紫煙のショーティ

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悪魔公と魔帝

一話

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 ──約五百年前、異世界ヴラギトル、北方大陸──

「やあ人間達諸君、遠路遥々よく来たね、歓迎したいけど……どうにもそんなムードじゃないかな? 豪華な食事は? 秘蔵のワインは? 綺麗な女達は? ここまで来たんだから何か食べていきなよ! 楽しんでいきなよ!」
 我の後ろで玉座に座る一人の女がそう発言した。誰もがその命を狙う存在、人は彼女を魔王、魔帝と呼ぶ。
 目の前に広がるのは魔物と人間が殺し合う光景、幾度となく見た光景だ。
「いらないなら仕方ないね?」
 魔帝と呼ばれるその女はどっこいしょ、と年寄りめいた言動をしつつ、玉座から立ち上がると手を天井に向けた。
 ここは魔帝の居城、だがしかしここまで人間に攻めてられるのはもはや珍しくもない。この北方大陸に居城を構えているのも魔帝の思惑だ。
 北方大陸は厳しい土地であるが故に、人間が逞しく抵抗が激しいのだ。それを見込んだ魔帝が「これなら楽しくやれるよね!」と、少し楔が外れているのか吹っ飛んだ思考からだ。しかしその結果がこの人の群れだ。我こそは、などと叫びながら突撃してきては、散っていく様は見ていて哀れになってくる。
 だが、そのおかげか、そのせいかどうかはわからないが魔帝の名は世界に広がり始めていた。だからこその、この多さなのかもしれんな。
「バイバイ!」
 人懐っこい笑みを浮かべ、まるで友との別れをするような口調で魔法を放った。手のひらから魔力の塊を発射し、それが人間達を貫いた。
 現し世において、彼女を上回る魔法使いはいないかもしれんな、そう思わせるほど魔帝の魔法は強力だった。
 そして、魔帝は何事も無かったかのように、自身の前に並べられていた食事を食べ始めると、この城に居る配下と、召使いは席に座り込み、幸せそうにしていていた。

