモノにしようと、教えた事を吸収し実践している。
模擬戦にも積極的に挑戦し、数ヶ月が経つ頃には入学当初に比べ、かなり腕が上がってきていた。しかし、伸びる者がいれば伸び悩む者もいる。スーレだ。
アイリスさんからは死なない程度、と中々無茶な要求を承っている。どうやら生徒らを兵士として使うようだがそう上手くいくか? 厳しい北方大陸で生活していたと言っても、そう簡単に冷酷になれるわけが無い。そこは俺の腕次第なんだろうがなぁ。
俺はスーレを学校の中にある職員室に呼び出した。
「最近上手くいってないようだな?」
むすっとしているスーレは何も言わず、ただ少し俯いていて、返事をしなかった。
どうしたものか、と腕を組み俺は考えた。彼女のレベルにあった教え方をすれば他の者が付いては来れないだろうし、彼女一人を見る時間が俺には取れない。
学校の仕事が終わればすぐに魔帝城へと舞い戻り、竜騎兵の指揮やその他諸々の細かい事をやらなきゃならない。
他の魔法使いが教師として成熟するまでの期間は、アイリスさんからも辛いだろうけど頑張ってくれ、とお願いされたんだ。やるしかない。
「……何をそんなに焦ってんだ?」
「──私には復讐しなきゃいけない相手がいるんです」
ほれきたそれきた、やっぱり復讐か。強くならなきゃ、と思うのは彼女より優れた魔法使いだからだろう。
「なるほどなぁ……」
「まさか復讐からは何も生まれない、なんて事言いませんよね」
「止めて欲しいならそう言え」
まさか、と肩を竦めたスーレは服を少し肌蹴させ鎖骨辺りから下に広がる、生々しい火傷の痕を見せてきた。
聞くとスーレの両親は優秀な軍人だったらしく、若くして出世したがそれを疎まれ、家をとある魔法使いの貴族に焼かれたそうだ。
スーレを逃がすために両親は焼ける家の中で死んでいったらしい。
よくある話だ、軍人は高給取りだ。出世すればするほど貰えるお金は高くなる。それを快く思わなかったんだろう。
「だから復讐のために強くなりたい、か……それで、算段はついたのか」
「いえ……」
「目的はハッキリしてるが、手段がない、か?」
あぁ、そういう事なら簡単だ。俺はスーレに耳打ちをした、周りの人間に聞こえないようにな。
俺の言葉を聞いたスーレはそんな事出来るはずがない、と否定した。
「……それじゃぁ諦めな、死ぬ覚悟も出来てない奴が、誰かの命を奪うなんざ出来っこねぇんだからな」
「っ……私は……」
「はぁ、特攻出来ねぇなら強くなるしかねぇ、だが俺やアイリスさんに助力を求めるんじゃねぇぞ、俺達は他人の復讐なんざに興味はねぇ、巻き込むな。死ぬなら一人で惨めに死ね」
「……それでも生徒を導く存在ですかっ!」
「あぁ、導いてやるとも。自爆でもなんでもいい、死んでこい。ほらな? ちゃんと導いてやってるだろう?」
自分が死ぬのは嫌なのか、スーレは目に涙を溜めながら首を横に振った。ワガママな女だな。
さてさて、この後スーレはどうするだろうな。このまま今は引き下がるならそれはそれで良し、俺の言う通り特攻して生き残るのも良し。
さぁ、お前の覚悟を見せてくれスーレ。
「っ……やる……やればいいんでしょ!!」
目に溜めていた涙を流しながら部屋を飛び出して行った。その数時間後、町の真ん中にある貴族の屋敷にて、屋敷を飲み込むほどの爆発が起きたそうだが、幸いな事に死んだ人間は二人だけだったそうだ。良かった良かった。
「初めまして皆さん、入学おめでとう」
約数百人以上の入学生の前で挨拶をするのはこの国の皇帝、アイリス様だ。幼い見た目をしているが、遠く離れているここからでも分かる魔力が、彼女が如何に凄い存在なのかを知らせてくれる。
私の名前はスーレ、北方大陸の片田舎に早くに親を亡くして貧しく暮らしていたが、魔法の腕だけは自信があった。だから新しく創設された魔法学校にも入る事が出来た。
学生寮まで一人一室を与えてもらい、充分生活出来るであろうお金まで貰えるのだ。
「私は君達に多大な期待をしているよ。二年間という短い期間だけど、魔法学生という青春時代を楽しんで送って欲しい、私の力になってくれるのは青春時代を終えてからでも構わないから、ゆっくりと勉強に励み、友と遊ぶといいさ」
