紫煙のショーティ

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純愛と歪愛

第五話

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 ──バルトロマイらが到着する五時間前──

「さぁ、アイリス、お楽しみの時間ですよ」
 貴族の「お楽しみ」と称した猟奇的行為は、日に日にエスカレートしていった。朝昼晩それぞれ一度ずつ部屋に訪れ、ナイフで私のどこかを突き刺していく。
 足と腕なら何とか耐える事が出来ていた。けど、今日の朝から貴族の様子がおかしかった。息を荒らげて、何度もナイフを突き立て始めた。
 まるでもう我慢出来ないといった顔で、下腹部にその凶刃は突き立てられていく。
「ちょ──まっ──てっ──たいっ──ぐっ──つぁ──!」
「あぁぁ……いいですねっ! その表情っっ! イイ! イイィ!!」
 ズボンにシミを作った貴族は、満足したように部屋を後にした。もうタイムリミットが近付いているのが理解出来た。
 もう湧き出る情欲が抑えられないんだ。今すぐ私の額にでもナイフを突き立てたい、そんな欲望に呑み込まれそうになっているんだ。
 貴族と入れ替わるように入ってきたメイドに、傷口を魔法で癒されながら次はいつ来るのか、次の楽しみ具合はどうなのかを問い掛けた。
「今日の晩には……ジル様は加虐性愛、殺人性愛、屍体性愛、食人性愛をお持ちです。恐らくですが、アイリス様を殺害した後、冷たくなった体を存分に楽しみ、そして今宵のお食事として活用させていただきます」
 このメイドも手慣れているんだろうね。手際よくお腹の傷口を止血し、包帯を巻いてくれた。だけど、このメイド達も共犯者だ。許さないよ。
 メイドの処置が終わると私は強烈な眠気に襲われた。疲れたのかな? いや突かれたけどさ。ちょっとだけ、寝ようかな──