「北方大陸は九割取れたが、未だ人間達の攻勢は緩まん」
「中央大陸からの派兵も多いからねぇ……」
 兵棋を用いて地図の上でそれを進める魔帝、魔法の腕だけではなく指揮官としても有能だった。鬼才というのだろうか? 戦意を削ぐやり方だが面白い。
「今度人間達の死体の鼻と耳を削ぎ落として、中央大陸に送り返そっか?」
 あぁ、やる事は人道的ではないがこれが効果があるのだからな。
 人間との戦争が始まり、我々は中央大陸の半分以上を取っていた。
 開戦から五年が過ぎようとした年初め、一人の人間が魔帝の勢力と拮抗する形で台頭してきていた。後世に、魔帝を討ち取った勇者として名を残すアリスという人間だった。
 我々が勢力を広げようとすると、必ずと言っていいほど勇者が邪魔をする。
「ここに来て難しくなってきたねぇ……」
 魔帝ともあろう者が腹を立てているようだ。それもこれも、全て勇者のせいだろう。仕方ない。少し発散させておいてやろうか。
「おいアイリス、表へ出ろ」
「え? なになに? 喧嘩売ってんの? 買うよ?」
 いつもならやだよめんどくさい、等とのたまい我との戦いを避けるのだが、やはり機嫌が悪いようだ。眉間にシワを寄せて我よりも早く、城の外に飛び出していったのだからな。
 我もアイリスの後を追いかけ、中庭とは思えないほど広い庭に出た。彼女は既に臨戦態勢であった。
「何をそんなに苛立っている」
「うる……さいなぁ!」
 アイリスは、まだ基礎を構築し実用化には至っていない、魔術を昇華させたばかりの魔法という技術を発動した。
 従来ならば魔術は魔術式を書き、手順が必要だった。しかし、アイリスの作った魔法というものは魔術式を書く手間がいらない。以前から魔術を扱えた者は簡単に扱えるそうだ。
 そして件の魔法が我に向かってきた。群れる人間によく使うものだった。
 フラストレーションが溜まるのも、自身が思うように戦えてないからだろう。いくらアイリスが強いからといって、勝てない相手が居ない訳では無い。それが勇者だ。
 いや、勝てないという訳では無いが負けている訳でもない。勝敗がつかない事に苛立っているのだろう。
「ドラクルとの戦いは楽しいからいいんだよ、全力でやっても潰れないし、友達だし」
「敵を例外無く殺してきた貴様からすれば、勇者はとても異質だろうな」
 アイリスの魔法を自慢の肉体で耐えながら、距離を詰めた。
 友達、か。面白いな。貴様が我の半分を作っておいて、友達か。
「我と貴様はあくまで協力関係だ、勘違いしてもらっては困る」
 そうだ、我と貴様はそういう関係だ、我に力を与える代わりに、貴様の傘下に入るという契約だ。故に、貴様とは友にはなれないのだ。
 そう伝えるも、笑みを浮かべて我が繰り出した蹴りに対して同じ蹴りで相殺してきた。
「だが、貴様の憤りは理解出来る。満足に力も出せず、勇者には邪魔をされる。なるほど、不愉快だな」
「でしょ? 正義感旺盛なのはいいけどさ! 偽善なんだよね! 世界を救うかなんだかしらないけどさ! どっちが世界を破滅へと向かわせてるのかわっかんないのかなぁ!?」
 アイリスは拳を握り締めて、我の頬を殴りつけてきた。何度もだ、我はそれを黙って受け続ける。彼女は誰よりもこの世界を愛し、誰よりも世界を救いたいと考えている。だがそれは人間により拒絶された。
 我はそれを知っている。彼女の夢を、彼女のやろうとしていることを、だからこそ我は協力するのだ。彼女と同じ思いを持っているからこそだ。
 魔帝だなんだと言われ、我も呼んではいるが、実際は心優しき元人間なのだ。
「はぁ……はぁ……」
「気は済んだか?」
 我は一方的に殴られ続けていたが、アイリスは疲れたのか息を切らしながら、自身の血によって真っ赤になってしまった拳を降ろし、顔を俯かせた。
「……ドラクル、ん」
 ふぅ、と落ち着かせるように一息つくと、顔を出してきた。我は躊躇なく全力で、顔を突き出すアイリスの頬を殴りつけた。彼女なりのケジメだろう。
「っ……よ、し! スッキリしたよ! ありがとね! ドラクル!!」
 機嫌を取り戻したアイリスは翌日、中央大陸に駐屯する軍に伝令を走らせ、進軍せよとの命令を出した。
 その年の初冬、アイリスは中央大陸の覇権を握る事となった。

