紫煙のショーティ

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魔帝の治世

第二話

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 ──魔帝城、玉座の間──

「北方大陸各国の武装解除、及び人心掌握はほぼ完了しました。人質として連れてこられた者達も着々と心を許している状況であり、そろそろ次の大陸への攻撃に移行してもよろしいかと」
 マリアの報告は私にとって嬉しいものばかりだ。大きくなってしまった軍隊を動かすには、それ相応の物資や金銭が必要になってくる。だから私は北方大陸を魔帝が治める一つの国に変えた。従うのなら虐殺も過剰な搾取も行わない。身分や貧富も人間か亜人なんかも区別しない、そうすれば自然と人々は着いてくるんだよ。魔帝に従えばと富める、不幸にならない。そんな声が聞こえてくるようになったのも事実、誰も化け物なんて呼びやしない。
 アイリス嬉しそうですね? とマリアはチラリとこちらに目をやった。
「まぁね、順調だからね。それより、あれの工程は?」
「あぁ……例の魔法学校という奴ですね。概ね順調ですが、一体何の意味が?」
「魔法使いの育成促進と管理だね。マリア達の負担を軽くするために教導部分は他の魔法使いに任せようと思うんだよ。いくら超人的な力を持っていたとしても、疲労が溜まってたら元も子もないでしょ?」
 これから西方大陸への攻撃もしなきゃならない。楽をしようとは思わないけど、軽く出来る所からやっていかなきゃ何も進まない。
 そしてあまりやりたくはないけど、大陸を治める者も決めなきゃならない。これはマリア達にやってもらう他ない。
「各大陸を治める君主を選びたいと思うんだけど、マリア的にはどう思う?」
「賛成出来る部分もありますが、反対する部分もありますね。確かに統治出来るのは我々でしょう、しかし戦力を分散する事となり、進む度に兵が少なくなっていきます。時間が経てば守備は強固になっていくでしょうし……」
 マリアの指摘はご尤もで、私が危惧しているのもそれだよ。相手も馬鹿じゃないし戦力を分散させるのも不本意だよ。かと言って私は放任主義じゃないし、まぁ過保護でもないけどね。
 二人で話し合っているとバン、と大きな音を立ててマティルダが入ってきた。
「今日こそ解放してもらうわよ魔帝!!」
「彼女も諦めませんね……」
「はは、賑やかなのは好きだよ」
 彼女は本気でやっているんだろうけど、こっちからしたらじゃれてくる子犬と遊んでる気分になるよ。
 まぁ、確かにマティルダちゃんは弱くはないんだよ。ただ相性が悪いだけ、もし私が魔法を使わず本当のステゴロなら、私は為す術もなく負けてるだろうね。人間の状態のドラクルとどっこいどっこいだろうか? 剣を持った状態でやっと私とマティルダちゃんが互角、と言ったところだね。
「アイリス、にですよ」
「はぁい」
 マティルダの攻撃をいなし、私は彼女を膝の上に寝転がせて頭を撫ではじめた。ぐぬぬ、と悔しそうにするマティルダに私は問い掛けた。
「私、そんなに暴君かな?」
「……当たり前よ。貴女がアーレンベルグに進軍したことでどれだけ民の命が失われたと思っているのっ!」
「けど今は逆に感謝されてるよ?」
 それは、と言葉に詰まるマティルダを起き上がらせた。まぁ、でも複雑なのは仕方ないよね? 目の前に居るのは自国を支配している君主なのだからね?
「……それは分かっているわ……けど、けど……私はあの頃のアーレンベルグが大好きだったのよ。今はもうあの頃の面影なんか無いわ」
「なら見に行く? 私の治世をさ」


 あの頃と変わらない風景、あの頃より賑やかな喧騒、生き生きとしたその顔付きは私の知るいつの時よりも、楽しそうだった。

 ──アーレンベルグ王国、城下町──

「どうですか? 貴女の国は」
「……こんな……何故こんなにも……活気に溢れているの?」
 私が愛したお父様の国は一度滅びかけた。魔帝アイリスによって。
 だけど魔帝アイリスによって以前よりも遥かに栄えていて、アーレンベルグの国民もそれを受け入れていた。
「……どうやってあの廃墟となった町を?」
「魔法というのは万能ではありませんが、修復する事ぐらいは容易いんですよ」
 そうか、魔法か。彼女が魔帝であるおかげ、いやせいなのかしら。これでは今まで国の為に頑張った歴代の国王達が報われない。
 暴君か賢君か、魔帝の本性はどちらなのか。その真意を確認しなければならない。我が国民の死は無駄では無かったと、胸を張ってそう言うために。
 私は町を隅々まで見て歩いた。建物には我が国旗は無く、魔帝の旗が掲げられていた。それは城下町が、完全に魔帝アイリスを受け入れた、そういう事だった。
 夕方になる頃には私の魔帝への戦意は完全に喪失していた。お父様に対する愛情や尊敬はある、愛国心だってある。だけど、これを見せられるとそれらが薄れてしまう。
 魔帝アイリスに近しい存在であるマリアに私は問い掛けた。
「……こうなっているのは、私の国だけではないんでしょう?」
「当然です、魔帝が治める全ての国に恩恵がもたらされます。飢饉? 疫病? 戦争? そんなものは存在しません」
「……そう……分かったわ。魔帝アイリスとちゃんと話すわ。帰りましょう」