アイリス様はニコ、っと親しみのある笑みを浮かべると、一瞬周囲を見回した。私達を値踏みするかのような目付きに気付いたのはこの中でも数名だろう。
「このクラスを受け持つ事になっちまったオスカル・アイケだ。まぁ、二年間っつう短い期間だが、よろしく頼む」
オスカル先生、か。飄々としているが彼はこの教室の中にいる誰よりも強いのだろう。
それにクラスの女子共が騒がしく喜んでいる通り、中々イケメンだ。
「先生! 彼女はいますか!」
「今のところはフリーだ」
「好きな人は!」
「一つ言えるのはお前らみたいなお子様に興味はねぇって事だけだな」
そのクールな回答にも黄色い声が上がり、オスカル先生は苦笑いし肩を竦めた。
今日は入学式だけでありこの後は自由だ。私は今ならまだ居るであろう学長、アイリス様の居る学長室へと向かった。
扉の前に立つと話し声が聞こえてきた。
「隊長! あんまりっすよ! 俺だけ教師やらせるなんて!」
「オスカルは基本的に私が出ない限り暇でしょ! 私の命令は絶対! はいこの話おしまい!」
「酷いっす! 横暴ですよ! 職権乱用っすよ!」
「いやいや、オスカルさん。若い女の子と話せる機会があるだけマシでしょ」
「そうだそうだ、俺達なんざとドラゴンと暴力女と未成年の子供の相手をさせられるんですからね」
「はは、違いないね。ほら、君達もこれから仕事でしょ、行った行った!」
楽しそうなアイリス様の声とオスカル先生、そして他数人の男性の声が聞こえてきて、話が終わったのか扉が開いた。
「隊長、お客さんすよ」
「ん? あぁ入って入って」
ごゆっくり、と出ていく男性達に目をやりながら私は部屋に入っていった。
腕を組みアイリス様の隣に立つオスカル先生は、教壇に立っている時とは違い恐ろしく見えた。
私がここに来たのは、どうにかしてアイリス様に師事する為だ。
「アイリス様、私はスーレと申します。御無礼を先に謝りますが、私はアイリス様の弟子となりたいんです。どうか私にご指導して頂けないでしょうか」
私は深々と頭を下げた。十八年の人生でここまで深く頭を下げるのは初めてかもしれないか、それほど私は本気だった。
魔法に対する本気なら誰にも負けない自信はある、だけど自信だけじゃどうにもならないのが魔法であり、私はまだ魔法のほんの一部しか知らない。だからこそもっと高みへ、誰もが認める魔法使いに私はなりたい。
「オスカル、どう?」
「……確かに、うちのクラスの中じゃダントツにいい魔法使いですが──」
「……っ、お願いしますっ」
私は顔を上げて二人を見つめた。顔を見合わせアイリス様はオスカルに部屋を出るよう促し、コクリと頷いた先生は部屋を後にした。
二人きりの室内、流れるのは沈黙と彼女の凄まじい魔力、卒倒しそうになるほどの魔力。
先に沈黙を破ったのはアイリス様だった。先程までの明るい声色ではなく、何処か冷たい、魔帝と呼ばれる彼女の声だった。
「スーレちゃん、君……人間やめられる?」
「……それはどういう意味でしょうか」
「言葉通り、含みは何も無いそのままの意味」
人間をやめる? それが魔法使いとして強くなれるなら私はYESだ。聞けばアイリス様は人間を辞めているらしいが、そうすることでアイリス様みたいになれるのならば、私は人間という種族に固執はしない。
「魔法使いとしての実力が向上するのであれば、私は人間という種族をやめられます」
「ふぅん……そんな簡単に決められる事なんだね。力を追い求めるだけじゃぁ、私の弟子にはなれないし、しないよ。強いだけの化け物なんていらないからね」
突き放すような言葉は想定済みだ。そんな簡単に弟子にしてもらえるわけがないのは、百も承知であり、世の中そんなに甘くない。
「それに、私は教えるのが下手でね。その点オスカルは君にとっていい教師になれると思うんだけどね、彼は一応とは言えとある国の兵士だったんだからさ」
「っ……分かりました……しかし、私は諦めません。アイリス様の弟子にしてもらえるまで、諦めません!」