 七年目の夏、溶岩に浸かった時のような暑さが体力を奪う季節、世界を手にしようとした間際に背後から殴りつけられたような衝撃、今まで傘下に入っていた亜人種が反乱を起こしたのだ。
 元々魔帝の謀略によって配下になっていたが、その謀略が亜人種側にバレたのだ。勇者によるものだということは、すぐに分かった。
 そして、何よりも厄介なのは亜人種の強靭さだ。肉食種にもなれば、岩をも切り裂く鋭い爪を持つ。それが大軍で襲ってくるのだ、厄介極まりない。
 あともう少し、という所でだ。頭を抱えたくもなる、勿論最初から信用していたという訳では無いが、七年も戦場を共にすれば愛玩動物に対する愛着のようなものは覚える。だがしかし、敵となったならば別だ、我はアイリスに頼まれ反乱軍の制圧を頻繁に行うようになっていた。
 今回もつまらない戦闘だ。しかし、今のうちにしっかりと摘み取っておかなければ禍根が残り、後々面倒な事になるのは明白だ。つまらないとはいえ大事な仕事であり、アイリスの夢を叶えるためには障害になってしまう。
「全く、いらん横槍をしてくれるものだ」
 この事態を作った者に文句を言いながら、我は亜人種を収容している地区へと飛んでいた。
 その道中、行軍中の亜人種の一団を発見した。素早い亜人と鋼鉄のような肉体を持つ亜人の混成だが、装備がかなり整っていた。カタパルトやバリスタを乗せた荷車などを馬で牽引しており、まるで何処かの城でも攻めるようだった。
 それが向かっている方角は、比較的小さな町で何も無く、戦略上意味は無い場所だ。
 未だアイリスに味方する亜人種でもいるのか? それならば好都合だが、違うような気がする。声をかけてみようか? いや、少し様子を見てみよう。
 彼らの上空を移動しつつ、様子を見ていた。まるで緊張感がなく、談笑しているようだった。傭兵崩れの集団を見ているようだ。
 少し経つと町へと到達し、立ち止まった。何を始めるのかと思いきや、カタパルトを縦列させ球を込め始めた。
「──まさかこいつら」
 こんな所で戦争をおっぱじめる気か。まるで野蛮人じゃないか。我が眺めているのに気付かず、それは放たれた。
 城壁などない町はすぐに混乱が生じた。それもそのはずだ、アイリスでさえ眼中に無い町なのだ、すぐに降伏し戦火を逃れた町に突然の攻撃、人間に同情の余地はないが、あまりにも唐突だな。
 一方的な虐殺、見るに堪えない面白くない戦闘だな。しかし、暴虐の限りと言うのか? 盗賊まがいだな、さて、どうするべきか。止めるか?
 アイリスの主義に反するやり方だ、殺しはするがそれ以外はしない。それは彼女が戦争というものに対して真面目だからだ。
「……仕方あるまい、見てしまったものは仕方ない」
 人間を助ける訳では無い、ただ名誉を守るだけだ。
 我は本来の姿を戻り、地上に降り立った。何人か踏みつけてしまったが構わんだろう。
「我はドラクル、貴様らの蛮行を見過ごすわけにはいかん」
 やはり馬鹿共は一度死ななければ分からないのだろうか、それとも魂からして馬鹿の色をしているのだろうか?
「悪魔公、何故我々を攻撃する?」
「愚問だな」
 悪魔公、か。久々にその名で呼ばれたな。我にそう問うてきた者は、まるで信じられないといった顔をしており少し笑ってしまった。
 魔帝を愚弄した貴様達を、一番の臣下であり、一番の「友」として許せるわけがないだろう、と地面に向けてブレスを放ちながら答えた。
 焼け死ぬ者の声、町を襲われ逃げ惑う人間達の叫び声、木霊するどちらも不愉快だ。
 アイリスの夢を邪魔する裏切り者共め死に晒せと、心の中で蔑んだ後にいや初めから我らのせいかと自身でツッコミを入れながら、敵対する亜人種を殲滅していく。

「所詮、人間の強化種である貴様らが、完全上位種である我に勝るはずがないだろう。初めから結果など分かっていたが……」
 亜人種を殲滅し終えたが、やはり文明の利器というのは厄介だな。カタパルトやバリスタ、あれは我の甲殻に対して有効のようだ。少し舐めていたようだ。
「あ、あの!」
 傷口を舐めていると、足元から声が聞こえた。戦火を逃れた女のようだ。我は人の姿へと戻り、その者の前に立った。手に何か握られている、布か?
「……こ、これ……使ってください……助けてくれて、ありがとうございます」
 どうやら包帯のようだ。女は我にそれを渡すと頭を深々と下げた。ふむ、助けるつもりは無かったのだがね。
「……面白い人間だ、我を恐れぬか?」
「ううん……怖い、だけど、お礼は言わなくちゃダメでしょ?」
 ふふ、人間に愛情など湧かぬが、このような馬鹿が現れるから侮れん。
 我は女の頭を撫で、傷を負った腕と腹部に包帯を巻いた。熊の刺繍があったが、どうやらこれは女の私物のようだ。
「……魔帝にかけあって町の復旧に当たらせよう」
「あ、ありがとうございます!!」
 女に手を振り、任務を終えた我はアイリスが駐屯する町へと帰還するのであった。
 アイリスには可愛らしい包帯を笑われつつ、町の復旧の手配を約束させた。
 さて世界征服もあともう少しだ。勇者の抵抗も激しくなってくる。そこで魔帝は一つの賭けに出た、自身が魔法使いとして偽り勇者側に潜り込むというものだ。
 初めは止めた我だが、勇者の首を確実に取るには魔帝が直接やるしかない、という事になり、それは実行されたのであった。
 まだ雪が残る、八年目の初春であった。
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