紫煙のショーティ

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魔帝顕現

第三話

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 ──北方大陸雪原地帯中心部、魔帝城──

「隊長!! もうダメっすよ!」
「頑張って! 私の精鋭達の底力はそんなもんじゃないでしょ!!」
 俺達は隊長であるアイリスさんに付いてきた。ハルワイブ王国じゃなくて、アイリスさんに惹かれたからな。
 そんな俺達だが、今現在新しいお家である魔帝城の清掃や整理をしていた。五百年も使われてないとなると、そこらじゅうに蜘蛛の巣があるし、床に穴も空いてある。
 そして、今俺達は趣味の悪いギンギラとした玉座を、巨大な広間にある階段を登った場所に移動しているのだが、これがまた重たい。ちょっとぐらい手伝って欲しいものだが、如何せん女だからな。仕方ないよな。片手で重装備の兵士を持ち上げるほどの女だけど女だからな。
 玉座を移動するのに三十分ほどかかり、俺達が十人がかりでやっと、という所だった。
「そういやアイリスさん、マリアさん達は何してるんすか?」
「あぁ、マリアとミアとドラクルは魔物を捕獲しに行ってるんだよ」
 聞くとどうやら世界中に散らばった魔物を、一箇所に集めて軍隊を作るそうだ。死を恐れぬ忠実な異形の軍勢、はっ、相手にする側は気が気じゃないだろうな。
 なんたって召喚魔法を発動すればいくらでも数を増やせるんだからな? 数が減らないってのは戦う側すれば、士気が下がるからな。いわば不死隊と言ったところか。
「それで? 俺達の役目はなんです? ただの人間はいらねぇとか言わんでくれると嬉しいんですけどね」
「ははは! 言わないよそんな事! 竜騎兵やマリア、ドラクルとかミアには一番近くで、私の作る世界を見ていてほしいんだよ」
「隊長……! 任せてください!」
 あぁ、この人の為ならどんな無謀な事をやれ、と言われても完璧にこなす自信がある。それほどに、アイリスさんは俺達を惹く何かがある。
 一通りの掃除が終わったそんな折、一人の竜騎兵が走って玉座の間に入ってきた。なんだ? と首を傾げていたが、どうやらこの城の所有者を名乗る近隣の国が出ていけ、と話を付けに来ているそうだ。
「へぇ、とりあえず、連れてきてよ。私は平和的解決を望んでるからね」
 絶対嘘だ、と竜騎兵の皆と顔を合わせ苦笑いをしていると、十人ほど私兵を連れた身なりの良い老年の男が部屋に入ってきた。
「この城は大変歴史的価値のある建造物、そこを不法に占拠するのは如何なものか」
「如何なものか、って言われても、ここ私の家だよ?」
 戯言を、それではまるで自身が魔王だと言っているようなものだ、とその王様らしい姿の男は馬鹿にするようにして笑った。
 アイリスさんも始終笑顔だがそれが逆に恐ろしい。何をしでかすか、分かったもんじゃないからな。
「それなら仕方ないね、竜騎兵、片付けの準備だよ」
「アイリスさん、まさかまた玉座を移動しろと? それは了解しかねますね。それなら俺に良い考えがありますよ」
 ほほう、と含んだ笑みを浮かべるアイリスさんはじゃぁ死なない程度に任せるよ、とアイリスさんはタバコを吸い始めた。
「という事だ王様さん、ちょいと話し合いとしけこもうじゃないですか」
「貴様ら下っ端には用はない」
 その言葉を聞いて俺達は声を上げて笑った。何がおかしい、と憤慨する王様の腹部に対して蹴りを放った。
 こいつは大きな勘違いをしている、どうやらこいつらは自分達の方が優位に立っていると、そんな笑える勘違いをしているようだ。
「あんたは自分の立場を分かってらっしゃいます? ここに来た時点で、この魔帝城に来た時点でそう簡単に我々が、アイリスさんが逃がすとお思いで」