「また大変な目にあってるね、有栖」
「あ、お母さん! そうなんだよ、聞いてよもう、最悪だよ」
 夢の中で再びお母さんに会っていた。それが嬉しくてたまらないよ。私はお母さんに貴族にされた事を、まるで愚痴を零すように語った。
 それは大変だったね、と頭をポンポンと叩かれながら、じゃぁ私にちょっと体貸してみる? と提案してきた。
「どうするの?」
「私ならこの体の全てを引き出せるよ。まぁ、魔法封印の魔術ぐらいわけないよね、それにこのまま死ぬ気、ないでしょ?」
「ちゃんと返してくれる?」
 当たり前だよ、と肩を竦めながらため息を吐くお母さんは、こちらに近づいてきて額にキスをしてきた。
 そして、そこで私の意識は無くなり次に目を覚ましたのは、窓から月が覗いている夜になってからだった。
「……さて、と……まぁ、散々にやってくれてるね、子供が出来なくなったらどうすんのかな」
 私はお母さんに体を預けて、中から見ていた。自分では動かせない、文字通り自分の体じゃない。
 お母さんと少し会話していると、扉を開けてジル様と呼ばれていた貴族が、いつも通りナイフを手に持ち、恍惚とした表情で部屋に入ってきた。。
「アイリス、僕はもう我慢できません、貴女の心臓にこのナイフを突き立てたくて……仕方ありません」
「それは困ったね、スナッフフィルムでもあるまいし……まぁ、仕方ない、そういう人は少なからずいるもんさ……手際よく行こうか」
 私の顔で笑みを浮かべたお母さんは、縛られている腕と足を動かして引きちぎると、ベッドの上から何事も無いように降りた。
「な、なぜ動けるのですか?」
「だってほら、私怒ってるもん」
 目を見開き驚いているジルの胸ぐらを掴み、持ち上げるお母さんはジルを壁に投げつけた。大きな音に気付いた召使いが集まってきた。
「私はねぇ、この世で嫌いなものが三つあるんだよねぇ……一つが勇者、一つが人間、そしてもう一つが、私の家族を傷付ける愚かな奴だよ!!」
 体から火を吹き出すお母さんは、その火を操りジル以外の人間を焼き尽くしていった。
 何故魔法が使えるのか、と咳き込みながらジルは問い掛けてきた。
「何故、か……確かにこの魔術を発動しているのはやり手だよ。けどねぇ、私を誰だと思ってるのさ、魔法使いの頂点に君臨するアイリスだよ? その程度の魔術で抑え込まれるほど、安い存在じゃぁないんだよね」
 ふふん、と得意げに笑いながら豪邸に火をつけるお母さんは、ジルの前に彼の右腕を掴んだ。そして付け根部分を足で踏み、いとも容易くもぎ取った。
「殺しはしないよ、存分との時間と行こうよ。なぁに、腕が一本取れただけだよ? 三本もあるんだからお楽しみはまだまだこれからだよ! ねぇ人間! 痛い? イイでしょ? これをしたかったんでしょ? これを私に味合わせたかったんでしょ? ねぇねぇ叫んでないで何とか言ったらどうなの? あはっはっはは!!」
 数時間かけて火が猛る部屋の中で、お母さんはジルを痛めつけていてとても楽しそうだった。お母さんの素顔を見るのは初めてだよ。
 無邪気、そう例えるしかないような笑顔でゆっくりだが、確実に命を削っていくその姿は正しく魔帝。だけど、そんなお母さんも私は大好きだ。
 豪邸と言うのに相応しいジルの邸宅は跡形も無くなっていて、瓦礫とメイド達の死体だけになっていた。ジルはお母さんに四肢をもがれてはいるけど、宣言通り息はあった。止血され、傷口はしっかりと塞がっていた。
「アイリス、どうだった?」
 お母さんすごく生き生きしてて楽しそうだったよ。
「そりゃぁね、こっちは既に霊体みたいなもんだからねぇ、久々に体を動かしたら楽しいんだよ!」
 そう言ってお母さんは肩を回した。楽しそうでなによりだよ。
 さて、これからどうしようかなぁ。ジルをこのまま放っておいたら流石にまずいだろうね。
「おいアイリス!! 一体何が起きたんだ!!」
 ふと、聞きなれたバルトロマイさんの声が聞こえてきた。土煙を上げながら遠くからマリアとバルトロマイさんが、猛スピードで駆けてきていた。
「あら、あれはこの前の……挨拶しとこうかな! 娘がお世話になってるし」
 お母さんはジルを片手で持ち上げながら、二人の前に歩いていった。
「こんにちは、確か、バルトロマイとマリア、でしたよね?」
「ん、何言ってんだ?」
「初めまして、娘がいつもお世話になっております」
 お母さんはジルを手に持ちながらお辞儀をした。その姿に、マリアは何となく察したのか、こちらこそ娘さんにはお世話になっております、と挨拶をしていた。
「……この度は娘が迷惑をかけたようで、謝礼と言ってはなんですがこの男をどうぞ」
「あ、いえ、私はいりません。バルトロマイ、彼を連れて先に王国へと戻ってください、後の複雑で面倒くさい問題は任せます」
「っち、分かった分かった、さっさと戻ってくんだぞ、後、アイリス、帰ったらちゃんと治療を受けろよ」
 バルトロマイさんはため息を吐きながら、ジルをお母さんから受け取り、背中にロープで括り付けると馬に乗り再び王国へ戻っていった。