 魔帝城へと戻りいつもは軽装で魔帝と会うが、今回はちゃんとドレスを着ている。
 玉座の間に入ると魔帝は玉座に座り、眠りについていた。
 私は彼女が起きるまで静かに待っていた。平たい顔が彼女を幼く見せるが、マリアに聞くと二十歳後半だそうだ。そうは見えないけどね。
 幼い見た目でどれだけの考えを持っているのか、何故彼女は人を辞めたのか、私には想像すらつかない。
「んぅ……あれ、マティルダちゃん……どしたの?」
 数時間後に目を覚ました魔帝は欠伸をしつつ、大きな伸びをしてからこちらの目を見つめてきた。
 私の目を見て何かを察した魔帝は笑みを消し、それを見た私にも緊張が走る。
「……魔帝、貴女はこの世界をどうしようというのかしら」
「──私はね、人間が大っ嫌いなんだ。利益の為に戦争をする人間が、プライドの為に戦争をする人間が、他人を簡単に裏切る人間が……ね? そもそもの話、世界を人間に託すなんて間違ってるんだよ」
「だから皆殺しにするの?」
「……君にはちゃんと説明しておいた方がいいかもね」
 そう言って魔帝は立ち上がり、歩き始めた。付いてきて、とこちらに振り返りながら、何処に行くのかと付いていくとどうやら地下に向かっていっている。
 今までにないほど魔帝の真剣な顔付きにこちらも息を飲んでしまう。
 そうして辿り着いたのは巨大な門だった。
「この中にあるのを知るのは、オスカルやマリア達だけなんだよ。それがどういう意味を持っているか、分かる?」
 それは中にあるものを知ると後戻りは出来ない、そういう事なんでしょう。
 静かに頷くと魔帝は門に触れて封印でもかけられていたのか、門に魔術式を描き始めた。
 両開きの門が少し開かれると、そこから何かの触手のようなものが私に向かってきた。
 魔帝がそれを掴み焼き焦がし尻もちを着いてしまった私の手を握り、起き上がらせてくれた。
「今のは……」
「さぞかしお太りになってる事だろうね、人間の魂は美味しいらしい」
 中にはこの世のモノとは思えないほど、おぞましい姿の化け物がそこにいた。
 緑色の体を持ち、四本の腕の先が触手となり、猫のような目付きをした目が三つもある化け物だ。今は眠っているのか目を瞑っていた。
「な、なに……こいつ」
「魔力の元である人間の魂を食べ、世界を滅ぼそうとしている、だよ」
 言葉が何も思いつかない。魔力の元? 人間の魂? 世界を滅ぼす? 御伽のお話でもしているの? だけど魔帝は至って真面目な顔だ。本当らしい。
「お母さんに教えてもらったんだけどね、こいつが魂を喰らう前に、魂を魔力に変えて消費しなくちゃならない。目を覚まして何が起こるかは私にもわからないけど、いい事をする見た目じゃぁないよね」
 魔帝はため息を吐くとゆっくりと化け物に目を向け、その目は怒りを孕んでいた。
「これが私の役目なのだとしたら、私は神を恨むよ」
「……その分貴女が人の命を奪ってるじゃない。矛盾してるわ」
「そうだね、今はまだ体制が整っていないからね……この化け物が目を覚ますのに充分な魂を喰らう前に、私は世界を手に入れる。そして簡単に人間が死なないように管理するんだ……私はねぇ、この世界の人間が大っ嫌いだけど、この世界は大好きなんだよね」
「何が貴女をそこまでさせるの?」
 謎だ、不思議だ、不可思議だ。私は思い切って魔帝に過去が何があったのかを問い掛けた。
 するとうーん、と少し考え込みといいよ、と笑みを浮かべ語り始めた。
 魔帝の幼少期、母の死、父からの性的暴力、異世界で死にこちら側に来たこと、勇者との出会い、何度も死に、新たな仲間とも出会い、とある国の兵士となり、裏切られ、人間として生きるのを止め、今に至るそうだ。
 想像を絶する過去を冗談を混じえながら語る魔帝の話を聞き、私は一つの事を察した。彼女は強くないのだと、どれだけ強大な力を持っていたとしても彼女は弱い生き物なのだと。
「まぁ、これが私の人生の大まかなあらすじだよね。今は楽しくやってるけど──」
 気が付けば私は彼女を抱き締めていた。何故私がこのような行動に出たのかは分からない、だけどつい、保護欲に駆られるというかなんというか。
「君は優しいね……マティルダちゃん、いやマティルダ、君の力が欲しい」
「……いいわ、このマティルダ・アーレンベルグ、魔帝に全てを託すわ。だからこの世界を救って、私が貴女に求めるのは、ただそれだけ」
「託されたよ。しっかりとね」
 アイリスは私を抱き返すとそのまま私を抱え上げて、化け物の部屋を再び封印し上へと上がって行った。
 過程はどうあれ魔帝の目指す世界はどの道私が望んでいた世界、人と人とが争わなくても済む、そんな夢物語のような世界、だけど彼女に付いていけばそれが実現し得る。
 その後北方大陸最大の面積を持つアーレンベルグ王国の、次期国王であった私が魔帝側に付いた事により北方大陸の完全な制圧が完了したのであった。

 アイリスは北方大陸内の国々を一つの国として統合し、法律や組織を迅速に作っていきそれらが上手く機能するよう確立させていった。
 各国の王族や貴族からは勿論反発があった。しかしそれらが上手くいき、北方大陸の更なる発展が手の届く位置にあると気付いた時、彼らを支持する者は消え去った。
 そして誰もが魔帝へ感謝の言葉を口にする。魔帝様、ありがとうございます、貴女のおかげです、と。
 人はプライドが無くとも生きられる、管理される方が楽だ、そうなるよう北方大陸は作り替えられて行った。
 人が住むには厳しすぎる北方大陸が後世において、理想郷ユートピアと呼ばれ、魔帝の作る世界は本当に間違っていたのか、と議論される事となったのは私の知るところではなかった。
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