「前置きが長いよ!」
 おっと、どうやらアイリスさんは気が長い方じゃないらしい。おぉくわばらくわばら。
 それならばさっさと事を始めよう。俺は竜騎兵の皆に目配せをし男達を囲んだ。
「アイリスさん、死なない程度って言いますけどね、不慮の事故の場合、仕方ありませんよね?」
「まあ悲しい事故なら仕方ないよね!」
 俺達が、元ハルワイブの兵士がそこらの兵士より弱いわけがないんだよな。バルトロマイ将軍閣下に死にたくなるほど鍛えられ、マリアさんという魔法の師匠がいて、アイリスさんという隊長に従う俺らがそんじょそこらの近衛兵に、負けるわけがねぇんだよ。
 乗り込んできた王様とその私兵を囲んでタコ殴りにしていると、丁度マリアさんが帰宅してきた。
「一体何をしているのですか?」
「んー、不慮の事故」
「いやいややめなさいやめなさい、床が汚れます」
 ちぇーっと頬を膨らませるアイリスさんは、俺達にストップをかけた。しかし、数名は殴り殺してしまった後だった。
 全く、と肩を竦めるマリアさんに事情を説明した。すると、血塗れの王様の頭に足を乗せた。
「なるほど、我々が不法入居していると、そう言いたいのですねこの御老人は」
「そういう事に、なりますねぇ……」
「丁度肉食の魔物を捕まえてきたところです。彼らの餌にしてしまいましょう。掃除する手間が省けます」
 どうやら魔帝城に住む女性の方々は俺らより血が頭に登りやすいようだ。
 王様とその部下を魔法で作った鎖で引っ張り、何処かへと連行していくマリアさんを見送りながら、俺達は床に飛んだ血の掃除を始めた。
 アイリスさんとミアさん、そしてドラクルさんの三人を見ていると、どうにもここが魔物の巣窟だとは到底思えない。
 御三方の姿だけを見ると二十歳前後の女性と言ったところで、世間一般ではまだ自由奔放な年齢だ。だからと言ってはなんだが、目に毒だ。男は俺らしかいない上に、ドラクルさんの服装と、ミアさんの行動がこれまた男を刺激する。
 基本的に俺達は玉座の隣で控えているが、同性ハーレムと言ったらいいんだろうか? もうなんか、滅茶苦茶だ。言葉では形容できないそんな感じだ。
「ちょ、ミアどこ触ってんの!!?」
「だってぇ、あいりすの触りたいんだもん! やわらかーいよぉ!!」
「ドラクル助けて! 変態がいる!」
「すまんな、我にはミア殿を止められるほどの実力はない」
 こんな事が毎日のように繰り広げられているんだ、隣でな? 俺も一戦交えてみたいがミアさんに殺されそうだからやめとくがな。
 意外とこの城の中では笑いが絶えない。充実している。笑顔の絶えない職場とはいいものだ。
 まぁ、仕事内容は全く笑えるもんじゃないけどな、近隣諸国への攻撃をする為に魔物の輸送、王族や貴族の虐殺等々、意外とやってる事がえげつないんだよなぁ。まぁまぁ俺らは命令された事を正確に、確実に終わらせるだけだ。
 アイリスさんの作ろうとしている世界がどんなものなのか、絶対的な暴力によって支配される世界だろう。そういうやり方だ。だが、力は使いようによっては抑止力になる。
 世界から戦争は無くならないだろう。それは兵士である俺らが一番理解しているからな。だからアイリスさんは自身が絶対的な暴力になる事によって、その他の暴力を根絶しようとしているのかもしれないな。
「オスカル! 仕事の時間だよ!」
「了解。やれやれ、人使いの荒い魔帝様だ」
「ふふん、死ぬまで働いて貰うよ」
「何をおっしゃいますか、死んでも働きますよ」
 俺の名前はオスカル・アイケ、魔帝様の暴力の代弁者であり、忠実な部下だ。
 俺はこの先、どんな世界が待っているのか、どんな事が起こるのか、楽しみで仕方がない。そう楽しみながら、今日も俺は魔帝様の暴力の一つとして仕事を始めるのであった。