そう言って私は部屋を後にした。外にいるオスカル先生に会釈しつつ、寮へと戻って行った。
諦めるものか、私には力が必要だ。私には────
「若いってのはいいですなぁ」
「オスカル、あの子が私の求める魔法使いになれるのは確かなようだね……何かを隠している。あそこまで力を求める理由は限られてるよ」
うちの生徒が出ていき、俺が部屋に入るとアイリスさんは満面の歪んだ笑みを浮かべていた。あぁ恐ろしい。これだから最高なんだ、うちの帝王様はな。
「復讐、ですかね」
「十中八九そうだろうねぇ……ふふん、それじゃオスカル先生? あの子には教師人生をかけてね?」
「まだ始まってもない教師人生をかけろとはこれ如何に、まぁ任せてくださいや」
翌日から授業が始まった。俺はまず生徒らの実力を見る為に、アイリスさんが気合いを入れて作らせた闘技場に生徒らを集め、一人一人の腕前を見ることにした。
一対一の模擬戦、よくバルトロマイ将軍閣下にボコられたっけな。懐かしいや。
「お前ら、殺す気でかかっこい」
俺もあの人らに比べたら魔法での戦いなんざ足元にも及ばない、だが人並み以上の経験は積んでいる。経験ってのはいくら積んでも損は無い。
だからこそ、経験を積んだ俺より生徒らが劣っているのは当たり前だ。それでもやる奴は中々やる。
さて、大半の生徒の実力は見られた。俺が本当に気になるのはスーレだ。
「おうスーレ、来いや」
「はい……行きます!」
開幕速攻と言わんばかりに、スーレは腕から先を水で覆ったが、それはまるでパタのようだ。身体強化も重ね掛けしており、素早い動きで距離を縮めてきたスーレの攻撃を俺は受けずに、後ろに飛び退きながら避けた。俺に回避行動を取らせたのは生徒の中ではこいつだけだな。
それにしてもあの水のパタ、あれは命に関わるな、削られちまう。
「先生も本気になった方がいいんじゃないですか? オスカル先生」
「はっ、言ってくれるな。しゃーねぇな……卑怯だと言わんでくれよ?」
教師として生徒に舐められるのは教育上宜しくないな、俺の精神的にも、こいつらにもな。
「小便ちびらせんじゃねぇぞ乳くせぇクソガキ」
後々アイリスさんに怒られるのは目に見えてるが、自身の実力というモノを分からせてやらなきゃいけない。子供が戦うところなんざ、見たくねぇんだよ。
俺は火を鎧のように形作り、それを全身に纏わせた。俺が尊敬する人達の一人、バルトロマイ将軍閣下の鎧を模したものだ。
「水に火、正に火を見るより明らか、ですね」
「焼け石に水かもしれねぇぜ」
ほれ来いよ、と中指を立て挑発し、俺は仁王立ちで彼女の水の剣を真っ向から受けた。だが、その刃は俺には届かない。
「なっ! あつっ……!」
「蒸発させちまえば、それで終いだ。残念だったな? だが良い腕だ、鍛えりゃ俺を超えられる」
水の剣は火の鎧に近付いた瞬間気体となって蒸発し、俺の体は無傷だ。
だがそんなんで諦めるなら、アイリスさんに師事しようとは思わないだろう。距離を取りどうするかを考えるようにこちらを見つめていた。俺も何をしてくるか楽しみで待っていた。
少しすると一つの魔法を発動した。辺りには突如立っているのが難しいほどの風、なるほど考えたな。
中途半端な風は火を更に燃え上がらせるが、この場合は逆に吹き消されてしまう。そして、俺の鎧が吹き消されたのを確認したスーレは、再び水の剣を腕に作り出すとそれを振るってきた。
実に優秀だ。アイリスさんに直訴するほどの腕はある、だが悲しいかなまだ足りない。
「皆も彼女を見習えよ、魔法使いが重要視される一因だ、一人で火も水も風も……雷だって操れちまう」
剣を振るってきた彼女の腕を掴むと、俺は電流を流した。勿論死なない程度だ。だが水を覆っている腕には少し火傷が残るだろう。仕方ねぇ。これも教育だ、俺は男女平等主義者だからな。
バチバチとスパーク音が鳴り響くと同時に、スーレは魔法を解除し致命傷を避けた。そこで模擬戦の終了を告げると、悔しそうに下唇を噛み締めるスーレだった。