 マリアは咳払いをすると真剣な表情になっていた。
「アイリスのお母様、という事は……魔帝の母と理解してもよろしいのでしょうか」
「そだねぇ、まぁ、そだよねぇ」
 お母さんはふふ、と含み笑いを浮かべるとその場に座り込んだ。その隣にマリアは座った。
「……なんとお呼びすれば?」
「アイリス、て言いたいところだけど、生憎その名前は娘に譲っちゃったしね、それで? 何が聞きたいの? 魔法使い」
 冷や汗をたらりと額から流すマリア、緊張しているのかお母さんのに圧倒されているのかは分からないけど、中に入っていても分かるほどお母さんからは、魔力が溢れ出ていた。
「魔法を確立させた貴女に聞くのは間違っているとは思うのですが、私は魔力をこの世から消し去りたいのです」
「なら人類を滅亡させようか」
「私は冗談を言っているわけでは──!」
 マリアの言葉を、唇に指を当てて遮るお母さんは大きなため息と共に、地面を撫で始めると魔力というものについて説明し始めた。
「魔力ってさぁ、何で出来てると思う?」
「……それは……自然のエネルギーでは無いのですか?」
「ブッブー、魔力の元の姿はね、人間の魂なんだよ」
 マリアはその答えを聞いて目を見開けた。その答えが何を意味しているのか、マリアにとって何を意味しているのか、少し考えたらすぐにわかった。
「魔力が多い地域ってのはね、人間の血が多く流れた場所、古戦場だったりね?」
「で、では……魔力を無くすには」
「無理無理、人間が死んだら生まれるモノをどうやって止めるの? 君のその願いはね、いわば世界中の酸素を消したいって言っているのと同じぐらいだよ」
 そんな、と頭を抱えるマリアは全てのやる気を無くしたかのように、長いため息を吐いた。そして、魔法使いの帽子を脱ぎ捨てた。
「じゃあ……私が魔法の全てを努力した意味は……何も無いのですね」
「そうだね、意味ないよね。けどさぁ、魔力は無くすことが出来ないかもしれない、けど、魔法はどうかな?」
 どういう事ですか? とマリアはお母さんの方を見て首を傾げた。お母さんは極論になるけど、と前置きをしてから続けた。
「魔法は私が作り上げたのは当然知ってるよね? そしてその壊し方も当然私が知ってるよね?」
「えぇ……魔法使いの中で、魔導に精通し、魔術式を考え付き、魔術を簡略化し魔法というの作り上げたのは、何処を探しても、何時を探しても貴女しかいませんので」
 ふふん、そだよねぇ、と満更でもない笑みを作るお母さん、そして魔法というものの破壊の仕方をマリアに教えた時、私とマリアは固まった。
 それはお母さんからしてもマリアからしても最終手段であり、決して受け入れられないやり方だった。
「ア、アイリスを殺す……?」
「そっ、この強大で巨大で複雑な仕組みを維持しているのは、私の魔力、つまりはアイリスの魔力ってことになるよね? だから発動者であるアイリスの魂を完全に消し去る事によって術を解除する事が出来るんだよ」
「そんな事出来るはずないでしょう!!」
 でもいいの? とお母さんは首を傾げた。そして、人一人だよ? それで君の願望? 野望? 夢? が叶うんだよ? 安い安い、とおどけた様子でそうまくし立てるお母さんに対して、マリアはキッ、と目を細めて言い返した。
「ふざけるのも大概にしてください!! アイリスは私の大切なっ──」
 憤慨するマリアに対してお母さんは、優しく、まるで自身の子供であるかのように、背中をポンポンと私が幼い頃にやってくれていたように、マリアを宥めていた。
「ごめんなさいね、そこまでアイリスの事を大事にしてくれていたなんて……つい試すような事を言ってしまったわね。でも、もし貴女が自身の夢を優先し、アイリスの命を奪う事を選んでいたら、私は貴女をぶち殺していたわ」
「そんな事選びません……アイリスは……私の……私の親友ですから」
 マリアは少し頬を赤らめて恥ずかしそうに答えた。その答えを聞いたお母さんは私に体の主導権を返してきた。
 その瞬間、私はマリアに抱き着いた。マリアの名を大きな声で呼びながら。
「マリアぁぁ! 私もマリアが大好きだよぉ!」
「え!? アイリス!?」
 押し倒すような形になっちゃったけど、私はマリアの胸に顔を埋めて、喜びをマリアに対してぶつけていた。
「もう……アイリス、心配、したんですから」
 私の頭を撫でて安心したように和らいだ表情で、そう言うマリアは私の体に付けられた傷を見て、悔しそうな表情に変わった。そして、私が止めていれば、と目を瞑ると私の額に自身の額をくっ付けてきた。
 帰りましょう、とマリアは笑みを浮かべ、共にハルワイブ王国へと、帰る事となった。
 マリアとバルトロマイさんは独断専行により、アレクサンダーさんから一ヶ月の謹慎を言い渡される事となった。
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