 ──アシュヴィ帝国、首都マクシュ──

「おいアリス、飲み過ぎだぜ」
「うっさいわねぇ! 飲まなやってられないわっ!」
 全く、ハルワイブ王国を降伏させてからアリスの奴、酒を飲んでばかりだ。
 それもこれもレオンが軍務で忙しくて相手にされないのが、まずは理由の一つだろう。そしてもう一つが、アイリスの事だ。
「私アイリスに嫌われちゃったわ……もう生きて
いけない」
「はぁぁ……うっぜぇ……とか言いつつレオンと良い感じじゃねぇか、やる事やってんだろ?」
「……まだ手も繋いでないし、何ならキスもしてないわ」
 どんだけ健全なお付き合いをしてんだって話だ。だが、レオンとアリスはかなり親密になったのは確かで、常に一緒に居る。最近は同じ布団で寝るほどだぜ? 見てる側からすりゃやる事やってるって思うだろ? 二人共いい大人なんだからな。
 だがお互いそんな感情を持つのは初めなのかは知らねぇけど、お互いがお互いを支えてる感じって言えばいいのか?
「お前はよ、レオンとどんな風になりたいんだ? ただ一緒にいたいだけか? それとも、結婚して、ガキでも欲しいのか?」
「……真面目な話をすると、私は彼に好意を抱いているわ。だけど、それが一時的なものなのか、心からのものなのか、一切理解が出来ないわ」
 アリスはお酒の入った木のコップを回しながら、あたしの問いにそう答えた。
 あたしはそういう経験がないしアドバイスなんか出来ないけど、二人には出来ることなら幸せになって欲しい。一応親しい仲だし、もう長い付き合いだしな、
「それならよ、やっぱ、なんつうか気持ちっつうの? それをレオンに伝えてみたらいいんじゃねぇか?」
「そう、ね……けど、なんだか、恥ずかしいわ」
「恥ずかしい? クソビッチみてぇな服装しておきながら何を今更」
「あんたホント口悪いわねぇ……」
 ため息を吐くアリスはコップに残っていたお酒を一口で飲み干した。やっぱ気になってるんだよな。アイリスの事がよ。
 なんでもハルワイブ王国だったか? での戦争の際にアイリスに似た兵士を見たそうだ。それで今回の飲み会だ。
「何度も言うが、戦場にアイリスがいるわけねぇだろ? あのクソ馬鹿野郎が戦場? はっ、笑えねぇ冗談だな」
「笑えないわね。そんなの、笑えないわ……」
 それにしても、ワイバーンに乗ったアイリスか。なんだか笑えちまうな。
 アリスがテーブルに突っ伏して寝ちまった、さてさて、どうするか。この悲劇の酔いどれヒロイン様をどうやって連れて帰るか、運の悪い事に首都に知り合いは居ないからな。
 とりあえずあたしはタバコを吸いながら、涙を流すアリスの頬に触れた。色々と思い悩んでるんだろうな。けっ、似つかわしくねぇな。
「知ってるか? 北方大陸で魔王が復活したらしいぜ」
 ふと、聞こえてきた魔王というワードにあたしはピクリとした。魔王、アリスの事じゃねぇのか?
 耳を立てていると、アイリスの名前が出てきた。あたしはそれを話している男のテーブルに移動した。
「ちょいとその話、聞かせてくれよ」
「へへ、お嬢ちゃん気になるのか? しゃーねーなぁ」
 その後男の話を聞いて分かったことは、アイリスという魔法使いが、北方大陸にある城に住み始めた事、そしてその魔法使いは北方大陸のほぼ全ての国家に対して、宣戦布告を行っているそうだ。そして魔物を操り、圧倒的な力で敵をねじ伏せる。正しく魔王だ、と男は肩を竦めた。
 その魔王の特徴とか聞いてみたが、どうにも聞けば聞くほどただのアイリスだ。
 さて、面倒な話を聞いちまったもんだ。これをアリスに教えるか? 信じないだろうし、どうしたもんか。
「アリス、起きろ。朗報かつ悲報だ」
「んぅ……何よ」
 さっき聞いた話をアリスに伝えると、酔いが飛んだのか勢いよく飛び上がり、店を出ていった。代金をテーブルに起き追いかけると、どうやらアシュヴィ帝国軍の建物に向かっているな。あぁ、レオンと逢引か、と心の中で冗談を言いつつ足早にレオンの執務室へと向かっていった。
「レオンハルト! 今すぐ北方大陸に行くわよ!!」
「なんだって?」
 驚いたような顔を見せるレオンハルトは、書類と睨めっこをしていた。
 アリスがあたしに聞いたとおりに説明すると、レオンは腕を組んで、深く考え込むような仕草をした。流石にレオンの一存じゃあそれは決められないだろう。
「……北方大陸か、丁度いい。そろそろ命令が降りてくる頃だろう」
「それじゃぁ……」
「あぁ、次は北方大陸に向かう。防寒具はちゃんと持ってこいよ」
「レオン! 私も行きたい!」
 危ないだろ? とあたしとアリスの頭を撫でるレオンの手を握り、上目遣いでお願いすると、流石ネコ科、猫撫で声は得意なようだ。
「仕方ないなぁ、なら絶対俺の傍から離れるなよ?」
 そうしてあたし達は一週間後、アイリスが居るという北方大陸へと向かうことになった。
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