「これが魔法だ。スーレ、お前はまだ若い。そう焦る必要はねぇ」
「っ……オスカル先生には分かりませんよ」
腕を痙攣させながらスーレは闘技場を後にした。俺には分からない、か。残念だがそいつは見当違いだ。
魔法使いというのは誰しもが努力家だ。魔法の腕は努力の結晶と言っても過言ではない。いやまぁ、努力じゃなくて血筋もあるんだけどな? アイリスさんみたいに、先祖代々かどうかは分からないが初代魔帝の血を引いてるとかな。
それはさておき、メイガスへの入学を果たした若き魔法使い達は実に勤勉だ。力をモノにしようと、教えた事を吸収し実践している。
模擬戦にも積極的に挑戦し、数ヶ月が経つ頃には入学当初に比べ、かなり腕が上がってきていた。しかし、伸びる者がいれば伸び悩む者もいる。スーレだ。
アイリスさんからは死なない程度、と中々無茶な要求を承っている。どうやら生徒らを兵士として使うようだがそう上手くいくか? 厳しい北方大陸で生活していたと言っても、そう簡単に冷酷になれるわけが無い。そこは俺の腕次第なんだろうがなぁ。
俺はスーレを学校の中にある職員室に呼び出した。
「最近上手くいってないようだな?」
むすっとしているスーレは何も言わず、ただ少し俯いていて、返事をしなかった。
どうしたものか、と腕を組み俺は考えた。彼女のレベルにあった教え方をすれば他の者が付いては来れないだろうし、彼女一人を見る時間が俺には取れない。
学校の仕事が終わればすぐに魔帝城へと舞い戻り、竜騎兵の指揮やその他諸々の細かい事をやらなきゃならない。
他の魔法使いが教師として成熟するまでの期間は、アイリスさんからも辛いだろうけど頑張ってくれ、とお願いされたんだ。やるしかない。
「……何をそんなに焦ってんだ?」
「──私には復讐しなきゃいけない相手がいるんです」
ほれきたそれきた、やっぱり復讐か。強くならなきゃ、と思うのは彼女より優れた魔法使いだからだろう。
「なるほどなぁ……」
「まさか復讐からは何も生まれない、なんて事言いませんよね」
「止めて欲しいならそう言え」
まさか、と肩を竦めたスーレは服を少し肌蹴させ鎖骨辺りから下に広がる、生々しい火傷の痕を見せてきた。
聞くとスーレの両親は優秀な軍人だったらしく、若くして出世したがそれを疎まれ、家をとある魔法使いの貴族に焼かれたそうだ。
スーレを逃がすために両親は焼ける家の中で死んでいったらしい。
よくある話だ、軍人は高給取りだ。出世すればするほど貰えるお金は高くなる。それを快く思わなかったんだろう。
「だから復讐のために強くなりたい、か……それで、算段はついたのか」
「いえ……」
「目的はハッキリしてるが、手段がない、か?」
あぁ、そういう事なら簡単だ。俺はスーレに耳打ちをした、周りの人間に聞こえないようにな。
俺の言葉を聞いたスーレはそんな事出来るはずがない、と否定した。
「……それじゃぁ諦めな、死ぬ覚悟も出来てない奴が、誰かの命を奪うなんざ出来っこねぇんだからな」
「っ……私は……」
「はぁ、特攻出来ねぇなら強くなるしかねぇ、だが俺やアイリスさんに助力を求めるんじゃねぇぞ、俺達は他人の復讐なんざに興味はねぇ、巻き込むな。死ぬなら一人で惨めに死ね」
「……それでも生徒を導く存在ですかっ!」
「あぁ、導いてやるとも。自爆でもなんでもいい、死んでこい。ほらな? ちゃんと導いてやってるだろう?」
自分が死ぬのは嫌なのか、スーレは目に涙を溜めながら首を横に振った。ワガママな女だな。
さてさて、この後スーレはどうするだろうな。このまま今は引き下がるならそれはそれで良し、俺の言う通り特攻して生き残るのも良し。
さぁ、お前の覚悟を見せてくれスーレ。
「っ……やる……やればいいんでしょ!!」
目に溜めていた涙を流しながら部屋を飛び出して行った。その数時間後、町の真ん中にある貴族の屋敷にて、屋敷を飲み込むほどの爆発が起きたそうだが、幸いな事に死んだ人間は二人だけだったそうだ。良かった良かった。
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